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2022年6月21日 (火)

プレイバック北条時宗・[新] (01)鎌倉大激震

文永5(1268)年1月1日・玄界灘──。

雷鳴轟く夜の荒波を、一艘の小舟が航海しています。はためく帆を支えるために多くの男たちが波をかぶりながら綱を引っ張り、やっとの思いで船を前に進ませています。
やがて嵐が通り過ぎ、甲板の上には疲れ果てた男たちが多数横たわっています。その中の一人が、遠くを見て叫びます。「日本だ! 日本だ日本だ!!」 博多です、と男に言われて船の奥から出てきた男は潘阜(はんぷ)。

一方、それを迎える側の博多では、異国船がやってきたというので役所から兵士たちが海辺へ駆けつける騒動になっています。

潘阜が大事そうに胸に抱える文箱の中身は、モンゴルの皇帝・クビライ=カァンからの交易と親睦を求める国書でありますが、その最後には、穏やかならぬ言葉で締めくくられていました。もし日本が断れば、武力で日本を制圧する──。

「……いよいよ来たぞ」 この難局を乗り切ろうとする日本の代表は弱冠18歳、執権の北条時宗であります。クビライと相対する器が、あると思うか? 時宗が問うと、以前からクビライの情報を時宗に送っていた博多の商人・謝 国明は、時宗を見据えて力強く頷きます。


脚本:井上 由美子

高橋 克彦「時宗」より

音楽:栗山 和樹

テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:尾高 忠明
演奏:ジェフリー・バルバダクス
  :ノロヴバンザド
  :東京オペラシンガーズ

時代考証:奥富 敬之
    :杉山 正明
風俗考証:二木 謙一
建築考証:平井 聖
衣裳考証:小泉 清子

船舶考証:山形 欣哉
所作指導:西川 箕乃助
殺陣武術指導:林 邦史朗
馬術指導:日馬 伸

御所ことば指導:堀井 令以知
       :井上 裕季子
モンゴル語指導:フフバートル
書道指導:望月 暁云
コーディネーター:張 加貝

撮影協力:福岡県福岡市
    :岩手県江刺市
    :みちのく北方漁船博物館
    :内モンゴル映画製作所
タイトル映像:近藤 佐千子

語り(覚山尼):十朱 幸代

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[出演]

渡辺 謙 (北条時頼)

浅野 温子 (涼子)

柳葉 敏郎 (安達泰盛)

池畑 慎之介 (北条実時)

篠原 涼子 (讃岐局)

西岡 徳馬 (足利泰氏)

小野 武彦 (安達義景)
松重 豊 (謝 太郎)

津嘉山 正種 (三浦泰村)
遠藤 憲一 (三浦光村)

宇梶 剛士 (九条頼経)
宗近 晴見 (平 盛綱)

原田 美枝子 (桔梗)

江原 真二郎 (高 師氏)

川野 太郎 (少弐景資)

錦野 旦 (潘阜)

大谷 直子 (藤子)

バーサンジャブ (クビライ)

 

和泉 元彌 ((プレタイトル)北条時宗)

木村 佳乃 ((プレタイトル)桐子)

西田 ひかる ((プレタイトル)祝子)

上杉 陽一 (諏訪盛重)
安部 聡子 (喜々)
向井 薫 (若菜)

南 明子 (千里)
伊山 伸洋 (九条頼嗣)
厚木 拓郎 (足利利氏)

加世 幸市
牧原 一義
村澤 寿彦
小林 大介
稲宮 誠
祖父江 進

田村 仁人
イ ウヨン
チェ ザンウォン
ソン ジョンナム
西山 紗織
安部 朱昴

若駒プロ
鳳プロ
エンゼルプロ
放映プロジェクト
テアトルアカデミー
劇団ひまわり

セントラル子供タレント
アクティブハカタ
KRC
CCR福岡
長崎県香焼町
   高島町の皆さん

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伊東 四朗 (北条政村)

平 幹二朗 (北条重時)

高橋 英樹 (毛利季光)

富司 純子 (松下禅尼)

北大路 欣也 (謝 国明)

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制作統括:阿部 康彦

美術:稲葉 寿一
技術:上原 康雄
音響効果:菅野 秀典
編集:田中 美砂

撮影:中村 和夫
照明:竹内 信博
音声:小林 清
映像技術:釣木沢 淳
美術進行:塩野 邦男

演出:吉村 芳之


宝治元(1247)年・鎌倉──。流鏑馬で、次々と的を射抜いていく男。しかし、最後の的だけは外してしまいます。鎌倉幕府第5代執権・北条時頼です。流鏑馬を終え、汗だくの時頼を家臣たちが取り囲んでいます。やはり気が進みませぬ、とぼやく時頼です。幕府評定衆である毛利季光の娘・涼子との縁談が進んでいるのです。

もし婚儀が整えば、今は北条を支持していない毛利勢500が北条方に加わるとあって、叔父の北条政村は強く縁談を勧めますが、政略の道具として5代将軍九条頼嗣に嫁がされ、挙げ句には毒を盛られて病床に伏してしまっている妹・檜皮姫を持つ兄としては、政略結婚はもうたくさん! というわけです。

そこへ颯爽と現れたのは、話に上がっている縁談相手の涼子(あきらこ)です。武者姿よろしく流鏑馬に挑む姿に、時頼はついつい目を奪われます。的を次々と射抜き、全て命中! 時頼も「すっげー!」といった表情で、微笑みを持って涼子を見つめますが、いやいやいかんいかん、と真顔に戻る時頼です。

 

流鏑馬の後、時頼、政村、時頼の母・松下禅尼、季光、涼子の5人が楽しげに歓談していたところ、檜皮姫の訃報が飛び込んできました。宝治元(1247)年5月13日、檜皮姫18歳でした。鎌倉御所に慌ててかけつける時頼と松下禅尼。檜皮姫に毒を盛ったと松下禅尼が疑う三浦泰村・光村兄弟ともすれ違います。

その三浦軍が北条を討たんと兵を進めているという噂が時頼の元に舞い込んで来ました。政村や北条実時、安達義景はいかにして三浦を討つかを考えますが、あくまでも時頼は戦はせずに話し合いで丸く収めたいようで、三浦家に赴いて檜皮姫の喪に服すと言い出します。敵に首を差し出すようなものと政村は反対を唱えますが、時頼の心は揺らぎません。

三浦家と北条家の対立は、涼子の実家・毛利家でも暗い影を落としていました。涼子の母で季光の妻である藤子は三浦泰村の妹であるわけです。三浦の味方をしてくださいますね? と詰め寄る藤子に、娘の幸せを考えるならば、時頼に味方するのが筋だと諭す季光。しかし北条憎しの藤子はなかなか納得しません。

 

両親の話をたまたま聞いてしまった涼子は、時頼の本心を確かめるため単身北条家に乗り込みます。涼子の突然の訪問に多少驚く時頼ですが、求められるまま本心を明かします。今回の時頼と涼子との結婚は祝い事ではなく謀である。だからこそ決めた。涼子を正室として迎え三浦とは戦はしない──。そう約束した時頼は、義景の子・安達泰盛を連れて三浦泰村の館に入ります。

得宗家として代々執権職を継ぎ、将軍をも凌ぐ力を持つようになった北条本家を恨んでいるのは三浦家だけではありません。後の室町将軍を生み出す足利家のもそのひとつで、当主足利泰氏は北条と三浦の対立をおもしろそうに傍観しています。そして前将軍の九条頼経は、わずか3歳で鎌倉へ連れてこられ、成人すると職を下ろされるという扱いを受けただけに、北条への恨みは根深いものになっています。

多くの兵たちに取り囲まれた泰村の館で、時頼は三浦家とともに手を携えて政治を行っていくと宣言します。鎌倉幕府が開かれて以来、何度も謀が起き、多くの者たちが命を奪われ戦いが繰り返されてきました。「泰村殿、信じてくだされ。共に新しき鎌倉を!」 時頼のまっすぐな目を見て、泰村は願いを聞き入れ撤兵します。

 

しかし、時頼と泰村が手を取り合ってもその周囲が納得しません。今こそ謀反人の三浦を討つ好機と義景は言い出します。ただ北条が討つとなると、後の世にだまし討ちの誹りを免れないので、安達が早まって戦を仕掛けたということにして一気に三浦を攻めるつもりなのです。泰村の館で喪に服している時頼は、その義景の謀を泰盛から聞かされ愕然としますが、悩んだ末に髻(もとどり)を切って覚悟を固めます。

これは北条の罠だと光村が軍勢を率いて泰村の館に駆け付けると、その館を取り囲むようにして義景の軍勢が押し寄せます。こうして、世に言う「宝治合戦」が始まるのですが、徐々に押された三浦勢は源頼朝法華堂に集まり、一族そろって自害して果てます。当初は北条に加勢するとしていた涼子の父・季光も、泰村らの妹である妻・藤子の説得に折れて三浦に味方し、源 頼朝の墓所・法華堂で自刃します。

謀反人の娘を娶る必要はないと反対者も多い中、時頼は生前の季光との約束を守るため、北条家の最長老・北条重時の養女ということにして 時頼に嫁がせます。しかし、時頼が戦を起こさなければ(正確には「戦に引き込まれた」)季光も死なずに済んだわけで、その分時頼への恨みは倍増。「覚えておくがよい。私は父の仇を取るために北条に参ったのじゃ」 涼子の冷ややかな目が、時頼の心に突き刺さります。 

 

政治の道を極める時頼に早く跡継ぎの誕生を望む政村は、涼子との間に子は望めないと讃岐局を時頼の側室にします。そして間もなく讃岐局は男子を出産。後に北条時宗と対立することになる兄・北条時輔であります。讃岐局は、涼子の心が広いから時頼からの寵愛を受けて授かったとわざわざ報告しますが、涼子は表情ひとつ変えません。

涼子は、時頼に対していろいろ言いたいことが溜まってきたようで、夜、時頼の寝所に押しかけます。一思いにやったらどうだ(=殺したらどうだ)という時頼に、言葉のオブラートに包むことなく真っすぐに時頼に思いをぶつけます。「北条家の方々は北条さえ栄えればよろしいのか!」「北条が政を握る限り、鎌倉に安泰は訪れぬ!」 涼子の思いを吐き出させた時頼は涼子をきつく抱きしめ……。

3年後・建長3(1251)年、中国・華北──。はるか向こうまで広がる国土を、謝 国明と謝 太郎らが進んできます。そこに盗賊たちが現れ、謝 国明たちの周りをぐるぐる旋回しながら刀を振り下ろして従者を斬り、荷物を切り落として奪っていきます。「手を出すな!」「やめろ!」と言ったところで、聞く耳は持ってくれません。すると盗賊たちは突然、次々に弓矢に倒されていきます。

振り返った謝 国明が見たものはクビライの大騎馬隊でした。「蒙古兵だ!」と盗賊たちは一目散で逃げ出します。謝 国明はクビライに近づき感謝を申し述べると、高麗の先の四方を海に囲まれた小さな島と日本の紹介をします。クビライも多少興味があるらしく、蒙古より先に日が昇る国へ「いつか旅してみよう」と言い残し、去っていきます。クビライ37歳、皇帝になるのはこれから9年後のことです。

日本では5月15日、時頼に若君が誕生しました。時頼はもちろん家臣たちは抱き合って喜びます。母は正室の涼子、幼名は正寿丸。混沌たる鎌倉の世を太く短く走り抜けた、北条時宗の誕生であります。

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