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2018年6月 8日 (金)

プレイバック山河燃ゆ・(44)真珠湾攻撃の謎

昭和21(1946)年11月1日・極東国際軍事裁判所。
ヒギンズ検事による検察側の冒頭陳述が行われます。

──1937(昭和12)年、日本は満州の武力支配を達成し
自国の政治的経済的地固めを確立した。

一方戦闘は上海に拡大し、米国人の生命・財産に対する
最初の危害はこの地域で始まった。
この理由により、日本国と米国との関係は
次第に悪化していった。

1941(昭和16)年10月、東条英機内閣が成立した。
東条が首相として日本政府を指導するに伴い
成り行きが急速に戦争に推移していった。

11月5日、日本は御前会議で
合衆国、英国、オランダに対する国策を再検討した。
それは11月25日直後、戦闘準備を完了し
戦闘行為を開始する内容のものであった。

明らかに会議当日、真珠湾攻撃と合衆国、英国、オランダに対する
攻撃化兵備を12月8日にする連合艦隊機密作戦命令が発せられた。
にもかかわらず、春以来 日米交渉はずっと継続された。
交渉は明らかに日本の攻撃計画を隠蔽する幕として用いられた。

11月26日、合衆国ハル国務長官は日本側に対して新たな提案を提出。
しかし日本政府は新提案に対してはっきりした回答をよこさなかった。
東郷外相はこの間、確実に交渉を継続する特別指令を発していた。
真珠湾攻撃命令はこの時すでに発せられていた。

日本海軍機動部隊は真珠湾に向かって進撃していた。
日本側代表は攻撃が開始された後も交渉を継続する様相を見せていた。

日本より伝達された書類は返送宣言ではなく最後通牒でもない。
そして真珠湾攻撃の開始された1時間後まで伝達されなかった。
書類を起草し伝達を命じるのは明らかに東郷外相の義務であった──。


11月13日、今度は検察側の立証が行われます。

──合衆国は日本陸海軍が真珠湾攻撃を隠蔽するために
日米交渉を利用していたという事実を立証する。
そのために、クロス特使と外務省との間で交わされた
電話を証拠として提出する。

重要な外交用語と個人名については隠語が用いられているが
国務省はすべて解読している。
「もうすぐ赤ん坊は生まれそうですか」
(=危機は間近いのだ)──。

そう言うと、東郷茂徳の弁護を引き受けていた島木文弥の
忙しなく動く筆記の手がピタリと止まります。
その内容が明らかになると、島木は被告人席に座る東郷を振り返り
傍聴席、記者席からはざわめきが起こります。

──11月28日、東京からワシントンに宛てられた暗号電報に
実質的には交渉打ち切りとすべき情勢だが
先方に対しては交渉決裂の印象を与えることを避けなければならない。
これにより、日本は開戦決意がありながら
日米交渉を利用していたと言うことは明らかである──。


その夜、島木邸を訪れた天羽賢治。

いったい何のために外交を続けてきたのか
あそこまで情報が筒抜けであったのならもはや外交とは言えないと
やるせない表情の島木ですが、

日本政府が7ヶ月間にもわたって、戦争をしないために
アメリカと交渉を続けてきたことだけは事実であります。
日本の最期通牒がアメリカ側に渡ったのが真珠湾攻撃の後と
なったのは人為的なミスであったのだ、と唇をかみしめます。

賢治は、日本側が開戦の決意を固めながらも
ごまかしの外交を続けているのだと東郷たちを弾劾することは
一方で、暗号解読をすることで日本の意図を把握しておきながら
結果的にパールハーパーアタックを許したアメリカ側にも向けられる
“諸刃の剣”だと言うわけです。


帝国ホテルで本を手渡すためにアメリカ人と約束していた井本梛子。
ソファーに腰掛ける梛個をチャーリー田宮が見かけますが、
約束していた男性が現れて立ち上がると同時に
気を失って倒れてしまいます。

急いで病院に運んだチャーリーは、賢治にも知らせようとしますが
梛子は首を振って断ります。
賢治の元には、天羽エミーと子どものアーサーが
アメリカから移って来ていたのです。


再び島木邸に集まった賢治は、
東郷の弁護人を務めるブレイクニイ少佐を交えて
みんなですき焼き鍋をつつきます。

アメリカ側が暗号電報をどう活用しようとしていたのかを
明らかにできる人物を考えた時、賢治がひらめきます。
「GHQのブラットン大佐は開戦当時にワシントンで
日本からの外交電報の傍受解読をやっていました」

すぐ会います、とブレイクニイ少佐は立ち上がります。


11月20日、弁護側の反対尋問が行われます。

元国務省スタッフのバランタイン証人に対し
ブレイクニイ少佐はいくつか質問しますが、
その回答の微妙なニュアンスひとつひとつに対し
賢治はモニターとして訂正を逐一入れていきます。

後ろから見守っていた部長は、時間の節約こそ大事なのだから
そんな細かいことは放っておけと賢治に指示しますが
モニターとしての仕事を全うしているだけだと自負する賢治は
人命よりも時間の節約か、と主張します。

宣戦布告でも最後通牒でもないと証人が主張した暗号電報が、
12月6日の夜、それに初めて目を通したルーズベルト大統領は
これは戦争を意味する、とつぶやいたとされています。

国務省がこの通牒を傍受したのは12月7日の午前10時であったため
日本軍が真珠湾の奇襲攻撃をする3時間半前には、
大統領は暗号電報を知っていたということになります。

つまりアメリカ当局は、当時の状況、発生に鑑みて
6日に傍受した暗号電報、すでにアメリカが入手した文書と合わせても
結局はどんなタイミングであろうと、これは戦争を意味するのだ、と
考えていたのではないかとブレイクニイ少佐は導き出したいのです。


島木は巣鴨プリズンの東郷に面会を求めます。

東郷はこれまでの裁判を振り返り、
日本側が日米交渉の内容をもっと正確に掴めていたなら
外交的努力によって
何とか戦争だけは避けられたかもしれない、と呟き

そして日本は、
近代戦争の何たるかをあまりにも知らなさすぎた、と
東郷は反省の弁を述べます。


はじめは洞窟のようなところに急ごしらえで立ち上げた天羽商会は
短期間でしっかりした建物の中に店を構えるなど
けっこう繁盛しているようです。

賢治は天羽 忠を訪れ、アメリカの柔道選手権で得たトロフィーを渡し
ふたりの弟・天羽 勇の結婚写真などを見せます。
幸せそうな勇の表情に、固かった忠の表情もほころびます。

「兄さん、あんなろくでもない裁判に関わらないで
 さっさと除隊したほうがいいよ」
忠は、戦争を始めたお偉いさんたちには、一様に無罪を主張しないで
日本男児らしく立派に腹をかっさばいて欲しかったと悔し涙を流します。

忠が戦争に行かせられたことで、
自分が生きるために人を殺してきたことが頭に残っているのです。

直接手を下すことはなかったにせよ、賢治も戦争に対しては
いろいろと思うところがあるようです。
「なぜこんな戦争が起こってしまったのか、オレはそれを知りたい」


山崎豊子 作『二つの祖国』より
脚本:市川 森一・香取 俊介
音楽:林 光
──────────
[出演]
松本 幸四郎 (天羽賢治)

島田 陽子 (井本梛子)

矢崎 滋 (伊佐新吉)
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沢田 研二 (チャーリー田宮)

多岐川 裕美 (天羽エミー)

鶴田 浩二 (東郷茂徳)
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渥美 國泰 (東条英機)
児玉 清 (島木文弥)

西田 敏行 (天羽 忠)
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制作:近藤 晋
演出:松岡 孝治

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