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2020年7月 3日 (金)

プレイバック春日局・[新] (01)父の出陣

東の徳川と西の豊臣との命運を決した
「関ヶ原の合戦」から3年後の慶長8(1603)年、
徳川家康は朝廷から征夷大将軍に任ぜられ
徳川の権勢は豊臣をしのぎ、揺るぎないものになっていました。

翌 慶長9(1604)年の春、ひとりの女が
徳川秀忠と、その正室・お江与の方に目通りするため
初めて江戸城の門をくぐります。
その名を「おふく」、後の春日局であります。

家康の三男・秀忠は徳川家の世継ぎとして江戸城にあり
解任したお江与の方の出産に備えて
生まれてくる子の乳母としておふくが召し出されたのです。

この時おふく26歳、おふくの生涯にとって
何度目かの大きな運命の岐路でした。
おふくと、その長男・千熊(8歳)は
徳川秀忠とお江与に目通りします。

秀忠は京からの長旅をいたわり、優しく接してくれますが
お江与は、おふくが乳母になることを承服できません。

おふくの父は斎藤利三で、お江与の伯父・織田信長を裏切り
本能寺に追い詰めた裏切り者・明智光秀の重臣です。
おかげで母・お市を始め、姉の淀、初がそれ以降
どんな苦しみを味わわされたか分かりません。

自分の乳で育てるか、どうしても乳母をと言うのなら
せめておふく以外の他の女を、と聞かないお江与に
秀忠は、父・家康が決めた乳母だからワガママは許されぬと
お江与の要求を突っぱねます。

おふくは美濃三人衆のひとり・稲葉一鉄の孫娘であり
文武両道に秀で、家康の信任もとても厚かった人物です。
本能寺の変当時はおふくはまだ幼子でもあり
おふくに何の罪があろうか、と秀忠は諭します。

おふくと千熊に、江戸城大奥の一室が与えられます。
もしお江与が男子を産めば、おふくは乳母として務め
千熊は小姓として別にお屋敷が与えられることになっています。

ただ、おふくはお江与が自分を
お気に召してくれないのではないかと少し不安がっていますが、
そんな弱気では乳母の大任は果たせぬとお勝は激励します。

幾度も運命に翻弄され、危機を乗り越えて来たおふくには
その時を、おふくなりに精一杯生きるしかありませんでした。
今も、いばらと承知で選んだ道を歩き出そうとしていました。
「あの時の地獄を思えば……」おふくはつぶやきます。


原作・脚本:橋田 壽賀子 「春日局」

音楽:坂田 晃一

演奏:新室内楽協会
テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:高関 健
合唱:日本合唱協会

監修:西山 松之助
考証:平井 聖
  :白井 孝昌

衣裳考証:小泉 清子
振付:猿若 清方
殺陣:林 邦史朗

茶道指導:鈴木 卓
乗馬指導:田中 茂光
能・謡指導:桜間 金太郎
連歌指導:棚町 知彌

語り:奈良岡 朋子

[出演]

大原 麗子 (おふく)

長山 藍子 (お江与)

中村 雅俊 (徳川秀忠)

東 てる美 (お勝)

五大 路子 (かね)

安間 千紘 (おふく(幼年時代))
杉本 哲太 (斉藤利康)

高橋 良明 (斎藤利宗)
大城 誠晃 (出来丸)

草見 潤平 (織田信忠)
戸沢 佑介 (里村紹巴)

伊崎 充則 (千熊)
内池 学 (森 蘭丸)
北 九州男 (西の坊)

君 夕子 (民部卿局)
真嶋 彰子 (勝姫)
歌代 未奈 (初姫)

高井 あずさ (トメ)
田中 由紀 (キク)
松岡 岑男 (神職)

藤岡 弘 (織田信長)

吉 幾三 (海北友松)

ガッツ 石松 (東陽坊長盛)

磯部 勉 (明智秀満)
佐藤 仁哉 (明智次右衛門)

中村 元則 (藤田伝五)
右京 孝雄 (溝尾庄兵衛)
水橋 智 (執筆)

峯田 智代 (侍女)
河原 ゆき (侍女)
小宮 じゅんこ (侍女)

広江 孝昌 (兵士)
斉藤 和美 (兵士)
小村 忠久 (兵士)
谷門 進士 (兵士)
阿部 秀一 (兵士)

奥村 雅幸 (兵士)
谷部 勝彦 (兵士)
松本 元 (兵士)
高田 薫 (兵士)
田村 智明 (兵士)

丹治 安順 (使者)
──────────
若駒
鳳プロ
劇団いろは
劇団ひまわり

山梨県
 小淵沢町のみなさん
 小淵沢町乗馬クラブの
       みなさん
長野県
 富士見町のみなさん

五木 ひろし (明智光秀)

江守 徹 (斎藤利三)

佐久間 良子 (お安)

制作:澁谷 康生

美術:内藤 政市
技術:針谷 達夫
音響効果:松崎 茂

撮影:吉野 照久
照明:渡辺 恒一
音声:太田 進潑
編集・記録:高室 晃三郎

演出:富沢 正幸


「あの時の地獄」を見たのは、おふく4歳の夏。

父・斎藤利三が4ヶ月ぶりに帰ってきました。
利三は光秀の重臣で黒井保月城の城主ですが、
お安ら家族は、人質として
光秀の丹波亀山城内の屋敷で暮らしていたのです。

おふくは兄の斎藤利宗・出来丸とともに、
父・利三と兄・利康を迎えます。

おふくははしゃぎ過ぎてぐっすり眠ってしまい
酒のお相手を、と張り切っていた利康も
酒に酔いつぶれて寝てしまいました。

それでも、子どもたちの声を聞くのは
死ぬか生きるかの瀬戸際で戦い続けた利三には
癒しでもあります。

光秀は、安土に出仕して
信長と家康の接待役を務めていましたが、
そのお役目が終わらぬうちに、中国攻めのため
坂本城に戻って大軍勢を整え始めました。

中国攻め、つまりは備中高松城を水攻めしている
羽柴秀吉の援軍のための出陣なのです。
それに従って、利三も4日後の6月1日に出陣します。
次男・利宗も初陣させる予定です。

画家の海北友松と高僧の東陽坊長盛が
京から駆けつけてきました。
利三が不在の間、このふたりが
お安ら家族のことを気遣い、支援してくれていたのです。

久々の再会に酒を呑んでいると、
酒癖の悪さが出たか長盛が悪口を言い始めました。
信長は僧を殺した悪い人だとか、
光秀は饗応役を下ろされても信長へ文句の一つも言わないとか。

そのうち、日ごろは冷静の利三もヒートアップします。

翌日、光秀は愛宕山で歌会を催します。
参加者は利三、光秀の娘婿の明智秀満、その他家臣たち。
連歌師・里村紹巴たちも招待します。

戦勝祈願をし、くじを引きますが
光秀が何度引いても「凶」と出ます。

夜、利三と秀満を呼び出した光秀は
覚悟を知っていてもらいたい、と衝撃発言します。
「信長を……織田信長を討つ」

今、信長を討たなければ、いつか自分が信長に討たれるので
この好機に信長を討つというのです。

過去には、人質に出していた光秀の母を見殺しにされたり
饗応役も言いがかりで突然の罷免をされたりと
信長への恨みは高まっているかに思えましたが、
光秀にすれば、それは別のことだというのです。

信長は、光秀を丹波亀山から石見・出雲に国替えさせ
京から徐々に遠ざけようとしているように見えます。
また、追放した足利将軍義昭が憎ければ、
その重臣でもあった光秀のことも憎いはずです。

信長は安土城から京に入り、60人程度で本能寺に入ります。
光秀はこの時のために周囲に根回しをしておりまして
信長を討つために、各方面から
加勢をもらえることになっています。

「ようお打ち明けくだされた。利三喜んでお供仕ります」
光秀は利三を見据えます。

28日、愛宕山神社西の坊にて連歌会が開かれます。
ときは今 天が下しる 五月かな──

「とき」は、光秀が流れを組む土岐氏を表し
「天が下しる」とは、天下を治めるという意味ですが
その本当の意味に気づくものが、この場には
利三と秀満以外にはまだいませんでした。

利三は始め、稲葉一鉄の家臣で
それが縁で娘のお安まで嫁にくれたものの
その元を離れて光秀の臣下になりました。

一鉄が信長に訴え出て、利三を明智家から
稲葉家へ戻すように命じられたものの、
光秀は利三を手放さず、重宝してくれました。

その分、利三は光秀に大恩があります。
あの時、自分の命は光秀に差し上げたわけで
自分は光秀を守るお役目があり、
もしそれで果てようとも悔いはない、と。

お安には、そのことだけは
よくよく分かっておいてもらいたいと伝えます。
そしておふくには、母をよく助けて
どんなに苦しいことにも耐えることを教えます。

利三の留守中、酒の席のお詫びにと
友松がおふくの似顔絵を描いていまして、
出陣前の利三に、友松は手渡し再会を約します。

信長は29日に京へ入り、宿舎としていた本能寺で
近衛前久ら公家衆を相手に茶会を開いていました。
名物の茶器を38種類も持ち込ませて公家衆に披露し
驚く公家衆を見て、信長は上機嫌であります。

明智軍13,000が亀山城を出たのが午後4時。
この時の将兵には、京に向かって
信長に馬揃えを見てもらうことが伝えられていて
亀山から京へ向かうことには、何も疑われません。

その道中、明智次右衛門、藤田伝五、溝尾庄兵衛に
光秀の決意を改めて披露します。
「敵は本能寺にあり」

夜遅く、明智軍は京の入口までたどり着きました。
軍勢を整え、戦の用意を始めます。

「我らが殿は、今日よりして天下様におなりなされる。
 我らが目指すは織田信長の首じゃ!」
光秀が大声を出して全軍に伝えていきます。
そして一斉に川を渡り、京へ攻め込みます。

本能寺の門を打ち破り、中に攻め込む明智軍。
むくりと起き上がる信長。
「光秀か……是非に及ばず」

信長を守る兵が少ない中、信長自ら先頭に立って
明智軍の攻撃を防いでいきます。
最初は弓矢で応戦し、弦が切れると
長槍で相手を倒していきます。

しかしそれにも限度があり──。

本能寺を中に進んで行くと、
信長がぐったりと座り込んでいました。
「利三、こちらにて控えておりまする」
利三は黙ってふすまを閉め、下がります。

人間五十年
 下天のうちをくらぶれば
  夢まぼろしの如くなり
ひとたび生を得て
 滅せぬ者のあるべきか──

利三が再びふすまを開けると
炎が燃え盛り、信長が割腹している姿が写ります。
利三は手を合わせ、引き揚げていきます。

天正10(1582)年6月2日、
織田信長は本能寺で自害して果てます。
2日未明から午前8時にかけての
わずか4時間ばかりで天下は大きく変わったのです。

光秀が信長を討つ話は、全国各地に届けられ
丹波亀山城のお安の元にも急使が走ります。

小谷城攻めで焼け出された友松も、そして長盛も
信長憎しで固まっていますので大喜びですが、

お安は、父・一鉄が未だに織田家家臣であり
兄・稲葉貞通も中国攻めで京に向かったこともあり、
夫と父兄の間で戦が起きないのか、
これからの自分たちがどうなってしまうのか
とても恐ろしく、不安に感じています。

ただ、出来丸やおふくには
父は間違ったことはしていないのだから
信じて待つように、と諭します。


この『春日局』でも
『その時歴史は動いた』風にカウントダウンしていきましょ。

今回は、おふくが上洛して御所へ昇殿し、後水尾天皇に拝謁、
従三位の位階と「春日局」の名号を賜った
寛永6(1629)年10月10日に「その時」を設定します。

天正10(1582)年6月2日、
明智光秀が本能寺の変で織田信長を討つ。

寛永6(1629)年10月10日、
おふくが上洛して昇殿し「春日局」名号を賜るまで
あと47年4ヶ月──。

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