プレイバック武蔵坊弁慶・(30)平泉の春
最大の難関・安宅の関を弁慶の機転で脱出した一行は、日本海沿いを一路 奥州平泉を目指します。平泉まであとひと山というところで、またも関所に遭遇します。しかしこの関所では、出迎えに来た藤原秀衡が義経の到着を待っていたのです。若の前を連れて先に奥州入りを果たした播磨の傀儡子衆・太平の報告によるのでしょうか。京を逃れてから2年余り、長旅がついに終わりを迎えます。
かつて暮らしてころのまま残されていた高館で一行は休息をとることにします。
しかし、義経一行の奥州入りはすぐに鎌倉方の知るところとなります。幾重の警戒網をよくも逃げきったと、頼朝は弁慶を敵ながらあっぱれと称えますが、北から吹く風で背中が寒いと、伊吹山中で取り逃がしたことが仇になった梶原景時に皮肉っぽく言い、景時は汗をかきかき平伏するだけです。
頼朝は、平泉に忍びをさらに送り込み、北の備えも固めなおせと景時に命じます。景時は義経の鎌倉呼び戻しを提案しますが、無駄じゃと一蹴します。「秀衡が健在でおる間はの」
それは秀衡本人もよく分かっていまして、今年70歳になる秀衡にとって泰衡ら子どもたちはとても心もとなく、自分が死んだあとは頼朝に付け込まれて奥州が立ち行かなくなるのは目に見えています。とはいえ義経は政治は不向きで、それは義経自身も認めるところであり、全ては弁慶に任せてあるほどです。「有り体に申せば、今のわしにはお主がほしい」
弁慶は、奥州のような戦のない豊かな国を作るのが若いころからの夢で、奥州入りしたのも逃げ場を求めていたのではなく、秀衡の元で国造りを学びたかったからです。それも奥州以外の地で理想郷を作りたいので、秀衡の後釜として教えを乞うつもりはないわけです。秀衡の遺産は全く当てにしていません。それには秀衡も弁慶も大笑いです。
若の前を無事に奥州に送り届けた太平とほくろは、平泉を出発しようとしていました。京の玉虫にはほくろが、弁慶が無事に平泉に着いたこと、奥州に来てほしいと泣いていたこと(←実際には泣いていませんがw)を伝えることにします。
太平に促されて平泉を後にするほくろですが、立ち止まった時、「振り向くんじゃねぇ」と太平に言われてしまいます。弁慶にもう会えないような気がする、とつぶやくほくろですが、これから徳に変わって播磨の傀儡子衆の頭として、そんな気弱でどうすると太平は叱咤します。
ほくろの知らせで奥州到着を知った玉虫は、急いで静の家に向かいます。義経が奥州に無事に到着したことを知らせ、一緒に奥州へ行きましょうと誘います。静は夢見心地のような表情で「はい」と頷きます。
奥州では満開の桜の下、みなが短い春を謳歌していました。鷲尾三郎と行方六郎は釣りに出かけ、喜三太は母のうらに肩をもんでもらい、書物に囲まれている常陸坊海尊は春の陽気についついうたた寝……。
春は恋の芽生える季節でもあり、伊勢三郎と片岡経春・片岡為春兄弟は、若の前から和歌の指導を受けていますが、為春は若の前のおそば近くにいる澄という女性に恋していて、じっと見つめていて心ここにあらずといった感じです。しかし若の前は、澄は経春が好きなことを知っていて、このままではすみも片岡兄弟もみな不幸になるからと、円満解決させてほしいと伊勢三郎に打ち明けます。
しかし伊勢三郎がどう考えても円満に解決できるはずもなく、経春が好きな女なんて二度と現れないだの、内容としては無茶苦茶なことを言って為春に諦めさせようとするのですが、恋は順番待ちするものではないし、女子に惚れたら兄とは言え敵だと、三郎に反発しています。
弁慶は、北上川の治水について藤原忠衡に頼み込んで工事見取り図を見せてもらいます。「水を治めることこそ国を治めること」と満足げに見取り図を眺めているところ、そこに藤原秀衡と国衡がやってきます。これは奥州にとっては機密事項であり、いくら親しくても弁慶は客人ゆえにもののけじめをつけろと怒鳴られます。
弁慶には、義経一行のことは鎌倉との火種になると中傷する者もいることを伝えた上で「お気にかけられるな」と言いおくのですが、遠回しに“気にしろ”と言っているようにも聞こえます。ともかく弁慶はその場から下がり、忠衡は弁慶の後を追いかけます。
玉虫と小玉虫は右京大夫の庵を訪れ、弁慶を追って奥州へ向かうことを打ち明けます。右京大夫は、今度は玉虫たちと本当の別れになりそうだとつぶやきます。玉虫たちが奥州へ向かったら右京大夫は一人になってしまうわけですが、「わらわには歌がある、寂しゅうはない」と強がりを言って、目に涙を浮かべています。
為春に、澄が好いてくれていることを聞いた経春は、花を摘んでいるすみにドギマギしながら声をかけます。頑張って恋の歌を詠んだそうで、同じくドキドキしているすみに贈ります。信じられない澄ですが、実際に歌を受け取ると、幸せをかみしめています。
一方で収まらないのが為春でして、涙を浮かべて辛さに耐えています。その辛さが男を磨くなどと、自分が諦めさせておいて勝手なことを言っている伊勢三郎ですが、去り際に為春はつぶやきます。「次は……三郎どのの番じゃな」
そうだ、と三郎は義経の居室を訪れます。若の前は自分たちと同じように大変な思いをして平泉にやってきました。だというのに義経が一切会おうとはしないのは、義経を慕う若の前に対してあまりに冷たい仕打ちだと訴えます。しかし今の義経は静に対して誠を立てなければなりません。三郎は、ごもっともと認めつつ、一言かけてあげることすら誠を欠くことになるのかと食い下がります。
義経は、男と女のことに意見するのは……と困惑していますが、自分が野暮なことを言っているのは分かったうえで、若の前へのねぎらいをと、頭を床にこすりつけてお願いをするのです。
弁慶は、都で討ち死にをした佐藤忠信の家を訪問していました。位牌に手を合わせる弁慶の後ろで、忘れ形見の太郎丸は「ととは意気地なしじゃ!」と叫んで庭に出て拗ねています。どうやら父が吉野ではなく都で死んだのは、義経を捨てて都に逃げ帰ったからだと思っているのです。
弁慶は太郎丸に諭すのですが、父の話を信じようとしない太郎丸に大岩を持ち上げてみせると言って、苦戦しながら持ち上げます。唖然とする太郎丸に、忠信は義経が兵に囲まれていた時に我が身を捨てて囮(おとり)となり、義経をひとりで守ったのだと改めて諭します。男は強いばかりではない、人を思いやることができる者こそ真の勇者だと。太郎丸の表情は、いつしか明るい表情になっていました。「ててごのような立派な男になんなされ。良い子だ良い子だ」
若の前は、幸せそうな澄に心から安堵しています。そこに義経が突然現れます。長旅を労わる義経は、若の前が伊勢三郎に手裏剣を学んでいることを知っていてその理由を尋ねます。若の前は堀河屋敷夜討ちの時に静に助けられたので、今度は同じようなことがあった時に静を助けてあげたいと考えていると明かします。「都の菓子がございます。召し上がりますか」と声をかけられて、義経はフッとほほ笑み、馳走になろうか、と若の前の居室に足を踏み入れます。
玉虫は奥州行きに際し、弁慶が立てて3人で暮らした思い出の京都西山の家を焼き払います。
静とともに出発しようとした時、常磐御前がやってきました。なんでも出立の件は八条女院から聞いたそうで、玉虫は気を利かせて小玉虫を連れてその場を外します。常磐は、義経の祖母からもらった品を静に託します。「気を付けて行きゃれ……二度と九郎の側を離れるでないぞ」 優しい母の言葉に涙する静です。
しばらく経って、片岡経春と澄の婚礼を祝う内輪の宴が開かれます。為春はふっきれたようで、仲間たちと大笑いして酒を飲み、義経は若の前と仲良さそうに会話しています。そんな若の前を見つめる三郎ですが、自分の感情を押し殺したまま、勧められる酒を楽しんでいます。
その晩、秀衡が急な病を得て倒れてしまいます。忠衡が義経と弁慶を呼んでくると秀衡は人払いさせ、子どもたちと義経に言葉を伝えます。自分が死ねば頼朝が必ず動揺を突いてくるから、我が死を当分は公にしないこと。頼朝が挙兵した時には義経を大将軍にいただいて、武力には頼らないこと。泰衡、国衡、忠衡の兄弟が力を合わせて国を豊かにし、民を養うことが奥州を守る王道である。そのためのこの国の実際のかじ取りは武蔵坊弁慶に任せよ──。
そして秀衡は弁慶を枕元に呼び、義経を頼むと伝えます。「この国の将来はそなたの双肩にかかっておる」 引き受けてくれるな? と促され、泰衡の顔を伺いつつ返答に戸惑っていると、秀衡は弁慶の手を握りしめます。「お引き受けいたします」との返答を聞き、ありがたい、とつぶやくと、秀衡は往生を遂げます。深々と一礼する弁慶です。
北方の王者・藤原秀衡、死す。藤原三代の栄華は彼の死とともに終わりました。
高館に戻る義経と弁慶に、火矢を射かける者が現れます。「平泉の春は、終わり申した」 弁慶は義経を守りながらつぶやきます。平泉の春は弁慶にとってあまりに短いものでした。
原作:富田 常雄
脚本:杉山 義法・下川 博
テーマ音楽:芥川 也寸志
音楽:毛利 蔵人
タイトル文字:山田 恵諦
語り:山川 静夫 アナウンサー
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[出演]
中村 吉右衛門 (武蔵坊弁慶)
川野 太郎 (源 義経)
荻野目 慶子 (玉虫)
麻生 祐未 (静)
岩下 浩 (常陸坊海尊)
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山咲 千里 (若の前)
岡安 由美子 (ほくろ)
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真野 あずさ (右京太夫)
高品 格 (太平)
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藤村 志保 (常磐御前)
ジョニー 大倉 (伊勢三郎)
菅原 文太 (源 頼朝)
萬屋 錦之介 (藤原秀衡)
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制作:村上 慧
演出:松岡 孝治
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