プレイバック風と雲と虹と・(19)桔梗(ききょう)の里
その年の夏が来た。承平4(934)年の坂東である。村人の若い娘たちの間でも、平 将門がなぜ妻を迎えないのかと話に上がっています。娘たちにクスクス笑われますが、将門の頭の中は無邪気に笑い抱きつく良子が頭の中を占めています。小次郎は気づいている。近ごろ自分は、よく上総の伯父の娘・良子を思うことがある。そしてその時にはなぜかさわやかな、明るく温かなものが胸に兆している。
馬から降りて大の字になっていると、弟の平 将平と菅原景行、三宅清忠がやって来ます。景行が土地を開墾したいと言い出して、周辺の土地を見て回っているわけです。将門はこの辺りは鍬(くわ)を待っている土地がたくさんあると、案内して回ります。将門の話を聞いていると、素人の景行でもできそうな気がして俄然やる気になります。学問漬けで頭の痛い清忠も、身体を動かすことの方が向いていそうです。
遠くから女の悲鳴が聞こえて、将門が駆けつけます。助けてください! と言った若い女は桔梗という名で、先ほどあった村人のひとりでした。そして桔梗を追ってきたのは源 扶(たすく)でした。扶は将門や清忠らがいるのを見て、桔梗を襲うのを諦めとぼとぼと去っていきます。桔梗は他に細面(ほそおもて)で背の高い男がいたらしく、ともかく将門は桔梗を送っていくことにします。
その様子を着の上から眺めていたのは鹿島玄明(はるあき)でした。玄明は笛を取り出し、吹きます。都で、あわや処刑されようとしていた武蔵を螻蛄婆(けらばあ)たちと救った玄明が、坂東に戻って来た。今の彼は、吹く笛の調べが旅から旅へとさすらう傀儡の群れのものと等しいことを知っている。
屋敷で酒を酌み交わす将門と景行らですが、清忠はそろそろ妻を迎えては? と勧めます。将門は話を逸らすように、月を愛でようとみんなを庭に誘います。平 将頼は、貞盛よりも先に妻を娶ってもらいたいと言っていますが、それは一族の中で孤立することもあり、もはや若くない母のことも考えてのことでもあります。
将門は郎党と妻の屋敷に赴き、妻をめとった方がいいかと相談します。郎党は幼いころから支え、その妻は赤子を取り上げて乳母として正子の助けをしてから一すじに将門に仕えてきた者たちです。ふたりとも手を上げて嫁取りの話を喜びます。三郎の言葉には、反発しか覚えなかった小次郎の片意地な心が、今は解けて素直になり始めていた。
将門からの相談を受け、景行が平 良兼の館に赴きます。良兼は将門がまた問題を起こしたのかと身構えますが、良子を妻にもらい受けたいと景行が伝えます。良兼は粗相のあった将門とはつきあいを断っていることを困惑していると、景行はそれについては将門からくれぐれも詫びてくれと言われたらしく、良兼はようやく心の垣根を取り払い始めます。
対面中に詮子に呼びだされた良兼は、景行が将門の嫁取りのことで訪問したと知ります。ただ詮子は良子の嫁ぎ先については、すぐ下の弟・扶にと考えていて、将門へ嫁がせることに反対を唱えます。詮子が良兼に嫁ぎ、良子は扶に嫁げば、両家の間はさらに強固なものになります。すべてが詮子の言いなりな良兼には、無論反対意見はありません。
対面所に戻った良兼は、先ほどまでの満面の笑みはどこへやら、困惑した表情を浮かべています。景行が催促をすると、意を決して良兼が返事します。「この縁談、お断り申す」
景行は将門の屋敷に戻り、良兼に話を断られたと伝えます。一族の規律を乱す者には嫁にやらぬと言い張っていた良兼が、やがてはすでに扶との縁談が決まっていると打ち明けられたそうです。大きくため息をつく将門は、ニッコリ笑って仲介に立ってくれた景行を労わります。小次郎の胸の中は穏やかではなかった。拒絶されたことはまだしも、人はあろうにあの源 扶などに……と思うのであった。
良子が父から源 扶に嫁ぐようにと告げられたのは、その年の秋であった。良子は良兼が自分の幸せを考えて源家への縁談を決めたという割に、その相手の扶に会ったことがないわけで、それで娘の幸せと言えるのかと笑います。そこに現れた詮子は、一度扶をこの館に呼び、良子も扶に会って心を決めればいいと提案します。
開墾作業の昼飯時、郎党と妻が話しているのを将門は耳にします。源家では3人の姫をそれぞれ坂東平氏に縁付け、嫡男の嫁には上総の良兼の姫を迎えて、どこまで腹黒いのかと郎党は立腹します。もし良兼が亡くなれば領地は詮子に引き継がれ、おおかた源家のものになってしまいます。坂東平氏の領地は源氏にからめとられる形になり、郎党はさすがに見ていられない状況になるのです。
あの良子が政略結婚の犠牲になる。小次郎には耐え難かった。ひたすら良子が哀れであった。上総の良兼の館を源 扶が訪れる日が来た。扶の父の護も同道してくるというので、良兼の興奮は大変であった。彼は妻の父に自分がいかに詮子を幸せにしているか見せたかったのである。良子は侍女に髪を梳いてもらいながら、暗い顔をしたままです。
そのころ将門が馬で駆けていると、林の中から出てきた桔梗が将門を止めます。将門に助けてもらった話をすると、村の女友だちが礼として家に招けと勧めたのです。その実は将門と話をしてみたいという女友だちの要望が強い気もしますが、桔梗の父も、先代の良将に狩りの案内をしたことがあるらしく、将門は父の供に息子としてあいさつせねばと、家を訪問することを約束します。
良兼の館に護と扶が入ります。護の紹介で前に進み出た扶は、良子の顔をじっと見つめていますが、傍らに控える侍女たちの顔も舐めまわすようにひととおり見ています。良子は伏し目がちになります。対面が終わり、侍女が話しかけても気づかないほどに深く考え事をしていました。本当に、自分はあの人の妻になるのだろうか、と良子は我と我が心に問いかけていたのである。
扶は詮子を驚かそうとひとりでその部屋に向かいますが、途中で車寄せに控えていた侍女を見かけます。扶は侍女を引き寄せ、甘い言葉で誘惑しますが、そこに詮子が声をかけます。侍女は慌てて立ち去り、扶は侍女がどこの部屋に入っていったかを目で追います。詮子から3日ほど滞在を勧められた扶は、3日ねえ……とつぶやきながら、先ほどとは別の、詮子付きの侍女たちを見つめています。
詮子は扶の、無類の女好きである性格を知っているつもりです。そして良子のことも気に入ったと言う扶には、いつもの悪い癖を出してほしくはないわけです。扶は詮子の心配をあしらい笑っていますが、心配の種は尽きません。詮子はこの弟を愛していた。良兼に嫁いできても、彼女の愛情は実家である源家に全て向けられていたのである。
桔梗の家に赴いた将門は、桔梗の父である長百姓(おさびゃくしょう)が歌う歌をじっくり聞いています。この歌に聞き覚えがあり、よくよく思い出してみると京で出会った傀儡たちの……と笑顔を見せます。しかし言葉がまるでわかりません。桔梗によれば、海を渡った遠い国の歌のようで、桔梗の父のひいじいさまが歌ってくれた歌をそのまま覚えたようです。将門にとっては一時訪れた平和な時でした。
良兼の館では、良兼と良子と詮子、護と扶が集っての宴が催されていました。それも知らず、将門は桔梗の里の人たちが舞う中で、民人たちの歓待を受けます。踊りましょう! と桔梗は将門の手を引き、輪の中にいざないます。将門も上機嫌で「よし、踊るか!」と、見よう見まねで踊っています。
扶は、夕方言葉を交わしたあの侍女のもとへ忍ぶつもりである。しかし、沼から立ち上ってこの館をすっぽりと包んでいる霧が、彼に方角を見失わせた。今宵は運がないか、と諦めかけたその時、侍女が入っていったあの風景に遭遇します。ニヤリとした扶は、千鳥足で館に上がり、そっと部屋に忍び込みます。そこで休んでいたのは、良子だったのです。
舞に夢中になる将門ですが、微笑みかける桔梗の顔を見ていると、良子の顔が浮かんできました。怪訝な表情を浮かべる桔梗です。そして異変に気付いて起き上がる良子と、その目の前には扶……。小次郎は、いま自分の心が真実求めているものに、しかと行き当たった気がしていた。それは運命の呼び声に似ていた。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
草刈 正雄 (鹿島玄明)
真野 響子 (良子)
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長門 勇 (平 良兼)
高橋 昌也 (菅原景行)
森 昌子 (桔梗)
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星 由里子 (詮子)
西村 晃 (源 護)
新珠 三千代 (将門の母 正子)
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制作:小川 淳一
演出:重光 亨彦
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第20回「良子掠奪」
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