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2022年7月12日 (火)

プレイバック北条時宗・(07)執権修行

正嘉2(1258)年、夏。北条時利11歳のときに北条実時の姪・祥子との婚儀が執り行われます。結婚を機に時利は鎌倉御所を出て、長谷(はせ)に新たに築く屋敷に移ることになりますが、北条時頼は兄弟仲良くと言い聞かせます。時頼は北条時宗に「小侍所所司」の任務を与えます。6代将軍宗尊親王に仕え、近々行われる将軍婚儀の取り仕切りが初仕事です。時宗は固辞しますが、時宗に執権としての修行を積ませたいわけです。

弟の福寿丸は元服の儀を約束し、兄の時利には新しい名「時輔」を与えます。時宗を助けるという意味の名に、時利を担ぎ上げ謀反を企むのを防ぎたい時頼の思惑が見え隠れします。「利」の諱の元となる足利利氏も頼氏と改名するとかで、気遣いはいらないと時頼。しかし時宗は、隠居した時頼が幕府内のみならず有力御家人の足利にまで口を差しはさむ現状に激しく反発します。時利はムッとしたまま改名を受け入れます。

鎌倉にいる以上時頼には逆らえぬと、利氏が頼氏と改名することを遠回しに肯定した宗尊親王ですが、足利泰氏は表向きには北条の言いなりで安泰を図りつつ、来たるべき時に裏をかくつもりです。宗尊親王は時頼に将軍家と時輔の縁談を潰されて面目を失った腹いせに、将軍に仕える上杉重房の娘と頼氏との婚儀を提案。泰氏は宗尊親王の顔を立てるためにその話を快く引き受けます。

時輔への改名の話を受けて北条政村は、讃岐局が時頼の寵愛も失ったと吐き捨てます。しかし讃岐局は、時頼と涼子は真の夫婦ではないから跡継ぎを産んでほしい、と政村の言うままに側室に入ったわけで、だまされた!と反発します。政村は、時頼は年寄りの言うことには耳を傾けてくれないと愚痴をこぼし、時輔のことはいずれ考えるから、足利と通じずにおとなしくしておれとくぎを刺して出ていきます。

婚儀の後、時輔が居室に向かうと祥子は手をついて控えていました。祥子は父・小山長村から、もし北条に不穏な動きがあればすぐに知らせるように間者に出すような物言いをしたと笑い、時輔は慌てて祥子の口を手で押さえます。時輔が名を改めたことを祥子に伝えると、無邪気な祥子は時輔の名を初めて呼んでくれて、時輔は照れています。

 

時宗の鎌倉御所初出仕の日。涼子に挨拶に出向いた時宗は、一日も早く執権になり父に引退してもらい、兄弟力を合わせて北条一門と鎌倉の安泰に努めると意欲を示します。涼子は、時宗は元服したのだから何も止めないと言いつつ、何かを成すのなら時宗自身のために、己を生きるためにせよと叱咤します。「人の上に立つ者が己を生きて初めて、鎌倉に安泰が訪れる。この母の心にも」

御所に入ると、小侍所所司の先輩でもある北条実時が「将軍の信頼を得る」ようにと教えてくれますが、これは無理な相談だとにべもありません。今や名ばかりの将軍は時頼の意向に沿わなければ命を長らえることはできず、そう仕向けた北条の者に心を開くわけがないのです。一方で、いつか政を握りたいという意欲はあるはずだから、時宗自身の目で確かめるように勧めます。

歴代最年少の小侍所所司・時宗は「精一杯勤めまする」と宗尊親王に挨拶しますが、その心を歌にしてみろと目の前に筆とすずり、短冊を出されます。宗尊親王からは「兄の時輔の歌はなかなかのものじゃったな」と言われ、横に座する実時を見て助けを求めますが、実時は真正面を向いたまま涼しい表情です。窮地の時宗は筆を手に取ってみたものの、頭の中が真っ白でいい歌が思い浮かぶはずもありません。

 

文応元(1260)年3月、宗尊親王の婚儀が鎌倉御所で盛大に執り行われます。北条得宗家の力を示すため、花嫁の近衛宰子は時頼の養女となってからの輿入れとなりました。そしてこの婚儀一切を任された時宗が執権職の後継者であることを知らしめ、北条得宗家の力が時宗に引き継がれていくことが確かなものと考えられるようになりました。

時宗が、隠しておいた貝を手に取って眺めていたころ、博多では送り主の桐子も、似たような形の貝を眺めていました。松浦党の娘として商いをしに宋に渡るのです。謝 国明は海を渡る佐志 房に、宋と蒙古の動きが怪しく油断しないように忠告します。美岬は旅立つ桐子に「無事に帰ってくるんだよ!」と言い、桐子も手を振ってそれに答えます。

蒙古ではモンケの死後、弟のクビライが有力者たちの支持を得て次の皇帝に指名され、即位の儀式を行っていました。五十余年前に祖父のチンギス・カンが決めた6つの法(互いを愛せ、盗むな、うそをつくな……等)を守れば、陽が上るところから没するところまですべての地が授かると宣言します。「わが大蒙古帝国に偉大なる天の御加護あれ!」

 

日蓮は自らしたためた『立正安国論』を時頼に献上します。この世に生きる人の心と行いを改めなければ、恐ろしい出来事が次々と襲ってくると記されていました。同士討ちと外敵襲来まで予言したこの書は、いわば鎌倉幕府に対する強い警告でもありました。しかし執権たる自分を差し置いて時頼に献上した日蓮に面目を潰された北条長時は、日蓮を追い出してしまいます。

時宗は、直に時頼を批判した日蓮に興味を示します。どうしても父のやり方に納得がいかない時宗は、日蓮と会って話をしてみたいと考えているのです。明らかに自分よりも、歌や弓などにおいても優れている時輔が、時宗のみならず福寿丸の下に置かれることも納得いきません。相談を受けた時輔は、時宗の顔を見据えます。

長時の父・北条重時が日蓮を捕まえて島流しにしろとわめき散らす中、日蓮の庵を訪ねた涼子は、今すぐに鎌倉を脱出するように勧めます。法華経に帰依するつもりは全くないのですが、養父である重時に人を殺めさせたくないという一心なのです。逃げる者を人は信じないと日蓮は逃げようとしませんが、涼子に言わせれば命が亡くなれば信じる信じないもないわけです。

数時間が経過し、それでも逃げようとしない剛情な日蓮に涼子も呆れますが、そこに日蓮の庵に松明を手にした暴徒が乱入してきます。間一髪、庵から脱出した涼子と侍女・喜々でしたが、松明を庵に次々に投げ込まれ、たちまち炎に包まれていきます。その惨劇に言葉を失いながら、侍女に引っ張られて逃げていきます。

喜々は夜明け前に御所を発ち、人目をはばかりながら涼子の使いで日蓮たちのところへ餅を差し入れします。「誰かを守るために逃げねばならぬときもある」 涼子に教わったと日蓮は笑います。ところがその直後、喜々は真後ろに人の気配を感じ振り返ると、その男の顔を見て腰を抜かしてしまいます。

 

弓の稽古場で弓を放つ涼子ですが、的に矢が2本刺さり、隣から矢を放った安達泰盛の存在に気づきます。泰盛は、自分が日蓮のところに赴いたことで喜々が気絶してしまったので、しばらくしたら戻ってくることを伝えにきたのです。そして日蓮と弟子たちは、法華経信者の土岐氏に引き取らせました。その上で泰盛は涼子に相談があると言ってきました。「時宗どのの縁組じゃ」

時宗の縁談話は、松下禅尼から時頼にも持ち掛けられていました。相手は泰盛の末妹・祝子です。それはそうと、松下禅尼は日蓮のことについて、時頼は甘かったとの認識です。出家した時頼が表舞台に立つのを長時は面白くないだろうし、重時も人の親です。小さなほころびはその都度修繕していった方が、結果的には長持ちするという例えに、時頼は恭しく頭を下げます。

将軍を凌ぐ力を得て、陰謀と策略にまみれながらその力を守り抜こうとした北条得宗家の歴史に、時輔と時宗の名前が刻まれる時が、すぐそこまで来ていました。


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
渡辺 謙 (北条時頼)
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
池畑 慎之介 (北条実時)
篠原 涼子 (讃岐局)
牧瀬 里穂 (梨子)
西岡 徳馬 (足利泰氏)
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江原 真二郎 (高 師氏)
吹越 満 (宗尊親王)
藤 あや子 (美岬)
バーサンジャブ (クビライ・カアン)
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伊東 四朗 (北条政村)
平 幹二朗 (北条重時)
藤 竜也 (佐志 房)
奥田 瑛二 (日蓮)
富司 純子 (松下禅尼)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:吉川 邦夫

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