プレイバックおんな太閤記・[新] (01)出会い
永禄3(1560)年5月──。夜、清州城の城門を駆け抜けてゆく数十の騎馬武者。それに続いて名もなき足軽たちも遅れじと全速力で走り抜けます。
清洲城下で床についていたねねは、今川軍が襲来かと目を覚まします。外の様子を窺うと、騎馬が東へ向かっています。ねねは、織田軍が清洲を出て今川方を迎え討つつもりかもしれないと考えますが、母のこいは「まさか」と返します。城の評定では籠城と決まったはずで、だからこそ父の又右衛門も城に詰め、自分たちに覚悟を求めていたのです。それでもねねは、蹄の音は清洲から出て来ていると納得しません。
城下の者たちが集まっているところにねねと妹のややも加わります。男は織田信長が鎧と具足を身につけて出陣した様子を目撃して興奮していますが、軍勢の差は明らかで直接戦っても勝ち目はないと嘆くのが多数派です。今川に攻め込まれたら実りの田畑も踏み荒らされるし、ともかく、ねねとややのところは女ばかりなので、何をされるか分からないから早く立ち退いた方がいいと助言を受けます。
作:橋田 壽賀子
音楽:坂田 晃一
演奏:新室内楽協会
テーマ演奏:NHK交響楽団
テーマ指揮:小松 一彦
監修:桑田 忠親
語り:山田 誠浩 アナウンサー
風俗考証:磯目 篤郎
殺陣:林 邦史朗
幸若舞指導:野村 万之丞
[出演]
佐久間 良子 (ねね)
滝田 栄 (前田犬千代)
浅芽 陽子 (やや)
音無 美紀子 (まつ)
久米 明 (又右衛門)
三條 美紀 (こい)
大鹿 次代 (美代)
菅原 ちね子 (あき)
藤 夏子 (きよ)
大島 揺子 (のぶ)
渡辺 紀子 (みね)
藤岡 弘 (織田信長)
夏目 雅子 (お市)
新 みのる (今川義元)
竹田 壽郎 (服部小平太)
小田島 隆 (毛利新介)
小池 栄 (城下の人々)
中村 武己 (城下の人々)
崎田 美也 (城下の人々)
西沢 武夫 (城下の人々)
坂田 由英 (城下の人々)
谷津 勲 (足軽)
小西 美千代 (城下の人々)
恩田 恵美子 (城下の人々)
島田 法子 (城下の人々)
若 駒
鳳プロ
国際プロ
早川プロ
中村 雅俊 (小一郎)
赤木 春恵 (なか)
泉 ピン子 (きい)
西田 敏行 (木下藤吉郎)
制作:伊神 幹
美術:田坂 光善
技術:吉村 政明
効果:上田 光生
照明:小野寺 政義
カメラ:中村 一美
音声:宮永 賢一
記録・編集:高室 晃三郎
演出:北嶋 隆
母娘は戦う兵のために握り飯をこしらえています。先代信秀とは違って信長は無茶な采配が目に余りますが、今川とはいずれ雌雄を決せねばならない仲であり、信長は命運をかけて戦わなければならないのです。こいはねねとややに、足軽組頭を務める浅野又右衛門の妻・娘として恥ずかしくない行動を求めます。「私たちも同じこと。強い者が生き残る」 ややは日の出に向かって必死に祈り続けます。
ようやく尾張一国を統一したばかりの織田信長の領内に、天下に号令することを夢見て上洛途上の今川義元軍25,000が侵入した。信長の軍勢は2,500、信長は先代以来の老臣たちの反対を押し切って、義元の喉笛に食らいつくか己が討ち死にするか二つに一つと、19日未明自ら清洲を出撃し、田楽狭間に小休止中の義元陣営を奇襲した。世にいう「桶狭間の戦い」である。
林の中を単騎突っ切る信長、その後に続く騎馬武者たち。無数の足軽たちも必死に食らいついていきます。立ち止まった信長は、林のすき間から今川の家紋が見えると、「かかれ!」と全軍に下知します。義元は急襲を知ると防戦で必死ですが、服部小平太の槍を腹に受け、それをどうにか振り払うと続けて毛利新介の攻撃を受けてしまい、あえなく討ち死にしてしまいます。
夕刻、信長軍が義元の首を討ち取って清洲に引き上げると、吉報を聞いた清洲の領民たちは笑顔で集まってきます。思いがけない大勝利に沸き立つというよりは、大事な肉親の安否を気遣うほうが先でした。ねねとややも、軍勢の中から又右衛門の姿を探しますが、その姿は見当たりません。敵の刃に斃れて……とややは泣きじゃくりますが、ねねは諦めず声を上げて父を探します。
そんな時声をかけてきたのは足軽組頭の木下藤吉郎という男でした。父の安否を尋ねるねねに、軍勢から探し出して連れてくると約束し、藤吉郎は戻っていきます。じきやってきた又右衛門は馬上でぐったりしていました。駆け寄るねねらですが、そばにいた前田犬千代は「大した傷ではない」と、浅野家まで送ってくれることになりました。
家に戻って家族総出で又右衛門の傷の手当てをします。10日もすれば歩けるようになるからと犬千代は塗り薬をねねに手渡し、名も名乗らずに帰ろうとします。そこに藤吉郎が重傷の男を連れて家にやって来ました。ねねらの父上を連れて来たと言う藤吉郎でしたが、又右衛門は先ほど手当てをして寝かせています。ややは、頭を包帯でぐるぐる巻きにした男の顔を確認します。「見たこともないお方です」
藤吉郎でも間違うことはあるのかと犬千代は大笑いしています。困惑する藤吉郎を横目に、ねねはその男の手当てまで進んでこなします。桶狭間の一戦は信長の天下統一、ひいては豊臣秀吉の未来を拓く重要な一戦でしたが、別の意味でも秀吉にとって生涯忘れられない出来事となりました。それはねねとの出会いです。
ひと段落つき、ねねとややは畑を耕しています。ねねは勝ち戦でも安否を気遣うのはもうたくさんと、戦そのものがなくなることを願っています。とはいえ、戦のおかげで犬千代と出会うことが出来たとややはねねをからかいますが、ややの中では藤吉郎が間違えて連れて来た男を介抱したうえで家まで送り届けたと、傾奇者という評判とは異なり、心根の優しい犬千代に対してかなりの高評価です。
実はかつて、信長お気に入りの同胞衆・拾阿弥が犬千代の笄(こうがい)を盗み、カッとなって拾阿弥を斬ったという事件があり、信長が怒って出仕停止を命じて以来、犬千代はその勘気が解けずに浪人中なのです。ねねは、人のことを陰で言うのははしたないとややをたしなめますが、ややはそれに構わず、犬千代にお礼に伺った方がと勧めます。しかし浪人中であればどこにいるのか分かりません。
その犬千代は藤吉郎の住む長屋で居候の身で、領民が作ってくれた雑炊と芋で腹を満たす毎日です。今日は桶狭間で戦功のあった者たちを信長が労っているという話ですが、犬千代に声がかからないのが藤吉郎には腑に落ちません。義元亡き後、織田はこれから戦で忙しくなり、挽回の機会はこれから巡ってくると、犬千代は焦らずその時を待つだけです。
犬千代の気晴らしにと遠懸けを勧める藤吉郎は、ついでに又右衛門の見舞いも提案します。自分をダシにして美しい娘に会いたいのだろうと犬千代は藤吉郎をからかいますが、又右衛門のことが気にかかっていた犬千代は、藤吉郎の提案を受け入れます。浅野家に到着した犬千代の姿に驚くややですが、まさかの犬千代との再会に歓喜するねねです。
又右衛門の傷はかなり癒えてきて、腕も少し上がるまでに回復していました。見舞いの品として、藤吉郎は自分が用意した見舞いの京菓子を犬千代が持ってきたことにして花を持たせます。「いや……あの実は」と正直に打ち明けようとする犬千代ですが、藤吉郎は言葉をかぶせて口を封じ、桶狭間のことや信長の活躍ぶりをまるで役者のように朗々と語ります。「戦とはまこと、力ではないのう。頭でするものじゃ」
藤吉郎の言葉に又右衛門は何度も頷き、ややは笑っています。その藤吉郎の語り口調の間、ねねの視線はずっと犬千代に注がれていました。その犬千代は藤吉郎に、見舞いに来たのか功名話をしに来たのか分からんと一家の笑いを誘います。こいは、身分を超えた犬千代と藤吉郎の仲睦まじさを羨ましく思っています。そこに、出陣を知らせる早馬が駆け抜けて行き、犬千代と藤吉郎は急いで戻っていきます。
今川義元を討ち取ったとはいえ、信長はまだ尾張の一大名に過ぎず西には美濃の斎藤義龍が控えていた。合戦は戦国大名の宿命で、相手を討たなければ自分が危ない。桶狭間の一戦の後、信長は美濃攻略に乗り出した。が、美濃の斎藤氏も再三出兵して信長を脅かし、容易に侵攻の足掛かりは掴めなかった。ここに長い美濃攻防の時代が始まるのである。
永禄4(1561)年・春──。美濃攻めから間もなく一年、戦は手ごわいという噂が聞こえ、傷を負う兵の数も増え続けているらしく、ややは犬千代の身を案じています。あの見舞い以来、藤吉郎とともにたびたび訪れてくれる犬千代は、ねねのことを忘れるわけはないとややはからかいますが、ねねは顔を真っ赤にしています。
戦がひと段落つき、未だに信長に呼び戻されない犬千代は再び藤吉郎の長屋で居候することになりました。また浅野家への訪問を勧める藤吉郎は、美しい櫛を土産として用意していたのですが、「そろそろお主ひとりで行け。わしの出る幕ではないわ」と犬千代は笑います。初めから藤吉郎の気持ちを感づいていた犬千代は、口を尖らせて否定する藤吉郎のために、一緒に訪問することにします。
ねねは犬千代の訪問に慌てて駆けつけますが、その慌てっぷりは草履も片方を履かないほどです。藤吉郎が犬千代に花を持たせるのはいつものことで、それには犬千代も口をつぐんでいますが、ねねやややはその藤吉郎の思いには全く気が付いておらず、犬千代が好意を持ってくれていると藤吉郎の言をそのまま信じ切っています。会うたびに美しくなるという藤吉郎の言葉に、ねねは照れています。
犬千代がねねに贈った(と信じている)櫛に大喜びのややですが、このような贈り物は困るとこいはつぶやきます。藤吉郎からの贈り物ではないのかと見抜いているのです。返すのは角が立つしと困惑するこいをよそに、ややは大いに盛り上がり、ねねはこれまでの贈り物のお返しに何かしてあげたいと考えています。浮かれる娘をこいは心配そうに見つめます。
犬千代は、山伏姿の美濃方の乱波(らっぱ)を捕まえて信長の前に引き連れていました。馬から降りた信長は何も言わずに乱波を斬り捨ててしまいます。この功で犬千代は信長に帰参を許されます。その知らせは、犬千代に着てもらおうとねねとこいが小袖を縫っていたところに、帰宅した又右衛門が知らせてくれたのです。信長の近習として再出仕、住まいも与えられたと知り、ねねの表情がパッと明るくなります。
翌日、犬千代帰参のお祝いに集まっているところへ、ねねとややも駆けつけます。犬千代は、ねねからの心温まる小袖に感謝をしつつ、まつをねねに紹介します。「犬千代さまの奥方じゃ」という藤吉郎の言葉に、ねねの笑顔が一変します。帰ろうとするねねを呼び止めた犬千代は、折り入って話があると連れ出します。ややは、犬千代に奥方がいたことをなぜ黙っていたのかと藤吉郎を問い詰めます。
犬千代が浅野家へ出入りしていたのは、藤吉郎の気持ちが不憫だったから……。犬千代は藤吉郎がいかに大切に思っているかねねに諭します。信長も藤吉郎の知力と人柄、そして愛嬌を買っているのです。藤吉郎からは内密にするようにとクギを刺されていましたが、犬千代としては良い縁だと思うと、藤吉郎と一緒になることを勧めます。ねねは複雑そうな表情を浮かべます。
実父の死後に母の再婚もあって、ねねとややは浅野にもらわれました。子どものいない浅野家にあって、養女のねねは跡継ぎとしての婿を取らなければならない身なのです。そばにある松の木の皮を無意識にバリバリ剥ぎながら「私の立場もお察しください」と走って家に戻ります。我慢していたねねは顔を手で覆って大泣きし、汲んだ井戸水で顔をバシャバシャと洗います。
人の心を弄んで! とややは犬千代と藤吉郎に大激怒です。人には分相応というものがあると、こいはふたりを諭します。藤吉郎はとても面白い人だったのに、これからはここにも来ないだろうと残念そうですが、ややは「あんな男、顔を見るのもいまいましい」と許すつもりはありません。ねねは無言のまま小袖をきれいにたたみ、庭に出て三日月を見上げて、ばかばかしくなったか笑い出します。
藤吉郎が信長に足蹴にされました。鞍をつけないまま馬を引いてきたのです。どうした!? と犬千代は藤吉郎に駆け寄りますが、藤吉郎は「私は……ダメな男でございます」と泣きじゃくります。藤吉郎としてはありえないような失態に犬千代は心配し、いつもとは違う藤吉郎の反応に、足蹴にした信長でさえ困惑しています。
しょんぼり帰る藤吉郎の目線の先には、畑で草取りをするねねの姿がありました。目線に気づいたねねは振り返りますが、藤吉郎であると知って気まずそうにペコリと会釈します。ややはこいと使いに出ていると知り、農民の出である藤吉郎はねねをこっそり手伝いますが、ねねはそれとなく藤吉郎を避けています。手伝うと言いながら、種をぶちまけたり大根を折ってしまったりと邪魔ばかりしてしまいます。
藤吉郎は手伝いながら、身の上話を始めます。実家は同郷中村で、足軽だった父の死後8歳で家を出され、預けられた寺を飛び出し商人になりますが、武家奉公がしたくて今川家臣の松下嘉兵衛に拾われます。素性の分からない男の出世にみんなから妬まれて暇を出された藤吉郎は、尾張に帰って信長に仕えることになったのです。木下姓は、恩を感じる松下嘉兵衛の「松下の木の下」という意味合いです。
握り飯は1つもよこさないねねですが、藤吉郎の身の上話に引き込まれてついつい聞いています。槍も持てぬ者に出世の道理はない、情けないと笑う藤吉郎ですが、藤吉郎なりのやり方で精いっぱいご奉公に励むのだとニッコリします。よく話してくだされたと、ねねは残しておいた握り飯を藤吉郎に渡します。「わしはねねどのと一緒であれば一生草むしりをしてしたい」と藤吉郎は握り飯をほおばります。
ねねは又右衛門とこいに、藤吉郎と一緒になりたいと相談します。驚愕するややですが、犬千代の話もあり、直接藤吉郎の身の上話を聞いて、苦労も知っている立派な人だと感じたのです。又右衛門は静かに、ねねが望むなら添うがいいと賛成してくれ、こいも釣り合う話だと頷きます。ややはねねの決断に大反対ですが、ねねは出世などどうでもいい話と、決断が揺らぎそうにはありません。
厩舎で馬の世話をする藤吉郎のところに、犬千代が駆けつけます。ねねが藤吉郎のところに来てくれるとのことで、急いで祝言の支度にとりかからねばなりません。ねねの気が変わらぬうちにと笑う犬千代に、その手には乗らないと藤吉郎は信じません。突き放す犬千代を見て、さすがの藤吉郎も冗談ではない話だと悟り始めます。「ねねどのを射止めるとは、三国いちの花婿じゃぞ」と犬千代も喜んでくれます。
喜んで駆け回る藤吉郎はさっそく浅野家を訪問し、ねねに土下座して礼を言います。ねねのためなら命も惜しまぬと言いながら、命がなくなったらどうにもならぬと、ああでもないこうでもないと歓喜のあまり慌てふためいています。夢なら覚めないでほしいと自分のほほを平手打ちする藤吉郎に、ややとこいはプッと吹き出し、ねねは微笑んで藤吉郎の手にそっと手を添えます。
藤吉郎は、日ごろから世話になっている足軽たちを集めて盛大に宴を開きます。人々の興味はもっぱらねねとの祝言なのですが、これから戦で忙しくもなるだろうし、ねねには早く嫁に来てもらいたいというのが藤吉郎の考えです。そして藤吉郎が住まう長屋という手狭な空間ではなく、浅野家で祝言を上げられればこっちのものだとガハハと笑っています。
藤吉郎はねねを清洲城の入口まで案内し、城内を案内したかったとつぶやきます。信長はいずれは天下を獲るような人物だからこそ、励んで取り立ててもらわねばと藤吉郎は鼻息荒いですが、ねねは栄華は望んでおらず、足軽組頭で分相応と考えています。「欲のないお人じゃの」と藤吉郎は微笑みます。そこに差し掛かったのは、信長の妹・お市でした。
ねねにとってお市を見たのは初めてでした。そしてこの時、藤吉郎の心の中に、お市への深い憧憬が秘められているのも初めて知ったねねですが、それでもかまわなかったのです。主君の妹では藤吉郎には及ばない思いで、その無邪気な一途ささえおかしくもありました。お市が藤吉郎とねねの生涯にどれほど重い存在になるか、その時のねねは計り知れなかったのです。
果たして8月、藤吉郎とねねの祝言が浅野又右衛門の家で挙げられました。仲人役は犬千代とまつ夫婦で、立ち会ったのはねねの養父母とややだけで藤吉郎の親族は列席せず、ささやかな祝言となりました。家を捨てた身としては、婚儀に出席してくれる道理もないと、藤吉郎はこれでよかったのだと自分自身を納得させます。あれだけ毛嫌いしていたややも、今では藤吉郎を姉の旦那として認めています。
そこに突然現れたのが信長です。清須いちの美女を娶ったという話を聞き駆け付けてくれました。ねねの顔を見た信長は「サルがうつけになるだけのことはある」とうなり、ねねを粗末にしたら許さぬとクギを刺します。ニッコリ笑った信長は、藤吉郎の前に祝いの品を放り投げ、大笑いしながら帰っていきます。短気で粗暴だと恐れられている信長でしたが、ねねには人懐っこい人間味あふれる姿が印象的でした。
「おかか。今日からねねは、わしのおかかじゃ」 藤吉郎はねねの手を引き夜道を長屋へ戻ります。裸一貫の男ゆえ苦労をかけると打ち明る藤吉郎に、ねねも藤吉郎だけが頼りと、ふたり手を携えて生きていくことを確かめ合います。ねねは、明日にも藤吉郎の母親に会わせてほしいとお願いします。自分に母親の姿を重ね合わせていたのをねねは知っていたのです。嬉しくなった藤吉郎はねねを抱きしめます。
その瞬間戸が外れて、外で様子をうかがっていた足軽たちがなだれ込んできました。結婚初夜はそれどころの話ではなく、足軽とその家族たちを囲んで盛大に宴会となります。ねねは、信長から預かる30人の足軽とその家族の面倒を見なければならず、足軽組頭の藤吉郎の妻としての役割を教えられる形になりました。
翌日ねねは、雨の中を藤吉郎とともに故郷の中村へ赴きます。そのうち藤吉郎がハッと息を呑み立ち止まります。目線の先には母のなかと妹のきいが畑作業をしていたのです。鬼や蛇のほうがまだマシと怖気づいて動かない藤吉郎を掴み「もし?」と声をかけるねねですが、なかは藤吉郎の姿を見るなり、何しに戻ってきた! と怒鳴り声を上げます。
きいは連れて来たねねのことが気になるようで、ねねは深々と頭を下げます。初めこそギロリと睨みつけていたなかですが、ねねの無邪気そうな笑顔についつい会釈をしてしまいます。そこに弟の小一郎がやってきました。小一郎は兄の出世を喜びつつ、ねねが藤吉郎の妻だと知って驚きます。藤吉郎とねねは実家に戻りますが、なかはねねだけを家に招き入れ、藤吉郎はピシャリと閉め出されてしまいます。
夫を戦で負った傷で亡くしたなかは、侍の真似をする藤吉郎を勘当しているのです。農民をやってほしいというなかの思いは藤吉郎には聞き入れられませんが、なかはねねに藤吉郎を説得してほしいと頼みます。しかしねねは、戦をなくすために戦をしなければならない人がいるとなかを諭し、女房の立場では旦那に意見することはできないとやんわり断ります。
その間、藤吉郎は小一郎に侍にならないかと説得します。信長から預かる足軽30人は直臣ではなく、小一郎が仕えてくれたら第一の家臣なのです。ねねとともに家から出てきたなかは、小一郎はこの家の跡取りだとくぎを刺し、こんなたわけの女房とはとねねに同情します。ねねは微笑を浮かべて藤吉郎の元へ駆け寄ります。
なかの言葉通り、この日からねねは藤吉郎の妻として長く遠いいばらの道を歩きはじめることになる。この時、木下藤吉郎25歳。今川義元を討って天下統一の足掛かりを得た織田信長は28歳。徳川家康は、今川義元の死とともに長い今川方の人質生活から解放され、岡崎城主として独立。20歳であった。
この大河ドラマ『おんな太閤記』でも、『徳川家康』同様『その時歴史が動いた』風にカウントダウンしていきます。
永禄4(1561)年8月、浅野長勝の養女・ねねが織田信長の家臣・木下藤吉郎と結婚する。
慶長8(1603)年2月12日、徳川家康が後陽成天皇から征夷大将軍に任命されるまで、
あと41年6ヶ月──。
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『おんな太閤記』
第2回「足軽女房」
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