« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »

2020年3月31日 (火)

プレイバック信長・(25)野望

【アバンタイトル】

当時、都の人たちにとって、織田信長という田舎大名は知る由もない人物だった。
その信長が、東の方から数万の軍勢を率いて、いきなり上洛してきたのである。
上から下まで大騒ぎになったようだ。
家財道具をもって逃げ出す者も多かったという。

朝廷からも信長軍に「上洛するらしいが、洛中で略奪暴行が起こらぬよう、
くれぐれも軍規を引き締めなさい」という命令書が発せられた。
正親町天皇も、祈祷を行ったほどである。

信長軍は、上洛すると本陣を東寺に置き、足利義昭は清水寺に陣を敷いた。

東寺は京の都、いわゆる平安京の入り口あたりに建てられたものであるが、
信長がそこを本陣としたのは、都を背に、大坂方面の敵を見渡すためであった。
当時、この寺は都のはずれで、その先はもう田畑の広がる田園地帯であったようだ。
信長にとってその景色は、まさに天下からの眺めであったに違いない──。

続きを読む "プレイバック信長・(25)野望"

| | コメント (0)

2020年3月29日 (日)

大河ドラマ麒麟がくる・(11)将軍の涙 ~今川織田和睦の為 光秀は将軍のもとへ~

天文18(1549)年 11月。
尾張の織田信秀のもとに人質として置かれていた三河の松平竹千代は
駿河の今川義元のもとへ送られることになりました。
今川方に捕らえられていた信秀の息子・織田信広との人質交換のためです。

この人質交換は、一進一退を続けていた東海地区の覇権争いに大きく影響するものでした。
城を奪われた武者として、満身創痍で帰ってくるべきものを
信広は無傷で帰ってきたことに、信秀は非常に腹立たしく
自分も肩の古傷がもとで弓を強く引けない身体になってしまったことをふがいなく感じています。

一方、駿河館に入った竹千代は、今川義元の歓待を受けますが
「私は三河へいつ帰していただけるのでしょうか」との竹千代の疑問に
義元と信秀が争う現状ではいずれ三河は滅びると太原雪斎は竹千代を見据えます。
三河国内を鎮めるまでの辛抱、と義元に言われて竹千代は一礼します。

続きを読む "大河ドラマ麒麟がくる・(11)将軍の涙 ~今川織田和睦の為 光秀は将軍のもとへ~"

| | コメント (0)

2020年3月27日 (金)

プレイバック信長・(24)天下布武

【アバンタイトル】

将軍・足利義輝が暗殺された後、その弟・義昭が
越前朝倉義景を頼ったのは、偶然のことではない。
朝倉家は代々将軍家に忠節を尽くし、
特別に近しい間柄にあったからである。

この朝倉家に、『朝倉敏景十七箇条』という家訓が残っている。

そこには、奉行などは世襲にせず、有能で忠義心の強いものを選べばよいとか、
名人の作った高価な太刀より、安い百本の槍の方が強いとか、
地位ある家臣は城下に住み、その領地には代官を置けばよいなどと
合理的で兵農分離を意味するようなことが記されている。

信長の時代より半世紀以上も前のことである。
もしこの家訓が、本当に当時のものとすれば、
戦国時代の初めのころから、大名は
領国経営の矛盾と合理化の必要を感じていたことになる。

時代は、最初その矛盾もゆっくりとした速度で積み上げ、
やがて飽和状態となって一挙に爆発するのだろうか…、
火山のように──。

続きを読む "プレイバック信長・(24)天下布武"

| | コメント (0)

2020年3月24日 (火)

プレイバック信長・(23)京への道

【アバンタイトル】

その昔、中国人は自分たちの国が世界の中心だと思っていた。
そして地方には文化の低い国々が広がっていると信じていた。

そこで、北方の国々を「北狄(ほくてき)」と呼んであざけっていた。
西方を「西戎(せいじゅう)」と言った。
東方にある日本は「東夷(とうい)」と言った。
そして南方の国々を「南蛮(なんばん)」と言った。

当時の日本人がポルトガル人を南蛮人と呼んだのは、
中国のこの表現をそのまま使ったものである。
ポルトガル人はインドやマカオを通って、
まさしく南の海から現れたからである。

ちなみに日本国内でも、京の都の人たちは
都の東側の地域を「東夷」と言ってあざけった。
信長は、まさに東側に住む東夷のひとりである。

その信長がついに美濃を平定し、今、東から京の都へ目を向け始めていた。
フロイスたち宣教師も、都での布教を目指していた。
京の都は、東夷からも南蛮からも、
熱いまなざしをもって見られることになったのである──。

続きを読む "プレイバック信長・(23)京への道"

| | コメント (0)

2020年3月22日 (日)

大河ドラマ麒麟がくる・(10)ひとりぼっちの若君 ~信長家康光秀 一堂に~

「先生……私ダメです。ダメみたいです」
天文18(1549)年・夏、駒は望月東庵にポツリとつぶやきます。
心配する東庵をよそに、駒は放心状態のまま
町の市場へとぼとぼと歩いていきます。

その視線の先には、鮮やかに華やかに踊り舞う、
伊呂波太夫率いる芸人一座の行列に向いていました。

続きを読む "大河ドラマ麒麟がくる・(10)ひとりぼっちの若君 ~信長家康光秀 一堂に~"

| | コメント (0)

2020年3月20日 (金)

プレイバック信長・(22)美濃攻略

【アバンタイトル】

信長はいま宿願の美濃制圧を成し遂げようとしていたが、
彼の前半生は過酷であった。

信長は尾張那古野に産まれたが、当時尾張国内には勢力争いの嵐が吹き荒れていた。
信長は6歳の時に父母から離され、那古野城主になった。
そして15歳になると、美濃斎藤道三の娘・帰蝶と政略結婚をさせられた。
だが、間もなく父・信秀が死に、頼りの平手政秀も自害して去った。

それからが、信長の正念場であった。
尾張の覇権争いが激化し、血で血を洗う戦いとなったのである。
まず尾張守護が消え、次に守護代が消え、信長の叔父たちも消えていった。
そしてついに信長は、末森城主で弟の信行を殺すことになったのである。

やがて尾張は平定されたが、それもつかの間、
大敵・駿河の今川義元が攻めてきたのである。桶狭間で戦いとなった。
信長はこの戦いで奇跡の勝利を治め、一躍脚光を浴びる存在となった。
27歳の時である。

その後、彼は本格的に美濃を攻めるため、城を清洲から小牧山へ移したが、
その間に帰蝶は去り、しのはこの世を去った。
いま信長は、前半生の総決算をしようとしていたのである。
33歳になっていた──。

続きを読む "プレイバック信長・(22)美濃攻略"

| | コメント (0)

2020年3月17日 (火)

プレイバック信長・(21)将軍暗殺

【アバンタイトル】

信長が美濃攻めのため、居城を清洲から小牧山へ移したころ、
東側の脅威は、甲斐の武田信玄、越後の上杉輝虎であったが、
西側にも用心すべき国々があった。

まず、琵琶湖の北で勢力を伸ばしていたのが湖北の浅井長政、
彼と同盟関係にあった越前の朝倉義景、
そして、浅井とも時々戦っていた湖南の六角承禎、
さらに南に下がって、伊勢の神戸具盛、北畠具教である。

ではこのころ都の様子はというと、将軍足利義輝を擁して権勢をふるっていた
三好長慶が死んで、その家老・松永久秀が待望を抱くに至っていた。
松永は、京の所司代の職にあって、以前からその実力を発揮していたが、
あらためて将軍をあやつり、天下の実権を握ろうとしていた。

そんな松永に将軍は大いなる不満を持ち、
ふたりの間には、険悪なものが漂い始めていた。
だが、信長の目は、まだ北の美濃に向けられていて、
都の動静に目を向ける暇はなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(21)将軍暗殺"

| | コメント (0)

2020年3月15日 (日)

大河ドラマ麒麟がくる・(09)信長の失敗 ~いよいよ信長 本格登場!~

美濃と尾張の同盟の証として、斎藤利政の娘・帰蝶は
織田信秀の嫡男・信長のもとに嫁ぎます。
人質同然の身となったわけです。

尾張と美濃の同盟は、大国駿河の今川義元を刺激します。
三河の松平家を巻き込み、嵐の予感です。
「松平家の汚辱を晴らすのは今ぞ。織田と戦じゃ!」

続きを読む "大河ドラマ麒麟がくる・(09)信長の失敗 ~いよいよ信長 本格登場!~"

| | コメント (0)

2020年3月13日 (金)

プレイバック信長・(20)伴天連フロイス

【アバンタイトル】

信長が美濃を攻めていたころ、宣教師ヴィレラたちは
将軍から許可状をもらって京都で布教を始めたが、
思うような成果はあげられなかった。
その上、仏教側の排斥運動などもあって、堺へ逃げたり、また京都に戻ったりしていた。

だが九州地方ではそれなりの布教聖火があげられていた。
当時、豊後国府内にいたトルレス神父は、平戸に続いて、肥前国大村の領主・大村純忠と交渉し、
横瀬浦にポルトガル船を入港させる条件で、そこにポルトガルの町を作ろうと計画した。
大村純忠はこの話に賛成した。

ルイス・フロイスが日本に第一歩を記したのは、
そういう時期の横瀬浦である。
フロイスはこの日から6年後に将軍を推し立てて上洛した信長を訪問するのだが、
この時はまだ信長の存在を知らなかった。

まして信長は、ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスと
都で会うことになろうとは、夢にも思ってはいなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(20)伴天連フロイス"

| | コメント (0)

2020年3月10日 (火)

プレイバック信長・(19)信長北上

【アバンタイトル】

ルイス・フロイスは、彼の著書『日本史』の中で、
日本の天皇と将軍についてこんな風に書いている。

日本には万事に勝る最高の二つの権威がある。
第一は内裏である。
400年以上も前から、人々はもはや彼に服従しなくなっているが、
彼がこの日本の66ヶ国すべての国王であり、最高の統治者である。

第二は公方様で、
内裏の長官もしくは副王のようなもので、
日本の貴族・武士も含むが、
みな彼を国王の総司令官として大いに畏敬している、と。

一般に、当時は将軍に力なく、御所も荒れ果てていたというが、
外国人であるフロイスの目には、天皇も将軍も
人々から充分たる尊敬の念をもって迎えられているように映ったらしい。
フロイスは、日本人の心情を感じたのだろう。

そういうフロイスから見れば、上洛して天下を取るという表現も、
多少違う意味のものとして感じられたかもしれない。
もちろん信長は、まだ天下など考えてはいなかった──。

続きを読む "プレイバック信長・(19)信長北上"

| | コメント (0)

2020年3月 8日 (日)

大河ドラマ麒麟がくる・(08)同盟のゆくえ ~帰蝶は信長に嫁ぐのか~

尾張・熱田の港で明智光秀が待っていると、
遠く沖合から一艘の船が戻ってきました。
船に立つ若武者こそ、織田信長です。

釣った魚を沖でさばき、漁村民に売りさばくと
さっさと沖を後に帰って行ってしまいました。
一度会っただけでは、どうもつかみどころのない男です。
「織田信長…奇妙な男じゃ」

続きを読む "大河ドラマ麒麟がくる・(08)同盟のゆくえ ~帰蝶は信長に嫁ぐのか~"

| | コメント (0)

2020年3月 6日 (金)

プレイバック信長・(18)和平同盟

【アバンタイトル】

フランシスコ・ザビエルをはじめ、日本に来た
イエズス会宣教師たちは、報告書を提出する義務を負わされていた。

彼らは報告書を何通も作り、ローマのイエズス会本部や
ポルトガル、スペインの修道院へ送った。
たとえ事故があっても、どれか一通が残るよう配慮されたのである。

ルイス・フロイスの書いた『日本史』は報告書ではない。
上司の命令で、日本での布教史を書いたものである。
そのフロイスも、生まれ故郷のポルトガルでは、無名の存在である。

彼らの誕生日はもちろんのこと、その住まいも家柄もまったく不明である。
彼はなぜ16歳でイエズス会に入ったのだろう。
彼に何度も会った信長なら、そのあたりの事情を知っていたかもしれない──。

続きを読む "プレイバック信長・(18)和平同盟"

| | コメント (0)

2020年3月 3日 (火)

プレイバック信長・(17)妖怪のクリスマス

【アバンタイトル】

「吉利支丹」「伴天連」という言葉があるが、
キリシタンもバテレンもポルトガル語がなまったものである。
本来キリシタンはクリスタオ、バテレンはパードレという別々の名詞で、
それぞれ「キリスト教徒」「神父」という意味である。

多分、信者たちが「パードレ、パードレ」と呼ぶのを聞いて、
当時の人々がその耳慣れない言葉を
バテレンと発音するようになったのではないだろうか。

最初、九州に宣教師が上陸したころ、周辺の大名たちは
南蛮船の持ってくる品々が大いに商売につながるとして、
領民にキリシタンになるように命じた。
宣教師も布教許可を貿易の条件としていた。

だが、宣教師たちの目的は九州地方だけでなく、
日本全国への布教であったがために、
やがて日本の歴史の中に巻き込まれることになるのである。
キリシタン・バテレンの歴史は、信長の中央進出と深くかかわっているのである──。

続きを読む "プレイバック信長・(17)妖怪のクリスマス"

| | コメント (0)

2020年3月 1日 (日)

大河ドラマ麒麟がくる・(07)帰蝶の願い ~帰蝶に信長への嫁入り話が~

天文17(1548)年・秋。

美濃の斎藤利政は、西美濃にある大柿城を攻めます。
尾張の宿敵・織田信秀に奪われたこの地の奪回は、
利政にとって宿願だったのです。
信秀は結局、この城を守ることはできませんでした。

信秀の敗因は、織田一族が割れたことでした。
尾張の西にある清洲城の守護代・織田彦五郎が、信秀の城・古渡城を攻めたのです。
信秀は大柿城をあきらめ、古渡城に引き返さざるを得ませんでした。

戦に強い信秀とはいえ、戦の度に体力を落としつつあるいま、
2つの敵までは何とか強力な力でねじ伏せられますが、
3つの敵では正直手に余るわけです。
今川義元、斎藤利政、織田彦五郎、この三方では体がもちません。

そこでじゃ、と信秀は奇策を繰り出します。
利政と手を組むというわけです。
「美濃を味方につけるほかあるまい」

続きを読む "大河ドラマ麒麟がくる・(07)帰蝶の願い ~帰蝶に信長への嫁入り話が~"

| | コメント (0)

« 2020年2月 | トップページ | 2020年4月 »