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2024年5月28日 (火)

プレイバック風と雲と虹と・(43)武蔵(むさし)の風雲(ふううん)

938年、承平8年という年は改元して天慶(てんぎょう)元年となり、その6月に良兼が死んだ。やがて小次郎は良子と二人だけの法要を営んだのである。その帰り道、空腹で道端に倒れる「浮かれ人」親子3人を見かけ、そばで様子を見ていた民人たちとともに将門の石井(いわい)の館に運ぶことにします。「浮かれ人」とは、公地公民の義務である租税や30日の庸役が辛く、土地を放棄した人たちのことです。

小次郎は幼い時のことを思い出していた。初めて“浮かれ人”という者の存在を、父良将から知らされた日のことを。良将は将門に、浮かれ人を家人にしていたら民人は辛さからは解き放たれますが、公民が減り税が減ることにつながると諭します。「あの人たちが救われることが、国家が困ることになるのですか? 間違っています! 何かが間違っています!」

彼らは出羽から流れてきたようで、天候不順による不作から騒動が起きるほどだったようです。将門は、出羽国司は不動倉(ふどうそう)を開かなかったのだな、と寂しい表情を浮かべます。非常時に備えて各国各郡には穀物を蓄える不動倉があり、都の太政官の許可を得て開くことができるわけですが、遠い都の人々が地方の苦労など分かろうはずもないと、民人たちは不満を口にします。

本来であれば出羽国司へ知らせなければなりませんが、そうすれば彼らが捕らえられてしまう懸念があります。民人たちの提案で、開き始めた土地があるので働いてもらうことにします。もし出羽国司に知れればお咎めを受けるのは民人たちですが、みすみす出羽へ追い返すのもできません。将門が出羽国司なら不動倉を開く人物だと見込んで、民人たちは彼らを受け入れることにします。

都から将門追討使の資格をもって坂東へ戻って来た太郎貞盛は、田原藤太の館にいる。貞盛は田原の領内に入ると田野は開け民人は豊かであることに驚きます。藤太は浮かれ人がよくやってくると打ち明けます。事情はともかくより豊かな土地に集まってくるのは昔も今も一緒ですが、かつては都だったのに近頃は都も頼りにならないのだろうと藤太は貞盛を見据えます。

次第に貞盛は自分が寄る辺のない浮かれ人に見立てられているような気がし始めていた。田原に流れて来た浮かれ人をどうするのかと尋ねられた藤太は、自分にはそれほどの力はなく、浮かれ人を入れて国司の怒りを買う度胸もないため叩き出す、と笑います。「かの将門どのならそれをやるかもしれぬが?」

貞盛は将門追討のために藤太の力を借りるつもりで田原を訪れたのだったが、とてもそれは無理な相談のようであった。貞盛の心は暗い。藤太の真実の心は掴めない。常陸介藤原維幾(これちか)もことなかれ主義の男である。貞盛の将門追討使としての名も、当面文字通り名だけに終わるに違いなかった。

 

年も押し詰まった12月、武蔵国足立郡(あたちごおり)。ひとりの男が屋敷をそっと覗き込んで、屋敷の者に捕らえられます。その屋敷の主は武蔵郡司の武蔵武芝で、捕らえられた男は怪しいものではないと主張し、武蔵権守(ごんのかみ)・興世王(おきよおう)の手の者と明かします。男は縛り上げられ、納屋に放り込まれます。

権守がお国入りしたという知らせもなく、その話を聞いた武芝は、「どなたさまの手の者であろうと、御用があれば正面からおいでなされと。たとえ帝のご使者であろうともじゃ」と、男を解放するように命じます。武蔵武芝(むさしのたけしば)。足立郡の郡司であるこの頑固者の老人が、小次郎の運命をも変える。

そのころ、興世王は石井の営所に小次郎を訪ねていた。権守とは、守(かみ)の選任が遅れるなどの事情がある場合、それまで国務を代行または補佐するものであった。坂東の気風を気に入った興世王はここに根を下ろすつもりです。空を飛ぶ鳥は鳥かごを天地とし、草木は瓶に刺されて得意顔、都も公もやがて滅びると言う興世王は、その時強いのは大地に根を下ろした将門たちだと見据えます。

武蔵守はまだ決まっていませんが、その前に興世王が公の権威を示すべつ片を付けるつもりでいます。そのために興世王は、まさかの時には“興世王は自分の友だ”と言ってほしいと頼みます。将門は笑みを浮かべながら、そのまさかの時に考えさせてもらうと、直接の返答を避けます。小次郎は思った。何か、やがて自分をも巻き込まずにはおかない何かが、確実に起きるのではないかと。

 

果たして、年が明けた2月になって、武蔵国に騒ぎが起こった。新国司の興世王と源 経基が足立郡に入部。すなわち巡回視察をすると通達した。入部の際の莫大な献上物がその目的であった。これに対して郡司武蔵武芝が、これを拒んだのである。正式な役人が決定してからにしてもらいたいと拒絶する武芝に、興世王は予定通りに入部すると、必ず出迎えるよう使者を通じて命じます。

興世王は武蔵国府の兵を引き連れ、予定通り足立郡に入部した。屋敷はもぬけの殻で、国司を案内するという郡司の役目を果たさない武芝は山中に避難していました。武芝に思い知らよと、興世王の号令一下、兵たちは屋敷の中にある兵糧や武具、着物などを手当たり次第に奪っていきます。

興世王らが洗いざらい掠奪をほしいままにした上、持ち運びできないものは国司の名をもって封印した。武芝が貢租を隠匿、私腹を肥やしていたからという名目であった。「蟻のごときの従は、手を分けて財を盗み隠し運ぶの思いを励ます」と、『将門記』に記されている。戻った武芝は、目の前の惨状に絶句します。

興世王ら国司の評判は、武蔵国のみならず坂東中で非常に悪く、武芝は奪ったものを返せ、損害は補えと堂々と要求しているそうです。鹿島玄道の父と武芝は友人らしく、玄道は将門に仲裁に動いてほしいと頼み込みますが、他国までのこのこ出かけて行って、役人たちの仲裁はしたくないと断られてしまいます。

翌朝、玄明は武蔵武芝の館に現れた。それは不思議な感覚であった。記憶というのではない。ただ、その館のたたずまいの何かが玄明を刺激し、館に訴えかけていた。夢の中にだけ出会った感覚であった。気づけば玄明は屋敷の者たちに囲まれていました。鹿島玄道という男を知っているはずだと武芝に取次させます。

玄道の父・鹿島玄茂から玄明のことは聞いたことがなく、何かわけがありそうだと武芝は感じます。山の中で育った玄明でしたが、育ててくれた男が今際のきわに、親兄弟を知りたければ玄茂を訪ねよと言い残して世を去り、数年後鹿島を訪ねる気になって玄茂を訪ねるも、こちらもすでに亡くなっていたわけです。

玄明の目的は、将門に仲裁を頼んでみてはと進言するためだったのですが、武芝は将門がすぐれた人物だと認知しつつ、所詮は豪族であると難色を示します。国司と郡司の争いに豪族たちは首を突っ込みたがらないのです。誰が火中の栗を好んで拾うか……。しかし将門がもし来たら──。「会うだけはお会いしよう」

そのまま玄明は将門のところに持ち帰ります。坂東の豪族同士が手を結びあうことができれば、今いちばんいいのではないかと玄明は将門に勧めます。「どうやらお主も、惚れて帰って来たようだな。武芝のとのに」 小次郎は考えていた。いま武蔵で武芝が当面している問題は、下総の小次郎自身のことにならないとは言えない。いや、これは全坂東の問題であるかもしれない。

小次郎は武蔵へ向かった。ここはやはり自分が出なければならない。それはいつの間にか彼に生じている確かな自信であった。新国司たちの無謀に屈するわけにはいきませんが、戦をすれば田畑は荒れ、かといって誓書を交わして農閑期にだけ戦うわけにはいきません。戦を避けなければなりませんが、それでは膝を屈することになってしまいます。「お顔を潰すようなことだけは、決していたしません」

屋敷の庭で飼っている犬がワンワンと吠えています。将門は庭に出ていき犬をかわいがると、犬はゴロゴロと懐いて泣き止みます。「何を食わせてます?」と将門は尋ねますが、そんな将門に武芝は大笑いします。人にはできないことが、ひょっとしたら将門にはできるかもしれないと、この件については一切を任せることにします。

 

興世王は府中にほど近い狭服山(さふくやま)に陣を敷いていた。国府の所在地、すなわち武蔵府中は今日の府中市であるが、狭服山は北多摩郡狭山(さやま)あたりであるかもしれない。興世王も実は困り切っていて、将門の仲裁の申し出に喜んで了承します。ただ、経基を説得するのは骨が折れるだろうと興世王はニヤリとします。清和天皇の孫というのがご自慢の“坊っちゃん”らしいのです。

経基の陣所も同じ狭服山にある。陣所を訪れた将門は、双方譲り合ってもらわなければと微笑みかけます。それでは非を認めたことになると経基は不満そうですが、興世王はここは坂東であり、力がものをいう……つまり戦だと迫ります。もし同意してくれなければ興世王も将門も手を引くと言うと、経基は何も言えなくなってしまいます。

興世王の陣所に武芝が現れ、興世王は笑顔でこれを出迎えます。和解は成った。まず武芝が国司たちの入部に際してこれを迎えなかった非礼を詫び、興世王たちは押収した財物を武芝に返還する。しかし介である六孫王 源 経基の性格が、この夜、事件を意外な方向に急転させた。酒が用意される中、憮然とする経基は席を立って出て行ってしまいます。

経基抜きで酒を酌み交わす興世王と武芝、そして将門ですが、陣所の外から笛の音が聞こえてきます。「おお、あの笛は……」と武芝は反応しますが、将門は玄明が吹いていることを明かし、あの曲が好きなようだと言います。武芝はその笛の音にじっと耳を傾けます。

玄明の吹く笛の音が、武芝とどのような関わりがあるのか、小次郎は知る由もない。それよりも小次郎にとって気がかりなことは、経基が未だ現れないことである。不吉な予感が小次郎の胸に兆し始めていた。


原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
山口 崇 (平 太郎貞盛)
真野 響子 (良子)
福田 豊土 (伊和員経)
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宮口 精二 (武蔵武芝)
草刈 正雄 (鹿島玄明)
宍戸 錠 (鹿島玄道)
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小林 桂樹 (平 良将)
米倉 斉加年 (興世王)
露口 茂 (田原藤太)
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制作:閑谷 雅行
演出:大原 誠

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第44回「玄明慟哭」

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