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2019年1月13日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(02)坊っちゃん

明治44(1911)年11月19日、
羽田の競技場で開催された国内初のオリンピック予選会で
韋駄天だ! と歓喜して、嘉納治五郎が出迎えた選手。

(参考記録ながら)当時の世界記録を27分も縮め
見事に優勝を果たし、彗星の如く現れた
日本初のオリンピック選手・金栗四三(かなくり・しそう)。


昭和35(1960)年──。

高座で、四三をこう紹介した古今亭志ん生。
その映像は、街のあらゆる街頭テレビに映し出され
弟子入り志願をした小松と知恵も、それをじっと見つめています。


明治10(1877)年・熊本。
物語は最後の内戦・西南戦争まで遡ります。
西郷隆盛率いる薩摩軍 対 政府軍。
その最大の激戦地となったのが「田原坂」です。


明治24(1891)年8月20日──。

「産まれるばーい! 産まれるばーい!!」
そこからほど近い玉名郡春富村山深い集落に
代々酒造業を営んできた旧家・金栗家はありました。

金栗家の家長・信彦は身体が弱く
六代続いた酒蔵を潰してしまう。
その反面、なぜか子宝には恵まれて
長男の実次(さねつぐ)を筆頭に四男三女をもうけました。

その下から二番目こそ、韋駄天・四三です。
父信彦が43歳の時に産まれたので、そう名づけられました。

ついでながら、遡ること1年前
後の古今亭志ん生こと美濃部孝蔵が東京神田で産まれたのは
明治23(1890)年6月5日のこと。


その明治24年、かの嘉納治五郎は熊本にいたそうです。
第五高等中学、後の熊本大学の校長に就任したのです。
治五郎を慕って小泉八雲が、後にはかの夏目漱石も
教授として五高にやってきました。

明治28年、治五郎の柔道を熊本でも見られるということで
その姿を見れば元気になるかもしれないと
寝込んでいた信彦がムクッと起き出して
同じく病弱の四三を連れて五高に向かいます。

春富村から五高のある熊本市まで10里、40km。
四三にとっては、父と初めての遠出で
期待と不安でいっぱいでしたが、
ヨロヨロの父の姿に、期待はすぐになくなります。

それでもやっとの思いで五高にたどり着き
ヘトヘトの信彦が座り込んでしまっている間
ひげ面の青年が、四三を高い高いして
治五郎の柔道を見せてくれました。

そもそもは、治五郎に抱っこしてもらったら
強く育つかもしれぬと祖母のスエが言い出したことがきっかけで
五高ゆきを決行したわけですが、抱っこはしてもらえませんでした。

しかし信彦は、抱っこをしてもろうたけん大丈夫たい! と
笑顔でうそをつきます。
家族の笑顔に囲まれ、何も言えない四三です。


尋常小学校へ進学した四三は、
実次の嫁・キヨメが産気づいた時
“ヒイヒイフゥ”というかけ声から
“スッスッハー”という呼吸法に着目します。

そして、規則的に2回ずつ
“スッスッハーハー”と息をすると
呼吸が苦しくないことに気づいたのです。


明治34(1901)年──。

四三は高等小学校へ進学。
往復3里、12kmを走る「韋駄天通学」を続けます。

ある夜、信彦が吐血したために
石貫村の村医者の春野先生を呼びに来た四三は
この距離を走って来たのかと、娘のスヤに驚かれます。

そして四三が春野先生を連れて家に戻って来た時には
父は亡くなっていました。
「生きろ……四三……父ちゃんの分まで……走れ……」
それが、最愛の父の四三への遺言でした。


明治38(1905)年──。

成績のいい四三は中学に進みます。
寄宿舎生活の四三は、週に1度
5里20kmの道のりを走って実家へ帰ります。

他の少年たちと同様、日露戦争の勝利に酔いしれる四三は
国のために働けという父の悲願でもあるし
海軍兵学校に進学したいという気持ちが芽生えます。

学力は自信があるものの、
身体検査と運動機能検査をクリアするために
玉名中学校の五条先生に教えてもらった“冷水浴”、
ただひたすら冷水を頭から浴びるという手法で鍛錬します。

ところが、四三は試験に落ちてしまいます。
なんと視力検査で不合格となったのです。

みんなの期待を一身に背負って受験したのに、
会わせる顔がない、と落胆する四三に
今は尚絅女学校に通っていて、父の死以来久々に会ったスヤは
「丈夫ならそれでよかたい!」と叱咤します。


同じころ、孝蔵は派手に吉原で遊び
代金をふんだくって逃げている最中。

隠れようと飛び込んだのが、橘家円喬の高座で
これまた都合良く『付き馬』をやっているところでした。
感情の足りない客の家までくっついて行って
金を取り立てる若い衆の噺です。

円喬は噺家の売れっ子の大看板で、
孝蔵はこの世界に引き込まれます。
この人になら弟子になってもいい、
と思うようになったほどです。


昭和35(1960)年──。

実際に付け馬に追いかけ回されて
生涯の師匠に出会えたわけですから、
たまにはスポーツも悪くはないものですな!

大人になった志ん生は、照れながら振り返ります。


明治38(1905)年──。

走り続ける四三を呼び止め、親友の美川秀信が言います。
「金栗くん。僕はね、東京高等師範学校を受けることにしたよ」

東京高等師範学校といえば、教育者を育てる学校です。
感心しながら募集要綱の冊子を開けば
挨拶文として目に飛び込んできたのは、
治五郎の名前です。

四三の眼が、変わります。


※この物語は史実を基にしたフィクションです※


作:宮藤 官九郎
音楽:大友 良英
題字:横尾 忠則
噺(古今亭志ん生):ビート たけし
──────────
[出演]
中村 勘九郎 (金栗四三)
綾瀬 はるか (春野スヤ)
生田 斗真 (三島弥彦)
勝地 涼 (美川秀信)
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森山 未来 (美濃部孝蔵(語り))
神木 隆之介 (小松)
橋本 愛 (小梅)
──────────
松尾 スズキ (橘家円喬)
──────────
中村 獅童 (金栗実次)
田口 トモロヲ (金栗信彦)
宮崎 美子 (金栗シエ)
──────────
杉本 哲太 (永井道明)
古舘 寛治 (可児 徳)
竹野内 豊 (大森兵蔵)
役所 広司 (嘉納治五郎)
──────────
制作統括:訓覇 圭・清水 拓哉
プロデューサー:岡本 伸三・家冨 未央
演出:井上 剛


◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『いだてん』
第3回「冒険世界」

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜
BS4K:午前9時〜

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