プレイバック風と雲と虹と・(26)海賊大将軍
京の貴子の屋敷が失火から炎上した。承平6(936)年春のまだ浅いころであった。その時から貴子は雨露をしのぐ影もない身の上になった。すでに太郎貞盛が都を去ってから1年近く、生活の助けも途絶えて久しかった。行くところは、あの火雷(からい)天神しかなかった。貞盛の京屋敷に召使の婆が赴いてみますが、貞盛は言うに及ばず郎党家人に至るまでみな関東に帰ったそうです。
貞盛に貴子を思う気持ちが少しでもあればとつぶやく婆を、乳母はたしなめます。火雷天神にすがるより他にないと、貴子とともに手を合わせていますが、乳母は今でも火雷天神にお祈りすれば貴子の運は開けると信じて疑いません。かつてこの社の巫女・多治比の文子(あやこ)が「貴子の運は東の男によって開ける」と託宣した。今の貴子は、もうそれを信じられなかった。
その焼け跡には、傀儡(くぐつ)一座の美濃と男が立っていました。かつて平 将門が恋し、その従兄弟・平 貞盛に心を移した姫の屋敷とまで知られています。探しますか? と男は尋ねますが、美濃はそれよりも螻蛄婆(けらばあ)から来いと知らせが来たと喜々としています。また純友に会えて嬉しいだろうと男に言われ、美濃はグッと睨みつけます。「バカ!」
貴子と乳母、荷物を担ぐ婆がとぼとぼと歩いています。婆が息切れして「いったいどちらへ」と尋ねますが、貴子は乳母と顔を見合わせ、また黙って歩き始めます。そして草むらの中から、その様子を見ている男たちがいました。貴子はあてどなく歩き始めていた。もし重ねて「どこへ」と聞かれたら、それはかつて彼女を愛した男たちの元へと答えるほかのすべを知らなかった。
馬上の将門と鹿島玄明を見かけた桔梗と村の女友だちは、呼び止めて戦になるのか尋ねます。水守(みもり)でも上総でも戦の準備が始まっているとうわさされ、村人はとても心配しているのです。将門は今度も大丈夫だと笑います。もし仕掛けて来ても豊田には一兵も入れさせないと笑顔です。去ってゆく二人を見送る女たちですが、桔梗は将門が良子を娶ったのを機に、玄明に恋しているようです。
将門は玄明に、あのような娘を妻にして坂東で暮らすことを勧めますが、玄明はそんな生活に魅力を感じつつ、自分には合わないと笑います。ここの暮らしが気に入れば気に入るほど、純友が気になるわけです。そして純友といると将門が気になる……。小次郎には、玄明の気持ちがよくわかっていた。彼にとっても純友はこのところ折に触れて思い出されてならない人物であった。
そのころ純友は故郷の大津に帰っていた。伊予守・平 維久が純友に宛てて書状を送ります。前のいさかいは水に流すから掾(じょう)として国府に戻れというのです。考えておこう、と純友は返事します。純友には無論国府に戻る気はない。伊予守の名でもたらされたこの書状も、自分をおびき出して捕らえようとする罠に違いないと見抜いていた。
その夜、純友は国府勤めの身を退いて大津に引きこもることになった挨拶といって、北郡の郡司たちを招いた。郡司とは、国司のもとにあって軍をおさめる役人である。その役所を郡家(ぐうけ)と言い、その長を大領という。中央から派遣される守(かみ)や介(すけ)と違って、この大領は土地の豪族であるのが通例であった。純友は大領たちを丁重にもてなした。
酒は特に今夜のため、幾度も醸し換えた八入折(やしおり)の濃い酒である。純友が催した宴に参加して、役人たちに酒をふるまう婆の姿もあります。宴も数時間が経てば、役人たちはみなその場で寝ころび高いびきです。最後の一人にも酒を勧めて酔いつぶれさせます。祖先以来の館を捨て海に出る純友を、郡家の役人として知らないでいたとは済まないだろうという、純友の配慮なのです。
館を出ていく純友とくらげ丸ら海賊たちは、北郡の不動倉を襲撃し米や雑穀を盗んで海に去ります。不動倉とは非常の場合に備えて穀物を蓄えておく蔵である。管理は国の役人の責任であるが、それを開くには中央政府の太政官の許可を必要とした。郡司たちは全員が純友屋敷にいて、不動倉での死傷者はゼロ。追捕使の大中臣康継は「またか」と頭を抱えます。
介(すけ)の藤原正経は、大掾や郡家の役人すべてが純友と共謀したと恐ろしいことを言い出します。維久は、現職の掾がその地位を捨て海賊になるのは考えも及ばないと言い訳しますが、違う! と康継は立ち上がります。「掾が海賊になったのではない。海賊が掾になっていたのじゃ!」 追捕使・大中臣康継は出陣した。純友追討である。守も介もこれに同行した。
そのころ純友は斎灘(いつきなだ)の中ほどの斎島(いつきじま)にいた。国府と追捕使の出方を見るためであった。大津の館に向かう康継軍ですが、純友はすでにいません。それを知らないというわけではなく、直接対決する自信がないから、わざと不在の館を狙って北郡の郡司たちを捕らえに行くのだろうと海賊たちは笑います。
純友は、康継らが出陣している今は国府はもぬけの殻だと考え、国府に向かうことにします。国府のものは残らず奪い、民人には手を出さないように再確認して、純友の合図で海賊たちは国府目がけて駆けていきます。伊予の国府の襲撃によって得た収穫は、米5,000余石、琥珀3,000余反であった。
一方、主のいない大津の純友の館に、追捕使大中臣康継と守、介の一行が着いたのは、それから4日の後であった。さっそくに兵を徴収し、北郡の大領をはじめ役人たちを呼び集める。純友の宴に招かれた大領たちを取り調べるためである。弁明は無論聞かれない。いずれも変に濃厚なりとして捕らえた。そして国府へ連行する途中、逃亡を図ったとして首を討ってしまう。そういう予定であった。
海賊たちは屋敷の外から追捕使たちを罵り、それに怒った武士が外に出て追いかけていきます。康継は自分の命令に関係なく勝手な行動に走る武士たちに不貞腐れます。屋敷の中に入ると、そこには純友と捕らえられた大領たちがいました。大領たちの身の保証をすると一筆書くよう康継に迫ります。
武士たちは途中で小舟を発見し、再び追いかけます。それでも海賊たちの笑い声が止まりません。水草をかきわけながら進んでいくと、何か大きなものを見つけます。武士たちはそれに目標を定めて矢を放とうとしますが、逆に襲撃を受けてしまいます。しかし彼らが射ていたのは味方の軍勢で、双方の舟は衝突し兵たちはよろめきます。海賊たちは間髪入れずに刀を投げ、兵たちがそれを受けて倒れます。
兵たちが国府に続々と戻ってくると、純友が立ちはだかります。国府を空にしている間、康継や維久、正経と談合して、穏やかに引き上げてほしいという純友の申し出を約束したわけです。康継の鎧を掴んだ純友は、武士たちのもとに放り投げ、意気揚々と去っていきます。「さらば。都の偉い方々によろしく」
現在日振島には、能登(のと)、明海(あこ)、喜路(きろ)の3つの港がある。その明海の民家の中に、純友時代からの井戸が残っている。井戸の脇は山への急な坂道である。上り詰めると、平坦な小松原となる。ここに純友の城があったと伝えられている。佐田岬半島に見張りを置けば、伊予灘を航行する船を見落とすことはないはずである。これこそ国家の権力が及ばない根拠地として純友が選んだ島であった。
とうとう走り出した……これでもう俺は引き返すことができない……。純友らが乗った船が日振島(ひぶりしま)に近づいていきます。日振島には重太丸と美濃、藤原恒利、千載が純友の到着を待っていました。さらに高麗と中国から純友を歓迎するために来ていた者もいます。掾でなくなった純友を何と呼べばいいかと尋ねられ、恒利は「海賊大将軍じゃ!」と叫びます。
島では宴が催され、酒が振舞われます。美濃たちが華麗に舞う中、手拍子をして楽しそうにすごす純友たちですが、その間も純友はじっと東の方を見つめていて、螻蛄婆は声をかけずに通り過ぎます。純友は、小次郎将門のことを思い浮かべていた。「あの男が……将門が起ってくれなければ。俺が西で、あいつは東で」
良兼が起ったと知らせが入ります。総勢1,000──。6月の繁忙期に出陣するため、民人は相当な無理と犠牲を強いられているはずで、もし良兼が敗れてしまえばそれだけの立場を失ってしまうのは必定です。良兼はそれだけの覚悟を持って攻めてくると思われます。良兼が将門たちの息の根を止めるか、良兼自身が滅びるか。
承平6(936)年6月26日、上総を出発した良兼勢、実に1,000余騎というのは、坂東の合戦史上まさに空前の大動員であった。平 将頼や伊和員経は、繁忙期ながら国を守るためなら民人も喜んで戦ってくれるだろうと主張しますが、将門は首を横に振ります。そんな将門に衝撃を受ける将頼や員経、そしてその場には玄明もいます。
常陸府中の貞盛屋敷では、良兼が水守館へ向かったと聞いて、佗田真樹や平 繁盛が出兵を促しています。しかし貞盛には将門と戦うつもりはまったくありません。この家のことは自分が決めると、貞盛は主張しますが、貞盛を見る真樹や繁盛、小督の目が貞盛の気持ちを逆なでします。3人はそれ以降戦を主張することなく、そのまま居室を後にします。
母の秀子は、部屋を後にした繁盛が泣いているのを心配し、貞盛のところに入ってきました。いくら母とはいえ、自分の意見を曲げるつもりがない貞盛は、将門に書状をかこうと思いつきます。秀子は戸惑いつつ、貞盛の決定に頷くしかありません。しかし、その書状を誰が豊田へ持参するのかという問題があります。「いっそ私が行きましょう。直接行って話し合った方がよい」
秀子は、貞盛がみんなの心を分かっていないと心配します。貞盛が豊田へ行けば、水守の良正や上総の良兼たちに殺されてしまう可能性があるのです。あるいは府中の館の者が貞盛の命を狙うかもしれません。合戦となれば男たちは狂ってしまう。平静の心を失う。「手紙をお書きなさい。私がそれを豊田へ」
将門は家臣たちを集め、己の志を説明します。大地こそ我らの命であり、民人の農事を妨げたくないのです。負けてもいい。しかし将門自身は負けるつもりはありません。「俺は俺の志を貫く。そして、勝つ」
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
吉永 小百合 (貴子)
山口 崇 (平 太郎貞盛)
真野 響子 (良子)
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草刈 正雄 (鹿島玄明)
長門 勇 (平 良兼)
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奈良岡 朋子 (乳母)
今福 正雄 (藤原恒利)
緒形 拳 (藤原純友)
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制作:小川 淳一
演出:岸田 利彦
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第27回「折れた矢」
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