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2023年7月14日 (金)

プレイバックおんな太閤記・(28)関白の妻

天正13(1585)年4月、和泉・紀伊の二か国を平定した秀吉は、大坂城へ凱旋した。鎧姿で戻った秀吉は、鎧を脱がそうとしている小姓たちに「早うせい!」と怒鳴り散らし、出迎えたねねにも「触るな!」と突き飛ばします。自分に何か気に入らない部分でもあったのかとねねは驚きますが、秀吉はそれには答えずいかり肩で部屋を出て行ってしまいます。

ねねは羽柴秀長や浅野長政から事情を聴きます。どうしても征夷大将軍になりたい秀吉ですが、元来将軍職は源氏の流れをくむ武士がなるものです。姓などない秀吉は足利義昭に猶子(養子)になれば源氏姓を受け継げると思いついたわけですが、見事に断られたのでした。ねねはケラケラ笑い、そんなに将軍に就きたいのかとあきれ果てます。長政は不徳の致すところと青ざめ、秀長は長政の落ち度ではないとかばいます。

秀吉は寝所で横になっています。金ヶ崎の退き口の時も武士はイヤだと秀吉は寝ていました。それを思い出したねねは将軍になれないなら武士を辞めるかとため息をつきます。正二位内大臣の位に就き、朝廷の政にも携われる身分となっただけでもいいではないかとねねは秀吉を諭しますが、どうでも将軍という肩書が欲しいわけです。家康とも対等な身分から、帝の名代として台頭することができるのです。

足軽のせがれであることが、自分の一生について回ることに秀吉は悲観したのです。「わしもせいぜいここまでであったのよ」と秀吉は寂しそうに笑います。ねねも足軽の娘であり、秀吉についてここまで必死に生きてきたわけですが、女に男の口惜しさが分かるはずもないと秀吉はねねをギロリと睨みつけます。

京から菊亭晴季が大坂城にやってきました。晴季は猶子の件で口添えしていたのですが、結局は力及ばずでした。そこで、と晴季は膝を進め、関白職ではどうかと話を持ち掛けてきました。近衛前久が関白太政大臣を辞し、関白職を狙って二条昭良(※昭実か?)と前久の子・近衛信輔が争っていて、空位となっているところへ秀吉を推挙するというのです。

関白職は藤原五摂家にしか認められていない職であり、秀吉は将軍職の時の二の舞になると疑っていますが、将軍職の時とは違い公家内のことであるし、前久とは昵懇の間柄だから今度こそはと晴季は身を乗り出します。秀吉は晴季を見据えますが、晴季は自信たっぷりです。「ただ……いささか物入りかもしれませぬがの。世の中持ちつ持たれつじゃ」

秀吉は居並ぶ家臣たちの前に現れます。秀吉が不快だとみな心配していましたが、先ほどまでのイライラはどこへやら、秀吉はご機嫌で家臣たちは顔を見合わせます。秀吉は四国攻めを6月3日出陣に決め、秀長と三好秀次は阿波へ、宇喜多秀家と蜂須賀小六、黒田官兵衛は讃岐へ、小早川隆景と吉川元春は伊予へ派兵して長曾我部元親を三方向から攻撃することにします。総大将は秀吉自身です。

 

しかし出陣当日の6月3日、秀吉は高熱を出して床に臥せっています。秀吉の枕元になかたち一族が集まり秀吉の病状を心配していますが、そこに京極龍子が見舞いに訪れても秀吉は面会を拒絶します。心配しているのだから一目だけでもとねねが口添えしますが、ねねがそばにいてくれたらと秀吉はつぶやきます。なかやともはクスッと笑います。

面会を拒絶され下がっていく龍子は、茶々ら三姉妹とすれ違います。面会無用のことを伝えますが、茶々は一礼すると秀吉の寝室の方へそのまま歩いて行ってしまいます。しかしやはり面会できず、せっかく見舞っているのにと不機嫌な茶々です。秀吉の側にはねねがいると初は説明しますが、茶々はねねが足軽の娘だと見下しています。

甲斐甲斐しく看病するねねに感謝する秀吉ですが、ねねの存在を大切にしている秀吉を見て、秀長はたまには病気になるのもいいと冗談を言います。心配ばかりが先に立つ秀吉に、秀長は今回の四国攻めの総大将は自分が務めると申し出ます。病気ですっかり気弱になっている秀吉に、しっかり養生をと勧める秀長です。

ねねは秀長を自らの居室に誘います。秀吉が体調を崩したのは、将軍職の不首尾が堪(こた)えたとねねは考えていますが、信長の家臣になって三十余年、遮二無二走り続けてようやく安堵し疲れが出たのだと秀長はつぶやきます。ねねにとってもここまで秀吉の世話をしたのは初めてで、病気が治ったらまたそれもできなくなると寂しそうに笑います。ねねは秀長に四国攻めの武運を祈って葡萄酒を勧めます。

 

6月16日、秀長は諸軍を率いて四国へ渡った。四国を掌握していた長曾我部元親は秀吉からの和睦の条件を拒否し、阿波白地(はくじ)城を本城に抗戦したが、秀吉軍の猛攻にたちまち苦戦に陥っていた。間もなく秀吉の病は癒えた。が、今度はとんでもない騒ぎが大坂城を、いや天下を驚かせることになった。

「今日からわしは関白じゃ」 出迎えるねねに秀吉は伝えます。官位も正二位から従一位に叙せられ、藤原秀吉となりました。とうとう上り詰めた秀吉にねねは絶句します。秀吉はねねにこれから忙しくなると告げると、ねねは途方に暮れます。集まった側室たちと三姉妹に、秀吉は関白就任を伝えます。おめでとう存じます、と挨拶する側室たちの中に混じって、茶々のみが頭を下げずに抵抗しています。

秀吉はなかの居室にも赴きますが、関白になったという話はすでに伝わっていて、「他所の子になってまで関白になりたいのか」となかは皮肉たっぷりです。あさひは事の重大さをイマイチ理解せず、ともは日本一になった弟に涙を浮かべます。関白任官に合わせ、なかには従一位の、ねねには従三位を叙されます。従三位以上となるので政所も開けるようになり、呼び名も大政所と北政所となります。

夜、秀吉はどの側室のところにもわたらずねねの居室に戻ってきました。秀吉は信長が本能寺に倒れた年齢になり、信長の遺志を継ぐ使命を改めて感じています。秀勝も秀吉の後を継げば、実父信長も喜ぶとねねは目を細めますが、三姉妹にもそろそろ縁談を勧めます。秀吉は佐治水軍の一成に小督を嫁がせるつもりでいます。順序が違うとねねは言いますが、誰からでも不都合はないと秀吉は笑い飛ばします。

茶々と秀勝は城内で密会し続けます。秀勝は関白の跡継ぎ、茶々の手の届かない遠い存在になっていきます。縁組も小督から片付けようという秀吉の魂胆が丸見えで、いずれ自分も言われるまま嫁がされると茶々は覚悟します。秀吉の勝手にはならないと心に決めつつ、いつまで抵抗できるか不安です。たとえ秀勝と結婚できなくても、一緒にいたいと茶々は胸の内を打ち明けます。やがて秀勝は丹波亀山に去った。

そして秀吉は改めて一門の者たちを集め、関白任官の嬉しき宴を催した。この席で秀吉は、ともの長男・秀次を近江八幡城主 右近衛中将三位に、於次秀勝を丹波亀山29万石の領主、浅野長政は近江のうち23,000石の大名に、家定は大坂城代、弥助と甚兵衛も重要な側近として加増。それぞれ押しも押されぬ地位にまで上り詰めたのであった。

ちなみに秀長には重要な地・大和郡山44万石を加増、イチこと福島正則は今治12万石を与え、トラこと加藤清正もそのうち加増する予定です。秀吉は小姓たちの面倒を見てくれたねねを労わります。小者だった秀吉が関白になれたのは、一族の者たちが生死を共に必死に働いてくれたおかげであり、子どものいない秀吉も今では多くの子どもたちに恵まれ、関白家は万々歳と笑います。

ねねとややは久々に姉妹の時を過ごします。養父母の浅野又右衛門とこいに伝えたかったのですが、ふたりともすでに亡くなっています。子どもを産めなかったねねは、秀吉が出世すればするほど遠い存在になった気がしていました。ねねは、夫婦は貧しくとも苦労している時が華だと涙を浮かべます。「ずいぶんと心配もさせられた。でも今から思うとあのころが一番幸せじゃった。もう二度とあのころは戻って来ぬ……」

そのころ秀吉は龍子の居室に渡っていました。関白就任のおかげか、秀吉の寵愛を受ける龍子にも祝いの品が届いていて、龍子には夢のような思いです。

 

諸大名が競い合って秀吉の元に駆けつけているという話を本多正信が徳川家康に報告します。自分にもあいさつに出向けというのかと家康は反発しますが、秀吉にも体面があると諭されます。しかし徳川はあくまで秀吉とは対等の立場であることを示しておかなければなりません。大阪に出て来て臣従の礼を尽くせという話は断ることにします。

依然、家康は秀吉に臣従の礼を取らぬまま天正13年も押し迫り、今日は小督の輿入れの日である。ねねはこれまでのお世話の不手際を詫び、何か困ったことがあったら遠慮なく申し出るように伝えて小督を送り出します。小督と入れ替わりで駆けこんで来た近習は、丹波亀山城からの急使で秀勝が危篤に陥ったと伝えます。

すぐに亀山へ向かおうとする秀吉に、ねねが従うことになりますが、茶々は手をつき亀山へ連れて行ってほしいと懇願します。ここまで感情露わにした茶々に驚く秀吉とねねです。まさか秀勝とお茶々がと驚きながら、ねねにはお茶々の気持ちがすぐ分かった。秀勝が信長の子だからこそ、旧織田家も秀吉についてきているのである。秀勝の生死は秀吉にとってまさしく一つの危機であった。


天正13(1585)年7月11日、羽柴秀吉は二条昭実と近衛信輔との関白職争い(関白相論)に介入し、関白宣下を受ける。

慶長8(1603)年2月12日、徳川家康が後陽成天皇から征夷大将軍に任命されるまで、

あと17年7か月──。

 

作:橋田 壽賀子
音楽:坂田 晃一
語り:山田 誠浩 アナウンサー
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[出演]
佐久間 良子 (ねね)
中村 雅俊 (羽柴秀長)
浅芽 陽子 (やや)
長山 藍子 (とも)
神山 繁 (本多正信)
広岡 瞬 (三好秀次)
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フランキー 堺 (徳川家康)
尾藤 イサオ (浅野長政)
せんだ みつお (副田甚兵衛)
池上 季実子 (茶々)
松原 智恵子 (龍子)
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赤木 春恵 (なか)
泉 ピン子 (あさひ)
前田 吟 (蜂須賀小六)
西田 敏行 (羽柴秀吉)
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制作:伊神 幹
演出:上田 信

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『おんな太閤記』
第29回「お茶々悲恋」

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