プレイバック風と雲と虹と・(06)闇の群
小次郎将門は京にやって来た。坂東育ちの小次郎にとって、京の都は見るもの聞くもの全てが珍しかった。笛の調べに聞き覚えのある将門は、そのことを尋ねたのが二人目だと螻蛞婆(けらばあ)に教えられます。将門はそれが鹿島玄明であるとすぐに分かりますが、詳細に訪ねても要領を得ない答えばかりで、将門は実に不満そうな顔です。
傀儡は、定住の地を持たない自由の民であり、弓も馬も達者だ。奇術も得意で七繰りも八繰りもの剣を手玉に取り、また人形を生きているかのように動かす目くらましの術も巧妙だ。この時代から少し後に大江匡房(まさふさ)が『傀儡記』にこのように書き記している。そしてまた『扶桑略記』には、このころ彼らの奏でる器楽の音や踊りが不幸を招くものとして、都の人々に熱狂的に受け入れられていたと書き記されている。小次郎は、人々の状態が、興奮が、今にも乗り移ってきそうな自分を感じていた。
藤原純友──伊予の豪族・高橋氏の子として生まれ、藤原良範の養子となった。良範は今を時めく藤原忠平のいとこにあたる。その良範はすでに世を去って、彼 純友は今なお無位無官。しかしこの男の心中にどんな途方もない志が育っているか、今はまだ誰も知らない。純友に近づいた螻蛞婆は、東の市で見かけた武士が坂東平氏の小次郎将門であると純友に伝えます。
将門は藤原忠平の家人として小一条院に入りますが、大中臣康継(おおなかとみの やすつぐ)にそっけない態度を取られ、侍所の先輩家人たちは博打に明け暮れ、将門は博打は嗜(たしな)まないとひとりポツンと蚊帳の外です。小次郎は、一日博打を見て暮らした。次の日も、また次の日も同じであった。
その話を聞いた純友は、誰かが都の作法を教えてやらなければならないとつぶやきます。こうして見込みある男が腰抜けの役立たずになっていくことに悔しさをにじませます。すると傀儡の男がいつの間にか現れ、純友にそっと教えます。「その作法を教える男が現れましてな。それも坂東の男……いとこですよ、あの男の」
将門の様子を見に来た平 貞盛は、博打もやらない将門に毎日退屈だろうと慮りますが、忠平にお目見えできていないと聞き、康継への進物が足りないと気づきます。将門にとっては進物次第で態度を変えることが信じられないことですが、貞盛の強い勧めで追加の進物と馬一頭を贈り直すと、康継は手のひらを返したように、忠平へのお目見えを仲介してくれることになりました。
藤原忠平──関白太政大臣として長く権勢をふるった藤原基経の三男、兄時平の病没した後を受けて左大臣となった。お目見えを果たす将門ですが、忠平の問いに直答してしまい、しかも目指すは検非違使尉などと言って忠平を呆れさせてしまいます。お目見えの後、「自惚れも大概にせい!」と康継にこっぴどく叱られたのは言うまでもありません。
焦る純友の横で、居並ぶ芸人一座の前に現れたのは玄明でした。芸人たちは太鼓をたたき琵琶を弾き、軽やかに音楽を奏でますが、玄明はそれに合わせて笛を吹いています。螻蛞婆は玄明を仲間に引き入れたいようですが、玄明は答えをはぐらかします。
平安の都は夜が更ければ盗賊の群れの跳梁(ちょうりょう)する街であった。面をかぶった男たちが音も立てずに屋敷内に侵入し、侍所の警護兵を次々と斬り倒していきます。
その夜、小次郎は小一条院の侍所で宿直の番にあたっていた。家人たちはもう長年無位無官で時を過ごし、愚痴を言っています。帝の血を引く将門を先輩家人は羨ましがりますが、それも今の時代では何の意味も持ちません。ここから5丁ほど離れた さる皇子の屋敷は、皇子が亡くなった途端に家人が散り散りになり荒れ果ててしまったほどです。
小次郎はその話の荒れ屋敷に覚えがあった。京で借りた家と小一条院との中ほどにあって、勤めの行き帰りにいやでも目に入るのであった。三宅清忠は「藤原氏にあらざれば人にあらず」とつぶやきます。
そこに燭台の油を追加しに家人が現れ、春日小路あたりに盗賊たちが現れていることを教えてくれます。将門は立ち上がり、盗賊たちを退治しに向かおうとしますが、先輩家人たちは他家のことだから放っておけと我関せず。将門はそれが都の倣いなのかと腹を立て、ひとりで退治に向かいます。
押し入った盗賊たちは大八車に財宝を乗せて意気揚々と引き揚げてきますが、彼らを検非違使庁の役人たちが取り囲みます。検非違使庁は後に裁判権をも含む強大な権力を持つようになるが、当初の役目は京の治安維持であり今日の警察に当たる存在であった。その大勢の役人たちをもってしても、盗賊たちは少数でも次々と役人たちを倒して逃亡していきます。
その現場に現れた将門でしたが、盗賊たちに立ち向かおうとして追ってきた清忠に止められます。清忠と将門がもみ合っているうちに盗賊たちは逃げ去ってしまい、退治の機会を失います。
盗賊たちの前に玄明が現れます。玄明は盗賊たちには目もくれず、笛を奏でてすれ違いますが、盗賊の頭・武蔵はその音色に聞き覚えがありました。「遠い昔、私の幼いころの……思い出せない」 この女、名を武蔵。従う男たちの兄は季重、弟は季光。京の闇に生きる人々の一方の棟梁である。
玄明は螻蛞婆に呼び止められます。玄明はふと自分のことについて螻蛞婆に打ち明けます。姉は高貴な人にもらわれていき、父を訪ねて武蔵へ行くもすでに亡く。腹違いの兄がいたものの、嬉しい気持ちにはなれなかったと螻蛞婆に打ち明けます。大事にしている笛は、幼いころに死んだ母の形見です。
螻蛞婆は年ごろになった玄明が自分の素性を知りたくなったのだと慮ります。「この世の誰が知っていよう? 自分という者の正体を。心の奥の深うて暗い淵の中にいかなる魔性のものが育ちつつあるか」
一夜が明けて、宿直番を終えた小次郎は家路についた。昨晩の盗賊騒ぎについて、うわさ話にすら上らない現状に、将門は都は自分のような者が済むところではないらしいと吐き捨てます。清忠は将門の気持ちを理解しつつ、「世が乱れれば勇気あるものは盗賊となり、臆病ものは乞食となる」という唐のことわざを教えます。そうしなければ生きていけないわけです。
昨夜、侍所で話に出た屋敷である。以前は皇子の館だったと聞けば、好奇心が湧いた。馬から降り、屋敷内に足を踏み入れる将門ですが、布が干してあるのを見つけます。ただ将門はこの屋敷に関わりがあるわけでもなく、中にいる者に恥をかかせるわけにはいかないと、声をかけずに屋敷を後にします。
実際、その屋敷には人が住んでいました。破れた板の隙間から、去っていく将門を見ています。「行ってしまいました」世にも美しいこの屋の主が誰であるのか、小次郎は知る由もなかった。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
山口 崇 (平 貞盛)
草刈 正雄 (鹿島玄明)
木の実 ナナ (美濃)
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緒形 拳 (藤原純友)
太地 喜和子 (武蔵)
吉行 和子 (螻蛞)
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奈良岡 朋子 (乳母)
仲谷 昇 (藤原忠平)
吉永 小百合 (貴子)
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制作:小川 淳一
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第7回「女盗有情」
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