プレイバック風と雲と虹と・(33)凶兆(きょうちょう)
承平7(937)年4月、小次郎に関わる裁きは終わった。そして5月半ば、彼は坂東へ向かう帰路についた。豊田ではすでに4月、小次郎の妻・良子が男子を出産していた。小次郎の一行には貴子がいる。彼一人を頼り抜いていくことのほかには、生きる当てのない身であった。そのころ一足先に伊和員経が豊田に帰着していた。
員経は裁判の結果をありのまま良子に報告します。ゆっくり休むよう良子に勧められる員経ですが、良子の傍らで寝かせられている赤子を見て、抱かせてほしいとせがみます。難色を示す良子ですが、自分がいなかったら将門は良子を略奪できず、このような赤子を産めなかったと必死です。良子は説得に折れて、赤子を員経に抱かせます。
員経が抱くのをハラハラして見ていた良子は、将門がいつ帰ってくるのか尋ねます。員経は饒舌に答えますが、お道連れはいないのね? と良子に念押しされると、たちまち言葉に窮してしまいます。赤子は雰囲気を察したのか泣き出し、良子は乳を与えます。「女の方ね……貴子とおっしゃる方ね」 員経は事情を説明しますが、良子は言葉を遮って員経を下がらせ、涙をポロリとこぼします。
小次郎が豊田へ帰り着いたのは6月であった。「これが俺の子か!」と赤子を抱き上げて大喜びです。郎党たちも笑顔でその姿を見守り、拍手も湧きますが、その間辺りを見回した良子は、貴子の姿がないことに気づきます。員経は静かに首を振り、悟られないように郎党たちに祝いの宴の用意に取り掛からせます。
小次郎は我が子を抱いて離そうとしない。赤子もまた、露骨な父の手に抱かれて泣き声も立てなかった。公を欺いた源家が意気消沈していると笑う郎党たちですが、三郎将頼は源家に対し注意は怠らないよう将門に忠告します。しかし将門は赤子の名前を何としようかということだけ考えていて、せっかくの忠告も聞き流します。「豊田に生まれた第一の子……豊太丸とつけようか」
正子は貴子姫のことが気になる様子ですが、老乳母が聞き出したところでは、三宅清忠の屋敷に預けられたとのことです。豊太丸と二人きりにしてくれと宴の席から抜け出した将門ですが、追ってきた良子に「どうなさいましたの? 貴子さまは」と言われます。表情が固まる将門はひたすら良子に詫びます。良子は将門が浮気心でやったのではないと知りつつ、複雑な心境に押しつぶされそうになります。
良子は貴子をこの館に連れてくるように将門に言いますが、正子は良子の本当の気持ちを察し、別に屋敷を建て住まわせることを勧めます。将門は爺(老郎党)に、女を愛した過去を背負わなければならないが、それが良子を苦しめると胸の内を打ち明けます。爺は将門が苦しんでもそれで良子の気持ちが軽くなるわけではないと助言します。
貴子が豊田の館にやって来た。この時代に複数の妻を持つことは珍しいことではなかった。とはいえ、人の心と世の習わしとは必ずしも一致しない。だが二人の女に挟まれた小次郎の苦境は、それほど長く続くわけではない。やがて解決がくる。それも惨(むご)たらしく不幸な解決が。
清忠が先導して貴子がやって来ました。良子、爺、員経、老乳母が見つめる中で貴子は困惑しますが、良子が貴子に微笑み頷いたことで、この館に受け入れられたんだと貴子は実感します。さあ、と清忠が促すと、貴子はうつむき加減に館に足を踏み入れます。良子は貴子を導き、館の中を案内します。その様子をじっと見つめている将門です。
伊予に、新任の守(かみ)として紀 淑人(よしと)が着任した。従う者の数も少なく、ひっそりとした国入りであった。淑人は民と話をしたいと、その相手に鮫を指名します。いきなり純友の名前を出されて鮫はたじろぎますが、その鮫の様子に純友とつながっていると確信した淑人は、純友と会いたいと場所と時間を指定するよう鮫に伝えます。
紀 淑人着任の噂は、いち早く日振島(ひぶりじま)にいる藤原純友に知らされた。くらげ丸は鮫が海賊と見破られたと叱りますが、淑人が自分を海賊と見抜いたのか、純友が民人に慕われていることを逆手に取り、誰に伝えても純友にまで伝わると信じていたのか、鮫も判断がつかないようです。この時、純友は全身が冷たくなるようなものを感じていた。
海賊仲間を集めた純友は、淑人の意図を「海賊の一切の罪を許し、山林を与えて漁場を開し、昔の生業に戻れるように取り図ろう」としていると見ます。そしてもし淑人がその策に出たら、それに従うも従わないも、それぞれの心任せにしようと純友は提案します。大浦秀成は純友の判断は性急に過ぎると進言しますが、純友は自分の考えが早計か妄断かやがて分かると自信を持っています。
どちらにしても純友の推測が大きく外れることはあるまいと、やがてともに行動を共にするために仲間から去っていく者を残る者は非難するなと命じます。国司が誠意をもって尽くしたところで、公というものはいずれ罰するようになるわけで、世の害悪の原因を取り除こうともしないわけです。「残る者、去る者、自分の腹で決めろ」
純友は紀 淑人との会見の場に、肱川の河口・長浜を指定した。相手を威圧するため大軍を率いていくべきだという声もあったが、純友はこれを退けた。淑人は純友と酒を酌み交わし、伊予赴任にあたり純友に宣旨を賜って来たと言い出します。宣旨と聞いて紀 秋成はガタガタ震え出し、平伏します。
宣旨とは、天皇の詔(みことのり)を伝える文書であり、国の掾(じょう)ほどの身分の者に与えられるのは異例中の異例である。純友は宣旨の権威など認めていない。が、礼儀だけは尽くしておかねばと考えたのである。純友はくらげ丸や秀成らにも促し、平伏します。「率直に申し上げる。海賊たちを降伏させていただきたい。彼らが領民に戻ってくれればそれでいいのです」
領民に戻れば島の支配を任せてもいいという淑人に、くらげ丸は昨日の海賊が今日の役人かとあざ笑います。純友は思った。この紀 淑人の策に海賊団の少なくとも半数は乗るだろう。すでに覚悟していたようにそれをせき止める道はない。彼の計画にとってこれは確実に一時の挫折であった。ただし、あくまでも一時だ。
豊田館の馬小屋に水守(みもり)の平 良正の郎党が忍び込んでいたところを村の娘たちが捕らえます。将門はその郎党を解放しますが、性懲りもなく良正たちが戦の準備に取り掛かっていると悟ります。そのために建設中の貴子の屋敷を中断し、費用を出陣のほうへ回すことにします。その打ち合わせを立ち聞きしていた貴子の侍女は、戦になること、屋敷の建設を中止することを貴子に伝えます。
貴子は何をするでもない日々をただぼんやりと過ごしている。貴子は静かに戦の相手方を尋ねますが、侍女はそれは将門から直々に聞くよう勧められ、坂東とは恐ろしいところだと呆れながら出ていきます。貴子は将門の相手が、まさか平 貞盛ではないかと考えだします。「小次郎さまが太郎さまと……」といても立ってもいられません。
この坂東には太郎貞盛もいる。そのことが、これまでほとんど意識にのぼらないでいた自分に、貴子は気づいた。彼女の意識の中では、小次郎とともに坂東へ下ったことが、確実に太郎貞盛から遠く身を引き離したように思われていた。が気づいてみれば、彼女はいま太郎貞盛ともごく近い距離に身を置かれているのであった。貞盛に強姦されたことを思い出し、貴子は泣き崩れます。
8月はじめのある日、豊田に思いがけない客があった。小次郎の伯父のうち、ただ一人争いに加わらずにいる良文である。良文は、平 良兼と良正から、半ば脅しで戦に加われと催促を受けていることを打ち明けます。良兼や良文、源家の者たちは、今回が最後の機会と戦の準備に取り掛かっているようで、将門には今までの戦とは違うことを忠告します。
「わしには今度こそ最もむごい戦いになるように思えてならぬ」と、良文は病気がちな正子を戦の嵐が過ぎ去るまで自分に預けるよう将門に申し出ます。母は良文の申し出を喜んでいるのだ、と小次郎は思った。うち続く合戦は、この老いた母の心を予想以上に深く傷つけているのかもしれなかった。将門は正子を良文に預けることにします。
その時、良兼が兵500を率いて水守に向かったと知らせが飛び込んできます。情勢は急転した。この2~3日うちにも敵勢の来襲があると予想しなければならなかった。将門は、すぐに用意できる50の兵を率いて相手の出ばなをくじいて力攻めにしようという相手の気持ちをそぎ、それ以降はその後に考えることにします。
いくぞ! と将門が起ちあがった時、赤一色の御旗が強風に飛ばされていきます。何よりも不吉とされる事件であった。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
吉永 小百合 (貴子)
真野 響子 (良子)
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山口 崇 (平 太郎貞盛)
細川 俊之 (紀 淑人)
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新珠 三千代 (将門の母 正子)
西村 晃 (源 護)
緒形 拳 (藤原純友)
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制作:小川 淳一
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第34回「将門敗る」
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