プレイバック信長 -KING OF ZIPANGU-・(08)鬼の栖(すみか)
【アバンタイトル】
信長の生まれた16世紀初頭、日本人にとっての外国は
朝鮮半島とそれにつながる中国と天竺だけだった。
今でいうインドのことである。
一方ヨーロッパでは、そのころ世界一周を果たし、
ごく一部の人たちだけではあったが、
地球は丸く、多くの国々があることを知っていた。
天正少年使節は、そんなヨーロッパを訪れ
多くの人たちに、日本人とはいかなる人種なのかを知らせることになった。
彼らは、信長の死ぬ4ヶ月前に長崎を発ち、途中インドのゴアなどに寄り、
喜望峰を経てポルトガルのリスボンに着いた。
その後スペインに入り、アリカンテの港からまた船に乗って地中海を進み
トスカーナ公国のリヴォルノ港に上陸した。
彼らは行く先々で大歓迎を受け、ローマに達したのである。
だが、8年ぶりに日本に帰ってみると、
日本はすでに豊臣秀吉の時代になっていて、
キリスト教は禁止されていた。
やがて、日本は鎖国の時代に入ったのである──。
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