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2020年8月11日 (火)

プレイバック春日局・(12)天下分け目

「慶長5年9月14日 西軍 関ヶ原へ」

西軍、発つ──。
徳川家康にとって、この知らせは待ちに待ったものでした。

上杉討伐のため会津に向けて出兵した家康は、
西軍蜂起の知らせを聞くや否や、豊臣恩顧の諸大名を
東軍に与させようとさまざまな工作を行い、
東海道を西へ向かったのです。

家康は、自分の根回しは万全なものと思っていました。
特に西軍の大将・毛利輝元、
そしてその一族の小早川秀秋、吉川広家は、
合戦の時には家康に味方すると誓約していました。

家康の最も頼りとする小早川軍は
関ヶ原を見下ろす松尾山に陣取り、
そして西軍最大の部隊、毛利吉川軍は
家康の通り道を確保しているはずでした。

西軍は、鶴翼の陣を構え進んでくる東軍を
包囲しようとしていました。
家康は、自らの政治生命をかけて、
この西軍の包囲網の中に乗り込んでいったのです──。

慶長5(1600)年9月15日。天下分け目の関ヶ原に
ようやく朝が訪れようとしていました。

松尾山に陣取った小早川秀秋は、関ヶ原を眺めながら
一夜のうちによくも大軍が集まったものだと感心します。
東軍は74,000、西軍82,000もの大軍です。
ただ、布陣を見る限りでは西軍有利にも見えます。

小早川の家臣の間では、東軍に味方して形勢をひっくり返すか
この形勢のまま西軍として働くかで言い合いしていますが、
秀秋はあくまでも西軍として動くつもりのようです。
やはり昨晩の、三成の提示した関白職が頭にあるようです。

そもそもは三成に朝鮮出兵での告げ口が元で
徳川家康によくしてもらい、味方になると決めた秀秋でしたが、
自分が関白になれば、その三成をも従えることが出来るわけで
三成から受けた讒言はもうきれいに忘れております。

「わしが関白になっても天下は収まらぬと言うのか!?
 若いと思うてわしを侮っておるのか!!」
そう言われては、稲葉正成は何も言えなくなってしまいます。

 

午前8時に火蓋が切って落とされた
東西両軍の戦いが続けられています。
しかし正午を過ぎても勝敗のゆくえが分からず
家康、三成の両陣営ともに焦りの色を見せ始めていました。

徳川の陣からののろしが次々と上がっています。
今すぐに裏切って山を下りよ、というメッセージです。
秀秋は今ごろになって東軍か西軍か迷い始めました。
しかし家臣たちは容赦なく秀秋に下知を求めます。

「敵は東軍じゃ……」
絞り出すように下知を出す秀秋。
それを必死に止める正成です。

 

「のろしが見えぬのか? 今出撃せねば何の役にも立たぬッ。
 松尾山に急使を飛ばし、催促せぇッ」
石田三成はかなり焦りながら命じます。

一方の家康も、秀秋を「コワッパ」とこき下ろします。
「秀秋の陣に鉄砲を撃ち込め。それでも応ぜずばこの家康、
 小早川を蹴散らしてくれるわいッ……脅しじゃ」

 

小早川の陣では、秀秋を挟んで
未だに東軍か西軍かやりあっています。
そこに、家康からの催促の鉄砲が次々と打ち込まれ……。

このままでは家康と戦うことになる、と言い残し
正成は小早川軍の先陣として出撃していきます。
「……是非もない」
秀秋もそれに倣うことにします。

小早川が松尾山を動き、前面にいる大谷吉継と戦い始めます。
いまじゃ、と家康は西軍に対して総攻撃を開始します。

 

食糧を奪い合う兵士たち。

燃え盛る民家。
それに一切構わず戦い続ける兵士たち。

民家に水をかけて消火に務めるも、
火の勢いが勝っていてなかなか消し止められない。
そのうち、兵士たちに襲われる農家の女たち。

東西両軍の激闘は、西軍の完敗に終わります。
結局、秀秋の離反が徳川に勝利をもたらしたのです。

 

「ご成敗下さいませ」と正成は秀秋に頭を下げています。

結果的には、小早川が徳川に寝返ったことで
更に西軍から東軍への寝返りが続いて徳川が勝ったので
仮にも褒められることはあっても、
成敗はあり得ないと他の家臣たちは思っています。

家康どのに祝賀の挨拶を、と勧められますが、
一度は西軍として伏見城を攻めましたし
関白職に目がくらんで西軍で動くことを決断したので、
今さら家康に会わせる顔がない、というのが秀秋の言い分です。

ただ、家康から来陣の催促があって、
秀秋は正成とともに徳川の陣に向かいます。

陣では、家康がかなりのご機嫌で秀秋を待っていました。
今回の戦いは小早川の合力で勝ったも同じことで、
その恩賞も、関白とまではいかないまでも
それなりのものを用意するつもりです。

ただし……と家康は続けます。

「石田三成の居城、攻めてくだされ」
戦には勝ったものの、三成や小西行長、安国寺恵瓊は
敗走していて捕まっておりません。
三成は佐和山に戻るかもしれないので、それを叩けと。

「徳川に味方したとて所詮は裏切り者と蔑んでおるのよ」
家康は自分たちを信じていない、と秀秋は顔を真っ赤にします。

 

京・三条西家──。

三条西実条が知らせを持ってきます。
去る9月15日、関ヶ原にて東西両軍が相見え
半日にして雌雄を決し……徳川の勝利、と。
そして秀秋と正成は佐和山城を攻め落とした、と。

実条は、まだ見つかっていない西軍諸将も多くいて
戦闘態勢には間違いないので、それが解かれるまでは
この屋敷で留まるようにおふくたちに勧めます。

 

大坂城に、大野治長が入ります。

恵瓊が逃亡の末、京にいることを密告したものがおり
ついに捕らえられてしまいました。

三成や行長も捕らえられた今、頼りは
大坂城に留まる毛利輝元ただ一人ですが、
輝元も、大坂城から出るように命じられたとのことで、
西軍再起の望みはありません。

これ以上の戦は、豊臣秀頼のためにはならず
今は再起の時が来るのを信じて
徳川と和睦するのが得策のようです。

 

9月27日、家康は大坂城に入って秀頼と対面します。
あくまで秀頼はこの戦には加担していないので
三成ら豊臣重臣たちが勝手に挙兵したということにして
家康は秀頼に、挙兵した輩を退治したとして報告。

今後は秀頼を補佐して天下を治めたいと意欲を示します。
その上で、生前の秀吉が決めた
秀吉の子・秀頼と家康孫娘・千姫の婚儀を急がせます。

 

正成は京で三成らが 市中引き回しされているところを目撃します。
「小早川の裏切りのせいで……おかわいそう」
といったものが多数で、正成は表情を曇らせます。

その帰り、正成は三条西家へおふくたちを迎えに行きます。
おふじ、君丸、千熊と、生まれたばかりの七之丞と対面です。

「人は、小早川は豊臣を裏切ったと蔑むやもしれぬ」
うつむき気味に話し始める正成です。
しかし、どんな誹りを受けても、徳川には
勝ってもらわねばならない戦だったのです。

おふくは、正成が戦の前から徳川につくと言っていました。

その覚悟を通したのですから、
どんなことがあっても正成についていく、と決意を伝えます。

東軍と西軍の戦は終わりました。
誰もがそう思っていました。
しかし、豊臣と徳川の本当の確執は、
この時から始まったのでした。


慶長5(1600)年9月15日、
徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が関ヶ原で戦う。
世に言う、天下分け目の「関ヶ原の戦い」。

寛永6(1629)年10月10日、
おふくが上洛して昇殿し「春日局」名号を賜るまで

あと29年──。

 

原作・脚本:橋田 壽賀子 「春日局」
音楽:坂田 晃一
語り:奈良岡 朋子
──────────
[出演]
大原 麗子 (おふく)
長山 藍子 (お江与)
山下 真司 (稲葉正成)
東 てる美 (お勝)
伊武 雅刀 (石田三成)
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大空 眞弓 (茶々)
香川 照之 (小早川秀秋)
大和田 獏 (大野治長)
橋爪 淳 (三条西実条)
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丹波 哲郎 (徳川家康)

佐久間 良子 (お安)
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制作:澁谷 康生
演出:富沢 正幸

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