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2022年7月 5日 (火)

プレイバック北条時宗・(05)波乱の旅

父・北条時頼に連れられての旅に出発する北条時宗。母・涼子に出立の挨拶をしますが、なぜ父に従って旅に出なければならないのか納得できないようで、ちとふてくされた感じを出しますが、今回の旅で執権を継ぐ決心を付けてくるように心得を示し、必ず無事に戻って参れと 最後には時宗を“後継者として”送り出します。

時頼が不在となれば幕府として何かと不都合と北条政村は異を唱えますが、北条長時に執権職を譲ったのだし、政村はそれを補佐する連署として君臨していれば何の問題もないわけです。そこへ安達泰盛が同行を志願。評定衆の泰盛は、自分が不在の幕府運営よりも時頼父子に何かあった時の方が恐ろしいわけです。松下禅尼や梨子、祝子、そして兄の北条時利にも見送られながら時宗は力強く歩き出します。


博多の商人・謝 国明は、商人として大切な地獄耳を持っているのか、博多まで足を伸ばす時頼のために一足早く博多へ向かっており、すでに広い海上にありました。日蓮が助け、時頼に預けられた桐子も同船していますが、帆先にいて目を輝かせながら海を見つめていた桐子は、その興奮をそのまま謝 国明に伝えています。桐子に父親のことを尋ねると「鱗を食らう竜」と言って謝 国明を驚かせます。

町の市場を楽しんだり、村の子どもたちが魚釣りをして遊んでいるのを見物したりしながら、一行は北条氏発祥の地・伊豆に入ります。今でこそ、桓武平氏の流れを組むなどと豪語する北条ですが、もとはこの田舎が出発点であったわけです。我らの祖先は大いなる希望を持って成長してきたのだ と時頼は時宗に教えます。「父は、その誇りだけは失わぬつもりじゃ」

福寿丸に弓の稽古をつけていた涼子は、松下禅尼の訪問を受けます。そろそろ心を解いてはくれないかと優しく諭すのですが、涼子は自分の心は偽れないと反発します。松下禅尼は、むごい殺し合いを経ても、今を生きる私たちは 明日のために力を尽くすのも人としての務めと説得を続け、それでも受け入れない涼子に「いつまでも北条に仇成すと申すなら、この私とて容赦はせぬ」と突き放します。

 

雨が突然降り出し、時頼らは貧しい御家人の家に泊めてもらうことになりました。家の中には家財道具は何一つありませんが、離縁した妻にすべて持たせて実家に帰し、そして自身は明日にも出家するとのことです。男は、寒そうに震えている時宗を見て、大切に残しておいたとても立派な盆栽をポキポキと折りだすといろりにくべて火を起こします。人の温かさに感激する時頼父子です。

そこに、男の妻・波津が「もう一度やり直しましょう」と男を説得しに雨の中を駆けつけます。夫婦の会話を背中で聞いていた時頼は、ひとまず事情を聞いてみることにします。天野常世という御家人は、実は一族に領地をだまし取られていました。鎌倉に出て訴え出ようと考えたのですが、訴訟には何年もかかるというし、没落した夫婦には、離縁という道しか残されていません。黙り込んでしまう時頼です。

翌朝。出発する時頼は泊めてもらった書状に御札を常世に渡し、これを持って鎌倉に行くように勧めます。「どうか御仏のご加護がありますように」 彼らが出発後、差し出された書状の中身を改めてみると、最後に「最明寺入道 時頼」と署名されていることに常世は気がつきます。「北条時頼さまだったのじゃ……」 書状に向かって、手を合わせる夫婦です。

時宗は、日蓮が助けた女の子は助けなかったのに、あの夫婦は助けた時頼の気持ちを量りかねていました。時頼は、大地震は天災、しかしあの夫婦のように訴えるのに時間がかかりすぎるというのは、明らかに政の誤りなのです。天の災いは救えないが、政の災いはできる限り救いたいという気持ちを知り、時頼をじっと見つめる時宗です。

 

鎌倉では、時頼や執権・北条長時を揶揄する風刺画が出されます。そこをたまたま通りかかった長時は、“執権”と名前だけつけられた操り人形という自分に対する風刺画を見せられ、嘲り笑う民衆の声によって前後の見境がなくなり、描いた男を斬り捨てます。「武器を持たず言葉で訴えているものを刀で斬り捨てることは人の行いにあらず!」 その場に居合わせた日蓮は長時を睨みつけます。

その事件は、またたく間に鎌倉御所の第6代将軍・宗尊親王の耳に入ります。足利家執事の高 師氏は、親王に北条を諌め責任を取って長時に執権職を退いてもらい、代わりに、時頼の側室の子・時利を執権職にさせようと図ります。合わせて時宗も表舞台から退かせれば、親王をないがしろにしてきた者たちを一掃させることができるわけです。

もちろん足利の思惑は、その先は時利を思うように動かして、いずれは足利が幕府を乗っ取ろうというわけです。北条を諌めると言ったって、鎌倉の武士たちはみな時頼の方を向いているので、親王の話なんか聞いてくれようはずもありませんが、その時頼は今 旅に出ていて、いつ戻って来るか分かりません。機会は、いま──。親王はニヤリとします。

なんていうことをしてくれた! と政村は長時を戒めます。長時は、民衆に飾り物だと愚弄されたから腹を立てているわけですが、政村も実時も、それは本当のことだから腹を立てるのがおかしいとにべもありません。そもそも時頼の後継として長時が選ばれたのは、いずれ時宗に執権職を譲るとしても、その間も野心を持たないであろう温厚な人柄が買われてのことでした。

そこに駆け付けた北条重時は子の不始末を詫びるのですが、詫びよりもどうして自分が選ばれたのかをよくよく言い聞かせてほしいという実時の言葉に、それだけは息子には言えないと重時は拒絶します。もしそれを言わなければ事が収まらないとすれば、今回の事件の責めを負って自害するとまで言い出します。「武士に野心を持つなと申すは、命を断てと申すのと同じことじゃ!」

 

京・東福寺──。4代将軍・九条頼経と5代将軍・九条頼嗣、父子の墓にお参りです。父子を討ったのは時頼という噂を知っている時宗は その是非を父に問いますが、父は答えを言いません。九条父子が亡くなったことで、鎌倉は安泰を手に入れた。そしてゆくゆくは、帝も将軍もこの世から消えてなくなる。位のやり取りではなく真の力が必要だと、時頼はそう時宗に説明します。

そこに、博多に戻っているはずの謝 国明が現れます。鎌倉の長時事件を耳にはさみ、時頼がここに立ち寄るであろうと来てみたのだそうです。貴様それが面白きことか! と泰盛に叱られますが、宋からやってきた謝 国明にしてみれば、「まことにこの国の男は不思議じゃ! 金銭でも所領でもなく面目ひとつで人を斬る! 時には己の腹を斬る! 面白いことこの上ない!」と笑います。

ともかく泰時は、早馬で鎌倉に戻ることにします。その鎌倉では、白装束に着替えて辞世を詠む重時を、長時と梨子は必死に引き止めますが、重時の気持ちは揺るぎません。しかし時利がやってきて、切腹を止めるよう説得します。重石の役回りの最長老たる重時がいなくなれば北条は散り散りになってしまう。一門のために堪えてほしいと頭を下げられたとあっては、さすがの重時も言葉が出ません。

 

時頼父子は謝 国明とともに船に乗って博多に向かいます。海は荒れ、幼い時宗は船の揺れで飛ばされて目を回しますが、それを見て笑う桐子を見て、時宗は日蓮が助け出した少女の顔を思い出します。時宗と桐子の再会です。

時頼父子と別れて鎌倉に戻った泰時ですが、彼が戻った時には重時切腹騒動は収まっていました。時頼の後を継ぐのは時宗ではなく時利ではないだろうかと長時も政村も言い出し、讃岐局も息子が褒められて鼻高々です。しかし、時利が収めた、という事実がのちに北条家に悲劇をもたらすことになるとは誰も予想だにしていませんでした。

「海賊じゃな。海の盗賊にござる」 小舟の船団を見ても謝 国明は落ち着いています。船の先頭には、その頭目とおぼしきひげ面の男が 銛を構えてこちらを見て大笑いしています。恐怖心しかない時宗です。


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
渡辺 謙 (北条時頼)
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
池畑 慎之介 (北条実時)
篠原 涼子 (讃岐局)
牧瀬 里穂 (梨子)
西岡 徳馬 (足利泰氏)
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原田 美枝子 (桔梗)
江原 真二郎 (高 師氏)
吹越 満 (宗尊親王)
木村 佳乃 (ふき(回想))
柏木 由紀子 (波津)
宇崎 竜童 (天野常世)
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伊東 四朗 (北条政村)
平 幹二朗 (北条重時)
藤 竜也 (佐志 房)
奥田 瑛二 (日蓮)
富司 純子 (松下禅尼)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:吉川 邦夫

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