« 大河ドラマ春日局・(05)忍ぶ宿 | トップページ | プレイバック春日局・(07)愛の鞭(むち) »

2020年7月21日 (火)

プレイバック春日局・(06)一族再会

【アヴァン・タイトル】

本能寺の門を打ち破り、乱入する明智軍。
弓矢で応戦する織田信長──。

本能寺の変で無念の死を遂げた織田信長。
彼にはこの時、10人を超す息子がいました。
信忠・信雄・信孝・秀勝・勝長・信秀・
信高・信吉・信貞・信好・長次……

しかし、この中で
江戸時代まで大名として生き残ったのは
次男の信雄ただひとりです。

父の後を継ぎ、一時は天下を夢見た織田信雄。
その信雄ですら他の兄弟と同様、
豊臣と徳川の抗争の中で
没落の運命を辿ってゆくのです。

本能寺の変の後、信雄は尾張一帯の領主となりました。

一方 豊臣秀吉は、西は備前から東は能登まで、
またたく間に勢力を広げます。
そのあまりの勢いに身の危険を感じた信雄は
隣国の領主・徳川家康に助けを求めたのです。

天正12(1584)年3月、
家康と信雄のふたりは秀吉に対抗して兵を挙げ、
小牧山に陣を構えました。

小牧・長久手の戦い、秀吉と家康。
生涯ただ一度の対決として知られるこの一戦には
かつての戦国の覇者・織田家の将来がかかっていたのです。


尾張小牧で、初めて羽柴秀吉と徳川家康の両雄が
対決することになりました。

お安の父・稲葉一鉄は、稲葉家の命運を懸けて
2,500の兵を率いて秀吉に従軍。
この忠誠を尽くした従軍で、いつかお安たち親子を
引き取ることが出来ればと淡い期待を抱いての出陣でもありました。

三条西家の裏方では、
お安とおふくが石臼をゴロゴロと挽いています。
6歳のおふくにはまだ石臼は重く、
手のひらも血がにじんでおります。

お安は、布をちぎっておふくの手に巻き
幼いのに苦労をさせていることを詫びますが、
おふくは、大好きな母と一緒にいられるので
それだけでも幸せだ、と考えているようです。

そんなとき、下働きのボス・おせいがやって来ます。
二言目には「北の方さまのお情けで置いてやってる」と言い
厳しい言葉を浴びせるだけ浴びせて去っていきます。

香合わせの会にお誘いを受けた海北友松が
お安たちが暮らす蔵のほうまでやってきました。
そこでお安は、一鉄が秀吉方に味方して
戦に出ていることを聞かされ、衝撃を受けます。

ただ、父も思い悩んだ末での決断だろうと
謀反人ゆかりの者を持ったばかりに
いらぬ苦労をさせられている父の身を案じます。

楽田・秀吉の本陣──。

池田恒興父子と森 長可が
三河への途上の長久手で家康に討ち滅ぼされたようで
一鉄に出陣命令が届きます。

ここで秀吉が家康に負ければ、
秀吉は今後ずっと家康に頭が上がらなくなってしまうので
それは何としても阻止しなければならないと
一鉄は家康打倒の意志で出陣します。

夕方、家康と信雄が小幡城に退いたことを知った秀吉は
怒りに任せて小幡城を囲めと命じますが、
今からの出陣は攻め手に不利、攻めるは明朝になされと
一鉄が進言し、秀吉は地団駄踏みつつ出陣は諦めます。

「よう止めてくれた。怒りに任せて無謀な戦をするところじゃった」
先ほどまで般若のような顔が、
一鉄を見つめるその表情はにっこりと微笑んでいます。

一方 家康の陣では、明朝の秀吉の総攻撃に対抗して
今夜のうちに秀吉が止まる竜泉寺に火をかけて
おびき出そうという案が出されますが、
家康ははっきりと「ならぬ」と言います。

今夜のうちに、信雄とともに小幡城を出て
森の中を迂回し、小牧山に出て秀吉の裏をかく。
戦わずして勝つ、これが家康の信条です。

三条西家では、菖蒲の花を摘んでくるように言われたおふくと
菖蒲の花を見に来た実条がバッタリと出会います。
(バッタリと言っても、実条はおふくに会いに来たわけですが)

よう働く褒美じゃ、と
実条はおふくに南蛮渡来の金平糖を渡します。
このような美しいものを初めて見る、と
おふくは感激します。

しかし、三条西家の若君がまた来ているのを見とがめたお安は
北の方様に知れたら自分たちがここにいられなくなる、と
自分たちのことは捨て置かれるようにと強く言い、
おふくの手を引いて行ってしまいます。

お安はおふくを正座させ、実条に自分たちの
身の上を知られたらどうするのか、と問いつめますが、
おふくは、身の上は何も話していないが
羽柴と徳川の戦が気がかりでそれを尋ねたと弁明。

お安は、早くここから出て兄たちと一緒に暮らしたいという
おふくの気持ちが痛いほど分かるだけに
おふくがこぼした金平糖を一粒一粒拾ってあげます。
母の顔をずっと見ているおふくです。

春に始まった秀吉と家康の戦も、
池田恒興父子と森 長可が討ち死にした長久手の合戦ぐらいで
無駄な損失を避け、戦らしい戦をせぬまま秋になります。

そして秀吉は、信雄とようやく和議を結び
家康も、これ以上の戦は不利だと考えて兵を収め
天正12年11月、半年に及ぶ小牧・長久手の合戦は
終わりを迎えます。

戦いの後、秀吉は稲葉正成を
秀吉の近習として差し出すように言って来ます。
稲葉を信用できないから人質を、というわけではなく
純粋に、小牧・長久手の正成の器量を見込んだようです。

正成は嫡子・重通の婿となる人物なので
正成に対する秀吉の評価が、
そのまま稲葉に対する評価につながるわけです。
一鉄は、そのことを充分正成に諭します。

正成が大坂城に到着し、秀吉と
小姓たちを束ねる福島正則・加藤清正と対面しているとき
佐治与九郎に嫁いだお江与が大阪に戻ってきました。

茶々が重体なのですぐに大坂に来るように言われて
顔も険しく戻ってきたわけですが、
茶々はケロリとしているし、身体の具合も悪くなさそうです。

何を企んでおるのじゃ、と茶々は秀吉をますます疑い出し
居室に入ってきた秀吉に、ストレートにぶつけます。
秀吉はスッと真顔に戻り、お江与を見つめます。
「もう大野へ戻ることはない。また姉上方とここでお暮らしなされ」

前の小牧・長久手の戦いで、佐治与九郎は
お江与を室に迎えながら家康と信雄に味方したため、
秀吉への裏切りとして、領地を召し上げ追放したとのこと。
大野城にはお江与の居場所はもうない、と言うのです。

草の根をかき分けても与九郎を捜し出し、添い遂げると
実力行使で戻ろうとするお江与を茶々は引き止め、
秀吉を睨みつけます。
「お前は鬼じゃ! 出て行け!!」

天正13(1585)年3月21日、戦後処理を済ませた秀吉は
10万の大軍を率いて大坂を出発、またたく間に和泉・紀伊を平定。
8月6日には長宗我部元親を降して四国をも平定します。

一鉄はそのいずれにも従軍し
秀吉の信頼をますます得ることになります。

その後、秀吉は巧みな術で関白の座を射止め
大坂城の築城も完成して、本能寺の変からわずか3年あまりで
その権勢は頂点を極めることになりました。

「まだ出来ぬのか!! 今日はお上が、
 秀吉さま関白ご就任の祝いに大坂城へお発ちになる!」
おせいが声を荒げますが、お安は
秀吉が関白になったことの方がビッグニュースです。

三条西時子は、身分低き秀吉が関白という
公家の仲間入りをすることに嫌悪感を抱き、
半ば馬鹿にした感じでもありますが、
三条西公国によれば、銭で買った関白だと言うわけです。

しかし秀吉が公家の仲間入りをしたということは
公家にも睨みをきかせるというわけでして
お安親子のことが知られたら、それこそ
三条西家も取り潰されてしまう可能性だってあります。

「縁を切るときでは」
時子は公国に申し出ます。

関白就任の祝いに大坂城に入った一鉄を、
秀吉はあちこち案内して見せます。

稲葉一族を率いて、小牧・長久手の戦いから
紀伊・四国攻めまで働いてくれた一鉄に礼を言う秀吉は、
一鉄の三位法院の位を朝廷に申請し、許可が出たそうです。
あまりの誉れに、一鉄は頭を下げっぱなしです。

ご機嫌の秀吉は、扇を仰ぎながら
一鉄の娘のお安、孫娘のおふく、そして利宗と出来丸も
みんな無事に暮らしているそうではないか、と言い出します。
突然のことでうろたえ、身を固くする一鉄。

「そろそろ引き取ってやったらどうじゃ」
一鉄が秀吉に忠節を励んだのは、
娘や孫たちの許しが欲しかったからではないのか? と
一鉄を見据えます。

今は明智の残党に目くじらを立てる時は過ぎたわけで、
光秀の娘・たまでさえ、昨年幽閉を解かれて
細川忠興の元に戻っているのです。
だから安心して引き取れ、というわけです。

「一鉄殿。いつ娘や孫の許しを請うかと思うておったぞ」
今の秀吉は、まさに好々爺です。
一鉄は、あまりの感激に言葉が出ません。

秀吉は小姓・正成を呼び出し
よう仕えておるぞ、との評価とともに
じいさまの相手をしてやれ、と二人きりにしてくれます。

三条西家にはなんぼ銭を取られた? だの
海北友松と東陽坊長盛にもよろしゅう言うてくれい、だの
秀吉は何でもお見通しで、一鉄は絶句します(笑)。
「はー……恐ろしいお人よ」

芋を洗っているお安とおふく。
おふくがお手玉のように遊びだすと
お安も合わせてお手玉しだします。
気の合う親子ですw

そこに、時子が血相を変えて飛び込んできます。
「お安どの、すぐに奥に来てくだされ!」

早う! と急かされて奥に行くと、
お安とおふくは高貴な着物に着替えさせられます。
何が何だか分からないお安親子ですが、
ようやく帰れる時がきたのです、と時子が言います。

着替えも終わり、対面所に向かうと一鉄が待っていました。
久しぶりの父、久しぶりの娘です。
そしておふくにも、一鉄を紹介します。
「美濃のおじいさまじゃ」

斎藤利三は謀反人の誹りを受けたが、
その父を決して恥じてはならない。
戦の勝ち負けは時の運、利三は不運だっただけ。

今は明智光秀も許される時代になった。
新しい天下で胸を張って生きよ。
明智の殿に殉じて果てた父を誇りとし、
いつか斎藤一門を再興できるように立派な武人になれ──。

集まったお安・おふくと利宗・出来丸は
一鉄からの言葉をかみしめます。

ただ一鉄は、お安とおふくは稲葉で引き取るものの
すでに養子を迎えた稲葉では
利宗と出来丸の身の立つようにはしてやれない、と
新たに仕官の道を探すように言います。

「会おうと思えばいつでも会える。笑って別れましょうぞ」
お安は、利宗と出来丸の手を握って伝えます。

天正13年初秋、おふくは
利宗と出来丸に別れを告げて、一鉄とお安とともに
悲しい思い出ばかりの京を後にします。


天正13(1585)年7月11日、
朝廷で紛糾していた関白職を巡る争いに介入し、
近衛前久の猶子となって関白宣下を受ける。

寛永6(1629)年10月10日、
おふくが上洛して昇殿し「春日局」名号を賜るまで

あと44年2ヶ月──。

原作・脚本:橋田 壽賀子 「春日局」
音楽:坂田 晃一
語り:奈良岡 朋子
──────────
[出演]
佐久間 良子 (お安)
大坂 志郎 (稲葉一鉄)
織本 順吉 (稲葉重通)
川津 祐介 (稲葉貞通)
──────────
吉 幾三 (海北友松)
ガッツ 石松 (東陽坊長盛)
──────────
藤岡 琢也 (羽柴秀吉)
丹波 哲郎 (徳川家康)
──────────
制作:澁谷 康生
演出:兼歳 正英

|

« 大河ドラマ春日局・(05)忍ぶ宿 | トップページ | プレイバック春日局・(07)愛の鞭(むち) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大河ドラマ春日局・(05)忍ぶ宿 | トップページ | プレイバック春日局・(07)愛の鞭(むち) »