« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月30日 (月)

診断書余談話

診断書が2通出るから、6,000円が吹っ飛ぶ、と書いた
記事の余談話です。


Kassyの主治医の先生は、まぁ一般的なお医者さんよりも
「字がきたない」(笑)。
これは、当の先生もおっしゃっていたことなので
ブログに書いても何ら問題ないでしょう(笑)。


医療費の個人負担を減らそうという
市役所提出分の診断書は、まったく同じフォーマットで
パソコンで入力してプリントアウトしてくださったのですが、
先生曰く「審査する際に読めない診断書は破りたくなるから」とのことでした。


もう一通の、会社宛の診断書もパソコン入力仕上げです。

続きを読む "診断書余談話"

| | コメント (0)

2019年9月29日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(37)最後の晩餐 ~~

昭和12(1937)年、
オリンピック開催決定のお祭り騒ぎに異議を申し立てる
ひとりのひねくれものがおりました。

一触即発の日中関係と平和の祭典…。
国防費のためにと国民に我慢と緊張を求める一方で
オリンピックというお祭りを開催するという…。
相反する二つに対して説明できないのであれば、
オリンピックを開催する資格はない!

かの河野一郎氏であります。

7月7日、北京・盧溝橋で起きた、
日本軍と中国軍の衝突をきっかけに
日本と中国の全面戦争がはじまります。

戦争が始まっても、
オリンピック関係の準備は進められたのですが、
国立競技場で行うか神宮外苑で行うか揉めにもめます。
「紀元2600年の祭典、真剣にやらんと赤っ恥かくぞ!」

続きを読む "大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(37)最後の晩餐 ~~"

| | コメント (0)

2019年9月28日 (土)

西鉄200形電車

引退してもう何年になるのでしょう。
西鉄線をむかし走っていた200形電車の
1/1スケール模型(=実物大の実物)の
見学会にお邪魔してきました。


 


おいらが小学生の頃は、まだ大牟田本線を300形電車が走っていた時代。
学習塾の帰りに、30分ぐらい出るのを遅くすれば、
決まってやってきていた300形電車。


その300形電車に乗りたくて、30分遅く出たいために
塾の先生にありもしない質問をしたり、プリントもらったりして
時間稼ぎをしていたのがまるで昨日のよう。


そして休日には、同じ団地内に住む弟分の少年たちを引き連れて
第3セクター化したばかりの甘木鉄道に乗車体験に行き、
でもおいらの本当の目的は、甘木線内を走る200形電車に乗りたくて
それに乗って帰ってくるという社会科見学?も行い。


それに飽き足らず、親に内緒でひとりこっそりと甘木線に乗りに行っては
あまりの興奮に鼻血をブーと出してしまい
ばれないように血をぬぐっていたところ、
向かいに座るおばちゃんにそっとティッシュをもらったり。


いつものように甘木線電車を待っていると、
丸っこい200形ではなく平べったい60形電車がやってきて
まるで当たりを引いたような幸福感にひたったり。


大牟田本線から甘木線に分岐する宮の陣駅で、
グググイッと急カーブするあの曲線美に
子供ながらに見とれてしまったり。


ツートンカラーの300形、200形の電車には、
そんなKassy少年の「夢」がつまっていたような気がします。

続きを読む "西鉄200形電車"

| | コメント (0)

2019年9月27日 (金)

連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(223)~(225)

山形から帰ったおしんは、ひどく後悔していました。

もともと大した援助は期待できなかったわけですが、
それでも人に頼ろうとしたのがくやしかったのです。
戻ってきたおしんは、自力で何とかしてやろうと
担ぎ屋で稼いで家を出る決心を固めます。

雄が軍隊で仲間だった川村が、おしんを訪問します。
「自分は、田倉候補生の遺品をお届けに上がりました」

雄は昭和20(1945)年4月18日、
ルソン島で“名誉ある死”を遂げたとのことでした。
いろいろ持ち帰ろうとしたのですが、
日記だけになったことを詫びますが、

その実は、雄は餓死したのでした。
「あれは人間の世界じゃない!」
あんな戦場に送り出した軍隊も、
そうさせた戦争も憎い、と。

そして、力尽きて逃げられない雄を助けて
帰国させてやれなかったことを泣いて詫びる川村に
おしんはお礼を言います。

その日の夜、おしんは若かりし頃にもらった俊作兄のハーモニカを吹きます。
それは、戦争の犠牲となった竜三と雄の鎮魂歌でもあったのです。

続きを読む "連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(223)~(225)"

| | コメント (0)

2019年9月26日 (木)

キミにエールを

自宅最寄りのコンビニに寄った時、
珍しくレジに5人ぐらいが並んでいました。


どうやら先頭のじいさんが、
クーポンでお茶を数本買おうとしていて、
店員さんとああでもないこうでもないと
やり取りをして、レジが停滞している様子。


じき、店員さんの説明にじいさんは納得したようで、
いったんレジを離れたすきに
長蛇のお客さんのお会計をこなしていた店員さん。


Kassyは、特に急ぐでもなかったので、
のんびりと長蛇の最後尾に並んでレジを待っていたら、
Kassyのすぐ前のおじさんが
烈火のごとく怒りだしました。

続きを読む "キミにエールを"

| | コメント (0)

2019年9月25日 (水)

日ごろの行い

バス路線の取材を行うにあたって、自分なりに、
こうだったらいいな! と決めていることがあります。
「起点から終点まで乗りとおすこと」
「できたらすぐに折り返せること」
「できたら往路とは違う乗務員さんの車両に乗ること」
今回乗車する路線はF日市からH木なので、
ひとつめはクリアできているのですが
問題はふたつめとみっつめです。
F日市13:59発→H木15:13着、14:35→15:52、14:59→16:14の順で、
それを逃すと17:21→18:38まで空きが出ます。
現在12:50なので、すでに1時間待ちは確定しているのですが、
その分、帰りでスムーズな乗り継ぎで
なんとか挽回したいところです。
しかーし。
調べてみましたら、最速で15:13にH木に到着しても、
H木発の最早でも17:39しかないことが判明。
出発時間に近づけて、F日市を14:59に出ても、
H木で1時間強待たされるわけです。
まぁなんと、日ごろの行いがわるいことか。
なので、時間帯を大きく変えてみて、再チャレンジしたいと思います。

| | コメント (0)

2019年9月24日 (火)

クモ

世間一般的には、その見た目のグロさから
害虫として扱われることの多いクモですが、
ホントは人間になくてはならない益虫であることを、
シロアリ業界にちょこっと在籍したワタクシは知っております。
有名どころでいえば「アシダカ軍曹」とか「アダンソン先生」などでしょうか。
両者とも、動くものはとにかく捕獲します。
ゴキブリやハエなど、
およそ人間界において害虫といわれるものは
特にパトロールを欠かしません。
おまけにクモの巣を張らないし、人間には危害を加えず、
家にえさがなくなると、まるで風来坊のように出ていきます。

 

トイレに行けばちょこちょことついてくるし、
トイレから出ればぴょーんぴょーんと出てくるし、
必死こいて机に向かっていたら、
邪魔しない程度に周辺をパトロールしてくれます。
もう飼いたいぐらい! とは思うのですが、
決して飼うことはしません。
なぜなら、えさとなる害虫を
こんどはKassyが捕獲してえさとして与えなければならないからです。
ソレダケハヤダ(笑)。

| | コメント (0)

2019年9月23日 (月)

診断書

2つの病院にかかっています。

うち1つは、いろいろとありまして、
医療費やらなんやらの手続きが面倒。

きたる9月30日には、その手続きの一環として
医師の診断書を取得せねばならないのですが、
1通は居住市役所へ、
そしてもう1通は勤務先に提出しなければならない分です。

よって請求は2通分、しめて6,000円。
これがまた額が大きすぎて(笑)。

これからどれぐらい、この病気とお付き合いするのかは分かりませんが、
トホホな気分です。

| | コメント (0)

2019年9月22日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(36)前畑がんばれ ~運命の決選投票! 東京開催なるか?~

「がんばれ! がんばれ! 前畑がんばれ! 」

まーちゃんこと田畑政治の激励も、もしかしたら
前畑秀子にはふざけて聞こえたのかもしれません。
うんざりしてまーちゃんをプールに突き飛ばします。
頑張って取れるんやったらロサンゼルスで取っとるわ!

しかし、本人の頑張りとは別に
新聞記事で世界新記録への期待をあおられたら
金メダルを取ってくるまで帰ってこれません。
この時ほど、世界新記録を取ったことを悔やんだ日はありませんでした。

 

1936(昭和11)年8月1日、ベルリンオリンピック開幕。
朝晩、平和の鐘が鳴り響き、歓声が上がり、国旗が風になびき
聖火は夜も灯り、そして前畑は…眠れません。

10分の1秒、10分の1秒、10分の1秒…。

続きを読む "大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(36)前畑がんばれ ~運命の決選投票! 東京開催なるか?~"

| | コメント (0)

敗者復活戦

特に負けたわけではないけれど、
自然消滅のうちに
「気持ち」を伝える記事がなくなって一年半。

今は毎週日曜日の「いだてん」記事と、
毎週金曜日の「おしん」記事、
そして隔週木曜日の「ヤッテキ!!」に絞って
お届けしておりますこの「それゆけ!! Kassy号~♪」、

パソコンも新しくなったことだし、
せっかくだから「思ったこと、考えたこと」を
ちょくちょく復活したいと思います。

今まではただがむしゃらに「毎日更新!」をうたっていたけれど、
そりゃこれからもうたっていきたいけれど、
無理して進めるのではなく、
できたら、というニュアンスにこっそりと変えておきます。

また続かなくなったらしばらく休めばいい。
今は、一歩一歩進んでいくことだけが大事。
それが、自分が自分に対して出した答えです。

こんな気ままなブログですが、
人よりもメンタルで弱い弱いKassyですが、
これからもよろしくお願いします。

あたたかく見守ってやってください。

 

| | コメント (3)

2019年9月20日 (金)

連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(217)~(222)

昭和20(1945)年8月15日正午、
おしん、竜三、初子、希望の四人は居間に正座して
ラジオで、天皇の玉音放送というものを聞きました。

終戦の詔勅でした。
満州事変に始まった15年にわたる戦争の時代は、
ようやく終わったのです。

しかし終戦とはどういうものなのか
おしんにも誰にも見当がつかなかったのです。

「天皇陛下ってこんなお声だったのか」
希望が穏やかな声で沈黙を破ると、竜三は
天皇陛下が自ら国民に向かって放送なさるとは
恐れ多い、前代未聞だ、と嘆きます。

おしんは、戦争が終わったといっても
実際のところは戦争に負けたのであって
負けたのなら、日本という国はどうなるのか
自分たちはどうなるのか不安でたまりません。

 

竜三は、軍のおかげで仕事らしい仕事もさせてもらえて
隣組の組長として戦争への協力も押し付けてきたし
自分の勧めで少年兵として航空隊に入った者もいる。
人は、そんな自分の生き方を間違っていると言うでしょう。

おしんは、それは竜三の責任ではないとフォローしますが
軍の命令を断ることもできたのにそれをしなかった自分には
そういった責任を背負わなければならないとつぶやきます。

「私の人生で素晴らしかったことは、お前と出会えたことだ」
ありがとう、と竜三は頭を下げます。

続きを読む "連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(217)~(222)"

| | コメント (0)

2019年9月19日 (木)

vol.280・健康診断共感編

vol.280・健康診断共感編 (パーソナリティ:Kassy)

 

第280回放送です。

健康診断あるあるです。やはりみなさん、洋服分に加えてお化粧分も引いて! と
少しでも軽くありたくて乙女心全開ですね。ほほえましいです。
そんな、だれもが共感できる内容をご紹介します!

 

今回のListening Pointは……

ZZzz....

 

番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

| | コメント (0)

2019年9月15日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(35)民族の祭典 ~運命の決選投票! 東京開催なるか?~

昭和36(1961)年、秋。
知恵と五りんは、足袋の播磨屋に向かいます。
取材もかねてということでしょうが、五りんにはもう一つ
播磨屋に行って確かめたいことがありました。

ショーケースの中を覗き込むと、たくさんの足袋が陳列してありました。
金栗四三のオリンピックのもう一つの立役者・
金栗足袋を生み出した播磨屋こと黒坂辛作の家です。

 

昭和11(1936)年に話を戻します。
5年ぶりにいだてんこと金栗四三が帰ってきました。
来たる東京オリンピックが実現した暁には、
聖火ランナーとして走ってほしいとの嘉納治五郎からのオファーなのです。

辛作は不在のようで、少女が辛作を呼びにやってきましたが、
よーく見ると、関東大震災で行方不明になった
シマにうり二つです。

それもそのはず、この少女はシマの娘で、りくといいます。

 

この時に、みんなが集まって撮影した写真が、
五りんが覗いている家に残されていました。
しかし五りんには、母親がどこに写っているのか、幼いころに別れた父親は写真の中のだれなのか、
まったくわかりません。

辛作は、五りんのつぶやきにじっと耳を傾けながら、黙って作業を続けます。

続きを読む "大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(35)民族の祭典 ~運命の決選投票! 東京開催なるか?~"

| | コメント (0)

2019年9月13日 (金)

連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(211)~(216)

昭和18(1943)年秋。

 

文化系学生の徴兵猶予が打ち切られ、
20歳になっていた雄は、
大学生活半ばで京都の下宿を引き払い
伊勢の両親の家に帰って来ていました。

 

学生の間だけは兵隊に取られることはないと
信じていたおしんには思いがけないことで
もう雄を失ったような心境ですが、
少しの辛抱だ、と竜三はおしんを励まします。

 

夜、おしんは雄の部屋を訪ね
“軍国の母”のような、お国のためにという立派なことはいえないが
雄が納得できる生き方ができるのであればそれでいい、と諭します。
雄の人生は雄だけのものだから、と。

続きを読む "連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(211)~(216)"

| | コメント (0)

2019年9月 8日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(34)226 ~戒厳令下の五輪招致~

赤坂・田畑家。
雪がしんしんと降る中を、
行軍の不気味な踏み鳴らす軍靴の足音だけが
あたりに響いて赤坂表町へ向かっておりました。

そして熊本の池部家では、主の金栗四三が
今の暮らしに嫌気がさして家でする真っ最中。

売れっ子噺家になりつつある美濃部孝蔵が
なめくじ長屋から引っ越そうとしたのもこの日。

昭和11(1936)年2月26日、午前5時。
天誅! の号令とともに銃声が響き渡ります。

これが、首都東京を震撼させた「二・二六事件」の始まりでした。

 

午前6時半、朝日新聞社では号外の準備に大わらわです。
しかし警視庁には軍隊がべったりと防御していて全く情報が入ってきません。
首謀者は、皇道派の影響を受けた青年将校で
「昭和維新」「尊皇斬奸」をスローガンに決起。

「岡田首相がやられたらしい」という声に
一同はびっくりして作業の手が止まってしまうほどです。

続きを読む "大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(34)226 ~戒厳令下の五輪招致~"

| | コメント (0)

2019年9月 6日 (金)

連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(205)~(210)

昭和14(1939)年、戦争の影は
国民生活にも重くのしかかっていました。

社会主義から転向した浩太が
過去と決別するために並木香子と結婚し、
網元のひさも、石油の統制で家業に見切りを付け
東京の息子のところへ去りました。

京都第三高等学校に進学した雄が
冬休みを利用して帰省してきました。
竜三からの手紙で、工場の開所式を行うから
見に来い、と言われていたのです。

その開所式も無事に終わり、
昭和15(1940)年の新春を家族揃って迎えます。
しかし中国大陸では、蒋介石の戦意が衰え
日本は苦戦を強いられて泥沼の様相を呈していました。

続きを読む "連続テレビ小説おしん・太平洋戦争篇(205)~(210)"

| | コメント (0)

2019年9月 5日 (木)

vol.279・健康診断災難編

vol.279・健康診断災難編 (パーソナリティ:Kassy)


 


 


第279回放送です。


 


ついに、ついにKassy部屋にWindowsが導入されました。しかもデスクとノート1台ずつ。
これらをどう活用するかは自分次第だと気合を入れて、ヤッテキ編集しましたよ!
まずは自分の身に起こった、健康診断でのトラブルのおはなしから~。


 


 


今回のListening Pointは……


はだける


 


 


番組に関するご意見・ご感想は、
この記事のコメント欄へお願いいたします。

| | コメント (0)

2019年9月 1日 (日)

大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(33)仁義なき戦い ~~

第12回オリンピック大会開催の地を、ローマと競ったのでは、
日本にはほぼ勝ち目はありません。
そこで嘉納治五郎は奇策に打って出たのです。
「いっそ譲ってもらうというのはどうだろう」

まず、腰痛悪化の治五郎に代わり、
新米IOC委員の副島道正伯爵がローマへ赴いて
ムッソリーニ首相を説得にあたることになりました。
この対面に一肌脱いだのが、駐イタリア大使の杉村陽太郎という男です。

1935(昭和10)年1月14日、ローマに到着した
副島とまーちゃんこと田畑政治。
そこに杉村も加わって、ムッソリーニに説得に当たります。

しかし、ローマに到着したころに感じていた副島の寒気が、
日を追うごとにどんどんと悪化していきます。

そして…。

副島は、ムッソリーニを一目見た瞬間、血が上って倒れてしまいます。
「長旅の疲労による肺炎です。1ヶ月の休養が必要」
「え? 余命1ヶ月? 副島さん…」

続きを読む "大河ドラマいだてん 東京オリムピック噺・(33)仁義なき戦い ~~"

| | コメント (0)

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »