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2024年3月12日 (火)

プレイバック風と雲と虹と・(21)騙(だま)し討(う)ち

承平5(935)年2月6日、小次郎は伯父良兼の娘・良子が源 扶(たすく)へ嫁ぐ道中を襲撃、彼女を奪った。だが、良子の心も実はかねて小次郎にこそ向けられていたのであった。平 将門は目の前の良子に、無謀なことをしたと詫びます。ただ良子もこうするよりほかに道はなかったと良子も分かっているわけです。将門は「良子どの」、良子は「小次郎兄さま」と言って、笑い合います。

温かく豊かなものが小次郎の胸を満たしていた。これまで良子と出会うときいつもそうであったように。笑いが途切れた時、良子は将門の胸に飛び込みます。

その6日後、上総の良兼の館では出陣の準備に大わらわであった。気の弱い良兼の、妻・詮子の叱咤に遭って、豊田へ攻め寄せる決意を固めたのである。鎧を身に着けた良兼は、集まった騎馬300、太刀600の兵士たちを見渡し満足げです。しかし良兼は出立は明日と宣言し、兵たちからどよめきが起こります。良兼は重い鎧に足元がふらついています。

良兼はそのまま詮子の居室に向かい、鎧姿のいで立ちを披露します。詮子はその姿に感嘆の声を上げ、良兼は鼻の下を伸ばします。軍議に向かう良兼を見送ると、詮子はニヤリとします。軍議の席で良兼は、石田(しだ)の兄・国香や源 護(まもる)と落ち合って豊田にかかるか、直接小次郎の館へ攻め寄せるかを考えています。そこに菅原景行の使者として三宅清忠か現れます。

清忠と対面した良兼は、詫びて済むことではないと将門の言い分を聞かないつもりですが、清忠が懐から差し出したのは、愛娘良子からの文でした。突然の意外な成り行きに驚いていらっしゃるでしょう。でも今、今、良子はとても幸せです──。「良子は幸せです」という言葉が、良兼の胸を刺した。

そしてさらに良兼の胸を鋭く刺し貫いたのは、「源家に嫁ぐことは良子の幸せにはなりません。お父様が源家との縁談をお決めになったのは、別の理由があったからです」と書き綴っているくだりであった。まさしく良子の筆跡であったし、文章の調子も良子のものであった。この手紙が良子の本心であることに、疑いを入れる余地はなかった。

良兼は、この縁談は良子の幸せを考えた末ではなく、詮子の言いなりになって決めたことだったと思い出します。良兼はへなへなと座り込み、使者の赴きよく分かったとつぶやきます。清忠には返答はいずれするので引き取りを求めます。帰ってゆく清忠と入れ替わりに、立ち聞きしていた詮子が対面所に入ってきて、良子からの手紙を見せるよう良兼に迫ります。

良兼は手紙を握り締めて拒絶しますが、源家に恥辱を与えた仇の元にいる娘と文のやり取りをする夫を、詮子は非難します。恥をお知りなさいまし! と罵声を浴びせる詮子に、良兼は目を見開いて「黙れ!」と声を荒げます。その見たことのない姿に、詮子はゆっくりと立ち去ろうとします。「後刻、お気がお鎮まりになりましたら改めて、お話し申し上げたいことが……ご承知おきくださいますよう」

良子は幸せだと言っているのだと良兼は詮子を追いかけますが、詮子は里の者とも相談すると言って、良兼に構わずすたすたと歩き出していきます。詮子は離婚をほのめかしたのだと、良兼は悟った。良兼はひざから崩れ落ち、軍議だったと気力で立ち上がりますが、良子のことを思い出してふたたび倒れます。その床下には、鹿島玄明が横たわって会話を聞いていました。

 

将門の館では兵が集まり、食事を摂っています。戻って来た清忠は、自ら使者を買って出たものの役に立たなかったと厳しい表情を浮かべますが、そこに玄明が現れます。中気(脳卒中)で急に倒れ、集めた兵は散り散りになっているそうです。戦にならずに済みそうですが、良兼は良子の父であることを考えると、律義な将門は見舞いの使者を送ることにします。

その使者を買って出た玄明は、自分を将門の郎党ということにして良兼の館に赴きます。病気で会えない良兼の代わりに詮子に対面を求め、待っている間に屋根裏に忍び込んで良兼の様子を探ります。そして詮子と対面し──。

玄明の調査の結果……。良兼は怒りのあまりに中気で倒れ、その怒りも次第に静まりつつある。しかし収まらないのは源家のほうで、護は老齢ゆえに話せばわかるかもしれませんが、扶と弟たち(隆(23)・繁(20))は血気盛んで怒り狂っているということが分かりました。そして詮子は将門自身が石田へ赴いて詫びを申し入れてほしいと提案しているそうです。

行かずばなるまい、と将門はため息をつきますが、清忠は罠の可能性を疑い、良子も継母の詮子を信じられないと将門を止めます。玄明は、泣いていた詮子の涙がそら涙だとしたら大したものだと感心します。この2日後、上総からの使者が詮子の手紙をもたらした。内容は玄明の報告と同様、小次郎に石田の源家へ詫びに行ってほしいというものであった。

 

源 護のもとに将門からの書状が届けられます。丁重に詫び、明後日には直接詫びに伺うとあります。そこには平 国香が同席していて、扶ら三兄弟も駆けつけます。ここは詮子の指示通り、訪問する将門を討ち取る作戦に出ることにします。扶は国香に味方になるのかと迫り、国香は頷きます。「言うまでもないこと。小次郎めは我ら一族の身中の虫、いずれは刈り取らねばならぬ災いの根」

出立の日、朝早いせいか霧がかかっている中、将門は馬上の人になります。豊田から石田まで3里(11kmあまり)ほどです。見送る三郎将頼は、変事にはすぐ駆けつけられる用意だけは怠りませんが、将門は何もないだろうと笑顔です。出発してすぐ、将門一行は踊る傀儡(くぐつ)の一団と遭遇します。

この時代、人々は村々の境に塞(さえ)の神という道祖神を祀って、厚い信仰を寄せていた。塞の神は外からの災いを追い払い、大地の実りをもたらす神である。同時に旅から旅へ各地を巡る傀儡にとっても、大切な守り神であった。
小次郎の一行は、鬼怒川(けぬがわ)の岸沿いに続く道を、まず大串峡に向かった。そして小貝川を渡り、さらに一里半行けば石田である。

まもなく大串にかかる地点まで来たときであった。ほら貝の音と同時に、騎馬武者、そして兵士たちに囲まれてしまいます。将門は伊和員経を豊田に帰し、行く手を遮った扶たちのだまし討ちを誹(そし)り、「卑怯者にこの小次郎が討てるか?」と弓を構えます。それを合図に、少数の将門たちと大人数の源家の面々とが戦いを始めます。

落ち着かない将頼は、知らせを受ける前に出陣しようとしますが、良子はただ黙って将門の無事を祈り続けます。

林の中に駆け込んだ将門は、草木の隙間から相手の出方を伺います。しびれを切らした隆は、林の中に分け入ります。将門たちは隆らを十分に引きつけ、接近したところを弓矢で射かけます。次々と倒れていく兵士たち、隆は止むを得ず撤退を余儀なくされます。扶は、とぼとぼ戻って来た隆を叱責します。「愚か者! この兄の下知に従うておればよいのだ!」

将門の郎党たちは、将門の装束を借りて身代わりとなり、攻撃をここに集中させている間、将門は後詰の将頼たちとともに包囲網の外側から攻撃を仕掛けてほしいと進言します。彼らは陸奥で鍛えられた精鋭の兵たちです。頷いた将門は進言を受けて包囲網を脱出しようとしますが、痛い目に遭っている扶の慎重な戦法に、這い出る隙間もありません。

松明を用意し始めた扶たちは、枯草に火をつけあぶり出す作戦に出ます。木の上から見ていた玄明は危機感を募らせますが、行こうとするのを螻蛄婆(けらばあ)が止めます。「自分の手で道を開かせるのよ、小次郎に。これくらいの急場を、我が力で切り抜けられぬようなら、小次郎将門、所詮大したことはできぬ」 それでも行こうとする玄明ですが、螻蛄婆は足に縄を絡ませ行かせません。

火が間近にまで迫り、将門は近くにいた兵たちを斬り倒していきます。そして将門の身代わりになった郎党は、囮(おとり)となるために大声で名乗りを上げ、無数の矢が身を貫きます。そのころ、小次郎は鬼怒川の岸へ脱出していた。仲間たちはみな殺されたのだ。小次郎にははっきりと分かっていた。なぶり殺しにされるさまが目に見えるようであった。将門は復讐を決意します。


原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
草刈 正雄 (鹿島玄明)
真野 響子 (良子)
高岡 健二 (平 三郎将頼)
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長門 勇 (平 良兼)
吉行 和子 (けら婆)
峰岸 徹 (源 扶)
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星 由里子 (詮子)
佐野 浅夫 (平 国香)
西村 晃 (源 護)
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制作:小川 淳一
演出:大原 誠

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第22回「修羅の旋風」

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