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2022年8月26日 (金)

プレイバック北条時宗・(20)十八歳の執権

桐子は北条時宗に会い、美岬を誤って刺した佐志 勇のことを打ち明けます。勇を責め立てられない桐子は、謝 国明に、佐志 房になんと言葉をかければいいのか悩み、時宗に助言を求めますが、時宗は答えが出せません。それでも鎌倉を司るものか!? と桐子はありったけの感情を時宗にぶつけます。平 頼綱が助けに入るのを止め、時宗は桐子をギュッと抱きしめ落ち着かせます。

蒙古から国書が届いてすでに2ヶ月。時宗は安達泰盛を説得しますが、蒙古は日本を敵視していると見た泰盛には言葉は届きません。戦か属国か以外の3つ目の道を探る時宗に、泰盛は鎌倉をまとめるべく地慣らしをすべきだと反論します。北条政村は執権職を譲るつもりはありませんが、仮病で大事を逃れる人物では鎌倉は任せられません。立つべき者が鎌倉の先頭に立っていかない限り、第3の道はありえないのです。

京──。鎌倉から北条時輔が戻り、近衛基平の屋敷に集まります。一条実経や西園寺実氏は、政の実権は鎌倉から京に移ったと喜び、さっそく後嵯峨上皇の下で評議を開こうとしますが、基平は時輔を伴いたいと言い出します。六波羅探題に務めて12年になる時茂でさえ評議に参じたことはないのに、無位無官の時輔が参じることに異論を唱えます。しかし基平は、官位のことを言っている場合ではないと一蹴します。

博多の謝 国明の屋敷で、美岬の冥福を祈る謝 太郎です。その横には潘阜がいて、鎌倉に送った国書の返書はまだなのかと尋ねます。鎌倉幕府としても異国からの文が届くのは異例であり、それだけに時間をかけて慎重に諮っているのだろうと太郎は言いますが、もう時間がないのです。潘阜は、それだけ大事なことであると訴えに、鎌倉へ、京へ連れていってほしいと太郎に頼みます。

 

「わしは…執権を退かぬぞ」と、政村は復帰して開口一番、泰盛と北条実時に伝えます。泰盛は執権交代を強く求めますが、今は上を替えるより下を束ねるのが大事と、政村はいけしゃあしゃあの様子です。「まとまりを失った藁は結わえる縄を変えたほうが束ねやすい」と実時はさらりと返し、政村は幕府をまとめるために仮病を使ったと認めます。それが泰盛の怒りを更に燃え上がらせてしまいます。

朝からじっと考え込んでいる時宗。そこに夕餉の支度が出来たからと祝子が御膳を運ばせます。祝子は桐子の名を出し、自分に話せないことでも桐子には相談できると嫉妬しますが、時宗はクビライのことを聞いていただけだと弁明します。そこで祝子は「蒙古より鎌倉をまとめるほうが」と口にしてしまい、再び考え込んでしまった時宗は居室を出ていってしまいます。

娘・篤子と鞠で遊ぶ祥子は、服部正左衛門が「時輔が政村に執権職を時宗に譲るように」と頼んだことを口にします。これは兄弟の和解だと喜ぶ祥子ですが、正左衛門はそれより蒙古の国書のことが心配でなりません。兄弟が力を合わせれば戦を避ける道も見えてくるだろうと「信じようではないか」と正左衛門を励まします。

 

後嵯峨上皇の御所で、国書についての評議が行われることになりましたが、多数の公家たちが並ぶところに無位無官の時輔が参じたことに実経や実氏は反発します。そんなことを言っている場合ではないと基平がとりなしますが、時輔は実経が庭に放り投げた敷物に向かって歩き出します。「かまいませぬ。それがしにはふさわしゅうござる」

そこに現れた上皇ですが、寵愛する基平に官位は守るようにたしなめます。結局評議は時輔抜きで行われ、この日からほぼ毎日行われます。たとえよしみを通じずとも返書だけは出すべきという意見と、返書は断じて出すべきではないという基平が対立し、鎌倉幕府の状態と同じことが繰り返されたわけです。

基平は上皇に意見書を提出します。関白の意見書となればたとえ上皇と言えども無視できるものではないのですが、これに反して幕府が返書を与えるとなればちぐはぐになるので、時輔に鎌倉へ人を遣わして幕府の動きを探れと命じます。時輔は まもなく時宗が執権に就くと言い、時輔に負い目を感じる時宗が執権になったほうが幕府を京から操れると、己の野望を基平に打ち明けます。

 

時宗は謝 国明にお悔やみを伝えますが、勇を潘阜に引き合わせたのは自分だから、美岬は自分が殺したようなものだと責め続けています。政に首を突っ込んだ報復だと、謝 国明は時宗の「クビライの真意を引き出す」役目から手を引くと言ってきました。何とか引き留めようとする時宗ですが、美岬を失った悲しみから涙を流す謝 国明に、もはや何も言葉をかけられません。

鎌倉の屋敷前に日蓮が来て、時宗との面会を求めます。門番が追い払い、時宗は会わないと言っていると頼綱も帰るように伝えますが、日蓮は頼綱の表情からうそと見抜き、念仏を唱えます。頼綱の家臣らと一触即発の状態に陥りますが、そこを通りかかった泰盛は、日蓮が来たことは伝えると約束します。日蓮は頼綱をチラリと見ながらつぶやきます。「上に立つ者が改めなければこの国は滅びる」

泰盛は頼綱を自邸に連れて行き、はしたないと注意します。頼綱の過去を知る者として、時宗に近づき出世を重ねる頼綱の企てを問いただしますが、頼綱はただ懸命に時宗に尽くしているだけです。自らを疑われて得宗家を去るときは、これまでのことをすべて時宗に明かすとき──。頼綱の言葉に、泰盛は前執権・北条長時の暗殺のことが頭をよぎり、黙り込んでしまいました。

 

基平からの書状が鎌倉へ届けられました。「返書を与えず」という文言に政村はにっこりです。一方泰盛は、鎌倉に何の断りもなく時輔に式部太夫という官位を与えたことに不満顔です。実時は、国書を取り上げられ時輔に官位を与えられと、政村が朝廷から軽視されていると伝え、執権から退くように催促します。政村はその腹いせに、蒙古からの使者を追い返し時輔に官位を与えずという難題を時宗にふっかけます。

一晩だけ心を定める時間が欲しいと、時宗は座して過去の出来事を思い返していました。鎌倉の海岸で見せた、時輔の睨みつけるような表情、「相変わらずぬるいやつ」「夢の都など幻じゃ」という時輔の言葉、「もののふの都を守り抜くのがそなたの使命」という時頼の遺言──。この時時宗は弱冠18歳、あまりに長い夜でした。

翌朝、弟の北条宗政の館を訪れた時宗は、涼子と宗政に執権職を継ぐ決心を打ち明けます。涼子は、一度鎌倉の頂きに立ったが最後、執権から降りるときは死ぬ時との覚悟を求めます。時宗がうなずくと涼子は上座と下座を入れ替わり、これまでの生活を改め、明日を見つめ恨みを抱かぬ生活をすると時宗に宣言します。涼子は見せたことのない笑顔を見せます。「一日も長く生きて、この母の最期を看取ってくれ」

──蒙古襲来まであと2394日──


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
和泉 元彌 (北条時宗)
渡部 篤郎 (北条時輔)
渡辺 謙 (北条時頼(回想))
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
木村 佳乃 (桐子)
西田 ひかる (祝子)
池畑 慎之介 (北条実時)
ともさか りえ (祥子)
牧瀬 里穂 (梨子)
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錦野 旦 (潘阜)
藤 あや子 (美岬(回想))
井上 順 (一条実経)
大木 実 (西園寺実氏)
室田 日出男 (服部正左衛門)
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伊東 四朗 (北条政村)
奥田 瑛二 (日蓮)
藤 竜也 (佐志 房)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:城谷 厚司

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