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2022年8月 5日 (金)

プレイバック北条時宗・(14)兄の追放

文永元(1264)年、北条時宗が鎌倉を率いる覚悟を固めたころ、蒙古の皇帝・クビライが日本に着目します。宋を手に入れるには、宋と通商を行う日本と通じて宋を孤立させたいわけです。どう攻めるかと家臣が言うと、クビライはそのつもりはないと笑うのですが、日本は金銀、米、土地が豊かで民も善良、日本が蒙古の属国になれば大陸の国交も復活すると家臣が進言し、クビライは思わず家臣を見つめます。

海を渡って南宋の泉州に来ていた佐志 勇は、半ばイライラしながら今すぐに博多に帰ろうと佐志 房に提案します。房は謝 国明が海を渡ってくるのを待ち、勇とともに蒙古入りするつもりなので、すでに遅いのです。元は高麗人の勇は、蒙古の高麗攻めで父母を亡くしているので、勇にとってはクビライは親の仇以外の何ものでもないわけです。

博多では渡航を前に謝 国明による美岬への説得が続いています。50歳にしてやってきた大商いなので、危険は承知で挑戦したいのです。たくさんの貯えがあるというのにと美岬は涙を浮かべますが、「男はバカなもんじゃ」と美岬を抱きしめます。そこへ船出の用意が整ったと桐子が言いに来るのですが、仲睦まじいふたりに思わず顔を赤らめて背中を向けます。

謝 国明は一代で比類なき富を築いた博多の商人で、寺を建立し故国の宋から僧侶を招いています。そんな名高い商人の謝 国明が、モンゴル皇帝のクビライに会うことは、命を捨てるほどにとてつもなく大きな夢だったのです。

 

鎌倉の北条時宗は、兄の北条時輔を追放する決意を固めます。安達泰盛は、これまでどんな時にも兄を思ってきた時宗の突然の決意表明にとても驚きますが、有能すぎる時輔が恨みを募らせて6代将軍宗尊親王や足利家と結ぶリスクを考えて、北条政村は「いっそあの世へ追放を」と時宗に勧めます。そこで北条実時は、六波羅探題の南殿へ赴任させる案を提示します。

六波羅探題は朝廷との折衝や西国支配の要となる役所ですが、北殿は北条重時など力ある者たちが歴任してきたところで、一方南殿は20年近く空位となっています。要は北殿があれば南殿は不要なわけで、南殿に着任する武士は男として死ぬより辛い屈辱であると、松下禅尼が教えてくれました。時宗が何をしようとしているのか聞かないまま、松下禅尼は時宗の背中を押します。

涼子は時輔に面会を求めます。北条時頼が病死ではなく誰かに命を奪われたと御家人たちはみんな知っていながら、下手人探しは乱れが生じる元と口をつぐみ、何ごともなかったように政が続いていくこの風潮を涼子は許せないのです。時輔は涼子の耳元で、時頼は時宗に自分を殺すように遺言を残したとささやきます。「思う存分好きにやって天下でもなんでも握ってみせまする」

 

実時の子・北条顕時は酒色に耽り、継母の享子に絡んでいます。釣り合いのために周子を離縁し政村の娘・享子を娶った実時でしたが、顕時にとっては出世のために母を死に追いやったとわめき散らすのです。その顕時の言葉を、実時を呼びに来た政村が耳にしてしまい、実時に詫びを入れます。それでも実時は「母の死を受け入れられぬ顕時の甘え」と冷静沈着です。

政村は時輔の六波羅行きを不安視しています。命を奪った方がと自説を曲げませんが、実時はだからこそ生かしておくべきと答えます。若年の時宗が執権になれる確証がなく、宗政も心もとないとなれば、時輔が必要になるときもあるかもと。政村は、若年の時宗に執権を継がせず、自分が執権に就き実時が連署になればと提案しますが、長いしきたりは破れないと一笑に付します。

時宗は、力のない自分自身への苛立つ気持ちを鎮めるためか、真夜中に井戸から汲んだ冷水を何杯もかけています。慌てて駆けつけた祝子に時輔を追放することを伝え、そんな自分を軽蔑するかと問いかけます。己の力を見つめるのは弱い心ではできないと祝子は時宗をまっすぐに見つめています。「祝子は信じています!」と言いながら、冷水を時宗の頭から浴びせる祝子です。

宗尊親王の妃・宰子に親王が誕生します。宰子は人が見ていないところで安産の祈祷を行った僧正良基(りょうき)と手を握り合っていますが、ともかく不幸続きの鎌倉にあって親王誕生は久しぶりの吉報です。良基に礼を言う宗尊親王は上機嫌で、妻を追放した時輔が身も心も仕えるという決意に大喜びです。

政村が祝賀に来ました。皮肉を言う桔梗を政村は気にも留めず「北条一門を代表して」と祝いの品を差し出します。同席する北条時章は代表を名乗った政村に反発し、名越は一門とは思っていないと政村は煽ります。政村は時宗の命で時輔を六波羅探題南殿へ赴任させると発表、不満そうな表情を浮かべる宗尊親王に、兄を追放するとはけしからぬ…なるほど、と膝を打って帰っていきます。

自邸に戻った時輔は、下野の祥子から桃が届き姫が生まれたことを知りますが、喜びもせず無反応です。

戻った政村は宗尊親王が心配していたと伝え、やはり時頼の遺言を果たすべきと提案しますが、時宗は「兄の命を奪うことだけはできぬ!」と口走ってしまいます。政村は遺言を果たせぬなら執権を辞退せよと迫ります。時輔を亡き者にして執権を継ぐか、兄を守って執権を辞退するか。ここでも時宗は、時頼の声が脳裏をかすめます。時宗はその日、部屋に閉じこもって一歩も外へ出て来ませんでした。

 

翌朝早く時輔の館を訪問した時宗は、恨みを捨てて家臣として従うように伝えます。従わない場合は鎌倉から追放すると言う時宗に、時輔は刀を投げ渡し、追放など企てず命を奪えと言い放ちます。時宗は時頼の遺言を明かし命は奪わぬと答えるのですが、時輔は刀の剣先を眉間に突き付けます。それでも兄を信じている時宗の、時輔の六波羅行きと自分の執権職辞退の宣言に、時輔は剣を床に突き刺し負けを認めます。

執権職を辞退した時宗は補佐役の連署として幕政を担い、連署だった政村が執権に就任します。烏帽子をかぶり、鏡を見て嬉しさがこみ上げてきた政村は「舞え舞えかたつぶり(かたつむり)」を上機嫌に舞い、とうとうやったと笑ったかと思うと、これまでの苦労がこみ上げてきて嗚咽しています。

出発の時、時輔が振り返ると そこには下野へ帰した祥子が我が子を抱いて立っていました。里へは出産のために帰っていたのだし六波羅への赴任にお供する という祥子に、離縁したからと時輔は受け入れません。しかし祥子の父・小山長村の家臣の服部正左衛門が、泣き出す我が子を時輔に抱かせ、祥子の永遠の愛情を感じて元のさやに収まります。これが時輔にとって長い旅の始まりになりました。

 

得宗家のごたごたも、結局は執権政村・連署時宗で落ち着き、宗尊親王はその報告を受けますが、時宗より時輔を推していた宗尊親王は、すさまじきもの北条をおいて他になしと呆れています。そして伏せていた長時の死を公に発表することも宗尊親王に申告し「どーぞ。執権さんの思いのままに、あ、そ、ば、せ」と塩対応です。時宗は選んだ道の険しさに直面します。

そのころ、謝 国明と佐志 房は広い蒙古の草原の上に立っていました。傍らには同行した桐子と勇の姿もあります。クビライと落ち合う約束を交わしているのですが、その到着が遅くイライラする房に、ここは日本ではないからと謝 国明は気にする様子はありません。しかし、皇帝との対面を前に緊張しているのは謝 国明も房も同じで、お互いに笑い合います。

草原のはるか向こうから、はためく赤色の旗、大勢の騎馬軍、黒い集団の中にひときわ目立つ白の装束を着たクビライ。蒼き狼、白い龍……。

蒲寿庚(ほじゅこう=イスラム商人)に勧められて、クビライの前に進む謝 国明は二度目の対面を喜びます。13年前、中国の華北で盗賊たちに囲まれていた窮地を救ってくれたのがクビライだったのです。あの時と同じように真珠をクビライに差し出すと、クビライは当時を思い出し「友よ、よく大陸へ」と固く抱きしめ合います。房は喜び、桐子と勇は呆気にとられています。


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
和泉 元彌 (北条時宗)
渡部 篤郎 (北条時輔)
渡辺 謙 (北条時頼(回想))
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
木村 佳乃 (桐子)
西田 ひかる (祝子)
池畑 慎之介 (北条実時)
ともさか りえ (祥子)
西岡 徳馬 (足利泰氏)
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原田 美枝子 (桔梗)
江原 真二郎 (高 師氏)
吹越 満 (宗尊親王)
藤 あや子 (美岬)
白 竜 (北条時章)
室田 日出男 (服部正左衛門)
バーサンジャブ (クビライ・カアン)
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伊東 四朗 (北条政村)
藤 竜也 (佐志 房)
富司 純子 (松下禅尼)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:吉村 芳之

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