« プレイバック北条時宗・(39)ねらわれた姫君 | トップページ | 大河ドラマ鎌倉殿の13人・(42)夢のゆくえ ~唐船建造夢見る実朝 反発する義時~ »

2022年11月 4日 (金)

プレイバック北条時宗・(40)消えた使節団

桔梗が博多で高 師氏に斬り捨てられ、桐子が足利泰氏の娘であったことを、謝 太郎の知らせで知った北条時宗。信じられず、足利の企みに利用されているだけではないのかと桐子を心配していますが、北条を捨て民となった北条時輔のように、水軍の娘を捨て足利の姫になった桐子も己の運命を変えたくなるものと太郎は考えています。

桔梗が亡くなるわ桐子が足利の姫だというわで、家時は頭が混乱します。乱心したから斬ったと謝罪する師氏は、泰氏寵愛の桔梗を斬った責めを負うつもりですが、桔梗はいつも乱心していたようなものだと家時は不問に付します。しかし叔母にあたる桐子の存在を受け入れるわけにはいきません。桐子はそれも承知の上ですが、師氏は足利に入ったからにはそのために尽くし、背けば許さないと忠告します。

博多の謝 国明の館では、時輔が早く蒙古へ旅立ちたくてうずうずしています。時宗が高麗に出兵するなら、せめて日本と戦になるのは得策ではないと蒙古に伝わればいいのです。謝 国明は、時輔の体の中には武士の血が流れていると言い、「武士の意地は商いには邪魔じゃ。引くときは引く、負けるときは負けてみせるのが商人の道」と助言します。そこに博多の民が慌てて駆けつけます。

正使・杜 世忠率いる総勢40名の蒙古の使節団が長門に流れ着き、大宰府に送られてきたのです。戦を終えたばかりで、家族を失った民衆の傷は癒えておらず、民衆は暴発してしまったのです。慌てて駆けつけた謝 国明と時輔は止めに入りますが、世忠は時輔に礼を言うところで殴られ、気を失います。時輔は世忠をかくまい、謝 国明も襲われて倒れてしまいますが、その窮地を房が救ってくれました。

騒ぎが収まった後、襲われて命を落とした使節団の亡骸を確認しますが、40名の来日に対して31人の亡骸で、9人足りません。愕然とした少弐景資は探せと命じます。そしてこの事件はすぐに鎌倉に知らされることになります。

 

時宗は、これは想定していたものよりもはるかに大きな事態に発展するかもしれないと、北条義政に蒙古使節団の捜索を命じる下知を出させ、安達泰盛に助言を求めますが、泰盛は「いい案はござらぬ」とそっぽを向きます。時宗は捜索の指揮を平 頼綱に任せますが、時宗には泰盛のその態度も気がかりです。

時輔は使節たちを荒寺で匿っていました。「カタ……ジケナイ」と趙 良弼に教わった片言の日本語で礼を言う世忠は、良弼からの手紙を時輔に渡します。あの人には協力しないと拒絶する時輔は、私の考えでもあると世忠に言われ手紙に目を通します。良弼からの手紙は謝罪の言葉から始まりつつ、使節が無事に帰国できなければ今度は10万の兵で攻撃をするつもりで、時輔に尽力を仰いでいました。

「やはりこういうことでござったか」と謝 国明が荒寺に忍び込みます。これが商人のすることかと謝 国明は時輔に迫りますが、使節を殺せば日本は終わるとつぶやきます。しかし幕府が必死に捜索している以上、かくまったと知れれば時輔の命も危うくなります。そうしているうちに外で探索の声が聞こえてきて、時輔は慌てて明かりを消し、息を潜めます。

床に蒙古の地図や書状を広げて思案する時宗ですが、身体に痛みを感じていました。その痛みに耐えながら朝を迎えます。時宗とともに最明寺亭に入った泰盛は、北条実時と結託して裏切ったことを問いただします。泰盛と頼綱を結び付けたかったと時宗は弁解しますが、頼綱と同列に扱われた泰盛は不満顔です。「蒙古の使節団……あれは時宗どのが隠しておられるのではあるまいな」

座禅を組んでいるヒマはない、と最明寺亭から戻ってきた泰盛は、頼綱との絆が深まるにつれて人が変わってしまったと実時に愚痴をこぼします。しかし頼綱を重用することで若い御家人たちを盛り上げた実績も事実で、成長を喜ぼうと実時は諭します。蒙古を前に時宗は毒を呑んで国を守ろうとしているのに、泰盛が呑まずに誰が呑むのかとの励ましに、泰盛は言葉が出ません。

 

使節を鎌倉に連れて行く! と時輔が言い出します。間もなく博多に到着する謝 国明の船を使って、商人のふりをして鎌倉に向かうのです。謝 国明は申し出を断りますが、これが日本を開く最後の時かもしれないと時輔は食い下がります。そばで聞いていた房は、やるなら一人で連れて行けと時輔を突き放します。「危ない橋渡しに謝 国明を巻き込むな」

そこに景資が家来を引き連れて館に押しかけてきました。見つからない使節たちについて尋ねる景資ですが、謝 国明はしらを切ります。景資は横にいる時輔に目をやり、蒙古の使節をかばい立てしては身のためにならないと忠告します。子どもを3人失った房は、蒙古の使節は見たら叩き斬る! と言い、房の手前、景資たちは帰っていきます。

翌朝早く、時輔は使節団9人を連れて鎌倉へ向かいます。時輔にとってこの旅は、死んだ自分を取り戻す大切な旅立ったのかもしれません。

未だに使節が見つからない状況に焦りをにじませる時宗です。頼綱は改めて博多に木柵を設ける提案をしますが、遅れて到着した泰盛は、木では朽ちるのが早いため石垣を築くと言い出します。両者の意見を合わせることで我が意を得たりと時宗はニッコリしますが、直後具合が悪くなったのか、息が荒くなり身体を硬直させています。

 

桐子の鬢(びん)そぎに束ねという武家の姫らしい格好に、太郎は目を丸くします。「時宗どのに会うには足利の鎧が必要」と言う桐子は、高麗に攻め込むと言う時宗に、兄たちが亡くなり松浦城が燃えた無念を訴えたいわけですが、時宗が高麗に攻め込むと言い出した事情を知る太郎が説明のために口を挟もうとしても、戦を止めたいという桐子が自分の気持ちを表明し続け、そのタイミングを失います。

祝子が甲斐甲斐しく世話をしたことで、時宗は瞬く間に床上げをして御所に向かおうとしますが、こうして時宗が倒れたのは2度目とあって祝子は心配でなりません。寝ておるヒマはないと出て行こうとする時宗ですが、戦をしに行くのなら病気になって寝ていた方がいいと言って、祝子は出て行ってしまいます。

時輔が乗った船は、順調に進めば今ごろは駿河に差し掛かるあたりでしょうか。房の思いを裏切った謝 国明は房に詫びます。もういい、と言う房は、その代わりに時輔が蒙古に向けて乗る予定だった船に乗せてほしいと言い出します。大都に行ってクビライと会い、けりをつけたいのです。「桐子も鎌倉へ行ってしまったしの……もう思い残すことなど何もない」

桐子が時宗の元に出向きます。今でも水軍松浦党の娘を自認する桐子は、民の声を聞かない時宗を執権から下ろすために来たと言います。高麗へ出兵する話から、なぜ再び戦をし、人が死ななければならないのかと訴えますが、それよりも兄たちが死に、自分も敵兵の命を奪い、こんな格好で時宗に訴えなければならないのか、ただそれが悲しいのです。時宗は桐子の手を引いてある場所へ向かいます。

時に建治元(1275)年、鎌倉には大きな出来事が迫っていました。4年の歳月を経て兄弟が再び向かい合う時が、刻一刻と近づいていました。


脚本:井上 由美子
高橋 克彦「時宗」より
音楽:栗山 和樹
語り(覚山尼):十朱 幸代
──────────
[出演]
和泉 元彌 (北条時宗)
渡部 篤郎 (北条時輔)
柳葉 敏郎 (安達泰盛)
木村 佳乃 (桐子)
西田 ひかる (祝子)
池畑 慎之介 (北条実時)
──────────
渡辺 徹 (北条義政)
江原 真二郎 (高 師氏)
川野 太郎 (少弐景資)
──────────
石橋 蓮司 (北条時広)
藤 竜也 (佐志 房)
北大路 欣也 (謝 国明)
──────────
制作統括:阿部 康彦
演出:吉田 浩樹

|

« プレイバック北条時宗・(39)ねらわれた姫君 | トップページ | 大河ドラマ鎌倉殿の13人・(42)夢のゆくえ ~唐船建造夢見る実朝 反発する義時~ »

NHK大河2001・北条時宗」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« プレイバック北条時宗・(39)ねらわれた姫君 | トップページ | 大河ドラマ鎌倉殿の13人・(42)夢のゆくえ ~唐船建造夢見る実朝 反発する義時~ »