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2022年4月10日 (日)

大河ドラマ鎌倉殿の13人・(14)都の義仲 ~三種の神器奪還せよ 源氏のレース~

さわやかな朝、北条義時は御所へ出仕にあたり、八重の見送りを受けます。八重を妻とすることについて、正式に源 頼朝と北条政子の許可を得るつもりですが、八重がうんと言うまで義時は待つようです。「行ってまいります」と義時は背を向けますが、数歩歩いては八重を振り返り、数歩歩いては八重を振り返り、八重はニッコリほほ笑んで仲睦まじさを見せつけてくれますが、見ていて実にすがすがしいです。

木曽義仲の嫡男・源 義高が鎌倉御所へ入りました。表向きは頼朝の娘・大姫の許嫁(いいなずけ)ですが、体のよい人質です。政子は大姫がかわいそうとさっそく噛みつきますが、木曽の山猿に愛娘をくれてやりたくはないという意見では一致。しかしいざ対面すると、義高の美貌に頼朝は圧倒され、政子は目を輝かせる始末。「よろしいのでは」と政子は前言をひっくり返してしまいました。

──頼朝の最大のライバル、木曽義仲は、北陸に勢力を伸ばしていた。その義仲を討つべく、平家の追討軍が迫っている──


寿永2(1183)年5月、木曽義仲は兵に「これは正義の戦である」と叱咤し、出陣します。倶利伽羅峠で平家軍を撃退し勢いに乗った義仲は、京へ向かって突き進みます。義仲軍を恐れた平家は後白河法皇を連れて都を逃れようとしますが、時はすでに遅く。法皇とともにと目論む平 宗盛が院の御所に押し入った時にはもぬけの殻でした。宗盛ら平家一門は、安徳天皇と三種の神器とともに都を落ち延びます。

義仲に先を越された、出る幕がないと苦虫を噛み潰したような表情の頼朝ですが、大江広元は 木曽の荒武者と法皇が合うわけがなく、いずれ必ず衝突すると分析します。ここは様子を見るよりほかに方法はなさそうです。

法皇は義仲の戦ぶりを評価して扇を与えます。そして三種の神器を奪還し平家を滅亡させよと命を下しますが、義仲は下された扇でパタパタ仰ぎ、さらには「三種とは?」と無知をさらけ出してしまい、法皇や公卿たちの不興を買います。そればかりか、連戦連勝してきた義仲の太刀を預けるとズカズカ土足で上がり込もうとして、源 行家や平 知康に遮られます。

 

義高は人質とはいえ、その人柄も好かれたのか すっかり御家人たちの仲間になっています。和田義盛に相撲に誘われ、相手にすることはありませんと畠山重忠は気遣うのですが、「やります!」と自ら庭に出て行ってしまいました。顔を見合わせる重忠と義時です。とはいえやっぱり義盛にかなうわけもなく、投げ飛ばされて顔に傷を負ってしまいました。

その手当てをしている最中、災難だな と同情する源 義経は、もし頼朝と義仲が戦になったらお前は殺されるとハッキリ言うのですが、義高はフッと不安な表情を浮かべつつ、「戦にはなりません。父が申しておりました」とつぶやきます。そしてふとセミの鳴き声に反応します。聞けば義高は512ものセミの抜け殻を集めているようで、義経に「人には言わぬ方が」と真顔で指摘されます。

 

平家の都落ちから5日後、源氏一門に対して恩賞が下されます。勲功の第一は頼朝、次いで義仲、行家の順です。大した戦もしていないのに頼朝が第一の勲功というのに義時は戸惑いますが、頼朝は法皇に対して密かに書状を送っていたのです。朝廷の指図の下、西は平家、東は源氏が治めるように定めてはどうかと進言する内容です。義仲の悔しがる顔が目に浮かぶと頼朝は高笑いです。

しかし当の義仲は恩賞などどうでもいい立場で、平家を滅ぼせたらそれでいいわけです。側近の今井兼平は、それでは家人たちが収まらないといら立ちを隠せませんが、話を振られた妹の巴はもっと腹煮えくり返る思いで、やけ食いに拳を床にたたきつけるほどです。キッと睨みつける表情に、義仲も兼平も圧倒されます。

義仲は慣れない牛車で法皇の仮御所に向かい、牛車から飛び降りて公家たちから失笑が漏れますが、義仲はさほど気にする様子はありません。そして行家とともに法皇の前にひれ伏して、恩賞のやり直しを求めます。頼朝の思惑通り、頼朝を源氏の棟梁だと思い込んでいた法皇はいったん恩賞を白紙に戻します。その追加の書状が頼朝の元に届き、頼朝は地団駄を踏んで悔しがります。

義高は大姫と楽しそうに遊んでいます。会うまでは木曽の山猿と暴言を吐いていた政子も、一目見た時からその容姿を気に入ってしまい、万寿も義高のような顔立ちになるのかしらと実衣とわいわいやっています。そこに乳母の道(比企能員の妻)が万寿を連れてやってくるのですが、道も義高を一目見るなり「まぁ……よいお顔立ち」と黄色い声を上げます。

 

木曽の兵たちの乱暴狼藉は目に余るほどで、恐れおののき尻もちをついた三善康信も兵たちに囲まれてしまいますが、たまたま通りかかった義仲は兵たちを平手打ちして追い出します。康信に即座に謝罪する義仲は、襲ったのは義仲の兵ではなかったものの、木曽軍は寄せ集めに過ぎずもっと引き締めると約束します。

しかしそういった度重なる乱暴狼藉は法皇の耳に届いてしまい、都中が物騒でかなわんと双六をしながら行家に吐露しますが、他人事のように聞いて「それがしの兵ではございません」というだけです。いつになったら三種の神器を奪還してくれるのかとイライラが募り、義仲にも行家にもがっかりします。丹後局は神器を取り返すために尻を叩いてやりましょう、と耳打ちします。

法皇は平家に連れらされた安徳天皇(高倉天皇の第一皇子)を諦め、別の孫である後鳥羽天皇(高倉天皇の第七皇子・4歳)を即位させます。皇位継承の証である三種の神器がないままの即位となりました。

法皇は義仲を呼び出し、今すぐ西国へ出陣して平家の滅亡と神器の奪還を迫ります。義仲は、兵が足りないため頼朝を待ちたいと申し出ますが、「戦に出たこともないお人が口を出さないでいただきたい」という知康への言葉を、自身へのものだと法皇に受け取られ怒りを買ってしまいます。今すぐ起て! と言われてしまいますが、義仲は出陣した備中で平家相手に苦戦を強いられます。

頼朝はこの時とばかりに法皇に接近します。鎌倉から莫大な引き出物が都に届けられ、上洛の遅れを詫びます。大喜びの法皇は平 清盛から出されていた頼朝の伊豆流罪を取り消し、従五位下の位に復帰させます。さらには東海道と東山道の軍事支配権を認めて、頼朝上洛のおぜん立てを調えたのです。

東山道の軍事支配権ということは、義仲の所領の信濃も頼朝が支配するということになります。急いで京に戻った義仲でしたが、行家からは法皇の信用を失った上に、平家と密かに和睦を結んだという謀反の疑いがあると言われます。仮御所にズカズカ上がり込んだ義仲に、法皇は「謀反じゃ!」と大騒ぎして会わず、義仲は途方にくれます。

 

法皇は頼朝に助けを求めます。兵糧は十分だしすぐの出陣を決定しますが、義時が難色を示します。御家人たちは源氏同士の争いに加わることを嫌がるし、奥州の藤原秀衡が坂東に攻め込む可能性は高いわけです。頼朝は、最近は人目がないのをいいことに漁に出ている文覚を諦め、秀衡呪詛は全成だけで行うことにします。

頼朝が源氏の棟梁であると世に知らしめなければならない今、御家人たちが参加しないとなれば、まずは先陣を向かわせて本軍が後からゆっくり向かうまでの間に御家人たちを説き伏せる必要があります。信用できるのは最後は身内という頼朝は、先陣として義経に、後から追いかける本陣は源 範頼に命じます。義経は大喜びで、期待に応えてみせると力んでいます。

夕暮れ、義時は義高を丘の上に誘い、頼朝と義仲の間で戦になることを打ち明けます。どうにか戦は止めたいと、義仲に頼朝と戦をするつもりはないことを文に送るよう義高に依頼するのですが、義高は、頼朝に義がなければ必ず受けて立つだろうと推測し、逆に質問返しをします。「この戦に、義はございますか」

一方で、政子も話が違うと頼朝に噛みつきます。頼朝は「大姫の許嫁の件、難しいかもしれんな」と他人事ですが、もし頼朝が勝てば、義高にとっては父の仇ということになります。政子は、義高の首をはねるという最悪な結末を恐れていますが、義仲を倒すとはつまりそういうことになるわけです。必死の政子の懇願に、考えておこうとしか答えられません。

 

三浦館に千葉常胤、岡崎義実、土肥実平が集まります。もはや頼朝にはついていけないと言う3人は、義高を先頭に坂東を治めるというのですが、三浦義村は それでは頼朝と同じだと鼻で笑います。両者は一触即発の事態に発展しますが、せめて北条は我々の仲間なんだから助けるのが条件だと三浦義澄は厳しい表情です。たまらず実平はその条件を呑みます。

坂東武者たちを束ねる難しさに直面する義時に、八重は父・伊東祐親を例に出し、坂東武者はひねくれ者で都びとの言いなりにはならないし、仮になったとしても心の中で舌を出すものだと分析します。このままでは鎌倉はバラバラになってしまうとため息交じりの義時は、八重のお腹に手を当ててこの子が大人になるころを想像してみますが、お先真っ暗であることには変わりありません。

義時は伊豆の北条時政を訪ね相談してみますが、恩賞として奪った土地を分け与える、要はみんな所領を欲しがっているんだと答えます。それが遠くにあろうが近くにあろうが関係なく、石高が上がればいいわけです。義時は父にぜひ戻ってきてほしいと頭を下げますが、頼朝が呼びに来るまでは、とりくは許しません。

 

閏10月8日、義経の先発隊がいよいよ鎌倉を出発します。

義経は頼朝に挨拶をしますが、黄瀬川で対面してから今日まで兄弟で語り合ったことがありません。頼朝は戦から戻ったら語りつくそうと話しかけ、義経はニッコリほほ笑みます。頼朝が的のど真ん中を先に射ていた弓を弾いて、義経の弓が的のど真ん中を貫きます。わしは果報者だと頼朝は喜びますが、この的がこの先の暗示とならなければ……。

そわそわする兵たちに叱咤激励をする弁慶たちですが、その横にいた義経は突っ立っている義高に気づきます。いつか渡そうと思っていた、と手渡した箱の中には、ぎっしりとセミの抜け殻が入っていました。それをありがたくいただきつつ、この人は今から自分の父と戦いをするのだと考えると義経が不憫に思えて、義高の胸中も複雑です。

常胤らの集まりに梶原景時が参加しました。彼らには景時は頼朝側の人間だと思われていたようで、参加はとても意外だったようです。「それがしも坂東武者の端くれ」と言って、みんなは景時を迎え入れます。さらには頼朝にないがしろにされた文覚もやってきました。どうやら頼朝に反発する者たちのたまり場のようです。

しばらくすると景時は義時たちの輪に入っていました。もちろん景時は間諜として参加しただけです。景時によると名だたる御家人はほとんど参加しつつ、みんな好き勝手に言うだけで話が全然前に進まないそうです。ただ、あの場にまとめあげる人物が加わればこちら側に勝ち目はない……つまりその人物とは、上総介広常のことです。広常のことについて、広元は義時に何事か耳打ちします。

広常は「誘われたら乗ってやってほしい」という義時からの内密な依頼を受けて、常胤らの集まりに参加します。もちろん、景時や義村もその場にいるわけですが、広常が仲間に入ったことで、心強いと大いに沸き立つわけですが、その動きは“不穏な動きをする御家人”として、逐一義時たちの元に情報が入っています。

この夜、鎌倉は2つに割れます。


作:三谷 幸喜
音楽:エバン・コール
語り:長澤 まさみ
題字:佐藤 亜沙美
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小栗 旬 (北条義時)
新垣 結衣 (八重)
菅田 将暉 (源 義経)
小池 栄子 (政子)
中川 大志 (畠山重忠)
青木 崇高 (木曽義仲)
──────────
山本 耕史 (三浦義村)
横田 栄司 (和田義盛)
堀内 敬子 (道)
田中 直樹 (九条兼実)
岡本 信人 (千葉常胤)
阿南 健治 (土肥実平)
小林 隆 (三善康信)
栗原 英雄 (大江広元)
佐藤 B作 (三浦義澄)
小泉 孝太郎 (平 宗盛)
中村 獅童 (梶原景時)
──────────
佐藤 浩市 (上総広常)
佐藤 二朗 (比企能員)

市川 猿之助 (文覚)
杉本 哲太 (源 行家)
鈴木 京香 (丹後局)

坂東 彌十郎 (北条時政)
宮沢 りえ (りく)

大泉 洋 (源 頼朝)
西田 敏行 (後白河法皇)
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制作統括:清水 拓哉・尾崎 裕和
プロデューサー:大越 大士・吉岡 和彦
演出:安藤 大佑

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