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2022年12月21日 (水)

放送80周年ドラマ・ハルとナツ Haru e Natsu ~届かなかった手紙~ (03)流転の青春

5夜連続放送~放送80周年ドラマ・平成17年度文化庁芸術祭参加

70年前、ブラジルと日本に別れ別れになった姉妹、ハルとナツ。互いに出し続けながらも決して届かなかった手紙を発見し、それぞれの苦難の人生に胸を熱くします。伯父の家から逃げ出したナツは、牛飼いの徳治と暮らし始め、ハルからの手紙を待ち続けます。ブラジルに渡ったハルたちのコーヒー園での過酷な労働の日日。兄をマラリアで失い、収穫直前の作物も大粒のヒョウで全滅。一家は絶望の淵に立たされます。

日本ではナツが待ってるんだよ──


原作・脚本:橋田 壽賀子

音楽:渡辺 俊幸

テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
テーマ音楽指揮:岩城 宏之
テーマ音楽ソプラノ:増田 いずみ
演奏:コンセール・レニエ

 

[出演] 現代編

森 光子 (髙倉ハル)

今井 翼 (髙倉大和)

西田 健 (山辺照彦)

中丸 新将 (山辺公彦)
 ─────
エンゼルプロ
ラザリス

野際 陽子 (山辺ナツ)

 

時代考証:天野 隆子
    :田辺 安一
    :ブラジル日本移民史料館 (サンパウロ市)
    :サンパウロ州立博物館
美術考証:ユリカ・ヤマザキ

ポルトガル語翻訳監修:二宮 正人
北海道ことば指導:曽川 留三子
広島・大阪ことば指導:大原 穣子
ポルトガル語指導:長島 幸子
        :上田 郁香 マリア
チーズ指導:秋田 定夫

撮影協力:北海道新得町
    :   別海町
(ブラジル):「ハルとナツ」撮影支援委員会
     :東山農場
     :カーザブランカ
     :ベルチオガ市
コーディネーター:塚本 恭子

 

[出演] 昭和編

米倉 涼子 (髙倉ハル)

村田 雄浩 (髙倉忠次)

姿 晴香 (髙倉シズ)

石橋 凌 (海野中佐)

斉藤 奈々 (髙倉ハル(少女))
志田 未来 (髙倉ナツ(少女))

吉見 一豊 (髙倉洋三)
水町 レイコ (髙倉キヨ)

岡田 義徳 (中山隆太)
小橋 賢児 (金太)

徳井 優 (栗田彦次)
斎藤 歩 (中山昭三)
松本 実 (勉)

椿 直 (髙倉 実)
桑原 匠吾 (山下拓也)
三上 勝由 (医師)

ユキコ・コレヤス
矢崎 勇
熊本 小次郎
マリオ・コレヤス
エジソン・カメダ
大門 マキ

ケンジ・ヤマイ
ホベルト・コマザワ
ペドロ・ナシメント
ウリアス・ガルシア
ジュニア・ロペス
カリー ニョス

ギルマール・ヌネス・レアル
オリデス・ビセンチ
エリオ・フェブロニオ
ディソネッチ・サントス
アレサンドラ・ニコラ
フランシスコ・シルバ

柄本 明 (中山耕太郎)

斎藤 洋介 (山下平造)

由紀 さおり (中山トキ)

井川 比佐志 (徳治)

仲間 由紀恵 (髙倉ナツ)

 

制作統括:阿部 康彦
    :金澤 宏次

美術:深井 保夫
技術:高橋 太
音響効果:林 幸夫
編集:佐藤 秀城

照明:水野 富裕
音声:松本 恒雄
映像技術:石丸 亮
CG合成:関井 和成
美術進行:毛尾 喜泰

共同制作:NHKエンタープライズ
技術協力:NHKテクニカルサービス
美術協力:NHKアート

演出:田中 健二


平成17(2005)年4月・東京──。ハル(80)の過酷な過去を耳にした大和は驚きを隠せません。3年で日本に帰れるどころか借金ばかり溜まってしまい、夢のような甘い話に騙された自分たちがバカだったと、ハルは卑下します。兄・茂も失い、先の見えない不安な毎日を送るよりは、たとえ殺されても逃げたほうがましなのです。「日本にいるナツのためっていう気持ちが一番だった」

ハルからの手紙をナツに読んでもらえたら、当時のハルの気持ちや苦労を信じてもらえるわけですが、その手紙が残っている道理がないとハルは自嘲気味につぶやきます。しかしないと思われていたナツからの手紙は、こうして発見されたわけで、ハルからの手紙もどこかにあるかもしれないと大和はハルを励まします。

一方、ナツ(78)は、ハルからの手紙を読み続けていました。

──私たちは、3年ここで働いて日本のナツのところへ帰れるのなら、どんな苦労も辛抱できます。でもこのコーヒー園にいては、とても無理です。だから、ここを逃げ出すことに決めました──

 

昭和10(1935)年2月・ブラジル サンパウロ州のコーヒー農園では、逃げ出す決意を固めた髙倉忠次に、山下平造は知り合いになった他の日本人から、大地主のアメリカ人から土地を借り作物を作る日本人たちがいるという情報を伝えます。後で土地代さえ支払えば、綿やじゃがいもなど何を作ってもいいという条件に、忠次は目を輝かせます。勤勉で真面目な日本人のこと、アメリカ人の信用もあるのでしょう。

3年ほどファゼンダで資金をため、それを元手にサンパウロで工場をやる予定だった平造は、農園はもうたくさんだとサントスの港へ行き荷役をやって貯金するつもりです。ともかく、契約を果たせず借金を残したまま逃げるわけで、夜中にこっそりと出ていくことにします。その時ブラジル人監督の見回りが来ました。その様子を庭から不安そうに見つめるハル(10)です。

忠次は、茂を失ったことで実だけでもなんとか日本に帰したいという気持ちが芽生え始めていました。サントスの港には日本の船も来るので、頼み込んで働かせてもらいながら日本ゆきの船に乗るのです。シズは叔父の与作の家に帰すのには反対しますが、部屋の隣で聞いていた実はサントスに行きたいと言い出します。「俺だって茂兄ちゃんみたいになりたくない。ブラジルなんて大嫌いだ」

決行の夜、夜陰に紛れて農園の中を進む平造一家と忠次一家ですが、キヨが足をくじいて倒れます。痛そうで動けそうにないキヨを洋三が背負い脱出に向かいますが、見張っていた監督が物音に気付いて近づいてきます。陰に隠れて息を潜めますが、洋三がキヨを背負ったままへらへらと監督の前に出ていきます。「妻がケガしてる、ココ。歩けない。頼む、馬に乗せてやってくれ」

家に戻ってきた洋三は、自分たちが寝ている間に忠次一家が逃げてしまい、彼らを探しているうちにシズがケガしてしまったと経緯を監督に話します。駆け付けた栗田彦次は、監督に事情をよく説明して相談すると約束します。これからどうなるか心配の洋三ですが、恐らくは残された借金を払い終えるまではここで働くことになりそうです。

忠次と平造たちは林の中を抜け、流れの急な川を渡ります。途中の森で見たこともない動物たちにハルは苦笑いしながら、教会までようやくたどり着きました。丘の向こうからパッシングするトラックを見つけ、全員狭い荷台に乗り込みます。去り行く町を見つめるハルです。

鉄道駅に到着しました。サントスの港へ向かう平造一家に同行する実とは途中でお別れです。忠次は平造に礼を述べ、シズはうつむく実に言葉をかけます。「ひとりで大変だろうけど何とか日本へ帰って、実だけは人並みに幸せになってちょうだい……」 ハルは実の腕にしがみついて涙をこぼします。忠次とシズ、ハルの3人は再びトラックに乗りこみます。

「急に親子3人だけになって、あんなに寂しくて心細いことなかった」 しかし次に行くところでは、そこにいた日本人たちがあらかじめ物置のような小屋を手作りして、寝床から衣類、食料に至るまで用意してくれて忠次たちを迎え入れます。開墾して畑が出来たらすぐに綿を作り、綿が育って実をつけ、小屋の周囲の畑一面が綿の白色に染まるほどになりました。

──新しい土地に来て種をまいた綿が育ちました。白いような綿の実がつきました。でも、約束した3年になったのに、まだ日本へ帰れません。どうしても綿づくりで成功して、お金をためて一日も早く日本へ帰りたいです。つらいでしょうが、もう少し待っていてください──

 

──姉ちゃんがブラジルから帰ってくると約束した3年目になりました。この間汽車に乗せてもらって、伯父さんのとこをそっと見に行きました。徳じいがそれとなく聞いてみたけど、誰もブラジルから帰ってきていませんでした。私はもうあきらめています。私のことなんてもう忘れてしまったんだね。もうナツはいらなくなった子で、捨てられたのかもしれないけど、少しでも私のことを思い出してもらいたくて、手紙を書いています──

昭和12(1937)年3月・北海道。ナツ(10)はかつて住んでいた空き家の様子を遠巻きに伺いますが、そこに生活感はありません。そっと近づく徳治ですが、ナツは後ろを振り返ることなくその場から去っていきます。

出来上がったチーズの匂いと味を確かめる徳治は、これまでにない出来だと満足げです。ナツは働き者で、札幌の谷本の奥さまなどお得意様もナツを気に入ってくれています。徳治はいつ隠居させてもらってもいいとつぶやきますが、一人前にやれるようになったからといって徳じいだけ楽させない、一緒に働くとナツに言われ、徳治は苦笑いしています。

強い日差しの中、乳しぼりに追われる徳治とナツですが、徳治は足元がふらつき倒れてしまいます。駆け付けたナツは徳治がひどい熱を出していることに気が付きます。一晩寝ていれば大丈夫と無理して笑う徳治に肩を貸して寝かせ、一里も向こうの町まで走って医者を呼びに行きます。途中で派手に転びますが、かすり傷を負った手を押さえながら走り続けます。

ナツが医者を連れて戻りました。診察した医者は、悪い風邪だから無理しないでよく寝るように徳治に伝えます。大したことなかったと徳治は横になります。ただ見送りに出たナツには、医者は徳治が肺炎であると打ち明けます。札幌では同様の患者が手の施しようがないまま亡くなっていて、徳治も最近チーズを売りに札幌に行っていたのです。医者は今夜と明日がヤマだと言って帰っていきます。

ナツは徳治のためにお粥を作ります。死んだ娘と同じ年ごろのナツと出会ったことで、娘が帰ってきたような気がしていた徳治は果報者だと笑います。自分の娘が亡くなった時と同じような流行り病だと感じる徳治は、俺はヤワじゃないから死なないと言いつつ、いつかはナツより先に逝く運命にあると諭します。もし先に逝ったらブラジルの家族の元へ行くように伝えます。

 

──その夜、私は徳じいのそばでずっと看病しました。でも疲れてちょっと眠ってしまいました。その間に徳じいは息をしなくなってしまいました。これでやっと徳じいは、奥さんと娘さんのとこに行けます。楽しい夢を見ているような、少し笑っているような顔でした──

徳じい……徳じい……と泣きじゃくるナツの声が、手紙を読むハルの脳裏をかけめぐります。

──牛飼いの組合の人たちや、徳じいの作ったチーズをいつも買ってくれていた札幌の人たちが集まって、徳じいのお葬式をしてくれました。牛を毎日世話して、子牛を生ませたりもして、牛飼いの仕事は大変です。みんな一人になった私のことを心配して、牛舎と牛を人に売ったらいいと言ってくれました。でも私は断りました。私はひとりでも牛とチーズを守っていきたいと言いました──

弔問客一人ひとりに頭を下げるナツ。そして日常では牧草を運び、昼間は牛を引いて移動し、夜はチーズ作りに精を出しています。

徳じいは牛を売ってブラジルに行けばいいと言ってくれたけど、徳じいが大事に育てた牛と別れることは、どうしてもできません。ブラジルへは、行くことはあきらめました。姉ちゃんたちは3年たっても帰ってこないし、手紙も一度も来ません。ナツは捨てられた子なのだから、日本で徳じいの牛たちと暮らしているほうが私は幸せなんだと思っています。私のことは心配しないでください。私はひとりぼっちじゃありません。牛は家族で、牛といっしょにいると徳じいがそばにいてくれるみたいです。チーズを待ってくれているお客さんたちは、私の親のような人たちばかりだし、徳じいの仲間の人たちがいろいろと手伝ってくれます──

「これの後、何年も手紙抜けてるね」とハルがつぶやきます。ナツにとって家族より大事なものができたんだとハルは寂しそうな表情を浮かべますが、夜を徹して読み続けるハルに大和は労わりの言葉をかけます。そういえば同じころ、ハルもナツに手紙書かなかったような気がしています。ちょうどコーヒー農園から逃げ出し、アメリカ人に土地を借りて綿を作ったころのことです。

 

昭和13(1938)年8月・ブラジル。そのころ綿は高く売れたので、自分たちの家も建てられてハル(13)たち3人が食べるのに困らなくはなりました。あと3年、綿づくりもうまくいけば帰れるかもしれないという希望も持てるようになっていました。そして平造一家とともにサントスの港へ渡った実は、荷役の仕事をして日本に帰れる機会をうかがっていたら、ある日、海軍将校の海野中佐と知り合うことができました。

サントスでは「ファシズム打倒! ジェトゥーリオ退陣!」とデモ活動が繰り広げられている中、実は海野が宿泊しているホテルへ呼ばれて赴きます。大西洋海岸に向かった海野は、実が日本のために尽くしたいという気持ちを確かめると、日本に帰る手配を整えてもいいと手を差し伸べます。その代わり、日本に帰ったらお国のために尽くせることをしてもらいたいと条件を出します。

非常時である日本では、少年航空兵を募集していて、実にその資格は充分にあると海野は見ています。なんとか日本に帰ったところで、その後どう生きればいいか分からなかった実にとって願ってもない話です。実は車から降り、海野に敬礼します。「“天皇陛下の赤子(せきし)”として立派な軍人になり、粉骨砕身お国のために尽くす覚悟でおります!」 この時の大西洋は、荒れに荒れていました。

昭和16(1941)年5月、ブラジルに来て7年目。その年も綿がたくさん作れて売値も上々、翌年には帰れるぐらいの収穫にしたいと張り切っていたハルは16歳に成長していました。たくさん収穫出来て、大変なはずなのにハルの足取りもとても軽やかです。

 

──今年は新しい土地を借りて開墾し、今までの倍になった畑に綿の種を蒔きました。来年の5月、この綿の実が開いて無事収穫出来たら、やっと日本へ帰れます。約束から5年も遅れてしまったけど、今度は本当に帰れます。待っていてください。会える日を楽しみに。昭和十六年十月一日 ハル
ナツへ──

「あと2ヶ月でアメリカと開戦だってのに……」 読み終えたナツはため息交じりにつぶやきます。お金ができても日本に帰れるわけないと、同封されていた綿の花を見つめながらこぼします。

 

12月、実から手紙が届きました。予科練の教育期間を終えたとつづってあり、押しも押されぬ帝国軍人だと忠次たちは大喜びです。ただナツのことについては、与作の家に手紙を出しても返信がないし、様子を見に行きたくても暇がないとあり、ハルはとてもがっかりします。ともかく来年の収穫が終わったら日本に帰れる船賃ぐらいは用意でき、帰れば状況は分かると前向きに捉えます。

大地主の命令によりオフィス前の広場に至急集められた日本人は、ハワイのパールハーバーにいたアメリカ艦隊を日本の航空隊が爆撃、アメリカと日本は戦闘状態に入ったと聞かされます。「戦争している相手に土地を貸すことはできない。日本人は即刻ここを出て行ってもらう!」という大地主に日本人たちは平静でいられませんが、24時間以内に出て行かなければ銃殺すると言われれば従わざるを得ません。

家に戻ったハルは悔し涙を流し、シズは途方に暮れます。忠次はアメリカ人に土地を借りたのが運の尽きだったと言い、ブラジル国内にいる日本人に頼るしかないとため息交じりです。日本からブラジルに渡る船で同室だった中山昭三は、ここからさらに奥地に広大な入植地を持つ伯父に請われて移民したのですが、忠次は彼を頼って未開の地を開墾する道を探ります。また一からやり直しか、とシズはこぼします。

寝ずに出ていく準備に追われたハルは、出ていくまでにまだ時間があると、夜が明けるころに畑に出て綿の手入れをします。自分たちが出て行ったら誰が世話するのかとハルは気がかりですが、たとえ誰のものになっても、今はとにかく大事にしてほしいという思いが強いのです。「私たちが蒔いた綿、立派に育って……いい実をつけてね」

脱出したハルたち日本人は汽車に乗り、すし詰め状態です。汽車はパシエンシア駅にたどり着きます。世話になった隣家の北川家はここで下車し、別れます。汽車が奥地に向かうほど乗客の数は減っていき、将来を不安がるハルですが、お互いに助け合って一致団結し苦境を乗り切る日本人は、どこにいたって負けない! と忠次は叱咤します。

ハルは、真珠湾攻撃の2ヶ月ぐらい前に出された手紙を手にします。「これが……ナツの最後の手紙だ」 ハルは不安に感じながら、その手紙を開封します。

──徳じいが亡くなってから、徳じいに世話になったことがあるという人たちが、一人ぼっちになった私を心配して手伝いに来てくれたり、食べるものを届けてくれたりして、徳じいがいた時よりにぎやかに暮らしています。お姉ちゃんたちがブラジルへ行って、もう7年経ちました。ずいぶん待っていましたが、今はもう待ってはいません。何の便りもないけど、もし私のことを心配していたらと気になって、また近況をお知らせしました。くれぐれもお体を大切に──

昭和16(1941)年10月・北海道、ナツは14歳になっていました。相変わらず牧草を運び、牛に与える毎日を送っています。

 

12月8日。真珠湾攻撃の報道を聞いて、ブラジルのナツの家族が心配になった中内金太と川村 勉が駆けつけますが、ナツは「あの人たちのことなんかとっくに諦めてる。私のことなんか忘れてるのさ」と強がってみせます。戦争になっても、徳じいの牛を守ってチーズを作り続けることが自分の使命だと考えているナツは、それでも心配する金太に「早くえさやって!」と当たりが強いです。

手紙が見つかったことで、ナツのことを少しだけ理解したハルは、戦後のこともいろいろ話したいと、もう一度ナツに会いたいと考えるようになっていました。しかしナツが会いたくないなら叶いそうにありません。ナツと最後の人生を日本で暮らしたくて帰国したハルの気持ちを知っている大和は、ほんのわずかな希望を口にして励ましますが、ハルは失望で早くブラジルに帰りたいとつぶやきます。

一方、ナツの手元には、昭和21年の消印がついた封筒が握られていました。

──長い戦争でした。なっちゃんは無事でしたか。いつもナツのこと心配していましたが、やっと日本への郵便も受け付けてくれるようになって、5年ぶりにこの手紙書いています。突然の日米開戦で、畑も家も夢も一瞬にして奪われて、見知らぬ土地へ逃げました──

12月・ブラジル サンパウロ州奥地。ジープの荷台に乗った忠次一家と数名は、開けた街中を進んでいきます。そして畑の奥地にある「日本人会館」の前で車を降ります。皆さんようこそ! と出迎えてくれたのは、入植地の日本人会会長・中山耕太郎。船の中であった中山昭三の叔父です。「ここは日本人の入植地です、ここの治安は我々が守りますけん」という昭三の言葉に、忠次たちは胸をなでおろします。

忠次たちを家へ案内する隆太は、家の中ではともかく、外では極力ポルトガル語を使うようにと説明を受けます。アメリカとのつながりもあって、ブラジルでは日本人への風当たりが強く、ラジオ放送も外部からの情報統制の意味合いで警察がうるさいらしいのです。ポルトガル語を話せないと困惑するハルに、7年もいたのに!? と隆太は驚きます。

よかったら私が教えてあげます、と隆太は申し出ます。日中は仕事で畑に出ていますが、それを手伝ってくれたらその時にでも教えられるというのです。シズもハルも遊んでいるわけにはいかないので、どうせ働くならと申し出をありがたく感じていますが、土地を買って育てたいものを育てたいと考えている忠次は、開墾もしなければならないので手伝うヒマはないと、その申し出を断ります。

隆太が帰っていくと、見送ったシズとハルは、せっかく親切にしてくれているのに失礼だと忠次をたしなめますが、来て早々あれこれ指示を出し、命令されるのが忠次にはカチンときたようなのです。「どこにいたって俺らは日本人なんだ! 日本語使ってどこが悪い!」

夜、中山家では忠次たちを招待して食事会を開いてくれます。テーブルに並べられた豪勢な食事にハルは目をまん丸くしています。耕太郎は、開墾の手間を考えたら蚕を飼って繭を売れば高値で売れるし効率がいいと勧めます。商売に敵も味方もないと笑う耕太郎に、忠次はあまりいい顔をしません。隆太の妹・サチは、自分の洋服も着てくださいといってハルと仲良くなります。

帰宅して、サチにもらった洋服を着てみるハルは大喜びです。おしゃれできた女ごころを理解するシズも微笑みますが、そんなチャラチャラした服は日本人が着るものじゃないと、二度と着ないように叱りつけます。もちろん怒りの原因は耕太郎たちであり、ブラジルの飯食べてポルトガル語を話し、アメリカに平気に繭売って儲けている彼らへの憎しみでいっぱいです。「日本人のすることか!」

ハルは隆太に頭を下げ、ポルトガル語を教わることにしました。隆太も気持ちよく引き受けてくれます。しかし忠次は中山家の人間とは付き合わないようにくぎを刺していたはずなのに、それに逆らったハルの行動に忠次は腹を立てます。畑を開墾している最中、近所の日本人がポルトガル語で声をかけても、忠次は日本語で言おうとしてシズに慌てて止められます。

急に雨に降られて、他の日本人たちと雨宿りする忠次たちですが、雨の中を警察に連行されていく日本人を目の当たりにします。日本語のラジオを聞いていたと疑われての連行に、忠次は止めに入って日本語で訴えますが、忠次もまた同様に連行されてしまいます。ハルは習いたてのポルトガルで助けを求めますが、他の日本人たちは関わらないように見て見ぬふりです。

 

──父ちゃんはとうとう、警察の留置場へ放り込まれてしまいました。日本語を使ったのと、ブラジルの警察官に反抗し、暴行を加えた罪でした──

手紙を読み進めていたナツは、ブラジルはもっと大変だったんだとフッとため息をつきます。ナツの部屋に、息子の照彦と公彦が入ってきました。後継者である自分たちが北洋製菓の役員を下ろされ、公彦は自分たちのどこが気に入らないのかと単刀直入に尋ねます。「親の苦労も知らないで……あんたたちには私の気持ちは分からない!」

ブラジルに帰る支度をしているハルは、ナツからの手紙を大事そうにひもで束ねています。部屋の電話が鳴り、手伝っていた大和が出て見ると、ナツがロビーで待っているとフロントからの知らせでした。エレベーターでロビーまで降りてみると、確かにナツが待っていました。ハルの姿を見て小走りに駆けだし、ハルとナツは固く抱きしめ合います。「ごめんなさい。私が悪かった……何も知らなかったの」

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