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2024年5月31日 (金)

プレイバック風と雲と虹と・(44)玄明慟哭(はるあき どうこく)

小次郎将門は、武蔵国足立郡(あたちごおり)の郡司武芝と、権守(ごんのかみ)・興世王(おきよおう)、介・六孫王経基との間に起こった紛争を調停した。しかし介の経基はこの和解に納得していない。彼は源姓を名乗っているが、清和の帝の孫にあたるその高い誇りが、事件の原因のひとつとなった。

経基の陣所は、同じ狭服山(さふくやま)にある。経基は、なぜ自分が武蔵武芝に頭を下げなければならないのかと立腹し、その怒りは仲裁役の平 将門にも向かいます。経基はふと、興世王が将門と親しくしていることを思い出します。興世王は将門と組んでいったい何を? 「公の権威が、坂東の荒えびすどもの力の前に屈したということ。力をもってせしめればこその権威が逆さまに……叛逆じゃ!」

陣所の外から鹿島玄明の吹く笛の音が聞こえてきて、武芝は気になる様子です。将門はこの場に玄明を呼びましょうかと微笑みますが、鹿島玄道の弟であればいつでも会えるからと、その申し出を断ります。将門は経基が戻らないことが気になっていて、興世王とともに呼び戻すために経基の陣所に向かうことにします。

2人が陣所を訪ねてきたと知り、経基は会わないと追い返すよう命じます。今回のもめ事は起こしたのも和解したのも興世王で、自分は反対の立場であったことをはっきりさせておきたいわけです。経基はこれを都に報告するつもりですが、2人が呆れながら帰っていくのを陰から見ていて、いざ帰っていくと怒らせてしまったかと怯えます。事件の原因の2つ目は、この経基も臆病であった。

玄明の笛に誘われて、武芝がそっと近づいてきます。その笛の調べは、武芝の子を産んだ女がいつも奏でていたものと同じなのです。傀儡の娘だった女は武芝の元に身を寄せ、2人の姉弟を産んだ──。武芝は妻を娶ることになり、居づらかったのか、女は子どもたちとともに消えていなくなったわけです。

坂東とは何のかかわりもない女が、幼い子ども2人をかかえていくところと言えば、武芝の友であった鹿島玄茂しか考えられません。武芝はさっそく問い合わせるも、女は姿を現さなかったそうです。玄明は再び笛を奏で、武芝は涙を流します。そろそろ戻らぬと、と立ち上がる武芝に、玄明は告げます。「私にも……姉がいたそうです」

 

戻らない経基は放っておいて、興世王らは飲み直すことにします。将門の提案で、興世王と武芝のそれぞれの兵たちを交えて宴を開くことにします。興世王は兵たちと親し気に酒を飲む将門に、今回の仲裁で名声はさらに高まり、自らを高く持さなければならないとたしなめます。興世王は、将門がますます大物になるようにこれからは自分が策を授けるとニヤリとします。

しかし兵たちは将門たちがいる前では酔えないらしく、興世王は自分たちは別の場所で飲もうと将門と武芝を誘い出します。3人が席を外すと、兵たちはたちまち盛り上がり、めいめいに酒を楽しみます。武芝の語った行方の知れぬ子どもたちの境遇は、玄明の脳裏から離れなかった。玄明は、いつか眠った。

玄明が武芝の屋敷に足を踏み入れた時の光景が脳裏をかすめます。あの時、母親と幼い子どもたちが屋敷から出ていくさまを、大人になった玄明は見ているかのようです。玄明は夢の中ではっきりと感じていた。あの幼子は自分なのだ、と──。酒の入った兵たちは相変わらず大騒ぎで、まだ姿を見せない経基を呼んで来ようと、数名がその陣所に向かいます。

わっしょいわっしょいという兵たちの声が近づき、経基の陣所では兵たちが弓を引き絞って待ち構えます。そのころ楽し気に杯を傾ける興世王、将門、武芝の3人。夢の中で逃亡する親子の姿を見続ける玄明。母親は男たちに刺し殺され、その瞬間に玄明はカッと目を見開きます。そして同じ時、経基を呼びに現れた兵たちは攻撃を受け、無傷の者は大急ぎで逃げ出します。

 

楽しく飲んでいるはずの宴席が、大騒ぎになっているのに気づいた将門です。狼狽(うろた)える経基ですが、兵たちが線を越えて踏み込んで来たので射かけたと報告を受け、興世王と武芝の連合軍が経基を攻めてきたと勘違いします。経基は命を懸けて戦えと命じ、自らは腰を抜かしながらも逃げていきます。「馬引けいッ! 逃げるのじゃ……都じゃ、京の都じゃ!」

すでに先頭の兵たちが経基の陣所で八重戦を始めてしまいました。仔細を聞いた将門は経基の陣所へ向かおうとしますが、武芝は将門を止め、自ら出向くことにします。しかし将門は黙って待つタイプではなく、玄明とともに経基の陣所へ。そして興世王も、経基をなだめるには自分が行かねばという気持ちになり、結局は3人とも陣所へ向かうことになります。

武芝と将門が双方の兵たちに矢止めを命じますが、経基直々に戦えと言われた郎党は最後まで抵抗し、将門に矢を向けます。経基の様子を見てきた玄明は、将門に矢を向ける郎党を見て石を投げつけますが、その拍子に矢が武芝の胸を貫きます。興世王の陣所に運び込まれた武芝がうっすら目を開くと、玄明は愛用の笛を手に取らせます。その笛を凝視する武芝は、そのまま息を引き取ります。

武芝の墓の前で笛を奏でる玄明ですが、そこに螻蛄婆(けらばあ)が現れます。婆は伊予へ使いを出したのです。伊予へ行くのかと玄明が尋ねると、婆は首を横に振ります。「我らは坂東にいよう」

伊予大津の藤原純友の館に、婆から「愚か者の経基が都に逃げ帰って、“武蔵の足立郡司が将門と組んで自分を襲撃するはずだ”と報告するだろう」といった内容の文が届けられていました。純友の代わりに坂東へ向かうことになった武蔵は、純友の子・重太丸の寝顔を眺め、寄り添います。母親のような気分でお世話してきましたが、この愛児ともしばしのお別れです。

 

臆病風に吹かれて坂東を逃げ出した六孫王経基は、京に着くや小一条院に注進した。公卿たちは「また将門か!?」と悪口を叩きますが、藤原忠平は各国の国司に貢物を取り立てて兵を整えるよう命じ、将門には“国司に力を貸せ”と自ら教書を書いて送ることにします。そして下総守にすることを提案し、公卿たちの間でも賛否両論起こりますが、忠平は無理に押し通します。

朝廷のご下命に坂東の各国府は無論従わざるを得ない。中でも常陸の国府では、最高責任者の藤原維幾(これちか)が気の弱い男だけに、震えあがって貢ぎの取り立てに徴兵にと、役人たちを督励した。それは不作に悩む民人たちにとって、まさに苛斂誅求(かれんちゅうきゅう=むごくきびしくとりたてること)と言ってよかった。

武蔵が坂東に来た。純友のどんな奇策を胸に抱いてきたのか。民人たちが逃げ、騎馬の音を聞くや木の陰に隠れてやり過ごしますが、騎馬に乗ったのは国府の武士ではなく、鹿島玄道を先頭に追従する武蔵と季重でした。そこに笛を奏でる玄明が現れ、3人を婆のところへ案内します。

川で馬を洗う将門と良子に、豊太丸を肩車した伊和員経ですが、その目の前を逃亡する民人たちの姿がありました。国府の厳しい貢ぎの取り立てと庸役(ようえき)に、いま坂東は不穏な空気が漂い始めている。常陸から逃げてきた民人たちですが、将門は見捨てておくわけにはいかないと笑顔を見せます。

天慶2(939)年夏、それは小次郎将門にとって最後の夏であった。


原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
草刈 正雄 (鹿島玄明)
真野 響子 (良子)
仲谷 昇 (藤原忠平)
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宮口 精二 (武蔵武芝)
宍戸 錠 (鹿島玄道)
吉行 和子 (けら婆)
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米倉 斉加年 (興世王)
太地 喜和子 (武蔵)
緒形 拳 (藤原純友)
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制作:閑谷 雅行
演出:榎本 一生

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第45回「叛逆の道」

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