プレイバック風と雲と虹と・(13)酷(むご)い季節
小次郎将門が、左京の市の蔵で舞楽の面をつけた盗賊たちを誅罰していたころ、伊予にある純友と螻蛄婆(けらばあ)は、越智半島のここ・宮崎の浜に海賊の頭たちを集合させていた。海賊たちが平伏する中、登場した藤原純友は、ニッコリ笑って黄金の入った袋をそれぞれの前に置いていきます。「招きに応じてよく参ってくだされた。ささやかながら土産だ」
無礼講だ、と純友は海賊たちの空いた器に酒を注いで回ります。ここに集まった海賊は、大浦秀成、くらげ丸、紀 秋成、鯒麻呂(こちまろ)、小野氏彦、鮫(さめ)の6人。純友は、豪族名家上がりから漁師船人までいる中で、隔たりを認めないと言い置きます。この国の腐った権力から逃れ、国を敵とする賊として、賊の仲間である自分を国府に送り込んでいると考えてもらいたいと、力の結集を求めます。
平 将門を呼び出した藤原子高は、昨晩の左京の市の蔵での将門の功名を褒めます。子高のみならず大中臣康継も、そして藤原忠平も配下から勇者が出たことを称え、これからも日の本の守りとなるようにと言葉を賜り、将門は恐縮しています。さらに右兵衛府では侍たちが将門に群がって大モテです。一夜のうちに小次郎は英雄になっていたのである。
そこに突然平 貞盛が現れ、将門を連れて脱走します。三条の大臣(おとど)のところでも将門のことは評判になっていて、貞盛も鼻が高いわけです。いろいろなところからお呼びがかかるだろうと心配する貞盛は、将門の姿を発見し追いかけてくる侍たちを見て、貴子姫の屋敷で落ち合うことを約束し、逃げていきます。
貴子姫の屋敷へ出かける用意をしていたところ、勘解由判官の興世王(おきよおう)という人物が将門に会いに来ました。誰の招きにも応じないつもりでいた将門ですが、お招きではなく来館しているそうで、将門は渋々対面します。興世王は従六位下の貧乏貴族だと卑下しますが、従八位上 右兵衛府少志の将門よりはかなり格上です。
桓武天皇の皇子・伊予親王の孫で、将門も桓武天皇の皇子・葛原親王の玄孫(四代)にあたるため、将門は急に親近感を覚えますが、興世王は将門の顔を見ただけであっさり帰っていきます。後年、この興世王が彼の運命を急転させる役割を担うことになるなど、小次郎には予感できるはずもなかった。
将門の前に現れた貴子姫は、花柄のきれいな唐衣(からぎぬ)を身にまとい、その艶やかな姿は将門を惚れ惚れとさせます。貞盛はまだ来ておらず、乳母は貞盛不在をいいことに、貴子姫が将門に恋心を持っていることを打ち明けます。貴子姫には将門は命の恩人であり、火雷(からい)天神での“姫の運は東男によって開ける”というお告げも手伝っているようです。
将門は嬉しかった。貴子姫が自分に好感を持っていてくれることは確信していたが、それでもなお身も震えるような思いが突き上げてきた。今回の将門の手柄で、次の除目では将門が検非違使の尉になることは間違いなく、もしそうなれば将門は坂東に帰るのかと疑問をぶつけます。将門を杖とも柱とも頼る貴子姫はどうなるのか──貴子姫は大粒の涙を流して対面所を飛び出します。
「火雷天神さまのお告げは、あなたさまではなかったのでございますか」 乳母のその言葉に思いを決めた将門は、貴子姫が籠る居室に向かいます。あなたを離しはせぬ──。坂東へは帰らず京で身を立てる。家は弟の三郎が盛り立てていくでしょう……。将門は泣きじゃくる貴子姫を抱き寄せ、姫は将門の胸に抱かれて落ち着きを取り戻します。「小次郎さま……嬉しい……」
重大な決断をしてしまった後の後悔はなかった。ない、と小次郎は思った。むしろ解放感に似た喜びが胸にあふれていた。この人のためなら自分は死んでもよい、と小次郎は思った。妻に申し受けたい、と貴子姫に告げた将門は、このことは国許にも知らせてやるべきことをやらねばと考えますが、貴子姫は将門のそういった生真面目さが好きです。
屋敷に貞盛が到着しましたが、いつもと様子が違って火急の知らせがあるようです。貴子姫は将門の手を握り、行ってほしくないと首を振りますが、将門は貴子姫に微笑み、貞盛のところへ向かいます。
将門が昨晩討ち取った盗賊の身元が判明しました。盗賊の首領は高明親王の皇子・恒明王、ほかにも中納言の次男・藤原良資、参議の殿の次郎・源 祐が加わっていたそうです。どうして名門の公達が盗賊を働くのかと将門は顔が真っ青になります。「率直のところ、これからどうなるか俺には分からん。だが……いいことにはなりそうにない。そんな気がする」
翌日には、この問題は誰知らぬ者もないまでに知れ渡っていた。もう、彼の功名を羨(うらや)む者は誰もいない。むしろ一種の軽蔑と安堵感を含んだ冷たさで見ているようであった。昨日はあれだけ将門をもてはやしていた同僚たちですが、今日は将門に触れもせず、見もしません。
小一条院の大臣・藤原忠平の代わりとして、藤原子高が話を聞くというので、将門はどこの誰と知った上で盗賊を討ったわけではないと訴えます。忠平も、面をかぶっていたから盗賊たちが身分の高い者だとは分からなかったと将門を庇っているようですが、たとえ面をかぶっていたとしても、高貴な公達ならではの気品には気づけたはずだという横やりが入って、困り果てていると子高は説明します。
将門の武勇は優れたものだったと誰もが評価していますが、それであれば最後に残った恒明王に軽く手傷を負わせるだけということがなぜできなかったかと子高は追及します。「衛府の武士にして都を巡邏(じゅんら)する者の任務は“賊の追捕”すなわち捕らえること。この賊の命を奪う奪わぬは裁きの後に初めて定まることだ」 それが法です、と子高は将門を見据えます。
子高はそれとなく、西海の海賊追討に追捕使が送られ、そのために武勇優れた武者たちを募集するという話を持ち出します。大臣もいろいろと気を配っているのだと子高は笑いますが、将門は子高の言葉ではなく大臣が何と言っていたのかが知りたいわけです。「“あの坂東者、粗忽なところがあるな”こう申されましたよ」
(粗忽…軽率で不注意なこと。それによるあやまち。)
右兵衛府の上司は、将門に2~3の休職を提案します。その間に自分に対する処罰が決まるというのかと将門はムッとしますが、盗賊だったかどうかにかかわらず、子たちを殺された親が仇討ちをしようという動きもあるわけです。窮地に追い込まれた将門はとぼとぼと帰路につきますが、貞盛は将門に近づき励まします。こんな状況でも避けたりしない貞盛に、将門は感謝しています。
貞盛は将門に、20町(=20ヘクタール)ほどの土地を忠平に献上するよう勧めます。今の将門の評判の悪さでは、巻衣(まきぎぬ)や砂金ではとても間に合わず、土地ならもしかしたら挽回できるかもしれないわけです。損して得取れという言葉を使う貞盛に、睨みつけた将門ははっきりと断ります。
先祖が血と汗を流しながら切り開いてきた土地を、民人とは何のかかわりもない儀式、面倒なだけの手続き、権勢の争いに明け暮れるシロアリどもに……。「シロアリとはちとひどかろう」と貞盛は冷静です。小次郎はハッとした。“シロアリども”とは権勢をほしいままにする政府高官を含めた公卿たちを指して、あの純友が口癖のように罵倒していた言葉であった。
将門に落ち度はないし、悪いのは盗みを働いた公達たちだと珍しく言葉を荒げる乳母に、将門はもはや怒る気にもなれないとなだめます。貞盛は土地を献上しろと言うし、とつぶやいたところで、乳母は顔色を変えてよい考えと賛同します。将門は乳母を睨みつけますが、こぶしを握って震える将門に気づいた貴子姫は、乳母の発言を止めさせます。
土地は将門だけのものではなく、弟たちや郎党、坂東の民人たちのもの──。そう言うと、乳母は穏やかにつぶやきます。「やはり……あなたさまは坂東のことを第一に」 将門の本心を垣間見た乳母の言葉に何も反論できなくなり、取り乱したことを詫びて将門は屋敷を辞します。屋敷の前で待っていたのは鹿島玄明でした。玄明は笛を吹きながら将門に近づきます。
それとは入れ替わりに貞盛が貴子姫の屋敷に入ります。耳寄りな情報を持ってきたそうですが、将門はすでにいません。貞盛は乳母の勧めもあって屋敷に上がります。耳寄りな情報とは、西海の海賊討伐に追捕使・佐伯清辰が伊予へ向かうことになっていますが、その加勢要員として将門に応募させて武功を上げるしか残された道はありません。何かを感じ取った乳母は、空気を呼んで席を外します。
「将門どのが伊予へ……気の毒な方」と貴子姫はうつむきます。この美しい人は小次郎のために悲しんでいる。そう思ったとき、太郎貞盛の中にわけのわからない情熱が燃えた。抑えて抑えきれない嫉妬の念であった。貞盛は、報われない恋をしていると貴子姫に打ち明けます。対面所の外に控える乳母は、東男は小次郎さまだけではない、と心の中で思っています。
将門は玄明の奏でる笛の音をじっと聞いています。都へ来てこのかた、小次郎にとって最も酷い季節の訪れであった。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
吉永 小百合 (貴子)
山口 崇 (平 太郎貞盛)
仲谷 昇 (藤原忠平)
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草刈 正雄 (鹿島玄明)
入川 保則 (藤原子高)
吉行 和子 (螻蛄)
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米倉 斉加年 (興世王)
奈良岡 朋子 (乳母)
緒形 拳 (藤原純友)
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制作:小川 淳一
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第14回「再会」
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