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2019年4月28日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(16)いざベルリン

大正3(1914)年、2年後のベルリンオリンピックを目指し
マラソン一本で生きる覚悟を決めた我らが韋駄天。
嘉納治五郎の厚意により、東京高等師範学校の研究科に
籍を置いて練習に励むことになりました。

 

ただ、永井道明からの条件で、
新生活を始めるにあたり、東京高師の寄宿舎を出て
まずは暮らす場所を探さなければなりません。

 

金栗四三は、足袋の協力をもらっている
東京大塚の播磨屋・黒坂辛作の作業場兼自宅の2階を
間借りすることにします。

 

辛作が作った特別仕様の足袋で
四三がオリンピックに出場したことは知れ渡っておりまして、
最近では東京高師だけでなく、明治や早稲田の学生も
わざわざ購入しにやって来るほどです。

 

辛作は四三のために、ベルリンのような舗装路の多い場所用に
かかとの当て布を増やし、足首が動きやすくなるように
高さを少し低くするように工夫してみることにします。

 

 

四三がベルリンオリンピックを目指していた頃
美濃部孝蔵(三遊亭朝太)は、どさ回りの一座をクビになり
万朝と浜松辺りをうろうろしていました。

 

旅館に泊まり、飯をたらふく食い、酒を呑み
ただ飯がバレて牢屋に入れられてしまった朝太は
新聞紙の記事に目が奪われます。

 

師匠の橘家円喬が48歳の若さで亡くなったのです。
この世で立った一人、自分を認めてくれた人が──。

 

 

朝になり、四三は毎朝の日課の水浴びをしようと
木たらいに水を汲んでいたところ、
道を挟んだ向かいの二階で、遠くに見える山を見ていた
娘と顔を会わせます。

 

その娘は、スウェーデンオリンピックの前に
テーブルマナーでお世話になった三島家女中のシマであります。
再会を喜ぶふたりです。

 

シマは三島家から暇をもらい、ここの部屋で下宿して
近くのミルクホールで働きながら
東京女子高等師範を目指して勉強中なのです。

 

 

シマの働くミルクホールで、治五郎と可児 徳、四三、シマは
届いたばかりのオリンピックのシンボルマークを見ます。

 

ブルー、ブラック、レッド、イエロー、グリーンの
5つの輪がつながったマークです。
IOC20周年を記念して、
会長のクーベルタン自らが考案したそうです。

 

アジアも含まれていることを知った四三は、
四三と弥彦が先駆者として出場した結果だと治五郎に言われ
純粋に嬉しく、晴れ晴れとした表情です。

 

この五輪マークが生まれた直後、海の彼方のサラエボで
皇位継承者が凶弾に倒れてしまいます。

 

このサラエボ事件をきっかけに、欧州は
イギリス・フランス・ロシアを中心とした連合国と
ドイツ・オーストリアの中央同盟国に二分され
またたく間に戦乱に巻き込まれたのです。

 

ベルリンオリンピック反対の声も出始めますが、
もしそうなれば、五輪のひとつが欠けるわけで
そうならないために、四三の活躍は必須です。

 

 

朝太を知っている酒屋のちいちゃんが
朝太が捕まっていることを知り、
庄吉に身元を引き受けてもらおうとしますが、
庄吉は庄吉でそれどころではなく、

 

次男のまーちゃんが慢性盲腸炎と大腸カタルを併発して
腹痛と下痢がひどくなっております。
田畑家のまーちゃんというのは、昭和39(1964)年の
東京オリンピック誘致の立役者である田畑政治(まさじ)です。

 

 

牢の中で、同じ囚人の親父に噺を聞いてもらう朝太ですが
そんなによく長い噺を覚えているなあと感心されることはあっても
親父は眠くはないのに眠ってしまうほど、おもしろくはありません。
なんなら、バナナを食っている時の方が面白いわけです。

 

おいしいものをおいしそうに食う、
おもしろいものをおもしろそうに話す、
それをやってみたらいいじゃないか、とアドバイスをもらった朝太は
始めこそ反発しますが、それもそうだと納得して感情を入れてみます。

 

そうしているうちにちいちゃんに宿賃を金を立て替えてもらって
牢を出された朝太は、髪の毛を短く切って
『浜松勝鬨亭』の三遊亭小円朝の下に戻ります。

 

それから、田舎の寄席で一から修行のやり直しです。

 

 

四三はベルリンを目指して真夏の海で猛特訓に打ち込んでいました。

 

四三から幾江とスヤに送られた手紙には、
陸軍戸山学校グラウンドで開催された日本陸上競技大会で
2時間19分30秒という驚異的な早さで優勝したとありました。
世界新記録を出したのです。

 

夏の猛特訓で行った水しぶき走法が功を奏したようです。

 

 

大正4(1915)年1月。
四三は盆にも正月にも熊本に帰省せず、練習に打ち込んでいました。
大正4年はオリンピック予選の年なのです。

 

分かっていながらも、どこか寂しげなスヤを見て
幾江は、ポンと背中を押します。
「あの山越えて、行ったらよか」

 

 

来てしもうたばい──。

 

スヤが、あの山越えて
東京にやってきた、ちょうどそのころ
永井の秘蔵っ子、二階堂トクヨが
3年間のイギリス留学から帰国します。

 

治五郎としては、ベルリンオリンピックに関する
予算を申請したいところですが、
欧州では戦争が続いていて、それどころではなさそうです。

 

 

四三の部屋を掃除していたスヤ。
四三とスヤの、久々の対面。

 

ですが、これまで一日も欠かさずに
練習に打ち込んで来た四三にとって
スヤが来てしまうと、甘えが出てしまいます。
甘えは、堕落への入口である、と。

 

すまんが、帰ってくれ──。

 

泊まらずそのまま熊本に戻ったスヤを連れて
幾江が金栗実次の元に怒鳴り込みに行ったのは
言うまでもありません。

 

 

そんなことは全く意に介さず、四三25歳、世界記録をマーク。
選手としてピークを迎え、ベルリンオリンピックでは
金メダル間違いなしと期待されていましたが、

 

その舞台であるヨーロッパでは戦争がさらに激化して……。

 

「早く、言ってあげたほうがいいのでしょうか」
「言えるかね? キミ」
四三の練習を、眺めている治五郎と可児です。

 

 

金栗さーん、金栗さーん、起きてー!
向かいの部屋からシマが声をかけますが、
カーテンは閉まったままで、応答がありません。

 

「ねえちゃん、今日はそっとしといてやんな」
玄関を出てきた辛作が教えてくれました。

 

大正4年6月、
ベルリンオリンピックの中止が報じられました。

 

部屋の壁に貼付けた、気持ちを鼓舞する走り書きも
今の四三には邪魔であって仕方ありません。
感情に任せてはぎ取り、細かくちぎって悔し涙を流します。

 

スヤは中止の新聞報道を見るやいなや
幾江に東京行きの許可をもらいます。

 

 

※このドラマは、史実を基にしたフィクションです。

 


 

作:宮藤 官九郎
音楽:大友 良英
題字:横尾 忠則
噺(古今亭志ん生):ビート たけし
──────────
[出演]
中村 勘九郎 (金栗四三)
阿部 サダヲ (田畑政治)
綾瀬 はるか (池部スヤ)
生田 斗真 (三島弥彦(回想))
杉咲 花 (シマ)
永山 絢斗 (野口源三郎)
──────────
森山 未来 (美濃部孝蔵(語り))
柄本 時生 (万朝)
──────────
根岸 季衣 (田畑うら)
松尾 スズキ (橘家円喬)
──────────
中村 獅童 (金栗実次)

 

松坂 桃李 (岩田幸彰)
松重 豊 (東 龍太郎)
──────────
杉本 哲太 (永井道明)
三宅 弘城 (黒坂辛作)
古舘 寛治 (可児 徳)
永島 敏行 (武田千代三郎)
岩松 了 (岸 清一)
寺島 しのぶ (二階堂トクヨ)
大竹 しのぶ (池部幾江)
役所 広司 (嘉納治五郎)
──────────
制作統括:訓覇 圭・清水 拓哉
プロデューサー:岡本 伸三・大越 大士
演出:大根 仁

 

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

 

NHK大河ドラマ『いだてん』
第17回「いつも二人で」

 

デジタル総合:午後8時〜
BSプレミアム:午後6時〜
BS4K:午前9時〜

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