プレイバック北条時宗・(23)人質
文永6(1269)年2月、博多に渡る許可を得られず対馬で足止めされて業を煮やした蒙古の使者は、対馬の民ふたりを人質に蒙古に連れ帰ってしまう騒動が起こります。クビライはけだものではないので人質を殺すことはしないと冷静を装いますが、この暴挙に鎮西奉行の少弐資能は、蒙古は国を滅ぼし民を虐殺したと声を荒げます。しかし鎮西奉行自ら流言に踊らされては、博多の民がますます混乱すると苦言を呈します。
どうすればいいか少弐景資が助言を求めると、謝 国明は博多の民の心を鎮めることに努めるように答えます。蒙古への憎しみを募らせれば人質のふたりの命にかかわるわけです。しかし、人質が無事に戻れるとは思わぬが……と厳しい表情の景資は、人質となった男の人相書きを謝 国明に差し出します。描かれていたのは弥三郎と名乗る佐志 勇でした。謝 国明は絶句します。
その事実を知った桐子は松浦党の佐志 房の館に急ぎますが、房はすでに知っていました。鎌倉に行って北条時宗に知らせようと提案する桐子ですが、政に立ち入ることを是としない信念の房は頷きません。いくじなし! と言われて、時宗にこれ以上近づいたら桐子の身が危ういとくぎを刺します。それでも桐子は鎌倉に知らせると、館を飛び出して行きます。
3月になってようやく、対馬の騒動が幕府に届きます。「やはり第3の道などありませなんだな」と北条政村は皮肉たっぷりに言い放ちます。評定の場に乱入した御家人たちは、国書、人質の次には侵攻だと主張し、北条時章は高麗を攻めることを提案します。蒙古の手先の高麗を攻めれば、日本の覚悟を示すことが出来るのです。筋が違う! と時宗は止めますが、それに見合った妙案があるわけでもありません。
一方、京の朝廷でも評定が開かれていました。関白近衛基平亡き後、蒙古に強硬論を唱える者は少なくなり、蒙古に返書を出すことで政の実権を鎌倉から取り返そうという意見が大勢を占めるようになっていました。
六波羅の北条時輔は目標を見失っていました。幕府の出先として朝廷をどう導くか頭を悩ませる北条時茂に対し、時輔は蒙古を前に朝廷と鎌倉が競っている場合ではないのにとフッと笑います。幕府は守らなければならないものか疑問に感じ始めた時輔は、幕府のために親子が争い兄弟が憎み、いくつもの命が犠牲になったと落涙します。時茂に非難されますが、野心はないと言い置いて腑抜けのように出ていきます。
時宗は謝 国明に提供してもらった蒙古の地図を広げて考え込んでいます。御酒を勧める祝子に蒙古と日本の位置を教え、日本は小さい存在だと説明するのですが、祝子はそんな大事に立ち向かう時宗に何もしてあげられない己の小ささに涙します。時宗は祝子を抱きしめます。「人質となった対馬のふたりの民にも、妻がおるのであろうな」
人質の勇たちが蒙古へ連れてこられていました。クビライと対面した勇はずっと睨みつけていますが、日本からの返書を得てよしみを通じたいクビライは、勇たちを宮殿に案内し豪勢にもてなします。あまりにも意外な歓待に勇たちは戸惑いますが、日本からの“客”をもてなすことで蒙古の隆盛を見せつけ、人質ふたりの口から日本に伝えさせると目論んでいたのです。
時宗は北条宗政、北条実時の子・顕時、北条長時の子・義宗を呼び出し、日本が取るべき道を考えてほしいと意見を求めます。冷遇されている3人でも密かに心に期するところはあるはずと時宗は見ているのです。かつて心が弱いと叱責された義宗は家臣からの信頼も厚いし、実時の陰に隠れる顕時の博識さは実時をも凌ぐそうです。行い不良で役目を取り上げられた宗政には、力を発揮してみよと激励するのです。
博多から鎌倉へ馬で駆けつけた桐子は、館の前で時宗との対面を求めますが、どれだけ頭を下げても門番に連れ出されてしまいます。
北条一門の方々とは同席できないと固辞しつつ、時宗の説得を受けて輪に加わった平 頼綱は、蒙古が日本を脅すだけの5~10万の兵が渡ってくるたくさんの船を用意しているスキに国の力を蓄えるべきと主張します。頼綱の案にみな舌を巻き、うかうかしていられないと笑います。
こうした時宗の若者から広く意見を求めるやり方には、政村・実時・安達泰盛ら宿老たちの反発を食らいます。政村は「あっちにもこっちにも尻尾を振って」とバッサリ。政は寄合で決めるものであり評定を軽んじてもらっては困ると実時に言われます。頂点に立つ者は孤独でそれをこらえられなければ父を超えられぬと言う泰盛には、時宗は父とは違うやり方で蒙古に対したいと返します。
時輔の館を足利泰氏、桔梗、高師氏が訪問していました。今でも時輔の親代わりの顔をする桔梗は、時輔を担ぎ出そうとするのです。御家人たちの批判を浴び、評定衆の反感を買った時宗が一門を乱しているこの好機に、得宗家を叩き潰そうという悪魔のささやきを、時輔はきっぱりと断ります。天下を取るのは武士の夢と力説する泰氏に、時輔は哀し気な顔を向けます。「そのようなものは夢でもなんでもござらぬ」
早朝、時宗は時頼が眠る最明寺を訪れます。じっと心の耳を澄ませますが、父は何も話してくれません。花を供えに来た涼子は、宿老たちの機嫌を損ねたという話を持ち出し、時頼を頼らず自分で前に進もうとするその姿勢を褒めます。母の意外な反応に驚く時宗ですが、そっと背中を押されたような気がして少しだけ勇気が出ました。
時輔が娘の篤子と遊んでいると、桐子がやって来ました。鎌倉に行って目通りが叶わなかったと時輔を頼ってきたのです。桐子は、兄が人質になっていることを時宗に伝え、時宗の力になってほしいと頭を下げます。時輔は桐子がなぜ時宗にこだわるのか理解に苦しみますが、桐子の願いを聞き届ける代わりに、蒙古やクビライのことを教えてほしいと条件を出します。目標を失った時輔には、新たに見えた光です。
時宗と4人の若者たちは、鎌倉の海で沈む夕日を見つめていました。強風が吹き波が荒れていますが、海はいつみてもいいものです。義宗も、鎌倉は海の都と言っていました。かつて日本は海の向こうの敵を迎え討ったことはありませんが、蒙古が迫ってきた以上、日本も変わらなければなりません。「どうせ変わるならより良き国にしたいものじゃ。この国を誰にも渡しはせぬぞ」
9月、奪った人質を連れて3度目の使節が蒙古から派遣されたのはこの直後のことです。
──蒙古襲来まであと1849日──
脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
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[出演]
和泉 元彌 (北条時宗)
渡部 篤郎 (北条時輔)
浅野 温子 (涼子)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
木村 佳乃 (桐子)
西田 ひかる (祝子)
池畑 慎之介 (北条実時)
ともさか りえ (祥子)
西岡 徳馬 (足利泰氏)
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原田 美枝子 (桔梗)
江原 真二郎 (高 師氏)
川野 太郎 (少弐景資)
錦野 旦 (潘阜)
白 竜 (北条時章)
井上 順 (一条実経)
大木 実 (西園寺実氏)
バーサンジャブ (クビライ・カアン)
室田 日出男 (服部正左衛門)
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伊東 四朗 (北条政村)
藤 竜也 (佐志 房)
北大路 欣也 (謝 国明)
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制作統括:阿部 康彦
演出:吉田 浩樹
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