大河ドラマどうする家康・(27)安土城の決闘 ~豪華 安土饗応に潜む陰謀~
寝所で寝ている織田信長は、かすかな物音に起き上がります。カエルの鳴き声に刀を抜き、傍らの滝に近づく信長ですが、ふと気づくと背後に黒頭巾の武士が立っていました。何を言うことなく刀を交え、武士の刀が信長の身を貫きます。信長は最後の力を振り絞り、武士が着ける黒い頭巾をはぎ取り──というところで信長は目を覚まします。天正10(1582)年のことです。カエルの鳴き声も滝もなく、信長はうなだれます。
ついに宿敵・武田を滅し、織田信長公を富士遊覧でもてなした我らが神の君。その返礼に、安土城での祝いの宴に招かれる栄誉に与(あずか)ったのでございます……が。家康は「信長を殺す。天下を取る」と自らの考えを家臣たちに伝えます。本拠の安土ではなく、京で実行に移そうと考えます。京は信長の庭であり、敵への備えは極めて手薄なのです。
すでに京へは、服部半蔵や大鼠、伊賀から逃げてきた伊賀者たちを忍ばせています。信長の定宿は京の本能寺であり、そこは茶屋四郎次郎の屋敷のすぐ近くです。信長を討つため、さまざまな支度をぬかりなく進めさせています。「信長を……本能寺で討つ」 家康は改めて、決意をつぶやきます。
信長の配下の動きが気になるところですが、羽柴秀吉は毛利攻め、柴田勝家は北国、力のある武将たちは各地に散らばっていてすぐには駆けつけられません。平岩親吉が言うように、まさに千載一遇の好機です。ただやっかいなのは饗応役の明智光秀の存在ですが、家康は光秀を遠ざける策も考えています。「異存反論一切許さぬ。わしはもう誰の指図も受けぬ。誰にもわしの大切なものを奪わせはせぬ」
家康の決意を元に、家臣たちが話し合いを持ちます。本多忠勝や井伊万千代はやる気ですが、榊原康政は信長を討った後で徳川の家臣たちだけで天下を鎮めるのが難しいと主張し、鳥居元忠は家康が招きに応じて安土に行ったら信長に殺されるのではないかと心配しています。石川数正は家康を止めてくると立ち上がりますが、酒井忠次が立ちはだかります。「お方さまと若殿さまを失って、殿はお心が壊れた」
浜松城を出発する家康に、於愛の方は長丸と福松に“いってらっしゃいませ”の挨拶をさせます。家康は今までのようにニッコリと微笑んでいます。家康はこの3年、それだけを胸に過ごしてきたわけです。企てを止めることは家康から生きる目的を奪うのと同じであり、忠次はそれができないと説得します。まずは家康に委ね、最後は家臣たちで家康を守ろう、ということになりました。
家康は於愛に、兎は狼より強いかという話をします。狼が強いに決まっていると言う於愛でしたが、狼は数が減っていて、兎はたくさんいるわけで、勝ち残っているのは兎だということで、兎が強いと意見を変えます。家康は於愛を見据えますが、於愛はその質問の本質が何かを知らないまま、ニッコリ微笑みます。「案外、兎がたくましいのかもしれませぬな」
家康は、瀬名に預け 死に際して返された兎の木彫りをジッと見つめています。そしてそれを巾着袋に入れ、決意を固めた表情ですっくと立ちあがります。天正10年5月、かくして我らが神の君は、武田を滅ぼした祝いの宴に招かれ安土城へ向かったのであります。
間もなくお着きになります、と光秀が信長に報告します。光秀は懐から箱に入った毒を出すと、信長はギロリと光秀を睨みますが、光秀は挑むような表情です。「密かに徳川どのの料理に入れることも……お望みとあらば」
そして安土城に入った家康主従ですが、聞いていた以上の安土城の壮大さに感嘆の声が漏れます。家康はそれには興味を示さず、参るぞ、と言って先へ進みます。
御殿では幸若舞が披露されています。用意された膳をいただきながら、家康はふと光秀の目線が気になります。次に運ばれた淀の鯉料理ですが、家康は口元に運ぶと、臭いが気になるしぐさを見せます。ぜいたくなものは食べ慣れていないもので と家康は弁解しつつ、なかなか口に運びません。信長は「臭うならやめておけ」とつぶやきます。
家康はじめ家臣たちも一斉に箸を置く中、光秀は家康が高貴な料理になじみがないのだと言い張ります。信長は膳をひっくり返し光秀を扇で打ち付けます。「私は何の細工も……上様のお申しつけどおり……私は何も!」と必死に身の潔白を主張する光秀ですが、それが逆に事前に信長と光秀とで打ち合わせがあったかのような証となり、信長は逆上。折檻し、膳を下げるように命じます。
小姓たちが手際よく膳を下げていく中、光秀は家康の膳から鯉をつかみ取ると、庭に投げ捨てます。「三河のくそ田舎者どもが!」と叫んで家康を睨みつけ、光秀はそのまま出ていきます。家康は、出ていく光秀を目で追いかけますが、もしかしたら内心ほくそえんでいたのかもしれません。
光秀が饗応役の任を解かれ秀吉の毛利攻めに加わることになり、目論見通り光秀を遠ざける策がうまくいきました。直後、謝罪に訪れた光秀の額には、扇で叩かれた跡がクッキリついています。不手際の責任を取り腹を召すと言い出す光秀に、家康はこの陽気で傷んでいたのだろうと気にしないように庇います。
しかし光秀は、本心から謝罪するというよりは、難癖をつけられたという気持ちがあるようで、お気になさいますな? と家康の言葉を恨めしく復唱します。「上様はしくじりを決してお許しにならぬお方、私はもう終わりました」 信長が家康とふたりだけで語り合いたいと言っていることを家康に伝え、光秀は下がっていきます。
家康に酌をしてもらう信長は、鯉は本当に臭ったのかと睨みます。家康はそれには答えず、処分はほどほどにと進言します。家康のそういうところが甘すぎると感じる信長は、甘く見られれば足元をすくわれると忠告します。しかし家康はそれでいいと考えています。かつて鳥居忠吉が、家臣を信じなければ信じてもらえない、裏切られたらそれまでの器だという教えが念頭にあるわけです。
一人で何でもできる信長とは異なり、家康は周りの助けがあってこれまで生き延びてきました。信長の脳裏に、幼い日に受けた父・織田信秀からの英才教育がよぎります。家康は、京に入る信長より先に京へ行って待っていると告げ、頭を下げます。信長は立ち上がり、家康を見下ろします。「京で待ち伏せして俺を討つつもりか」
表情を変えない家康を見据え、お前には無理だと信長はつぶやきます。しかし家康は冷めた目で信長を見つめ返し、腹の内を見せません。信長は、家康の妻子を殺したことは謝らないと笑い、「くだらん」と吐き捨てます。家康はその言葉に逆上しますが、身内を殺す感情をとうに捨て去った信長は、痛み、苦しみ、恨みを我が身に受け止めることだと悟っています。
「俺は……どれだけ……殺した」と信長は自問します。そしてその報いは受けることになり、誰かに殺されると予見しています。その覚悟をすでに固めている信長は、家康が自分を憎み恨んでもいいから、乱世を鎮めるよりはるかに難しい 戦のない世の政を、自分の側で支えてほしいと本心をぶつけます。
家康は、信長の真似などできないししたいとも思わないわけで、弱いからこそできることがあると信じているのです。「行き詰まっているのはお主ではないのか? 弱き兎が狼を食らうんじゃ」と耳打ちする家康に、信長は自分の代わりをやる覚悟があるなら京で討つようけしかけます。家康は信長をキッと睨み、去っていきます。
「魯(ろ)の穆公(ぼくこう)、衆公子をして、或いは晋に宦(かん)し、或いは荊(けい)に宦せしむ。犁鉏(りしょ)曰く、人を越より仮りて溺子(できし)を救わんとすれば、越人(えつひと)善(よ)く游(およ)ぐと雖(いえど)も、子は必ず生きず。」(魯の穆公は公子たちを晋と荊に仕えさせた。それを犁鉏が「溺れている人を救うために、泳ぎの上手い越の人を呼びに行っても(間に合わずに)溺れてしまう)
ひとりになった信長は、尾張那古野城での英才教育真っただ中の12歳のころを再び思い出していました。習ったばかりの『韓非子』原文を書いてはやり直しを命じられる日日。それを見ていた信秀は、信長に“誰よりも強く、賢くなれ” “周りは全て敵” “身内も家臣も誰も信じるな”と教えます。
家康一行は京の茶屋邸に入ります。先回りしていた半蔵は本能寺の周辺に伊賀者500を配置しています。さらに四郎次郎の手配で弓や鉄砲も万端整い、ひと合戦できるほどです。茶屋の店の者が本能寺に出入りしていて、本能寺の見取り図も用意しています。あとは信長が来るかどうか、そしてどれほどの軍勢を引き連れてくるかにかかっています。
備中高松城を囲んでいる秀吉は、酒に女と戦場にありながら遊んでいます。弟の羽柴秀長は、これ以上手こずれば信長にどう叱責されるかと心配しています。秀吉は、信長がそろそろいなくなってくれないかと頭をよぎりますが、信長を殺ったやつはバカを見ると、自分は直接手を下さないつもりです。ともかく何か変事があったらすぐに引き返せる用意だけはしておくように秀長に命じます。
信長が安土を出発し、100名ほどの手勢で京に向かっているという情報が入りました。その程度の手勢であれば、家康にも信長を討てそうです。「わしはやってみせる。信長を討つ……わしが天下を取る」と家康はつぶやきます。
天正10(1582)年6月2日、信長が本能寺で討たれます。燃え盛る本能寺を目の当たりにして「徳川さまがやりおったんや!」と民衆は大騒ぎです。そして信長の首を持って逃亡中の家康の、その首に褒美が出るという話まで出てきています。安定の時代を迎えていた京に、ふたたび騒乱が巻き起こりそうな気配です。
天正10年(1582)年5月21日、降伏した穴山梅雪とともに、徳川家康が織田信長の居城・安土城を訪れ、大接待を受ける。
慶長8(1603)年2月12日、徳川家康が後陽成天皇から征夷大将軍に任命されるまで、
あと20年8ヶ月──。
作:古沢 良太
音楽:稲本 響
語り:寺島 しのぶ
題字:GOO CHOKI PAR
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松本 潤 (徳川家康)
岡田 准一 (織田信長)
大森 南朋 (酒井忠次(左衛門尉))
山田 裕貴 (本多忠勝(平八郎))
杉野 遥亮 (榊原康政(小平太))
音尾 琢真 (鳥居元忠(彦右衛門))
板垣 李光人 (井伊直政)
小出 伸也 (大久保忠世)
岡部 大 (平岩親吉(七之助))
イッセー 尾形 (鳥居忠吉(回想))
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広瀬 アリス (於愛の方)
酒向 芳 (明智光秀)
佐藤 隆太 (羽柴秀長)
松本 まりか (大鼠)
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ムロ ツヨシ (羽柴秀吉)
山田 孝之 (服部半蔵)
中村 勘九郎 (茶屋四郎次郎)
田辺 誠一 (穴山梅雪)
藤岡 弘、(織田信秀)
松重 豊 (石川数正)
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制作統括:磯 智明・村山 峻平
プロデューサー:大橋 守・海辺 潔
演出:加藤 拓
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『どうする家康』
第28回「本能寺の変」
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