プレイバック風と雲と虹と・(37)民人の砦(とりで)
小次郎は、まだ何も知らない。貴子の死も、そして民人たちの蜂起も。平 将門は完治しない足で立ち上がりますが、よろめいてすぐに倒れてしまいます。慌てて手を貸す平 将頼や老郎党(爺)ですが、将門は言うことの利かない左足に半ばイライラしながら、手出しを断ります。何度やっても状況は変わらず、将門は手にしていた矢を木の幹に向かって投げ、命中させます。
村長や母親が息子たちを殺したあの村では、民人たちが柵を作り、大岩を積み木を切り、堅固な砦に仕上げていきます。その作り手の中には、螻蛄婆(けらばあ)や鹿島玄明、そして後から加わった鹿島玄道や季重の姿もありました。民人たちはほとんど一夜のうちに、結城郷から南、小貝川と毛野川に挟まれた地域のほぼ全体を一大城塞と化した。それはやはり一つの奇跡であった。
葭江津周辺の民人が砦を築いたとの知らせを受けた平 良正は、平 繁盛や佗田真樹を現地に向かわせるよう命じます。そしてその騒ぎは、良正邸に捕らえられている良子と乳母のところにも聞こえてきました。今回の戦で将門から当家や源家の支配下になった村々で反乱が起きていると知り、良子はどこの村かと尋ねますが、膳を持ってきた侍女はそれ以上のことは口をつぐんで話しません。
機嫌よく酒をあおる良正ですが、そこに嫡妻が現れます。これは良正の正妃(むかいめ)、すなわち彼が若いころに迎えた正妻である。良正が第二夫人として源家から定子を迎えてからというもの、ほとんど表へ出てくることはなかった。嫡妻は折り入って話があると、定子をチラチラ見ながら良正に伝えます。頑として動かない定子を見て、良正はこの場で言えと気まずそうに伝えます。
嫡妻は良子と対面しました。捕らわれ人とたしなめる良正ですが、姪だ親戚だと一蹴します。戦とはいえ他人の喧嘩を良正が買って出たことから起きた騒ぎであり、世間では舅孝行を働くために近しい甥を敵とし、姪を捕らえた良正は笑われ者になっていると涼しそうな顔で言いのけます。嫡妻は、良子のお言伝てとして、未だに到着しない貴子の消息を調べるよう良正に求めます。
嫡妻は良子の部屋へ赴き、貴子のことと同時に良正に依頼して承諾を得た、良子たちの身柄を上総の平 良兼の館へ送ることになったと笑顔です。将門が行方知れずである今、良正の屋敷よりは良子の実家であり居心地はよさそうです。一方、嫡妻が去った後の定子は、嫡妻には何も言えず自分はいつまで我慢すればいいのかと涙を流して悔しがります。
繁盛と佗田真樹は、良正の命によって豊田近くの村里に来ていた。村の入口に柵を見つけた繁盛は一気に攻めかかろうとしますが、真樹は危険を察知して兵に矢板を盾に物見に向かわせます。すると矢が一斉に左右から突き刺さり、兵は慌てて戻って来ました。砦の周囲にも無数の仕掛けが施してあり、真樹は引き揚げるしかないと繁盛に進言します。
そのころ、古間木沼の岸に潜む小次郎の元には、敗戦のため散り散りになっていた郎党や味方が、次々と集まり始めていた。将門の元に伊和員経や文屋好立(よしたつ)が戻って来ました。彼らは民人たちが砦を作って匿ってくれたことを話し、将門は脳裏にこれまでの戦の経緯を思い出しています。
将頼は、今こそ好機と立ち上がろうとします。しかしそれを止めたのは螻蛄婆でした。将門軍は負けて逃げ、民人たちは自分たちの力で砦を築いて戦い始めた。そこにのこのこ出かけて行って、これからは自分たちが指揮を執るからと言うつもりかと螻蛄婆は諭します。「勝ってのみいては分からなかったことが、俺にはだんだんと見えてきた。俺がいかに小さいか、そして弱いか」
夜、良正と繁盛の軍勢が砦に到着します。砦の門は開けられており、誘いに乗ってたまるかと良正は、兵たちに周囲に散らばって忍び込み、火を放つよう命じます。それに従って裏手に回り込む兵たちですが、仕掛けに引っかかり、その隙に槍や矢で攻撃を受けて歯が立ちません。完全に見境をなくした良正は、全軍に攻撃を命じます。
その時、砦の中にいた玄道は馬に乗り、民人たちを指揮しています。一番隊は東へ回って敵の後ろに、二番隊は東へ、三番隊は西へ──。良正は敵が多勢過ぎるとたちまち戦う意欲をなくし、やむなく撤退をすることにします。実は民人たちはひとつの家をぐるぐる回っているだけで、決して多勢ではなかったのです。五番隊! まで呼ばれた時、敵が引くのを確認した玄明は「もういい」と止めます。
民人たちは昨夜立ち上がり、そして今宵起った。まさしく今宵こそは祭りの夜であった。玄明が、ふと長く忘れていたことを思い出した。鹿島玄道と自分は父を同じくするらしい。では、母は? 同じ母から生まれた一人の女が、姉が、この世のどこかにいるはずだ。かつてはその姉を探すことだけが、生きていく上の頼りであった。玄明は、笛を吹いて思いを馳せます。
下野国・田原藤太の館。武蔵は藤太が将門を気にかけているのを知り、伝えたいことがあると戻って来たわけです。武蔵には、小次郎を討つ気などとうに失せている、藤太はそう見ていた。むしろ彼は、武蔵が小次郎に頼まれたのかと思ったのである。苦境にある小次郎が、藤太の力を借りたい、と。
民人たちは将門を“坂東の虎”と呼んでいますが、本当の虎は藤太だと武蔵は思っています。ただし眠っている、あるいは眠ったふりをしている虎です。将門は行方知れずなのに、豊田葭江津から岩井あたり一帯は、民人の力で良正軍は追い払われてしまいました。それを聞いても藤太は民人の力など信じないし、一時のことだ、と吐き捨てます。
武蔵は、民人の力を信じないという藤太の本当の心を掴みかねていた。武蔵は藤太に、もう一つ伝えたいことがあるようです。この世の中は本来、朝廷や貴族役人のものではなく、民人のものである──。藤太は興味を示し、そんな面白いことを言うのは誰かと問います。「伊予の、藤原純友」
将門は肩を借りて歩行の練習です。家臣たちの支えがあって、一人で立っていられるにまで回復しました。将門に求められて相撲を取る将頼ですが、明るく振舞えている将門が謎です。真実、小次郎の心は明るかった。無残な敗北が、むしろ彼を成長させ、強くしていたのである。ただ心にかかることは、良子たちの身の上であった。その良子は今、上総の父の元へ──。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
吉永 小百合 (貴子)
真野 響子 (良子)
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草刈 正雄 (鹿島玄明)
宍戸 錠 (鹿島玄道)
吉行 和子 (けら婆)
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太地 喜和子 (武蔵)
新藤 恵美 (定子)
露口 茂 (田原藤太)
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制作:小川 淳一
演出:重光 亨彦
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第38回「良子脱出」
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