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2022年3月15日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(21)腰越状

頼朝の命により、義経一行は鎌倉を目前にしながら立ち入ることを許されず、ついに弁慶が最も恐れていた事態が起こったわけです。

腰越・万福寺、厳しい鎌倉勢の監視下に置かれた義経一行は、ここで監禁されることになります。義経は万福寺の堂に籠って謹慎し、家来たちもそれに倣いますが、5日経ち、7日経っても鎌倉からは何の音沙汰もありませんでした。そして10日が過ぎ……。

弁慶がお堂に持ち込んだ夕餉を「よい」と断る義経、身体に障ろうとも頼朝に自分の心さえ届けばという思いです。弁慶は、ほんの数日の我慢で済むような話ではないため焦らないように諭しつつ、まずはお召し上がりくださいと夕餉を勧めます。義経の気持ちはいずれ頼朝に通じますとフォローも欠かしませんが、義経は「まことそう思うか」と修復しようのないところまで来ている現状をいちばん分かっているのかもしれません。

義経は冷静に、頼朝に文をしたためたいと弁慶にその用意をさせますが、すらすらと書き進めながら急にもどかしくなって、思わずくしゃくしゃにして投げ捨ててしまいます。弁慶は、義経のやりきれない気持ちも分かるので何も言わず、義経が投げ捨てた紙を手に取って広げ、したためた文を読み上げます。

義経、鎌倉に入れられざるの間その真意を上るに叶わず、いたずらに数日を送る。ことここに至りても兄上の尊顔を拝し奉らず、肉親の情を交わすこと空しきに似たり。運命の窮まるところか前世からの因縁か、哀しきかな、哀しきかな、哀しきかな、哀しき……

「僭越ながら御免」と弁慶は筆を執り、したため直します。

源義経、恐れながら申し上げ候。意趣は御代官のその一つに撰ばれ、勅旨の御使として朝敵を傾け、累代弓箭(るいだいきゅうせん)の藝(げい)を顕わし、会稽(かいけい)の恥辱をそそぐ。抽賞(ちゅうしょう)を行わるべきのところ、思いのほかに虎口(ここう)の讒言(ざんげん)によって、莫大の勲功を黙止せらる。義経犯すことなくして咎(とが)を被る。功ありて誤りなしといへども、御勘気を蒙るの間空しく紅涙に沈む──。

頼朝にひたすらに恭順を表したこの手紙こそ、史上名高い『腰越状』です。

 

しかし頼朝にはその気持ちは届かなかったようで、その腰越状も読み捨てられるような扱いです。真心を尽くしさえすれば人の心は動くと未だに信じているらしい、と表情を変えずにつぶやく頼朝は、義経のような無垢な武将は悪人よりも始末が悪いと考えています。ことが起きれば後先考えずに突っ走ってしまう可能性があるわけです。義経を懲するための立派な名目として、頼朝は恐ろしいことを言い出します。「待つのじゃ。この頼朝の命が狙われる日まで」

 

義経は頼朝の勘気が解けるのを信じていました。兄弟が殺し合うなど試案のほかなのです。

そのうち、佐藤忠信や片岡経春・為春兄弟は「頼朝を討つべし」との声を上げ始めます。のん気に構える弁慶は、さっそく実行に移そうとする忠信に、兄継信の分まで長生きしなければならんぞ、とくぎを刺しておきます。伊勢三郎と行方六郎は弁慶に任せると言い、常陸坊海尊は仏の御心にすがり経を読む。亀井六郎は忠信に同意し、喜三太は何があっても義経のそばにいたいと。

肝心の弁慶は、水遊びをすると突拍子もないことを言い出します。頼朝に心を尽くした文をしたためたとはいえ、頼朝に対して気持ちを伝える方法はそれだけではないと、今の自分たちの振る舞いこそが義経の気持ちを直接訴えることにもつながるというわけです。「その前に……みんなひげを剃れ。そんなむさい顔では具合が悪かろうが」と言ってみんなを和ませます。

 

北条時政が大笑いしながら頼朝の館に戻って来ました。見張りの者の報告で仰天し、こっそりと弁慶たちの様子を見てきたわけです。見張りの者の報告通り、まるで子供のように嬉々として遊んでいました。「あれは不謹慎なのか大胆不敵なのか、それとも単なる馬鹿なのか」時政と北条政子は、頼朝の様子をチラチラとうかがっていますが……。

人の読みを外し敵意を鈍らせるとは憎いやつじゃ、と頼朝は苦笑いします。政子が言うように、今回の駆け引きは頼朝の負けのようです。頼朝はひとまず今回は弁慶に花を持たせることにし、翌日、京に戻るように沙汰を下します。死を覚悟していた家人たちにとっては奇跡の生還でした。しかし義経の兄弟愛は、いつしか憎しみに変わっていました。

京に戻った弁慶は、さっそく八条女院のところに挨拶に出向きます。頼朝も罠にかかった獲物をよくぞ手放した、と女院は手放しで義経一行の帰還を喜びます。さてこれからどうするか。勝てる勝てぬではなく、今回の争いはいわば兄弟げんかであり、たかが兄弟げんかに何百何千という兵たちが血を流し、何万何十万という無垢の民を塗炭の苦しみに追いやることは許されないと考えています。

あっぱれ! 九郎は日本一の武将! と女院は義経を褒めたたえます。もしも頼朝が戦を望んだときはヒラメのように、海の底でじっとしているに尽きるわけですが、ヒラメはヒラメで海の上で行われていることは知りたいはずです。なるほどと大きく頷いた女院は、海の上で起こったことは逐一弁慶に知らせてくれるように約束してくれます。

 

京のはずれに庵を結んだ右京太夫のところへ、弁慶は使いの者を遣わします。少し風邪気味の右京太夫は玉虫と小玉虫について少々嘘をついてしまいます。使いの者の報告を聞いた弁慶は、玉虫と小玉虫が右京太夫のところに行っていないと信じ込んでしまいます。

奥州の商人・金売り吉次から砂金が送られてきて、海尊と弁慶はとてもとても喜びます。これで半年は何とか暮らせそうです。何を隠そう、義経には領国というものがなく、鎌倉からの仕送りだけが頼りなのですが、頼朝はそれすらも停止してしまったわけです。

伊勢三郎の提案で、義経の正室・若の前からみんなで和歌を習うことにしました。今までそういった京風の文化に触れずに来たので、ぎこちなくではありますが少しずつ上達する一同です。その中でも三郎は、若の前から声をかけられるとほほを赤らめて完全に浮足立っています。どちらにしても一刻訪れた平和だったのかもしれません。

 

腰越で不覚を取った頼朝は、義経主従を京に追い出し、よほど腹に据えかねたのか次の戦法として仕送りを停止しました。しかし弁慶は日夜金策で駆け回っていまして、その借り受けの署名は「源 頼朝」と書いてあるそうです。またしても一杯食わされた感じの頼朝ですが、さっそく次の手を考えざるを得ません。

 

義経は連日、静の館に泊まっています。それは弁慶も知っていることで大した話ではないのですが、忠信の話によれば、そんな義経を連日訪ねてくる御仁がいるそうです。それが新宮十郎行家であると知り、弁慶は振るっていたなぎなたを止めて驚きます。十郎は義経の叔父に当たるが、節操のある人物とはいえない部分があります。実際木曽義仲も、この十郎に裏切られているわけです。

頼朝を討つための準備を進めている十郎は、坂東に味方を増やしつつあります。あとは頼朝追討の院宣が揃えば文句なしですが、それも十郎は自分にまかせろと言っています。それよりも、義経は弁慶にこのことを打ち明けなければなりませんが、義経はなかなか言い出しにくく、まだ弁慶には伝えていません。

 

右京太夫は、先ほど庵を尋ねてきた武士が弁慶の使いのものであったことを玉虫に打ち明けます。そして玉虫と小玉虫を手放したくない気持ちから、ここにはいないと嘘をついてしまったことを詫びるのです。もし玉虫と小玉虫が弁慶と暮らすようになったら、この庵は自分ひとりになってしまい、待つ人もおらず待たれる人もおらず、それが右京大夫にはたまらなく寂しかったわけです。

弁慶は義経の屋敷にいると伝え、右京太夫は今すぐに向かえと言うのですが、離れての暮らしの方が長く、今すぐに会わなければならない理由もなければ、相手が無事に生きていることさえ分かっていればそれでいいと言う玉虫ですが、右京太夫は少し意地になって、今すぐに行け、戻って来てくれるなと言い、玉虫は涙をためて困惑しています

 

静の館から帰る十郎を待ち伏せ、弁慶は目の前に現れました。こんなところで月見かと驚く十郎に「花見でござる」と笑いながら近づく弁慶は、手にしていた花を十郎に持たせます。「可憐な花を毒虫に食い荒らされたくないとは思われぬか」と、自分の心情を分かってくれよな、とその手を強く握りつぶそうとします。悔しがる十郎です。

 

「なぜ承知してくれぬ弁慶!」と義経は怒りを露わにします。弁慶は、大義なき戦は起こすべきではなく、後れを取ると焦る心こそが向こうの思うつぼだと諭します。逆風もやがては順風に変わる、しばらくの辛抱だと。「いっそ都も鎌倉も全て捨てませぬか。今の殿のお姿は痛々しゅうござる」

義経が変えようとしなくても生きられる場所が、どこかにあるはずだと言う弁慶に、義経は声を荒げます。「黙れ! わしは、鎌倉との戦に承知か不承知かだけを聞いておる!」 不承知と申し上げた、と弁慶は表情を変えません。義経は弁慶を睨みつけ、暇を取らせると命じます。いつまでも弁慶あっての義経ではいたくないわけです。「そちはいつもわしの前に立ちふさがる。息苦しい! のびのびと息がしたいのじゃ」

お暇仕る、と言って、静かに立ち上がる弁慶。義経は何も言いません。

 

屋敷の門の外には、玉虫と小玉虫がやってきていました。そこに屋敷を出てきた弁慶が偶然の対面です。懐かしい思いもそこそこに、親子3人で暗闇の中を歩いていきます。
──別れと出会い、その悲しみと喜び、妻と娘。そのいずれをも両肩に振り分けながら、この朝弁慶はいずこともなく去っていきます──


原作:富田 常雄
脚本:杉山 義法・下川 博
テーマ音楽:芥川 也寸志
音楽:毛利 蔵人
タイトル文字:山田 恵諦
語り:山川 静夫 アナウンサー
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[出演]
中村 吉右衛門 (武蔵坊弁慶)

川野 太郎 (源 義経)
荻野目 慶子 (玉虫)
麻生 祐未 (静)
岩下 浩 (常陸坊海尊)
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真野 あずさ (右京太夫)
ジョニー 大倉 (伊勢三郎)
山咲 千里 (若の前)
新 克利 (新宮十郎)
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光本 幸子 (八条女院)
神崎 愛 (北条政子)

菅原 文太 (源 頼朝)
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制作:村上 慧
演出:外園 悠治

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