プレイバック武蔵坊弁慶・(26)跡ぞ恋しき
鎌倉との和解の道を探ろうとするため、弁慶の一行は都へと戻ります。そのためには地に深く潜んでことを進めなければなりません。しかし、伊勢三郎の先走った行動によりこの策も無に帰した……かに見えましたが、ともかく義経正室の若の前は徳たちに匿われることになりました。
三郎は弁慶を裏切ってしまった責任から、死なせてくれと騒ぎ立てますが、弁慶にとっては三郎のしくじりなどしくじったうちには入りません。しくじりとは、自ら死のうとした時だけだと三郎を叱咤します。「お前は俺の大切な弟だ。しばらく謹慎だ、掃除でもしてろ」
そのころ、八条橋の下に義経の居場所を突き止めた頑入によって後藤新兵衛が鎌倉の兵たちをかき集め、義経には危険が迫っていました。新兵衛が合図を送り隠れ家を一気に襲撃しますが、そこはすでにもぬけの殻となっていました。またも逃げられてしまったようで、新兵衛は頑入を平手打ちしてうっぷんを晴らします。
都の市では、無事に義経が京に戻って来たそうで、小玉虫は弁慶がそろそろ戻ってくると喜びます。義経を守らなければならないお役目だからおちおち戻ってはいられないといいつつ、玉虫も内心は嬉しそうです。もし弁慶が会いに来たらどうするのか、小玉虫は母に尋ねてみます。「賢い妻は、心を鬼にして追い返す」
鎌倉に送られた静は頼朝に会えるのを楽しみにしていましたが、その望みを果たせずにいました。その代わりにやって来たのは、鎌倉方の祝いの席で白拍子として舞を舞えという命令でした。静は舞うだけでは嫌だと、あくまでその前に頼朝に会わせろと要求するので、ほとほと困り果てた梶原景時は北条政子に相談してみます。
そもそも祝いの席で咎人を会わせるには不浄だとして景時は反対の立場なのですが、その話は済んだと政子がぶった切り、静の舞ならどうしても見てみたいと頼朝が言うので、舞えと命令が下されたわけです。可愛げのない女じゃ、と政子は自分が静と会って得心させようとするのですが、政子の説得でも静は納得しません。
義経一行は、とりあえずの隠れ家を確保します。しかし義経が京に入ってから、鎌倉方は急に追討の手を緩めます。恐らくは義経が地方に逃げれば追放を口実に地方で捕まえ、そこでの力を確かなものにできる利点があるので、京で捕まえたくないと考えているようです。
弁慶は特別な頼みを持って八条女院を訪れます。後白河法皇への義経の拝謁を許してもらいたいと言うのです。これにはさすがの八条女院も「無理じゃ、何のために」と苦笑いするしかないのですが、義経に出された追討の院宣の取り下げをお願いするためであります。
八条女院は、弟である法皇は信用の置けない人物で、そういった取り下げの依頼など恐ろしくて危なすぎる橋だと言うのですが、弁慶は今度の策が敗れたらすべてを失うと分かっていても、鎌倉方が義経追討の手を緩めている今だからこそ、その危ない橋を渡りたいと言うのです。八条女院は渋々承諾し、仲立ちを約束してくれます。
静はついに、舞うのを承諾します。
一方都では、義経が後白河法皇に拝謁する日取りが決定します。その拝謁が上手くいったら、次は比叡山に口説きに向かう予定です。先に訪問した常陸坊海尊の印象では、鎌倉方より義経に交換を持っているようです。しかし案じられるのは法皇と叡山が犬猿の仲であり、弁慶はその仲を取り持つつもりでいます。
その間はこの隠れ家を引き払い、物見を置くことで乗り切りたい意向ですが、物見に人を割かれると警備が手薄になってしまう危険性もあります。義経は供として弁慶ともうひとりほしいところです。そこまで話が進んだところで、聞き耳を立てていた片岡経春は、もうひとり供を選ぶなら伊勢三郎を推挙するのです。これは経春ひとりの意見ではなくみんなの総意であり、義経も供に三郎を選ぼうと思っていたようで、話はトントンと進んでいきます。
六波羅の鎌倉屋敷では、頑入が義経の居場所について新兵衛に報告を入れます。夜、月輪の山荘に現れるとのことです。新兵衛としてもそろそろ本腰を入れて義経追討に力を入れなければいけないころでしょうか。
鎌倉の鶴岡八幡宮では、静の舞の準備が行われています。
そして義経、弁慶、三郎が出発しました。
さらに八条女院の好意で弁慶が義経の従者として山荘に来るという情報がもたらされ、玉虫と小玉虫も山荘に向かうことになりました。
月輪の山荘──。高倉天皇の御代に建てられたものですが、今は使われていないようです。法皇への拝謁はこの山荘で行われることになりました。
鎌倉では静の舞がはじまります。幻想的な雅楽に静の歌声が重なります。
吉野山 みねの白雪 踏みわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
しずやしず 賤(しず)のおだまき くりかえし むかしをいまに なすよしもがな
これらの歌はいずれも義経への愛をうたい上げたものであり、返せば頼朝への抗議にもつながります。その真意を理解してしまった梶原景時や北条政子は静御前に激しく立腹しますが、頼朝はただ黙って静が舞うのを続けさせます。この場にはふさわしくないこの舞ですが、見るものの心を打ち始めました。
山荘に、約束の刻限にやや遅れて法皇が現れ、義経の謁見が行われます。その間、外を見張っていた三郎が弁慶に「怪しいやつがくるぞ」と言うので、塀の影から見て見ると、玉虫と小玉虫です。「女院さまか? いらぬことを……玉虫もまったくいったい何を考えているのか」とぶつくさ言いつつも、追い返せだの会えぬだの言う弁慶は、結局玉虫のところに向かっていきます。
弁慶は大手を振って追い返そうとするのですが、玉虫たちにはそれが手を振って手招きしているように見えたのでしょうか。止まる気配がありません。馬のいななきに気が付けば、山荘の近くに新兵衛の兵が来るのが見えます。軍勢は玉虫母娘を取り囲み、続いて近くの山荘に向かっていきます。ここで軍勢を山荘に近づけるのは得策ではありません。
弁慶は下駄を鳴らしながら新兵衛の軍勢に近づき、「べ、弁慶!」と気づかれると振り向いて、おとりとなって逃げていきます。しばらく林の中を行ったり来たりしながら軍勢を翻弄させると、山荘から遠く離れた京のほうまで引きつけ、兵たちを殴りつけるやら投げ飛ばすやらで瞬く間に退治してしまいます。最後に残り、キョロキョロ辺りを見渡しながら恐れおののく新兵衛も、持ち上げられ投げ飛ばされてしまいます。
新兵衛が乗ってきた馬を拝借し(と言っても返すつもりはないのでしょうが)、京都西山にある家に戻った弁慶は、井戸水をうまそうに飲み干すと近くにかけてあった布で顔を拭きます。その布に玉虫の口紅がついているのを見つけ、思わず懐に入れる弁慶です。
そのころ、義経の法皇への拝謁は無事に終わります。
静の舞に心を打たれた政子は上機嫌で、静の身柄を自分に預けてほしいと頼朝に交渉します。政子は静を都へ帰してやりたいと考えていて、頼朝も身柄を預けたのだからと何も言うつもりはありませんが、静は義経の子をみごもっているようだと察知します。「では子供が生まれるまで鎌倉に留め置け。生まれた子は……先の話じゃ」
それよりも、先ほどから頼朝は書状を読みふけっていて、政子は「そんなに大事な御文か」と半ばふてくされてしまいますが、大事というより面白い、と頼朝は表現します。なんでも後白河法皇が義経を捕らえるのに手を貸してもいいと言い出したようなのです。義経を使って悪だくみを考えているようで、法皇の困った癖だと頼朝はため息をつきます。
弁慶が義経の元に戻って来ました。法衣は脱ぎ捨てて今は襦袢の姿です。帰ってきて早々、妻と娘の不備を詫びる弁慶ですが、玉虫母娘の不備はなかったし、法皇への謁見も上首尾に終わったとのことで、弁慶はホッと胸をなでおろします。鎌倉の言いなりにはならず、義経追討の院宣もいずれ取り消すと法皇は約束してくれました。といいつつ、法皇の気分は比叡山次第だと弁慶は気を引き締めなおします。
喜び勇んで弁慶に会いに来たはずが、帰り道は母と娘で大げんかです。小玉虫から見れば玉虫はぐずで、弁慶は山荘に鎌倉の兵を近づけないために自分たちを見捨てた鬼だと言い張ります。ぐずと鬼の間なんぞ生まれて来たくなかった! と口走って、玉虫は珍しく小玉虫に手を上げてしまいます。
家の中に飛び込み、流れる涙で濡れた顔を洗って拭こうと手を伸ばすと、手ぬぐいをかけておいたはずのところに何もかかっていません。あれ……と家の中を見渡すと、弁慶が来ていた法衣が架けられていました。わが君……とつぶやく玉虫はその法衣を手に取り、小玉虫とクンクンと鼻を近づけて匂いを嗅いでいます。「とと様の匂いがしますなぁ」「ホント、いい匂い」
弁慶からの書置きもありました。『今日のととさまをゆるせ 必ず逢にくる』 母娘で仲良く並んでクンクンしています。
そして弁慶の手元には、玉虫の口紅つきの手ぬぐい。会えずとも夫婦愛、親子愛にあふれています。
原作:富田 常雄
脚本:杉山 義法・下川 博
テーマ音楽:芥川 也寸志
音楽:毛利 蔵人
タイトル文字:山田 恵諦
語り:山川 静夫 アナウンサー
──────────
[出演]
中村 吉右衛門 (武蔵坊弁慶)
川野 太郎 (源 義経)
荻野目 慶子 (玉虫)
加藤 茶 (徳)
麻生 祐未 (静)
──────────
ジョニー 大倉 (伊勢三郎)
高品 格 (太平)
山咲 千里 (若の前)
──────────
光本 幸子 (八条女院)
神崎 愛 (北条政子)
菅原 文太 (源 頼朝)
──────────
制作:村上 慧
演出:若園 昌己
| 固定リンク
「NHK新大型時代劇1986・武蔵坊弁慶」カテゴリの記事
- プレイバック武蔵坊弁慶・(32)衣川立往生 [終](2022.04.22)
- プレイバック武蔵坊弁慶・(31)衣川前夜(2022.04.19)
- プレイバック武蔵坊弁慶・(30)平泉の春(2022.04.15)
- プレイバック武蔵坊弁慶・(29)安宅の関(2022.04.12)
- プレイバック武蔵坊弁慶・(28)荒ぶる海へ(2022.04.08)
コメント