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2021年3月28日 (日)

大河ドラマ青天を衝け・(07)青天の栄一

江戸へ武者修行へと旅立つ尾関長七郎の送別会が開かれました。
長兄・尾高惇忠は そんな弟に、はなむけの詩を贈ります。

 

──こんばんは。徳川家康です。

いいですねぇ。
私の若いころ、彼らのように楽しい宴は考えられなかった。
生まれてすぐ人質となり、それからずっと戦い続けていたからです。

そうして私が作り上げた太平の世では、文化が一気に発展した。
特にブームになったのが、今、惇忠が読もうとしている
漢語によるポエム、漢詩です。

武士や学者はもちろん、栄一たちインテリ農民も漢詩を詠みました。
今現在、理解できる方は少ないと思うが、
江戸人の心を知るうえでどうしても披露したいので、今日は特別に
漢詩を今の言葉に訳した形でお送りしたいと思います。

では、どうぞ──。

 

丈夫有辨菽麦知 豈無英志軽遠離
男として豆と麦の違いの分かるものなら、
誰でも優れた志士が遠くへ旅することを引き止めはしない。
弟よ、旅に出ろ。

嗚呼自古丈夫有所憾 忠孝如何公与私 今吾与爾在内外 丈夫心事無所覊
孝行も案ずるには及ばぬ、家は俺が守る。

顕親揚名爾所職 節用奉養吾為之
名を高め、世に知れ渡る偉大なる仕事をするのはお前の役目だ。
つつましく暮らし、母や家を養うのは俺が引き受けた。

行矣勉哉文也武 此行三旬幾奔馳 討論名士可有得 吾亦刮目待帰期
行け! そして励め! 学問に、武道に。
この旅を奔走せよ。
名のある人士と討論せよ。
この兄もまた、目を見開いてお前の帰りを待っていよう。

 

酒も入ってか、ついつい床で寝てしまった渋沢栄一ですが、
ふと目を覚ますと惇忠が起きていました。
栄一は、ふと惇忠に尋ねてみます。
「本当は、兄ぃが行ぎてんじゃねんか? 江戸に」

惇忠はフッと微笑み、そりゃ行ぎてぇに、と答えます。
しかし自分まで不在となっては尾高家を守る人間がいなくなるし、
惇忠には村のお役目があるので、
これでいいのだ、と納得するしかありません。

江戸に行きたい──その思いは、
長七郎の送別会に参加した者はみな
思っていたことなのかもしれません。
翌朝、長七郎は栄一たちの期待を一身に受け、
江戸へと旅立っていきました。

惇忠はそれよりも、渋沢喜作が長七郎に勝負を挑んだ話を聞いて
千代の父親代わりはこの俺だ、と家に招き入れますが、
当の本人である千代は何の話なのか分かっていません。
何の話だんべか? と栄一に聞いても、求婚話だなんて言えるわけもありません。

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2021年3月21日 (日)

大河ドラマ青天を衝け・(06)栄一、胸騒ぎ

──こんばんは。徳川家康です。

今日は私の息子を紹介させてください。
十一男の徳川頼房です。
私が61の時の子です。
ふふふ……やんちゃでね、7歳で常陸国・水戸25万石を与えました。

水戸家は皇室を大事にした。
毎年、領地でとれる一番鮭(いちばんじゃけ)は必ず朝廷に献上し、
親密な関係を築いていた。

頼房の息子・光圀も
「主君は京の天子様である。徳川一門こぞって敬うべし」
と常々話していました。
そう、彼は「水戸黄門」のモデルとなった人物だ。

この尊王の思想は全国に広がっていきました。
多くの武士に読まれたこの水戸学の本『常陸帯』にも
「孝を東照公」つまり私に尽くし、
「忠を天祖」つまり天皇に尽くすとあります。

書いたのは、安政の大地震(1855年)で亡くなった水戸藩の学者・藤田東湖だ。
藤田東湖は、9代目水戸藩主・斉昭の精神的な支えであり、
息子の慶喜も、東湖から多くを学びました。
ただ、この地震でわが徳川は大切なものを失ってしまった──。

 

藤田東湖が亡くなったといううわさは、尾高惇忠たちのもとにも届きます。
「国の命運が決まるというこんな時に!」と尾高長七郎はうろたえ、
惇忠は、一人一人が志を持って立ち向かわねばと長七郎を励まします。

渋沢喜作は、こんな自分にも将来何かができるかもと思い始め、
渋沢栄一もそれに同調します。
百姓だからと、百姓のまま生を終えるつもりはさらさらありません。
とはいいながら、栄一も喜作も剣術は全くであります。

心でどれだけ勇んだところで、身体はボロボロなわけです。
手伝いに来ていた尾高千代は、「天を仰ぎ地の理(ことわり)を知れ」と
どんな不利な足場でも剣を繰り出す、それができねば死ぬぞ、と
惇忠たちが話していた言葉を栄一に伝えます。

千代は、栄一がまだまだだと言いたかったのではありません。
「千代はそんな栄一さんをお慕い申しておるんだに!」と
突然の告白をしてしまい、顔を真っ赤にして屋敷を飛び出します。
あまりの急展開に、栄一は心がついていかず、ひどく胸騒ぎしています。

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2021年3月14日 (日)

大河ドラマ青天を衝け・(05)栄一、揺れる

岡部藩から命じられた御用金500両について、命じられるままに
藍玉づくりでようやく儲けた500両を陣屋に持参する渋沢栄一ですが、
大変な思いをして作った貯金を偉そうな役人に吸い取られてしまうのは
どうしても納得ができません。

「承服できんぞ! ばかばかしい!」
陣屋からの帰り道、雨に打たれながら涙ながらに悔しがります。

雨の中、木の下で読書をしていた尾高惇忠に話を聞いてもらうと
「悲憤慷慨(ひふんこうがい=正義の気持ちを持ち世の不正に憤り、嘆く)」
という言葉を教えてくれました。実はこの世には
栄一のように悲憤慷慨している者が多くいるらしいのです。

 

──徳川家康です。今日も出てきましたよ。
彼らが「悲憤慷慨」しているこの世とは、私の作った江戸幕府のことですからね。
我が徳川の世は、わずか7%ほどの武士がその他の人々を支配していました。

むかし、江戸時代の身分制度は「士農工商」と習った方もいると思います。
もう教科書にその言葉はありません。
私は武士の世を長く続けるために、ここに厳重に線を引いた。
「士/農工商」 支配する側の武士か、される側のその他か。

しかしこのころになって、圧倒的に人数の多いこちら側まで
徳川の世を疑い始めました。
惇忠や栄一だけでなく、日本各地にそういう人物が現れ
厳しく引いたはずの線が揺らぎ始めます──。

 

この本を読んでみろ、と惇忠に本を手渡された栄一は、
夜通しでその本を読み続けます。
清兵が英兵に殺される声や音が響きわたり、日本もいずれ
異国に責められて清のようになるかもしれない、と危機感を募らせます。

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2021年3月 7日 (日)

大河ドラマ青天を衝け・(04)栄一、怒る

のちに「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一、
藍葉の不作という危機から血洗島を救った栄一は
父・市郎右衛門から「よくやった」と評価され、
今日もよく、働いております。

読書をして勉強させてもらっている尾高惇忠と偶然にすれ違い、
栄一は、多忙でなかなか読書に行けないことを詫びますが、
ようやく大人の仲間入りを果たした年ごろだというのに
もう藍の買い付けができるほど成長したことを喜んでいます。

惇忠に紹介してもらった、台湾で商う浜田弥兵衛の本を読みながら、
かつて多くの者が海外で商いをしていたというのに
どうして今の日本は国を閉ざしているのか? という疑問が浮かびますが、
それに対して惇忠は丁寧に説明して栄一に教え込みます。

この惇忠の影響で栄一の好奇心はどこまでも広がり、
時を忘れて夜通し語り合うこともしばしばでした。

さてさて藍の出来ですが、不作からスタートしたものの、
何とかその後の頑張りでいい色が出せ、高値で取引できるものに育ちました。
市郎右衛門と伯父の宗助は、農民を集めて宴会を考えていますが
栄一は、その宴会の席を仕切らせてほしいなどと言い出します。

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