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2020年7月31日 (金)

プレイバック春日局・(09)夫婦(めおと)模様

最近、京都近郊の遺跡で
戦国時代の大地震の痕が発見されました。

堅い粘土を突き破って進む砂の痕。
強烈な震動で、地中の砂が一気に地面に吹き出したのです。
これこそ、今から400年前、豊臣秀吉を震え上がらせた
「慶長の大地震」だと言われています。

いつの世も、人々の生活を脅かす地震。
秀吉が関白になった頃の近畿地方は、
毎年のように地震に見舞われています。

中でも、慶長元年の大地震はマグニチュード7.5。
関東大震災とほぼ同じ規模です。

特に被害が大きかったのは、
完成して間もない秀吉の居城・伏見城です。
建物の多くが崩れ、500名余りが死亡。
秀吉は命からがら庭に避難したといいます。

秀吉の元に天下が治まるかに見えた慶長元年。
揺れる大地は、戦乱の終わりがまだ遠いことを
人々に暗示していたのかもしれません──。

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2020年7月28日 (火)

プレイバック春日局・(08)嫁(とつ)ぐ

先ごろ、アメリカの首都ワシントンで戦国大名の美術展が開かれました。

鎧や兜や陶磁器など大名ゆかりの美術品が330点。
その中で人目を引いたのが、1艘のおもちゃの船です。
豊臣秀吉が初めて授かった男の子・鶴松にプレゼントしたもので
可愛らしい鶴松の像が乗っています。

しかし鶴松は3歳で亡くなり、
秀吉はその悲しみを振り払うかのように
全国に朝鮮半島への出兵を命じたのです。

一方、東京八王子には
朝鮮半島出兵にゆかりのあるもう1艘の船があります。
軍船を建造するために用いた「ひな形」、つまりモデルです。
秀吉はこうした船で、15万もの人々を戦場に送り込んだのです。

子どもの成長を願うおもちゃの船と、軍船。
今に残る2艘の船は、秀吉の全く異なる側面を物語っています。
この2艘が巻き起こす時代の渦に、
おふくたちも呑み込まれてゆくのです──。

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2020年7月26日 (日)

「麒麟がくる」までお待ちください キャスト・スタッフが明かす大河ドラマの舞台裏

新型コロナウイルスの影響により、4月1日(水)より休止している
大河ドラマ「麒麟がくる」の収録は、6月30日(火)より再開となりました。
収録にあたっては、「感染防止のための制作マニュアル」に基づいて行います。

放送については、6月7日(日)の<第21回>放送分をもって番組を一時休止し、
収録再開の状況を見極めながら放送再開時期について検討し、
決まり次第お知らせいたします。

<収録の再開と放送の一時休止について> 長谷川博己さん(明智光秀役)からのメッセージ
21回の放送終了からしばらく休止いたします。
楽しみにしていただいている方々がたくさんいらっしゃることは、
何気ない日常の中、お声掛けいただいたり、ひしひしと感じています。
この流れを一度止めてしまうのは誠に心苦しいのですが、ご存知のように
撮影も休止中で撮り溜めたものがない状況となっています。
ただ、撮影再開の目処は立っており、その日に向かいスタッフ・キャスト一同、
安全面を十分考慮した上で準備しております。
全44回、何とか放送していきたいと思っておりますので、今後の「麒麟がくる」明智光秀の
ミステリーの顛末を、楽しみに、どうか大らかなお気持ちでお待ちいただければと思います。
皆様の健康とともに、麒麟がくる日を願って。

「麒麟がくる」がしばしお休みをいただいている間、関連番組として
過去に人気を博した「戦国大河ドラマ」の名場面集をお送りします。
これまで放送した戦国大河の中から、光秀を深く描いた作品や人気の作品を選出。
手に汗握るシーンや感動の名場面を紹介しつつ、
当時の出演者がドラマの舞台裏を語ります。

 

5本目は──

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2020年7月24日 (金)

プレイバック春日局・(07)愛の鞭(むち)

おふくの祖父・稲葉一鉄。
彼はその生涯で戦場に臨むこと80回余り。
一度も負けたことがないと伝えられています。
その武勇は広く知られ、彼は西美濃三人衆のひとりに謳われました。

しかし、彼の晩年はいたって静かです。
65歳で隠居した一鉄は、
現在の岐阜県揖斐川町にある月桂院に庵を結びました。
文学に通じ、茶道を好んだ彼は、余生を趣味に生きたのです。

 「峰にほふ 山路の月や 菊の秋」
一鉄の句です。
彼は、この庵の生活をこよなく愛しました。

晩年の一鉄の心に去来したものは何だったのでしょうか。
それを伝えるのは、今も変わらぬ月桂院の鐘の音ばかりです──。

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2020年7月21日 (火)

プレイバック春日局・(06)一族再会

【アヴァン・タイトル】

本能寺の門を打ち破り、乱入する明智軍。
弓矢で応戦する織田信長──。

本能寺の変で無念の死を遂げた織田信長。
彼にはこの時、10人を超す息子がいました。
信忠・信雄・信孝・秀勝・勝長・信秀・
信高・信吉・信貞・信好・長次……

しかし、この中で
江戸時代まで大名として生き残ったのは
次男の信雄ただひとりです。

父の後を継ぎ、一時は天下を夢見た織田信雄。
その信雄ですら他の兄弟と同様、
豊臣と徳川の抗争の中で
没落の運命を辿ってゆくのです。

本能寺の変の後、信雄は尾張一帯の領主となりました。

一方 豊臣秀吉は、西は備前から東は能登まで、
またたく間に勢力を広げます。
そのあまりの勢いに身の危険を感じた信雄は
隣国の領主・徳川家康に助けを求めたのです。

天正12(1584)年3月、
家康と信雄のふたりは秀吉に対抗して兵を挙げ、
小牧山に陣を構えました。

小牧・長久手の戦い、秀吉と家康。
生涯ただ一度の対決として知られるこの一戦には
かつての戦国の覇者・織田家の将来がかかっていたのです。

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2020年7月17日 (金)

大河ドラマ春日局・(05)忍ぶ宿

【アヴァン・タイトル】

三条西実謙(さねのり)さんは、香道御家流の家元で
元公卿・三条西家の第19代当主です。

香道は、茶道や華道と並ぶ芸能のひとつです。
その作法は、まず折々の香の席に相応しい和歌を選び
それに合った数種の香木を用意します。

そして一つずつを香炉で焚いて参加者に順に回していき
それぞれがその香りを嗅ぎ当てることで、
その和歌の雰囲気を楽しむのです。

この香道を確立したのが、室町時代後期
当代随一の文化人と言われた三条西実隆です。
実隆はお安の曾祖父に当たる人物です。

三条西家は大臣家に位する公卿で、
古今集の伝授者として一世を風靡しました。
しかし戦国末期の当時は経済的にかなり厳しい状況でした。

荘園制は実質的に崩壊していて、低収入は滞る一方。
公家の中には、銀作のつけとして、蹴鞠や連歌といったお家芸を
経験を地方武士に出稽古するのもいました。

見かけの優雅さとは違って、公家の暮らしぶりは
多かれ少なかれ窮乏していたのです──。

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2020年7月14日 (火)

大河ドラマ春日局・(04)別離

【アヴァン・タイトル】

「天王山」。
勝負の分かれ目の大事な場面を指す
この言葉は、山崎の合戦に由来しています。

この時、天王山を制したのは秀吉ですが
彼が天下獲りに一番近いところに
いたわけではありません。

本能寺の変のとき、信長の重臣でナンバー1の
柴田勝家は越中魚津城で上杉軍と戦い、
丹羽長秀は大坂城で四国攻めの準備。
滝川一益は関東上野に進出したばかり。

信長の盟友・徳川家康は少数の配下と堺に遊び、
そして重臣としては格下の羽柴秀吉は
備中高松で毛利軍と対峙していました。

その中で、光秀討伐のために最も早く行動を起こした
秀吉の中国大返しの行程は、7日で187km。

そのスピードは、一昼夜で55kmに及ぶこともあり
25,000の武装した大軍の移動としては、
通常の3倍もの早さです。

このスピードと機動力によって
秀吉はこの後、信長の後継者として
トップの座にのし上がってゆくのです──。

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2020年7月12日 (日)

「麒麟がくる」までお待ちください 戦国大河ドラマ名場面スペシャル「秀吉」

新型コロナウイルスの影響により、4月1日(水)より休止している
大河ドラマ「麒麟がくる」の収録は、6月30日(火)より再開となりました。
収録にあたっては、「感染防止のための制作マニュアル」に基づいて行います。

放送については、6月7日(日)の<第21回>放送分をもって番組を一時休止し、
収録再開の状況を見極めながら放送再開時期について検討し、
決まり次第お知らせいたします。

<収録の再開と放送の一時休止について> 長谷川博己さん(明智光秀役)からのメッセージ
21回の放送終了からしばらく休止いたします。
楽しみにしていただいている方々がたくさんいらっしゃることは、
何気ない日常の中、お声掛けいただいたり、ひしひしと感じています。
この流れを一度止めてしまうのは誠に心苦しいのですが、ご存知のように
撮影も休止中で撮り溜めたものがない状況となっています。
ただ、撮影再開の目処は立っており、その日に向かいスタッフ・キャスト一同、
安全面を十分考慮した上で準備しております。
全44回、何とか放送していきたいと思っておりますので、今後の「麒麟がくる」明智光秀の
ミステリーの顛末を、楽しみに、どうか大らかなお気持ちでお待ちいただければと思います。
皆様の健康とともに、麒麟がくる日を願って。

「麒麟がくる」がしばしお休みをいただいている間、関連番組として
過去に人気を博した「戦国大河ドラマ」の名場面集をお送りします。
これまで放送した戦国大河の中から、光秀を深く描いた作品や人気の作品を選出。
手に汗握るシーンや感動の名場面を紹介しつつ、
当時の出演者がドラマの舞台裏を語ります。

 

4本目は──

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2020年7月10日 (金)

プレイバック春日局・(03)母子無情

【アヴァン・タイトル】

京都府福知山市。
この町と明智光秀の結びつきは深く
丹波平定の際、光秀が築いた福知山城は
つい最近復元されました。

丹波地方での光秀の人気は絶大です。
御霊神社は、光秀が御神体として祀られています。

光秀は非凡な行政手腕の持ち主でした。
合理的で、しかも領民への思いやりのある政策は
今も語り草になっています。

本能寺の変以前の光秀の領地は
丹波一国と近江の滋賀郡です。

変の後、光秀は勢力を広げ「天下様」となりました。
しかしその勢力は、信長に比べればわずかなものです。
では、なぜ「天下様」と呼ばれたのか?

それは、光秀が京都を制圧したからです。
古代から、京都は天下統一の中心で、
信玄も謙信も信長も、天下獲りに京を目指したのです。

信長に代わって「天下様」となった
光秀の前途に待ち受けていたのは、
天下掌握への険しい道のりです──。

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2020年7月 7日 (火)

プレイバック春日局・(02)天下をとる

【アヴァン・タイトル】

「春日局」ことおふくは
1579年(天正7年)に生まれました。

しかしその出生地には定説がなく
父・斎藤利三ゆかりの場所で、
いくつもの説があがっています。

岐阜県揖斐川町は利三のふるさとで、
斉藤家代々の居城だった白樫城と
一家が生活した屋敷跡が残っています。

利三は主君に従って勤務地を変える、言わば転勤族。
おふくの出生地が定まらないのは、そのことに関係があります。

岐阜の大垣市にある曽根城跡。
稲葉一鉄の居城だったところです。
利三は明智光秀に仕える前に
一鉄の家臣としてここに住んでいました。

こちらは兵庫県の春日町。
明智光秀の丹波平定の際に利三が入ったのが保月城です。
屋敷跡の興禅寺。
おふくは「斎藤屋敷のおふく様」と呼ばれて
領民から慕われていました。

城から城へと移り歩いた父・利三の転勤の影に
知られざるおふくの幼年時代が眠っているのです──。

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2020年7月 3日 (金)

プレイバック春日局・[新] (01)父の出陣

東の徳川と西の豊臣との命運を決した
「関ヶ原の合戦」から3年後の慶長8(1603)年、
徳川家康は朝廷から征夷大将軍に任ぜられ
徳川の権勢は豊臣をしのぎ、揺るぎないものになっていました。

翌 慶長9(1604)年の春、ひとりの女が
徳川秀忠と、その正室・お江与の方に目通りするため
初めて江戸城の門をくぐります。
その名を「おふく」、後の春日局であります。

家康の三男・秀忠は徳川家の世継ぎとして江戸城にあり
解任したお江与の方の出産に備えて
生まれてくる子の乳母としておふくが召し出されたのです。

この時おふく26歳、おふくの生涯にとって
何度目かの大きな運命の岐路でした。
おふくと、その長男・千熊(8歳)は
徳川秀忠とお江与に目通りします。

秀忠は京からの長旅をいたわり、優しく接してくれますが
お江与は、おふくが乳母になることを承服できません。

おふくの父は斎藤利三で、お江与の伯父・織田信長を裏切り
本能寺に追い詰めた裏切り者・明智光秀の重臣です。
おかげで母・お市を始め、姉の淀、初がそれ以降
どんな苦しみを味わわされたか分かりません。

自分の乳で育てるか、どうしても乳母をと言うのなら
せめておふく以外の他の女を、と聞かないお江与に
秀忠は、父・家康が決めた乳母だからワガママは許されぬと
お江与の要求を突っぱねます。

おふくは美濃三人衆のひとり・稲葉一鉄の孫娘であり
文武両道に秀で、家康の信任もとても厚かった人物です。
本能寺の変当時はおふくはまだ幼子でもあり
おふくに何の罪があろうか、と秀忠は諭します。

おふくと千熊に、江戸城大奥の一室が与えられます。
もしお江与が男子を産めば、おふくは乳母として務め
千熊は小姓として別にお屋敷が与えられることになっています。

ただ、おふくはお江与が自分を
お気に召してくれないのではないかと少し不安がっていますが、
そんな弱気では乳母の大任は果たせぬとお勝は激励します。

幾度も運命に翻弄され、危機を乗り越えて来たおふくには
その時を、おふくなりに精一杯生きるしかありませんでした。
今も、いばらと承知で選んだ道を歩き出そうとしていました。
「あの時の地獄を思えば……」おふくはつぶやきます。

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