プレイバック草 燃える・(02)恋文
治承元(1177)年7月、北条政子は文机に向かい筆を走らせていました。そこに七夕の短冊を書いていると思って居室に入ってきた北条保子は、姉が文を書いているのを見つけます。ちょっと……と恥ずかしそうに袖で隠す政子ですが、侍女のさつきから、政子はしきりに誰かと文の交換をしているらしいというのは聞いていた保子は、七夕に文のやり取りなんて、と政子をからかいます。
その相手は源 頼朝でありまして、政子は頼朝の指示通り裏の楓の枝に文を結びつけます。たまたま近くにいたセミがパッと飛び立つのにビックリする政子ではありますが、結び付けてから“きっと届きますように”と手を合わせます。その様子を目撃した北条義時はそっとその文に近づきますが、陰から見ていたらしい北条宗時に、その手紙を取るように言われます。兄の言いつけとはいえ、さすがに躊躇する義時です。
政子が厨で調理していると、いきなりの雷雨です。あ! と文のことを思い出した政子が、雨に降られてずぶ濡れになりながら楓の木にかけつけると、すでに文はありませんでした。ああ、私の文は頼朝さまの元に……とほほ笑む政子です。
『初めて御文をいただきましてより はや三月、裏の楓もみずみずしい若葉から、いつの間にやら重たげな木陰を作るようになりました──』
政子の文は確実に頼朝の手に届いていました。「いつ読んでも政子どのの文は心に響く」と満足げな表情の頼朝に、安達盛長は政子に会うことをそっと勧めますが、伊東祐親のこともあるし 会えば面倒なことに……と少し消極的です。
殿にも似合わず気の弱い と言う盛長は、頼朝の弱気な言い訳にいちいち舌打ちして反論します。名もなき娘を相手にしていた方が気が楽と言う頼朝に、頼朝には後ろ盾が必要、北条は頼りになると、そっと耳打ちします。それは当主の北条時政が京から戻らなければどうにもならないことですが、まずは宗時を頼って、時政が戻ってきた時には戻ってきた時で改めて考えればいい、と頼朝の背中をバンバン押すのです。
『そなたと私の距離は馬のひと鞭(むち)で済むほどなれど、あわれ配所のある身にはそのひと鞭がくれられません──』
距離を縮められるのはあなただから、せめて狩野川の中洲を渡ってきてほしい。その思いに胸を躍らせ、頼朝が詠んだ一首をじっくりと味わう政子です。
その様子を政子の部屋の外からうかがっていた宗時を、姉思いの義時は咎めます。義時は、頼朝には伊東の一件があるから、そんな目に姉を遭わせたくないのですが、平家の目を気にしているから悲劇を生んだと宗時は考えています。鹿ヶ谷の陰謀も、後白河法皇が加担していたということは、法皇自身も平家の世を面白く思っていない証拠なのです。
政子と頼朝が一緒になれば、北条の娘婿になる頼朝を我々が援助し、頼朝とともに立ち上がることができます。周辺の小豪族たちも北条に呼応して立ち上がってくれるはずです。北条は今よりももっと力を持つことができますし、それだけでなく坂東武者が源氏の旗の下で力を持つことが重要なのです。うまくいけばこれはおもしろいことになる……宗時の目はらんらんと輝いています。
頼朝の後ろ盾に北条が付く──。義時は、時政が承服するとは思えないのですが、父を納得させるためにも、早いうちに頼朝と政子を結び付けておかないといけないと力説します。政子には頼朝に見初められたと思わせておけばそれで万事うまくいくと言う宗時に、あんまりだ……ひどいよと義時は反発します。宗時は義時に口止めし、俺についてこいと有無を言わせません。
夕暮れ、短冊を川に流す政子と五郎、さつきですが、政子がふと顔を上げると頼朝がちょうど近くの橋を渡るところでした。夕日に照らされた頼朝の表情はどこかツンとした表情で、政子のほうをチラリとも見てくれません。目で頼朝の後姿を追いながら、どういうつもりなのかしらと焦らされる思いです。
蛭が小島の屋敷では今日も早朝から経を唱える頼朝ですが、頼朝への文を持参して早馬が到着しました。頼朝の元には月に2~3回、下級官吏・三善康信からの京の政情を伝える文が届いていました。康信の叔母が頼朝の乳母という薄い縁ですが、十数年もの間、頼朝に情報を送り続けていたのです。そしてその内容は──京では平 清盛が鹿ヶ谷の事件に警戒し、禿(かむろ)という14~15歳の童300人ほどを巷に密偵として放ち、平家を悪しざまに言う者を取り締まっているそうです。康信も言いたいことは口にできず、まさに腹膨れる思い──と。
禿は揃いの赤い直垂を着て京の大路をのし歩き、御所の出入りも思いのままで、関わりたくない民は京都市中を逃げ惑い、それどころか公卿たちも禿に乱暴を働かれて恐れおののく有様です。「ひでぇもんだな……平家もちょっとやりすぎじゃねえのかな」と、大番役として京に赴任している北条時政は禿の行動を苦々しく見ています。
禿が康信の館に侵入すると“平家のバカ“ ”清盛死ね”と声がしてきました。血相を変えて声のする方へ駆けつけると、一羽の宋から渡来した珍鳥(九官鳥)がしゃべっているのです。「こう鳴くのだ、仕方がないではござらぬか」と気にも留めない康信は、この鳥を捕まえて六波羅へ連れていくか? と禿を見据え、禿は黙り込んでしまいます。
というエピソードを康信は後白河法皇の前で披露すると、法皇の近臣も愉快そうに大笑いします。他に“平家は滅びる”とか覚えさせては? という案も出て来ますが、そもそもその九官鳥は中宮徳子の退屈しのぎに福原から遣わされたものです。しかし法皇の側室・丹後局はむしろそんな諸事情はどうでもよく、鹿ヶ谷の事件で法皇の近臣たちの多くは配流になってしまって、法皇が今はお寂しいのだとかばいます。
康信の文を読み終えた頼朝は、平家の悪口すら言えないことを嘆き、平家の目の届かないのは奥州だけかもしれません。庭では佐々木兄弟が弓矢の手入れに勤しんでいますが、佐々木盛綱が手入れしている矢を見て、「この矢を使って戦う時がいつ来るであろうか」とつぶやきます。みんなで頼朝の顔を見つめますが、頼朝は何事もなかったように弓を返し、部屋へ戻っていきます。
双六に興じる保子は政子の恋する相手が分かったらしく、「配所の君でしょ」と言ってからかいます。文だけはまめだけどね、と愚痴をこぼす政子ですが、保子は政子が嫁に行かなければ自分も行けないと言いたげです。私の先を越してさっさと嫁に行けと言う政子ですが、保子は自分が先に嫁に行くと政子はますます縁づきにくくなると一言多いです。
頼朝は財産も何もないですが血統だけは申し分なしなので、実はこの辺りの娘で頼朝にあこがれている人もずいぶんいるらしいのです。ただ、年齢がちと高めなのが気になります。うるさいわねと政子は口をとがらせますが、そこに入ってきた宗時に、政子に頼朝の話をすると頭に血が上ると言ってクスクス笑っています。
宗時が来たのは、高齢の時政が後妻を迎えて帰ってくるという話を持ってきたのでした。政子と保子はとても驚き、女性のことについてあれこれと尋ねます。時政からの文によれば、駿河郡大岡牧の牧 宗親(まきの むねちか)の妹で、幼少のころから都に上がり、御所では女房務めをしていたこともあるそうです。
年齢は政子と同じ21歳と聞いて呆れる政子ですが、さらに驚きなのはすでに身ごもっているらしいのです。そんな同い年の継母と仲良くやっていける自信などあろうはずもなく、政子は少しいら立ちを隠せません。継母がやって来たらこの館は女性だらけになるわけですが、女同士が角突き合わせることがないようにと、宗時は早めに嫁に行った方がと勧めます。
お役目の合間を見て京で土産の着物を選んでいる牧の方は、時政に娘が5人いると聞いて、それぞれの特徴を聞き取って品を選んでいますが、時政は面倒くさくなったのか、お前に任せると放り投げてしまいました。牧の方の考えで選ぶのは簡単ですが、やはり似合っているものの方が喜ばれるだろうと、ああでもないこうでもないといろいろ考えあぐねています。
店の外に伊豆国目代の山木兼隆がこちらの様子を窺っていました。時政は大番役を終えて伊豆に戻るところなのですが、兼隆は平 時忠に呼ばれて伊豆から京に上がったそうです。兼隆は牧の方が後妻と聞いて時政が果報者だと羨ましがりますが、そんな兼隆は時政に折り入って頼みがあると言ってきました。
三浦館には三浦義村と伊東祐之、そして北条義時の姿がありました。義村の母・伊沙は伊東祐親の娘であり、祐之とは姉弟にあたります。祐之と義時は衣笠館を見たいそうで、その許可を母に取るのですが、今日は三浦館で義明の米寿の祝いで家人たちが多く集まるから、間に合うように早めに戻るようにだけ伝えます。
いざ酒盛りです。義村も義時と酒を酌み交わしています。宴の上座には義村の祖父・三浦義明がでんと座っています。義明が一声かければ兵が300~400ほどはすぐに集まる、と義村は鼻が高いのです。「弟をよろしくね」と義時に酒を勧める伊沙は、乱暴者の弟・祐之が気がかりなようです。義時にだけは心を許しているからくれぐれも、と姉として義時にお願いしています。
その祐之は和田義盛と酒を飲んでいます。義盛は前九年の役の源 頼義のころの話をするのですが、頼朝を嫌っている祐之は源氏の話など聞きたくもありません。そんな祐之の烏帽子の右折りが義盛には六波羅風に見えて気に入らないようで、逆に祐之は烏帽子の左折りを小ばかにして義盛は逆上します。
一瞬で静まり返る大広間、祐之は烏帽子を義盛につかみ取られて踏みつけられ、つかみ合いの大げんかに発展します。義時と畠山重忠が仲裁に入りますが、二度とこんなところへは来るもんか! と祐之は三浦館を飛び出して行きます。義明の米寿というお祝いの場が最悪なことになってしまったと膝から崩れ落ちる伊沙です。
館を飛び出した後も酒を浴びるように飲み、千鳥足になっています。祐之は端女から生まれた子だと自分を卑下し、自暴自棄に陥っているのです。様子を見に追ってきた義時は祐之をいさめますが、怒りは全く収まらず、たまたま近くを通りかかった武士に切りかかって殺害してしまいます。義時は、あっという間の出来事に何もできませんでした。
祐之と義時はそのまま寝てしまったらしく、霧深い朝に目覚めた義時は笛の音に気が付きます。その音につられて近づいてみると、とても美しい女性が笛を奏でているではありませんか。目を奪われた義時は声をかけるのですが、反応することなくサッといなくなってしまいました。霧が深いので、後を追うことができません。
保子に強がりを言っていた政子ですが、やっぱり頼朝のことが気になってため息ばかりついています。燭台の灯火を消したところ、戸を叩く音が響き渡ります。「わしだよ、うん、藤九郎だよ」という声に蔀を上げると、盛長が空を見上げて、今宵は良い月でございまするなぁと声を震わせながら言ってきました。頼朝が話をしたがっているので来ませんかと誘いに来たわけです。
しかし頼朝は道ですれ違っても知らんぷりをすると拗ねてみせる政子に、頼朝が懸想していると知られれば政子に迷惑がかかるからと盛長は釈明します。盛長は政子にそっと近づき「姫御前にな、身の上話を聞いてもらいたいと仰っておいでだ」と言葉巧みに誘い出します。先ほどまでの釈然としない気持ちはどこへやら、パッと明るい表情になった政子は、待ってと言ってバタバタ用意を始めます。
盛長が掲げる松明で足元を照らしてもらいながら、頼朝が待っていると言う盛長の家へ急ぎます。盛長の家に着くと、盛長はそっと家の外に消えて行き、政子が顔を上げるとそこには柔和な表情を浮かべる頼朝が待っていました。頼朝は政子がかぶる布をそっと剥ぎ、横抱きをしたかと思うとそのまま部屋の中へ入っていきます。その様子を盛長と宗時、義時が遠くから見守っていて、うまくいったなと喜びます。
兼隆の頼みとは、長女政子を嫁に欲しいということでした。政子は坂東の娘にしては珍しく学もあり美形で、そこに惹かれたのかもしれません。時政は「いきなり福の神が舞い込んできたような」と兼隆を持ち上げますが、兼隆はそれに気分よくなるどころか、北条も元をたどれば平氏の末流なので、当たり前だよなと圧力をかけているようにも思えますが、貰い手のない政子も喜ぶと、時政は大笑いです。
政子と密会中の頼朝は、清盛の継母・池禅尼に命を助けてもらった話を政子にします。早くに亡くなった息子に頼朝が瓜二つで、何かと気にかけてくれた恩人なのです。政子はこの話を聞き、もし池禅尼が何もしてくれなかったら頼朝はいま存在しないわけで、これまでの非運に同情して涙をいっぱい溜めています。頼朝は政子の温かい優しさに触れ、ギュッと抱きしめます。
政子と頼朝の夜は、更けていきます。
原作:永井 路子
脚本:中島 丈博
音楽:湯浅 譲二
語り:森本 毅郎
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[出演]
石坂 浩二 (源 頼朝)
松平 健 (北条義時)
中山 仁 (北条宗時)
滝田 栄 (伊東祐之)
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金田 龍之介 (北条時政)
大谷 直子 (牧の方)
武田 鉄矢 (安達盛長)
藤岡 弘 (三浦義村)
伊吹 吾郎 (和田義盛)
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尾上 松緑 (後白河法皇)
松坂 慶子 (茜)
真野 響子 (北条保子)
岩下 志麻 (北条政子)
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制作:斎藤 暁
演出:江口 浩之
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