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2022年4月12日 (火)

プレイバック武蔵坊弁慶・(29)安宅の関

鎌倉に戻った梶原景時と後藤新兵衛は、義経の行方について報告をします。敦賀までは足跡はつかめているのですが、そのあとは北に向かった南に向かった、はたまた都に戻ったといろいろな噂が錯綜していまして全くつかめておりません。噂はどうあれ目的地が奥州平泉であることは間違いないので、頼朝はそれにつながる道々に恩賞は倍にすると触れを出させます。


比叡山を脱出した義経・弁慶一行は、幾多の苦難を潜り抜けてついに日本海へ到達します。一行はみんな山伏の格好で、名前もそれなりに改名しているようです。当然、行方六郎を「行方」と呼んでもわざと振り向かないわけで、慌てて「あぁー、備中坊」と弁慶は呼びなおします。

一行はそのまま加賀に入ります。加賀守護の富樫家経はなかなかの人物らしいのですが、鎌倉との仲などその他の情報が少なすぎるので、関を通過する前に物見をしてからということになりました。「では大和坊、物見に行ってまいります」と弁慶は義経に頭を下げます。
物見の前に伊勢三郎には、誰かに何か聞かれても筑紫坊(=常陸坊海尊)以外には答えさせないように、と忠告しておきます。ちなみに弁慶は「一の坊」、伊勢三郎は「西海坊」で、三郎は誰が何という名前なのかさっそく混乱しています。

 

弁慶が松原を進むと、十数人の兵士に取り囲まれてしまいます。馬上の武士・関口五郎は木曽義仲の陣で弁慶の顔を3度ばかり見ているので弁慶に間違いないと主張しますが、弁慶はあくまでも別人だととぼけます。言い争っていても仕方ないので、関所に案内して詮議すると言うと、望むところだと胸を張ります。

 

富樫屋敷に戻ってきた五郎は自信たっぷりに「弁慶を連れて参りました!」と言いますが、ちと不安材料もあります。もし本当に弁慶であれば、詮議をすると聞くと少しためらいそうですが、動じた様子はありませんでした。富樫家経は、本物であれば兵に囲まれたぐらいではうろたえないでしょうし、関所に来るとは大した度胸だとつぶやきます。

弁慶は、残してきた義経たちが気がかりでたまりません。武蔵坊弁慶、と家経に声をかけられて、「出羽国羽黒の山伏、一の坊と申します」と堂々とした名乗りです。南都東大寺再建の勧進(寄付)で、出羽・陸奥・越後・佐渡に下る途中なのであります。さらに家経は、義経の居場所、なぜひとりでいるのかを尋ねますが、「妻帯せぬが山伏のならわし」と言って家経に笑われます。

 

弁慶の戻りが遅いです。義経はそろそろ出かけようかと伊勢三郎に提案しますが、しばらく待ちましょうと進言されます。弁慶なしに行動するのは赤子同然というのです。そこに、向こうから50人ほどの人数で向かってきている音が聞こえ、義経たちは慌てて出発します。

 

その間にも家経と一の坊との丁々発止の問答は続いていました。一切しっぽを出さない弁慶に感心する家経は、そんな知恵をどこで手に入れたと笑いますが、「ただいま申せしは知識、知恵ではございません」とニヤリ。すると家経は、弁慶が南都東大寺再建の勧進の旅であることを念押ししたうえで、それがしも勧進をしたいと言い出します。「勧進帳を披露していただきたい」

勧進帳とは、自社建立の理由を記した巻物で、弁慶が持っているはずがないわけです。一瞬だけうろたえる弁慶ですが、背負ってきた笈(きゅう)から食器や仏具などを取り出し、ありあわせの巻物を手にして家経に見せます。拝見仕るという家経に、「これは俗世に生きる方にはお見せできぬさだめにござるが?」と威圧したような声を発します。

家経はさらに食い下がり、呼んでほしいと懇願します。ここまでくれば弁慶は引き下がれず、後ろから覗き込もうとしている兵たちに向かって「下に、下にぃ」と頭を下げさせ、巻物を恭しく開いて書かれてもいない勧進の目的を朗々と読み上げます。

それ、つらつら惟(おも)んみれば、大恩教主の秋の月は、涅槃(ねはん)の雲に隠れ、生死長夜(しょうじちょうや)の長き夢、驚かすべき人もなし。ここに中頃、帝おはします。御名を聖武(しょうぶ)皇帝を申し奉る。最愛の夫人(ぶじん)に別れ、恋慕の思いやみがたく、涕泣(ていきゅう)眼(まなこ)に荒く、涙(なんだ)玉を貫ねつらね、乾くいとまなし。故に、上下菩提(じょうげぼだい)のため、廬遮那仏(るしゃなぶつ)を建立し給う。
しかるに、去(い)んじ治承のころ焼亡(しょうぼう)し、おわんぬ。かかる霊場絶えなむことを嘆き、俊乗房重源(しゅんじょうぼう ちょうげん)、勅命をこうむって、無常の関門に涙を流し、上下の真俗を勧めて かの霊場を、再建(さいこん)せんと諸国、勧進す。

そこに、巻物に何も書かれていないと気が付いた兵の一人がそのことを家経に耳打ちします。家経は立ち上がって弁慶を捕らえよと命じます。しかし、観念せいという家経、弁慶に向けて弓矢を引き絞る兵たちに向かって、狼狽えるほどの大声で「無礼なり控えよ!」と怒鳴りつけ、続けて読み上げます。

一紙半銭の輩(ともがら)においては、現世(げんぜ)にては無比(むひ)の楽に誇り、当来にては数千蓮華(すせんれんげ)の上に坐す。 帰命稽首(きみょうけいしゅ)、敬ってもうす!

弁慶は家経に、もし自分が本当に武蔵坊弁慶であればこの場で討ち取れと言います。しかし、戦がない世を望んで御仏をいただいて奥州に勧進に参ることこそ本来の目的であると訴えます。そして開いていた白紙の巻物を家経に見せて勝負に出ます。

「一の坊どの……」 立ちはだかっていた家経は片膝つきます。勧進の趣旨は承知したと──。そしてそそくさと退場する弁慶に、家経は言葉をかけます。「ご一行、奥州まで……息災の旅をなされよ」

 

北に向かってひたすら逃げている義経一行を、弁慶は急いで追いかけますが、弁慶が追いつく前に一行は、警護の兵たちに囲まれ関所まで連れていかれます。港を預かる関口五郎は一向に尋問するため、一人ひとり名前を確認します。筑紫坊(常陸坊海尊)、上総坊(片岡経春)、備中坊(行方六郎)、信濃坊(鷲尾三郎)、下総坊(片岡為春)、東海坊(喜三太)、西海坊(伊勢三郎)、大和坊(源 義経)です。

一行を追いかけていた弁慶はようやく追いつきますが、一行は関所の中で尋問中で中に入ることができません。五郎は義経の顔を見て一つの確信を得たのか、それぞれの笈から中身を改めます。しかしなかなか中身を出そうとしない義経に、五郎は早く出せと促しますが、諦めて中に手を伸ばし出したのは、義経が検非違使に任命された時に常磐御前から贈られた刀でした。

お前は怪しい……断じて怪しい、と五郎に引っ掴まれて前に出される義経。こりゃいかん、と慌てて関所の中に入っていく弁慶です。立ちはだかる五郎をギラリと睨みつけたかと思うと、「この新参者めが! また間違いをしでかしおって!」返す勢いで義経を殴打します。

そこで初めて弁慶は五郎に自己を明かす(と言っても、一の坊という偽名ですが)わけですが、五郎が義経から奪った刀について、弁慶は弁明します。源 頼朝から梶原景時に授けられたもので、その刀を手にしてから梶原家では不幸続きゆえに、祈祷を受け厄払いするために刀を預かったのだ、と。義経が持っていた理由は、新参者ゆえに取り違えたのだ、と主張します。

しかし五郎は、義経が抜きんでて眉目秀麗な顔であることから、義経に間違いないと判断を下します。弁慶は突然大声で笑いだし、天下の大罪人義経の濡れ衣を着せられるとは! と義経を何度も何度も殴り足で踏みつけて土下座させます。数珠で叩きつけ、糸が切れたら錫杖(しゃくじょう)を振りかぶって殴りつけようとします。

こやつは義経ではないと言う五郎に構わず、わしの心は晴れてはおらぬと錫杖で殴りつけます。「ええいやめんか! 折檻なら別のところでせい! もうよいから行け」 その言葉に弁慶は一行に出発の用意をさせ、自らの笈は罰として義経に背負わせ、関所を通り抜けます。さんざんの折檻でよろよろとふらつく義経です。

 

関所を出た山道では自らの笈と義経の笈を背負い、さらに進んだところで義経を大石に座らせます。「非常のときとは申せ、殿に打擲(ちょうちゃく)を加えし無礼、幾重にもお詫び仕りまする」と言って頭を下げる弁慶は、これまで義経に我慢を強いていながらこんな非常時にも辛い目にしか合わせていないし、死ぬより辛い思いをさせねば切り抜けられなかった自分を愚かに感じているのです。

涙をこぼして弁明、謝罪する弁慶の気持ちは、義経も理解しています。窮地を救ってくれたことに感謝して心の中で手を合わせていたし、海尊は、弁慶の苦しみはみんなの苦しみとして分け合って生きていかなければならないなとつぶやきます。「そちがくじけては、みなが立ち行かぬ。元気を出してくれ」 必死の義経の励ましに、弁慶は泣き崩れます。


原作:富田 常雄
脚本:杉山 義法・下川 博
テーマ音楽:芥川 也寸志
音楽:毛利 蔵人
タイトル文字:山田 恵諦
語り:山川 静夫 アナウンサー
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[出演]
中村 吉右衛門 (武蔵坊弁慶)

川野 太郎 (源 義経)
ジョニー 大倉 (伊勢三郎)
岩下 浩 (常陸坊海尊)
石田 弦太郎 (梶原景時)
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村田 雄浩 (片岡経春)
布施 博 (片岡為春)
中村 吉三郎 (喜三太)
狭間 鉄 (鷲尾三郎)
門田 俊一 (行方六郎)

平泉 成 (後藤新兵衛)
北村 晃一 (矢萩十郎)──────────
児玉 清 (富樫家経)
入川 保則 (関口五郎)

菅原 文太 (源 頼朝)
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制作:村上 慧
演出:重光 亨彦

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