« 2022年1月 | トップページ | 2022年3月 »

2022年2月27日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(08)いざ、鎌倉 ~頼朝ついに鎌倉入り 北から義経も~

伊豆山権現を逃げ出した北条政子たちの元に、自分たちは鎌倉へ向かうという源 頼朝からの書状が仁田忠常によって届けられます。政子も鎌倉へ移動することにし、実衣と手を取り合って喜びますが、土着の農民と仲良くなっているりくには……「とりあえずは、いいんじゃない?」

──反乱の炎は一気に坂東に燃え広がった。大軍となった頼朝勢。様々な思惑を抱えた巨大な寄せ集めが、今、鎌倉を目指す──

続きを読む "大河ドラマ鎌倉殿の13人・(08)いざ、鎌倉 ~頼朝ついに鎌倉入り 北から義経も~"

| | コメント (0)

2022年2月25日 (金)

プレイバック武蔵坊弁慶・(16)旭日落日

寿永2(1183)年11月、木曽義仲はついに堪忍袋の緒を切って、後白河法皇の住む法住寺殿を攻撃。後白河法皇はかろうじて難を逃れますが、法皇の第四皇子・円恵法親王など600名余りが首を刎ねられてしまいます。これが史上悪名高き「義仲の法住寺焼き討ち」であります。

一方、源 義経は頼朝の命を受けてすでに京を目前にした琵琶湖畔に陣を進めていました。都から帰った武蔵坊弁慶は、さっそく義仲の所業を義経に報告します。さらに常陸坊海尊は、義仲の所業はすでに平 清盛を上回っているため、義仲を討たなければと義経に進言しますが、義経は同族同士で敵味方に分かれるのをよしとせず、気乗りしません。義経自身、義仲を鏡に映る自分の姿だと思っていて、以仁王の令旨を信じてただひたすらに平家追討を願ってきたのです。「どうあっても木曽殿を討たねばならぬのか」

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(16)旭日落日"

| | コメント (0)

2022年2月22日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(15)木曽颪(おろし)

寿永2(1183)年7月、怒涛のように都へ押し寄せた木曽義仲軍は、たちまち凶暴な略奪者の集団と化しました。5年続きの飢饉で疲弊しきった都であれば、庶民の迷惑はこの上もなかったわけです。義仲軍の兵士たちは、女 子どもと言わず老婆と言わず暴力を振るってものを略奪していて、陰に隠れて様子をうかがう弁慶はたまらず兵士をつまみ上げ、年老いたる者まで足蹴にするとは! と怒りに任せて遠くへ投げつけます。

兵士たちは、よこからこやつがしゃしゃり出てきやがった! とよせばいいのに多数で弁慶をどうにかしようと頑張るのですが、お分かりの通り弁慶は微動だにせず、うわーっ! と雄たけびを上げれば次の瞬間には兵士たちは地面に無数に転がっています。

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(15)木曽颪(おろし)"

| | コメント (0)

2022年2月20日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(07)敵か、あるいは ~2万の軍勢を率いる男 敵か味方か~

福原にある後白河法皇の幽閉所を訪れた平 清盛は、大庭景親の報告を受けて、源 頼朝が平家に対し謀反の兵を挙げて伊豆目代の首級を上げたと法皇に伝えます。さらに頼朝は、政を自らの手で執るなど無礼千万なふるまいを続けていて、清盛は怒りを露わにします。

とはいえ、大庭軍が先月23日に相模石橋山で頼朝軍を攻撃、完膚なきまでに叩き潰したそうで、頼朝は「死んだ」とどや顔です。法皇は「あ……」と声にならない声で驚きますが、清盛は頼朝が挙兵した黒幕が誰かを分かっているのか、「どこぞの誰かにそそのかされたのか、あっけない最期」と法皇の困った表情を眺めながら、ざまあみろと心の奥で笑っています。

 

福原に遷都したのは時期尚早だったかもしれないと平 宗盛は恐る恐る清盛に伝えます。福原遷都について誰かが何かを言ってきたという程度であれば、その声を叩き潰せばいいだけなのでなんてことはないのですが、誰もが口々に言うものだから、宗盛としてももう潰しようのないところにまで膨れ上がってきているわけです。

とはいえ、法皇の権力をそぎ落とすには京から福原へ遷都させる必要があるわけで、清盛はその自説を曲げません。宗盛は続けて、清盛は死んだと信じて疑わない頼朝が、どうやら安房で生きているらしいと宗盛の口から聞くのですが、般若のような恐ろしい顔で宗盛を睨みつけます。たかが流人と穏便に済まそうとする宗盛に、清盛は今すぐの追討を命じます。

 

その安房では、頼朝に命じられた和田義盛が北条義時とともに上総介広常のところへ赴きます。義盛は頼朝に頼りにされているぶん力みすぎているようで、冷静な義時は少々困った表情を浮かべています。

──再起した頼朝だが、目指す鎌倉は遠く兵は少ない。助けを求めて義時が向かったのは、坂東屈指の大物、上総介広常の館──

続きを読む "大河ドラマ鎌倉殿の13人・(07)敵か、あるいは ~2万の軍勢を率いる男 敵か味方か~"

| | コメント (0)

2022年2月18日 (金)

プレイバック武蔵坊弁慶・(14)峠の軍使

寿永元(1181)年・秋──。一足違いで熊野から京へ向かった玉虫と小玉虫の母娘を追って、都にやって来た武蔵坊弁慶ですが、都は戦さながらに平家の軍勢でごったがえしていました。木曽義仲の追討軍と聞き、いよいよ木曽でも蜂起したかと弁慶は理解します。

病に倒れて御所を退き嵯峨野の尼寺に身を寄せていた右京太夫は、玉虫と看病を受けながら養生しています。毎日毎日穏やかな生活の中で、小玉虫の話は右京太夫にとっては刺激的でありまして、いちばん怖いのがおばば(=桃の前)、次に怖いのがかかさま(=玉虫)、ととさま(=弁慶)はかかさまに叱られて小さくなっていた、などととても愉快で幸せな話ばかりです。「それでは御方様に子守歌を歌うて差し上げまする」

弁慶がその尼寺にやってきて中の様子を伺いますが、あいにく見えません。一度は入ろうとするのを諦め、引き返そうとしていたところ、中から小玉虫が歌う子守歌が聞こえてきました。それをしばらく聞いていた弁慶は、達者でな、と尼寺を後にします。

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(14)峠の軍使"

| | コメント (0)

2022年2月15日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(13)異母兄弟

──世に言う「富士川の合戦」の幕切れは、あっけないものであった。数万という水鳥が飛び立つ羽音を源氏の奇襲と思い込んだ平家方は、我先にと陣を捨て戦わずして敗走したのである──

平 清盛は、源 義朝と思しき亡霊が急に襲ってきたのを見るや刀で義朝を斬り捨てますが、その首は床にころがり、どくろがはっきりと見えます。そんな悪夢にうなされていた清盛は、養和元(1181)年2月、京の都・西八条の館で原因不明の高熱で病に倒れます。夢から覚めた清盛は知盛の顔を見据え、そちの言う通り源氏の小倅どもに情けをかけておったのは誤りであったとつぶやきます。そして跡継ぎの宗盛には、自分亡き後は仏事供養、寺、塔は一切いらないから、即刻兵を差し向けて頼朝の首を刎ね、我が墓前に備えよ、と言い残してこの世を去ります。
享年64、狂乱怒涛の人生でした。

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(13)異母兄弟"

| | コメント (0)

2022年2月13日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(06)悪い知らせ ~洞窟抜けて海越えて 源氏再起動!~

「私は信じておりました」 源 頼朝が挙兵に及んだという知らせは比企能員のところにも届き、頼朝の乳母だった比企尼は源氏再興のために頼朝が必ず立つと信じていたようです。

能員の妻・道は能員に頼朝に助太刀するのか問い詰めますが、頼朝が坂東に下って20年、その間ずっと比企尼が金銭の援助をしていたほどなのですぐに支度をしたほうがよさそうです。しかし道は大反対です。味方した後で平家に滅ぼされた場合、比企家も巻き添えを食う危険性が大きすぎます。

決めかねている能員は母・比企尼に、しばらく様子を見て見るという伺いを立ててみますが、「早く戦の支度をなさい!」という鶴の一声で、戦じゃ! と下知するのですが、その直後に戦の続報が舞い込みます。石橋山の合戦で源氏方は大敗、頼朝は行方知れず──。

 

長雨の中、山内首藤経俊に促されて茂みの奥を捜索する梶原景時は、洞穴の中に敵将の頼朝がいるのを発見します。しばらくにらみ合いが続くのですが、景時の視線が上の方に移った時、反対側から偵察に来た兵たちが「なんだこの穴は?」と覗き込もうとしていました。ちょうど落雷があり、慌てて駆け戻る兵たちですが、景時も誰もいなかった風を装って引き返していきます。「梶原景時……覚えておこう」

──頼朝の軍勢は壊滅した。援軍を求めて甲斐へ向かう義時。兄、宗時がすでにこの世にいないことを、彼はまだ知らない──

続きを読む "大河ドラマ鎌倉殿の13人・(06)悪い知らせ ~洞窟抜けて海越えて 源氏再起動!~"

| | コメント (0)

2022年2月11日 (金)

プレイバック武蔵坊弁慶・(12)黄瀬川の対面

──平家追討の令旨を受けた頼朝は、手始めに伊豆にある平家の目代・山木兼隆を襲撃した──

「けっ! 頼朝めに先を越されたわ」と床に大の字になる木曽義仲。巴御前が酒を持ってきながら、先を越されたといっても頼朝は合戦で散々な目に遭って命からがら小舟で逃げたという話をして義仲を励ましています。新宮十郎行家も、令旨を頼朝に届けたときにはのらりくらりと煮え切らない様子だったのに、今回のような大博打を打つとは予想だにできませんでした。義仲なら、まず北陸道を制圧して甲斐・信濃・越後の大軍を引き連れて都に攻め上ることを考えるそうです。頼朝ごときに何ができる、と酒をあおりながらバカにする義仲ですが、十郎が伊勢や摂津の隠れ源氏をかき集めると聞くと、十郎を見据えます。「急ごうぜ…頼朝が息を吹き返さぬうちにの」

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(12)黄瀬川の対面"

| | コメント (0)

2022年2月 8日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(11)源氏揃え

高倉宮以仁王を討ったという知らせがなされるも、未だに遺体が見つかっておりません。家人たちの情報もバラバラで、平 知盛もついつい声を荒げてしまいます。以仁王の生死が分からないということは、令旨も生きていることになるのです。見つかるまで帰るな! と厳命する知盛に、頑入が床下から口を差しはさみます。「高倉宮は生きておわします。播磨の傀儡の群れに助けられたとのうわさ」

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(11)源氏揃え"

| | コメント (0)

2022年2月 6日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(05)兄との約束 ~三百対三千の戦い・決戦! 石橋山~

治承4年8月17日深夜、北条宗時率いる頼朝の軍勢が堤館の周囲を取り囲み、襲撃を開始します。火の手が上がったというのは、源 頼朝と北条政子たちが待機している北条館からもはっきりと見えます。

北条時政や宗時が必死に敵兵を切り倒していく中、この戦いが初陣となる義時は腰が引けてしまい、たいまつを振り回したり刀を突き出したりして敵兵が近寄らないようにするので精一杯です。父上から離れるな! という宗時の指示に従い、屋敷の奥に進んでいった時政をおろおろしながら時政は付いていきます。

堤 信遠は屋敷の奥の角に隠れていましたが、月明かりですぐに見つかります。こんなことをしてどうなるか分かっているのか!? と歯向かってくるのを時政が切り倒し、義時はこれまでの信遠から受けた仕打ちを力に変えてとどめを刺します。ガクガク震える義時の手を握り、時政はフッと微笑みます。「これで終わりじゃねえぞ。始まったばかりだ」

──頼朝は立ち上がった。未曽有の大戦、源平合戦が始まる。目指すは源氏ゆかりの地、鎌倉。義時、たどり着けるか──

続きを読む "大河ドラマ鎌倉殿の13人・(05)兄との約束 ~三百対三千の戦い・決戦! 石橋山~"

| | コメント (0)

2022年2月 4日 (金)

プレイバック武蔵坊弁慶・(10)泣きぼくろ

激しい雨が降る日の夜、平 清盛の嫡子・平 重盛が亡くなります。42歳の若さでした。重盛の嫡男・維盛は泣きじゃくりますが、清盛は我が子の死にもいたって冷静で、平家には宗盛もいるし知盛もいると、平家の天下は全く揺るがないと笑います。しかし重盛の死は、これより6年後に訪れる平家滅亡への序曲でした。

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(10)泣きぼくろ"

| | コメント (0)

2022年2月 1日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(09)鬼若子守歌

治承元(1177)年・初夏──。奥州平泉の高館を与えられた源 義経は弓矢の鍛錬をしていますが、今日はなぜか的にかすりもしません。今日は日が悪いなどと 弁慶はおだやかに言葉をかけますが、義経は「当たるはずの矢が当たらぬ!」とイライラです。義経が平泉にやってきてはや3年、藤原秀衡の庇護のもと、なに不自由ない暮らしではあるのですが、何もない暮らしが義経には苦痛であったわけです。

続きを読む "プレイバック武蔵坊弁慶・(09)鬼若子守歌"

| | コメント (0)

« 2022年1月 | トップページ | 2022年3月 »