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2022年8月16日 (火)

プレイバック北条時宗・(17)クビライの影

宗尊親王更迭で大きく揺れた鎌倉は、嫡男の惟康王を新しい将軍に迎えて、ようやく落ち着きを取り戻します。執権の北条政村は得宗家を代表して挨拶しますが、惟康王は「お父(もう)さまにお会いしたい……」とぐずります。北条時宗の前に進み出た惟康王は、父母を都へ追いやったのかと時宗を責め、「麿はお前が嫌いや!」と扇子でほほを打ちます。時宗は甘んじてそれを受けますが、表情には衝撃が浮かんでいました。

六波羅探題北殿には宗尊親王の姿がありました。たらい回しにされた挙句、今は北条時茂の館に軟禁されているのです。呼び出した時輔に、自分と共に鎌倉に返り咲く方策を聞かせてくれと猫なで声を上げますが、時輔はニッコリほほ笑んで、もはや負けた方には用はないと突き放します。そんな宗尊親王と時輔のヒソヒソ話を隠れて窺っていた時茂は、如月に時輔から目を離すなと命じます。

時宗は北条宗政の館を訪問し、涼子にことのあらましを報告します。「またもや追放か」と涼子は呆れ、他に道はなかったのかと問いただします。父を死に追いやった下手人を探さないのは明日に目を向けるため。そう言った時宗が今やっていることは「あまりに狭い」と目くじら立てて去っていきます。

母が危険を冒してまで日蓮に施しをしたのか、腑に落ちない時宗は日蓮の庵を訪ねます。日蓮はそれには答えず、北条時頼の話をします。むごい行いが多かった時頼は、その行いに迷い苦しんできました。平然とむごい行いをする者とでは雲泥の差なのです。心を磨き正直にすれば明日が変わる。正直になるよう勧める日蓮は「今や時宗どのしか日本を救える者はおりませぬ!」と時宗に説くのです。

 

文永5(1268)年1月1日、雷鳴轟き荒れ狂う博多沖に一隻の船が浮かんでいました。船員たちは波をかぶりながら手綱を引き、船を前に進ませようと懸命です。鎌倉から博多に戻った謝 太郎は、謝 国明の満面の笑みに蒙古との通商がうまく進んでいると推察します。そこに高麗からの使者が到着との急報が舞い込み、謝 国明は町の者たちと一緒に港へ急ぎます。

モンゴル皇帝クビライの国書が高麗で引き継がれ、高麗国王の侍衛官・潘阜(はんぷ)が荒波の中を日本に届けたのです。鎮西奉行少弐資能の三男・少弐景資がこれを出迎え、大宰府の役所に案内します。謝 国明の紹介で高麗出身の佐志 勇を通訳に、潘阜との会談が行われることになりました。

「我々はモンゴル皇帝クビライ殿の国書を携えて参った。日本国王に取り次いでもらいたい」 隋、唐の時代からのよしみを思い出して親睦を図ってほしいと頭を下げる潘阜ですが、いきなり来て無礼だと資能は激怒します。謝 国明は日本にとって重大なことだから慎重に相対すべきとなだめます。景資は、御家人にとって言上先は鎌倉の執権だと、時間的猶予をもらいます。

その日のうちに大宰府から鎌倉に向けて、蒙古からの国書が到着したと知らせる使いが旅立ちます。当時、大宰府から鎌倉までは船と早馬で10日程度の道のりです。使いの者は途中の朝廷にも六波羅探題にも立ち寄らず、鎌倉へ急ぎます。

 

八郎を呼び出した時宗は、得宗家公文所の所司に命じます。ただいきなりの大抜擢に不満を抱く者も多いと考え、時宗は得宗家と最も縁が深い平 盛綱の養子となるように勧めます。話が大きすぎて言葉の出ない八郎ですが、これまでの働きに感じ入った時宗から、未熟な自分を支えてほしいと言われては、もはや断ることはできません。八郎は「頼綱」の名前を時宗から授かり、養子に入ることになりました。

謝 国明の館では潘阜の歓迎の宴が行われていました。高麗人が蒙古のために働くことに納得できない勇は飛び出して行きますが、潘阜は寂しそうに頷きます。蒙古に攻撃され続けた高麗は降伏するしか道はなく「この屈辱と哀しみを高麗人は忘れることができません」と勇に同情します。日本とよしみを結べなければ蒙古は侵攻してくる、高麗も出兵せざるを得ず、そうなれば滅んでしまうと打ち明けるのです。

クビライを尊敬する桐子は「よしみを結びたいだけ」と楽観視しますが、勇にはそれがクビライの策であることが分かるのです。よしみを通じたいと近づき、貢物を求める。兵や民、国王も奪って国を滅ぼす──。鎌倉の者たちが敵う相手ではないと、目に涙をいっぱい浮かべて桐子に吐き捨てて出ていきます。

 

数日を経て大宰府からの使者が鎌倉に到着します。国書の扱いをどうするかについて話し合いがもたれますが、北条実時から日本の数百倍の規模の国と聞かされて気が遠くなる思いの政村は、新しい政を求める時宗に「将軍更迭をやってのけたぐらいで」と鼻で笑います。ともかく政は鎌倉幕府が司ってきたという自負があり、朝廷には先に国書を送らせるなとクギを刺します。

国書は景資の手によって先に鎌倉幕府に送られることになりました。謝 国明は時宗に蒙古のことをすべて話すと鎌倉に向かうことにします。政は謝 国明の領分ではないと房は止めますが、政治の世界には立ち入らないものの、幕府の誰かが潘阜を斬るようなことがあってはならないと考えているのです。余計なお世話となおも引き止める房と「頑固者!」「石頭!」と口ゲンカになります。

二人の口げんかを見ていた桐子は、松浦に戻る房に謝 国明とともに鎌倉に行くと志願します。クビライが日本を属国にしようとは思えないのです。その根底には、母親を奪った戦を憎んでいる気持ちがありました。桐子の思いを知った美岬は無事を祈って首飾りを渡しますが、今回の旅はなんとなく危ない気がすると吐露します。桐子はいざとなれば自分が謝 国明を助けると笑顔を見せます。

関白の近衛基平は、景資が蒙古の国書を携えて大宰府から鎌倉へ向かったことを時輔に伝えます。なぜ京に来なかったのかと激昂する時輔ですが、おそらくは国書の件を朝廷には隠しておきたい鎌倉の思惑だろうと基平は推測します。とはいえ幕府は保身に必死で、朝廷も年寄りばっかりでまともは判断は期待できません。「わしらの出番や」とつぶやく基平を時輔は見据えます。

 

美岬が用意した朝餉をありがたくいただく潘阜ですが、裏に隠れていた勇は「裏切り者め」と潘阜を罵り斬りかかりますが、サッと身をかわします。異変を感じた美岬が戻ってきて潘阜をかばい、潘阜は美岬の前に立ちはだかります。勇は睨みつけながら潘阜にとびかかると、ふたりの間に入った美岬が刺されてしまいます。駆け付けた太郎の胸で、美岬は息絶えました。

博多の港に高麗からの船が到着して38日目、鎌倉幕府に国書が届いた日の朝の出来事でした。日本の国がいまだかつて出会ったことのない大きな出来事の扉が、時宗の前で開かれようとしていました。

──蒙古襲来まであと2450日──


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
和泉 元彌 (北条時宗)
渡部 篤郎 (北条時輔)
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
木村 佳乃 (桐子)
西田 ひかる (祝子)
池畑 慎之介 (北条実時)
ともさか りえ (祥子)
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川野 太郎 (少弐景資)
吹越 満 (宗尊親王)
錦野 旦 (潘阜)
藤 あや子 (美岬)
バーサンジャブ (クビライ・カアン)
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伊東 四朗 (北条政村)
藤 竜也 (佐志 房)
奥田 瑛二 (日蓮)
清川 虹子 (如月)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:吉川 邦夫

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