プレイバック風と雲と虹と・(17)曠野(こうや)の蝶
物語の舞台は、再び坂東──。平 小次郎将門は、都を去って坂東へ戻りつつあった。
坂東とは、律令制によって定められた相模国より東八か国、現在の関東地方の総称である。すなわち相模、武蔵、上野、下野、常陸、下総、上総、安房、以上の八か国を坂東と称した。将門の家の館は、下総国豊田、現在の茨城県結城郡石下町にあったとされているが、この時代の豊田は東は小貝川から西は鬼怒川を越えて広がっている一郡の名であった。
筑波の山が見えればふるさとの豊田は近い。風のにおいも大空の雲も、そして木々や台地の香りも、すべてが小次郎にとって懐かしかった。将門は、畑に人影がなく活気がないとつぶやきますが、物陰に隠れていた民人たちは、将門の帰還に大喜びですが、将門には民人の怯える様子が気にかかります。「申し訳ねえことに……盗賊と思うたで」
盗賊と思しき集団を待ち受ける将門ですが、前に進み出てきたのは鹿島玄道でした。しかし玄道は貧乏な里は襲わないと言って将門をムッとさせます。平 国香、良兼、良正はうまく立ち回り、源 護(まもる)も新しい居を構えているのに、将門の一家だけが仲間外れで貧乏に陥っているというわけです。喧嘩に遭った時は手助けすると玄道は笑います。
館に帰った将門は、もう京へは行かないと母の正子に宣言します。坂東がいちばんいい! と晴れやかな表情を浮かべる将門ですが、正子はすこし心配顔です。母の目には、小次郎が胸に激しく痛むものを抱えながら、それを必死に耐えているもののように見えた。今は何も聞くまい、と彼女は思った。
国香ら叔父たちを招いての将門帰還の祝いも、年が明けてからと将門は提案します。そして留守中に領地を守ってくれた弟の平 三郎将頼を労わりますが、将頼は自分には人の上に立つ器量が足りていないことをひしひしと感じているようです。しかし国香ら叔父たちはだれ一人として助けてくれず、遠方の武蔵に暮らす平 良文叔父だけは何かと気にかけていたようです。
ものに憑かれたように小次郎は働いた。懸命に働くことによって、坂東に対する長い間の空白を埋め、またそのことによって身に深く刻まれた都の記憶も、全て消し去ってしまおうとするかのようであった。そのため彼の姿はいつも人々とともにあった。
年が明けて、小次郎の帰国祝いの宴が開かれた。今は遠からぬ常陸の里に住む菅原景行と、その弟子になっている小次郎の弟・四郎将平、そして三宅清忠も来た。国香や良兼は祝いに現れませんが、名代として佗田真樹と蓮沼五郎がやって来ました。将門は欠席理由だけ聞くと、先日書状で知らせておいた件について将門が近日中に参上することを念押しして、両者を宴へ招きます。
先日書状で知らせておいた件とは土地のことであり、これをいい機会に方(かた)をつけようとした将門でしたが、国香も良兼も仮病で対面を避けたものと思われます。将頼はこれが坂東の気風だと怒り、将門はなだめますが、将頼としても将門が何とかしてくれると思っていた節があります。将門はにっこり微笑みます。「呼んでも来ないなら、こちらから出向くまでだ」
春になると小次郎は、まず上総の伯父・良兼の館に向かった。一族の長である石田(しだ)の伯父・平 国香を最初に尋ねるのが順序であったが、国香の頼りなさについてはすでに知り尽くしている小次郎であった。前の上総の介・良兼の館は、今の千葉県山武郡横芝町坂田にあった。川を渡る小舟から女子たちが下りてきますが、お見忘れなのね! と指摘されて将門はようやく気付きます。
伯父・良兼の娘、良子であった。将門は良子を“毛虫が一足飛びに蝶になる”と変なたとえをして良子をふくれさせますが、良子は実に美しいと将門は慌てて言い直します。将門は京に赴いて口が達者にと良子はからかいますが、「俺は坂東に生まれて坂東に死ぬ」と京の思いを吹っ切ります。何か明るく暖かく豊かなものが、春の汐のように小次郎を包み始めていた。
再会を喜ぶ良兼は、将門の従兄弟にあたる公雅(きんまさ)・公連(きんつら)・公元(きんもと)の三兄弟を紹介します。良兼伯父はめっきり老いた、と小次郎は思った。良子をはじめ子どもたちの明るさ、愛らしさを見ても、この伯父が深い悪意のある人間であろうはずはないと思えた。
将門は土地のことをずばり切り出しますが、良兼が言うには、源 扶(たすく)らと諍(いさか)いを起こし、将門の父・良将が財物を送ったところ、それだけでは機嫌を直さなかったようで、もみ消しのために良将が土地を源家へ送ったらしいのです。将門は、なぜ自分が家を継いだ時に国香は何も言わなかったのかと良兼に尋ねますが、どうしてかのう、としらばくれます。
良兼は、将門がかつて護の三の姫・小督に恋していたことを思い出し、その話にそらそうとしますが、将門は首を横に振ります。相当の官位を求められて京に上ったものの、従八位上 右兵衛府少志(しょうさかん)で戻って来たのみで、源家の約束を果たせなかったわけです。しかし良兼は、護は国香の領地のすぐ近くに館を構えていて、明日にでも行って確認すればいいと勧めます。<
良兼の喜びように将門は目をそらします。小次郎には分からなかった。土地についての伯父の言葉はとても信じられなかったし、それについて源家へ行くとなってからの、この喜びようは。すべてが小次郎にとってまだ謎であった。
「あちらにお越しくださりませ。夕餉を奉りますゆえ」と澄ました良子に声をかけられますが、将門は、にぎやかに笑っている方が似合うと良子をからかいます。良子は良兼が恋をしていると将門に耳打ちします。母を亡くして好きになった人だからと父の恋に賛成の立場なのです。「源家の一の姫。お相手は詮子という方」 小次郎は覚えがあった。彼はその詮子に二度会っている。
将門と小督の関係を知っている良子は、それは済んだ話だと笑い飛ばす将門の心の中に、自分より美しいであろう京の女の存在を確かめます。否定しない将門に走り去っていく良子は、「良子は坂東の女……坂東に生まれて坂東に死ぬの!」と、昼間の将門の言葉をそっくり返します。良子はまだ子どもなのだ、とこの時小次郎は自分に向かって心の中でつぶやいていた。
そのころ、都の貴子の屋敷では、貞盛の保護を受ける身となって、貴子の暮らしはめっきり豊かになった。乳母のほかに召使いも二人増えた。平 貞盛は従七位上の官位のまま左馬寮に移っていますが、禁裏の内にある役所で帝から直接御用を受けることもしばしばと貴子姫は知っています。そういう意味では今後の出世に有利かもしれないと貞盛は笑います。
浮かない表情の貴子姫に、伊予で海賊退治に大手柄を上げたというのに、除目を待たずに坂東へ帰った将門の話をします。貴子は、自分たちのことに気づかれたと気になりますが、貞盛は貴子姫の心中に将門がいることを言い当て、貴子姫の唇を奪います。召使いの婆はその場面に出くわしてオロオロしますが、入れ替わりで入って来た乳母は特に驚くことなく、そっと燈台の火を消します。
翌朝、上機嫌の良兼と将門は出発します。それを見送る良子です。小次郎は伯父良兼とともに常陸の石田へ、源 護の館へと向かう。良兼の言葉は当たっていた。源 護 館における坂東平氏一族の会合は、小次郎将門のこれからの生涯を決したのである。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
──────────
[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
吉永 小百合 (貴子)
山口 崇 (平 太郎貞盛)
長門 勇 (平 良兼)
──────────
草刈 正雄 (鹿島玄明)
真野 響子 (良子)
宍戸 錠 (鹿島玄道)
──────────
星 由里子 (詮子)
奈良岡 朋子 (乳母)
高橋 昌也 (菅原景行)
新珠 三千代 (将門の母 正子)
──────────
制作:小川 淳一
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第18回「氏族放逐」
| 固定リンク
「NHK大河1976・風と雲と虹と」カテゴリの記事
- プレイバック風と雲と虹と・(52)久遠(くおん)の虹 [終](2024.06.28)
- プレイバック風と雲と虹と・(51)激闘(げきとう)(2024.06.25)
- プレイバック風と雲と虹と・(50)藤太と将門(2024.06.21)
- プレイバック風と雲と虹と・(49)大進発(だいしんぱつ)(2024.06.18)
- プレイバック風と雲と虹と・(48)坂東独立(2024.06.14)
コメント