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2022年2月27日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(08)いざ、鎌倉 ~頼朝ついに鎌倉入り 北から義経も~

伊豆山権現を逃げ出した北条政子たちの元に、自分たちは鎌倉へ向かうという源 頼朝からの書状が仁田忠常によって届けられます。政子も鎌倉へ移動することにし、実衣と手を取り合って喜びますが、土着の農民と仲良くなっているりくには……「とりあえずは、いいんじゃない?」

──反乱の炎は一気に坂東に燃え広がった。大軍となった頼朝勢。様々な思惑を抱えた巨大な寄せ集めが、今、鎌倉を目指す──


下総から武蔵国に入った頼朝勢ですが、都にはまだその規模は伝わっていません。

平 清盛が命じた頼朝追討軍はいまだに出発しておらず、総大将の平 宗盛は「旧例にのっとり必勝の吉日を選んで」明後日出発すると決めたようです。とはいえ、日に日に軍勢はふくらんでいくわけで、宗盛が用意した1万の軍勢では少なすぎるわけです。坂東に向かう道中で、その倍を集めさせよ! と命じます。

 

後白河法皇の幽閉所を訪れた平 知康は、頼朝追討軍が昨晩遅くに経を出発したと知らせ、頼朝もこれまでかともらしますが、「いやじゃ…いやじゃ…」と法皇は嫌がり、こういう状況でも頼朝が勝つ手立てを知康に尋ねます。甲斐や信濃の源氏と手を組めば勝ち目はあるものの、お互いに合力していないようなのです。

法皇はそれでも「いやじゃ!」と まるで駄々っ子でして、頼朝を諦めては? と丹後局から言われても納得できません。扇で床を叩いて感情を露わにする法皇の気を静めるべく、頼朝には弟がいたはずだが? と助け船を出しますが、「生き残ったものが……どこにいるのやら」とまるで他人事の知康に、法皇の怒りは頂点に達します。

 

奥州平泉から坂東に向かう源 義経一行。草むらに隠れてウサギに狙いを絞り、矢を放ちます。ウサギを見事に射て「はっはっはっ、今宵はウサギ汁だー」と喜んでいますが、それはオレのウサギだ、と横からむさくるしい男が現れます。男はウサギに刺さったままの矢の形で自分が放った矢であることを証明してみせるのですが、義経はそれを断り、「どちらが遠くへ矢を飛ばせるか、飛ばせた方がウサギをもらう」という代案で決着をつけることにします。

よかろう というと男は遠くに矢を放ちますが、義経は矢を引き絞ったまま飛ばしていません。一瞬怪訝な表情を浮かべた男が「何をしている」と言葉をかけると、義経は矢を男に向け放ってしまいます。義経は「あっ」と思い出し、足元に落ちていたウサギを狙ったときの矢を拾い上げ「オレの矢はこっちだった」と悪びれる様子もなくつぶやきます。

義経の視線の先には富士山が見えたのですが、一行は誰も富士山に登ったことはないようです。そこで、義経の一存で鎌倉の前に富士山に向かうことになりました。

 

鎌倉へ移動中の頼朝一行。その行軍の中にいる岡崎義実は、鎌倉入りしたら頼朝の御所はどこになるか北条義時に尋ねます。義実は頼朝の父・源 義朝の館があった亀谷(かめがやつ)に御堂を建てて義朝の御霊を祀(まつ)ってきたので、どうにか頼朝の御所を亀谷にしてほしいようなのです。お伝えしておきましょう、と義時はうなずき義実を安心させます。

そして驚きだったのは、敵方に寝返った畠山重忠が降伏してきたことでした。来てくれてうれしいぞと義時は歓迎ムードですが、そう思わぬ者がいるのも事実でして、なるだけ目立つことは避け、平家との戦となれば必ず出番が来ると義時に言われます。

義時は個別に和田義盛に話をするのですが、オレは断じて許さん! と義時に反発します。重忠の父・重能は清盛に仕えている関係もあって、図らずも平家軍として戦をしなければならなかったわけですが、義盛はそれでも納得できません。三浦義澄も、父を討ったのは重忠であるので憎しみは消えないのですが、今こうなった以上は堪えて忘れるつもりでいます。

上総介広常は、いつまでもゴネる義盛にイライラしたのか堪らず声を上げます。オレたちは所詮烏合の衆だからみんなの思いをいちいち聞いていたら立ち行かなくなると忠告したうえで、頼朝の考えを聞いてこいと義時に言います。「俺たちはそれに従う。それでもとやかく言うやつがいたら、オレが相手だ」

 

義時はさっそく重忠を頼朝に会わせます。頼朝はとても喜び、味方になる者は大事にしなければと、重忠が窮屈な思いをさせないように義時に命じます。さらに、軍勢がこれから相模に入ることも考慮し、重忠に先陣を命じます。先陣はすでに広常に決まっているはずなのですが、頼朝の一存で急に変更が決まり、怒りを爆発させた広常は頼朝のところへ怒鳴り込みに行きます。

頼朝は義時を甲斐に向かわせ、武田信義に味方になるように説き伏せてこいとも命じます。信義の元にはすでに北条時政が向かっているはずなのですが、何の音沙汰もないのです。義時は、信義が話に乗ってきそうな気がしないとも言うのですが、頼朝は信義調略に自信を持っています。

 

先陣を重忠にしたおかげで、軍勢の先頭に立つ重忠を見て庶民たちは目を輝かせています。一方で先陣の役目から降ろされた格好の広常は、朝から酒をあおっています。

 

酒をあおっているのは信義説得に向かった時政も同じでありまして、まぁこちらは信義調略がうまくいかず、どこかの宿屋で油を売っていたわけですが、長年一緒にいる義時にはその行動パターンは完全に読まれていまして、たちどころに発見されてしまいます。

頼朝の陣から離れるときはまだまだ少なかった軍勢も、今や2万もの大軍勢に膨れ上がり、武田はいいじゃねぇか……と甘えを言う時政ですが、追討軍と戦うのだから兵は多いに限るし、何より頼朝は時政を買っているのだから「期待に応えましょう」と義時は酒を止めさせます。

 

信義と再び対面するふたりですが、院宣を持ってくれば北条だけは助けてやると約束したのにそれを持ってこず、やっぱり頼朝と手を結べと言う彼らの主張には、信義は納得できずに愚痴を言います。どうか力を貸してくださいと義時は頭を下げますが、なぜか今回は「いいだろう」とあっさり受け入れられます。

信義の身の変わりように時政は驚いていますが、追討軍が坂東にやって来た時に真っ先に矢面に立たされるのは自分だと気が付いたからだと義時は考えています。つまり使者が誰であってもこの結末であれば、時政は自分が行かなくてもという気持ちには当然なるわけですが、そんなふうに考えないほうが、と義時はやんわりとたしなめます。実はそのことは頼朝も言っていまして、信義は話に乗ってくるので使者は誰でもよかったわけですが、時政はいったい何をモタモタしているのだという叱咤の気持ちが働いたのかもしれません。

一方で信義は、鎌倉に入って追討軍を追い払った後、京に上って平家を滅ぼしたいと考えていますが、上洛して法皇を助け、清盛が壊してしまった世の中をあるべき姿に戻そうと考えている頼朝に少なからず疑いの気持ちを持っているようです。私利私欲はないと義時が説明しても「どうだか……」とニヤリとするのです。

 

信義は鎌倉で合流することになったと義時は頼朝に報告しますが、頼朝の隣には僧がひとり座っています。頼朝の弟・阿野全成は星を読むことができ易もするので、力になる存在なのです。義時は全成と顔合わせをして下がっていきますが、頼朝と全成、安達盛長で鎌倉の御所の位置決めをやっていて、そういえば義実から亀谷にしたいと申し入れがあったなと思い、引き返してきます。

「亀谷は……ないな」と頼朝はつぶやきます。全成によれば亀谷の方角も申し分ないとのことなのですが、御所を京にも劣らない大きくて雅なものにしたい思惑の頼朝は、御所の場所決めという大事なことに義実ごときが口を差しはさむことすらはばかられることであり、これは頼朝が家人の言いなりにならないことを示す機会なのだと、大倉の場所に御所を決めてしまいます。

 

父の菩提を弔うなど義実の思いを踏みにじったり、家人たちが野宿というのに頼朝は寺を借りてそこで寝起きしていたりと、家人が蔑(ないがし)ろにされているようで、最近の頼朝はちょっと調子に乗っているという声も上がってきています。みんなの話を聞きすぎる義時はたまらず三浦義村に助けを求めます。

頼朝が家人と酒を飲みかわす姿を見たことはないという義村の指摘で、義時は少しの間でいいのでと頼朝を野宿する家人の輪の中に座らせます。その輪の中で「頼朝を呼んで来いよ!」と騒ぐ広常に、その呼び方はよくないという声が出る中、義村は「武衛(ぶえい)」という呼び方もある、と教えてあげます。重忠が“あれっ?”と気づいた通り、武衛とは兵衛府のことで“佐どの“よりも丁寧な言い方なのです。

田舎者の広常はそれを知らず「こっちに来いよ武衛」「武衛、あんたとはな、一度飲みたかったんだよ」と喜んで 武衛、武衛、と何度も連呼しています。本人が知ってか知らずかはさておき、あまりに何度も敬って呼ぶものだから、頼朝もちとくすぐったい気分になって「ははは……もうよい!」とひざをつついていい気分です。

義村はさらに、頼朝と膝つき合わせて飲めるのもそうないぞ! と、周囲に散らばる家人たちを輪にぐぐっと近づけます。頼朝はみんなをいたわり、みんなで「おおーっ」と呼応していますが、ここで広常が「みんな武衛だ! いいんだよオレのことも武衛と呼んでも」と余計な一言を挟んでしまったものだから、広常が武衛という言葉を勘違いしていることにようやく気付く頼朝でした。

 

10月6日、頼朝勢はついに鎌倉入りします。石橋山の合戦で大敗を喫してからわずかに1ヶ月のことでした。

大庭景親のもとには、山内首藤経俊が頼朝の鎌倉入りについて報告に上がります。総勢3万と聞いて、この1ヶ月の間にそれだけ膨れ上がったことにとても驚き、まずいな……と顔色を失います。即刻お立ち退きを! との声にも、清盛にこの手で頼朝の首を挙げると約束してしまっている以上、しっぽを巻いて逃げ出すことなどできるはずもありません。

景親は梶原平三景時に出陣を命じますが、すでに勝敗は決していると動こうとしません。「それがしは……大庭どのの家人ではござらぬ」とつぶやき、ここまでのようでござるな と景親の元から離れていきます。

 

伊東館も混乱は同様でありまして、伊東祐清が鯉名川から海に出て駿河に逃亡する案を提示しても、伊東祐親はこの場所で頼朝らを迎え撃つつもりで「今さら平家を頼って何になる」と聞き入れません。そもそもは平家の顔色を窺って八重との仲を裂いたことがきっかけで始まったわけです。家柄の良さを鼻にかけて坂東武者を下に見る頼朝に、愛娘はやれん! と言う祐親に、祐清は内心腹煮えくり返りながらも父を助けなければなりませんでした。

祐親は控える江間次郎に、八重を頼朝に渡すなと厳命されます。攻め込まれたら……分かっておるな と迫られて、「かしこまりました」と次郎は言うしかありません。

 

鎌倉仮御所に頼朝が入ります。伊豆山権現からやってくる政子たちも明日到着できそうですが、疲れが出てしばし休みたいと明後日に延ばしてもらうことにします。全成は、明後日は庚寅(かのえとら)であり、庚寅に家移しした家には「親子の縁は薄く」「主は不慮の死を遂げる」という不幸が訪れるらしいのですが、暦などに振り回されるのもどうかと思うと、結局自分の意見をごり押しします。

全成や義時を振り払った頼朝が、盛長の案内に従って屋敷の奥の方に進んでいくと、そこには浮気相手の亀が待っていました。「会いたかったァ……佐どの……!!」とお楽しみが始まり、そっと戸を閉める盛長ですが、それを義時がジーッと見ていました。「……そういうことです」

義時が亀の存在を知ったのはこの時が初めてですが、義村は知っていました。政子という妻がありながら、頼朝はどういうつもりなのだとため息交じりにつぶやく義時ですが、都のお生まれだから妾なんて当たり前なんだろ? と義村はさほど気にしている様子もありません。

 

翌日、政子たちが腰越の寺に到着しました。しかし頼朝の命じられるままに「きょう一日骨を休めて、明日の朝あらためて」と伝える義時に、どうしてと噛みつく政子です。頼朝には頼朝の思いがあると諭すりくの言葉を受け入れて、明日には必ず入れるのかと義時に念押ししたうえで、これまでずいぶん待ったのだからあと一日ぐらい、と何も言わずに我慢することにします。

「兄上のことなんですが……」と義時は重い口を開きます。政子もりくも宗時が帰ってこないことを知っていて、つよい方だったからきっと達者で帰ってくると励まし合いますが、亡くなっているに決まっていると実衣はズバリ切り込みます。「よく言いますね兄のことなんか知らないくせに……みんな分かってるのに」そうつぶやく実衣は、そういうの大嫌いと出ていきます。

 

寺を飛び出した実衣は、林の中で「腹減ったなぁ……」と休んでいる数名の男たちを目撃します。様子を窺っていると義経に見つかってしまうのですが、藤平太が芋の煮物を差し入れしているスキにこっそり寺に戻っていきます。みんな芋を箸で掴めずカチャカチャと芋に遊ばれていますが、義経は箸をつきさし芋をほおばります。それを見てみんな競い合うように芋を突きさし出します。

差し入れした腰越の藤平太に、荷車いっぱいに芋を積んでまた戻ってくる! と約束する義経は、潮の香りに気が付いて「海が見たくなった!」と海に向かって駆けだします。弁慶たち一行も、あわてて義経の後を追って駆けだします。

 

その海を眺めていた義時は、政子たちを連れて鎌倉に入ろうとしていました。政子はドキドキが治まらず胸に手を当て落ち着こうとしています。「そういえばうちの人」とりくが言って実衣が笑いますが、時政は武田信義軍を引き連れて鎌倉に向かっている途中です。さ、と促す義時に、こんなみすぼらしい格好で会いたくないと言い出します。確かにこの格好は伊豆山権現で与えられた下働き用の格好なので、身分相応の格好に着替えたいし、髪に櫛も入れたいし湯あみをしてお化粧も……と欲が止まりません。

どこに行けばいい着物が手に入る? と頭を抱える義時ですが、鎌倉は初めての地であるので全く分かりません。義村に相談すると、ここは力のある豪族から借りてくるしかないだろうと提案されます。最も近いのは景時の館ですが、景時は敵方だと認知されているので止められます。

 

とはいえ背に腹は代えられず、ダメもとで梶原館に赴いた義時が頭を下げると、盆栽の手入れをしていた景時は「すぐに下人に用意させよう」と言ってくれます。そしてちょうどよい折と景時は、大庭景親と袂を分かったことを義時に打ち明けます。義時は今が好機と、頼朝軍への参陣を請いますが、一度は頼朝に刃を向けた身ゆえとやんわり拒絶します。

 

ともかく景時に用意してもらった女人の着物を着て、政子たちはようやく鎌倉入りを果たします。政子と、政子の胸に抱かれた大姫は、頼朝の胸に飛び込み、土着の村人たちは感動的な再会シーンに涙する者あり、喜ぶ者ありでとても和やかな雰囲気です。そんな時にりくは、辺りをキョロキョロ見回して時政の姿を探しています。

鎌倉の丘から一望する町並みはとても美しく、頼朝はここに源氏ゆかりの由比若宮を移すことを宣言します。鶴岡八幡宮のことで、八幡神(はちまんしん)は源氏の守り神とされています。丘の下に社殿を築きその威光で坂東をまとめ、京に攻め込んで平家を滅ぼす!

「政子、早く跡継ぎを頼むぞ。立派な男子をな」と言われて力強く頷く政子ですが、そんな政子を睨みつける亀の姿が──ww

 

三浦館に呼ばれた義時は、鯉名から舟で逃亡を図った伊東祐清が捕縛されていました。平家の軍にたどり着いて何とか助けを求めようと考えていたようです。義時が縄を解こうとすると、館に立てこもる祐親を助けてほしいと言われます。しかし頼朝の命で、和田義盛と畠山重忠が伊東館にすでに向かっているそうです。伊東館に向かおうとする義時と義村の背中に、伊東館には八重がいると言葉をかけます。「父上のことだ。八重の命も奪うつもりでいるはず」

 

伊東館では八重が写経をしていますが、その後ろに次郎が控えます。「なぜ戦いに行かぬのですか」 その問いには答えず、次郎は刀を抜こうとします。


作:三谷 幸喜
音楽:エバン・コール
語り:長澤 まさみ
題字:佐藤 亜沙美
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小栗 旬 (北条義時)
新垣 結衣 (八重)
菅田 将暉 (源 義経)
小池 栄子 (政子)
江口 のりこ (亀)
中川 大志 (畠山重忠)
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山本 耕史 (三浦義村)
横田 栄司 (和田義盛)
八嶋 智人 (武田信義)
岡本 信人 (千葉常胤)
阿南 健治 (土肥実平)
佐藤 B作 (三浦義澄)
小泉 孝太郎 (平 宗盛)
中村 獅童 (梶原景時)
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松平 健 (平 清盛)
佐藤 浩市 (上総広常)
國村 隼 (大庭景親)
鈴木 京香 (丹後局)

浅野 和之 (伊東祐親)
坂東 彌十郎 (北条時政)
宮沢 りえ (りく)

大泉 洋 (源 頼朝)
西田 敏行 (後白河法皇)
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制作統括:清水 拓哉・尾崎 裕和
プロデューサー:長谷 知記・吉岡 和彦
演出:吉田 照幸

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