プレイバック風と雲と虹と・(36)貴子無惨(むざん)
勝ち誇る良正は、また源 扶(たすく)が、小次郎に味方した村々を焼き払い、豊田勢に加わった人々を残酷に処刑した。そして我が子の命をその親が絶たねばならない村があった。小次郎は古間木沼の岸に病の身を潜ませていた。雷鳴がとどろき大雨が降り注ぐ中、じっと嵐が過ぎるのを耐える将門一行です。そして、良子や貴子たちは広河の江の芦の間に。
こうして、かつてない苦しみの夜は明けた。三宅清忠が弟の平 四郎将平を連れて戻って来ました。葭江津村の桔梗が将門と親しいことを知っている敵勢は見張りを強化していましたが、その目をかいくぐって知らせに来てくれたらしいのです。菅原景行も無事で、いくら敵勢でも菅原家に対して非礼を働こうという考えの者はいないようです。
将平は、自分が無力なことに忸怩たる思いですが、将門はそれでいいのだと励まします。清忠から昨夜まで見張っていた敵が朝方に囲みを説き引き揚げたことを聞き、将頼や爺(老郎党)は今のうちに兵を集めましょうと逸りますが、将門はそれをなだめます。自分たちをおびき出す罠かもしれないのです。あっ! と爺は声を上げます。これが罠だとすれば、広河の江の芦の間にいる良子たちは──。
そのころ、広河の江では「敵は引き揚げたぞ! みんな早く出てこい!」と叫ぶ栗丸の声が聞こえます。その声を信じて小舟を進める良子たちですが、不気味な男たちの笑い声に囲まれていました。扶の罠にはまったのです。三郎将頼と三宅清忠が良子たちの潜む広河の江に急ぐ。扶が手を差し出すと、良子は観念したように小舟から降ります。
貴子の召使婆は平 貞盛の……と主張しかけます。都で将門に思いをかけられ貞盛になびき、貞盛に見捨てられ遊び女になった貴子を再び将門に救われたというのに、再び貞盛を頼ろうというのかと扶は声を荒げますが、貴子は貞盛とは無縁であることを訴えます。扶はそれであれば貴子はふつうの捕らわれ人に過ぎないと、良子とともに連行することにします。
良子が抱いている豊太丸を、扶は抱かせてほしいと頼みます。良子は良兼の愛娘、豊太丸は良兼の孫ですが、良子に言わせれば自分は将門の妻、豊太丸は将門の子なのです。扶は良子から豊太丸を奪い取り、高い高いをして愛でますが、良子は懐刀を扶の脇腹に突き付けます。笑って豊太丸を帰した扶は、家臣に良子たちを水守館へ連れていくように命じ、自らは将門探しを続けることにします。
三郎将頼と三宅清忠が良子たちの潜んでいた場所へ駆けつけた時は、あまりにも遅かった。良子たちが乗っていたであろう小舟が2艘、そしてその周辺には無数の兵士たちの死骸が倒れ、沼に浮かんでいました。瀕死の兵が、扶が多勢の兵と……と口にしたところでこと切れます。
良子たちは一日中歩き通し、すでに日も暮れかけています。貴子の後からついてくる兵たちは、遊女に身を落とした貴子をあわよくばと狙っています。貴子は歩くのもおぼつかなくなり転んでしまいますが、これ幸いとしばらく休むように勧め、前を行く兵たちには馬を用意して追いかけるから先へ進むように伝えます。
夜、馬が用意されるのを待っている貴子ですが、自分が遊び女だったことを忘れていました。将門に助けられてあまりに幸せだったのです。兵たちはニヤニヤしながら戻って来ました。馬が用意できなかったため、自分たちが騎馬役となって貴子を乗せていこうというのです。召使婆は怪しいと見抜きますが、貴子は促されるまま騎馬役の兵たちの上に乗ります。その拍子に手にしていたお守りが落ちます。
そのころ将門のところには、将頼と清忠が戻ってきて、見たままを報告していました。良子は良兼の息女であるため、仮に捕らわれたとしても身の危険はないだろうと爺はつぶやきますが、であれば貴子は……。将門の表情がなお一層厳しいものになっていきます。
兵たちに担がれた貴子はずっと念仏を唱えていますが、貴子の脳裏には、将門とともに過ごした甘い日々が思い出されて、ついつい微笑んでしまいます。それを兵たちは貴子が笑っていると一層興奮し、お祭りだ! と大盛り上がりです。そして……。
兵たちになぶられ、犯された貴子は、舌を噛み切って自害します。
水守の館では、良正、扶が集まって戦勝祝いが催されていました。そこに貞盛が、将門の家の女たちを捕らえたと聞いたと輪に加わります。やがてここに着く時分だと扶は吐き捨て、常陸府中に帰ると立ち上がります。「良正どの、貞盛どの、残敵の掃討に手抜かりをされるな。いつでも呼んでくれ」
やがて良子たちが水守館に到着し、良正と定子が対面します。貞盛もそこに駆けつけますが、見回しても貴子の姿がありません。良子は貞盛が貴子のことを尋ねたいのだろうと言い当てますが、連行した兵が貴子は足が弱って、別に用意した馬で……と弁明します。貞盛のそれは、直感であった。彼はこの時、事態を正確に推察したのである。
貴子を見下ろす鹿島玄明は、自分たちがもう少し早く来ていればこうならなかったのに、と無念さを露わにします。死骸のそばに咲く花を無心に摘む尼姿の螻蛄婆(けらばあ)に、涙はないのかと玄明は非難しますが、婆は貴子の遺骸を枕花で添えてあげます。これが婆なりの、悲しみの表現であり、見送り方なのかもしれません。「いい死に顔だ」
馬に乗った貞盛は必死に貴子を呼びますが、応答はありません。すると小道でお守り袋を見つけます。さらに先に進むと気絶した召使婆が倒れていて、その先には……。貞盛は貴子を抱き起し、大粒の涙を流します。太郎貞盛もまた、彼なりの仕方で貴子を愛していたのである。
村長や母親が将門に味方した息子を殺したあの村では、良兼軍の兵士が女たちを乱暴に抱き寄せ、愉快そうに笑います。村の男たちは全員石田の里へ送られて奴隷として働かされ、この村は自分たちと女たちだけになるのです。民家に隠れてそれを見つめる村長や民人たちの目は、はっきりと憎悪が浮かんでいます。
兵士たちが酒に酔いつぶれて眠っています。そこに村長の合図で民人が兵士たちから刀や槍を抜き取り、竹槍を持ち出して一斉に襲撃します。兵士たちは慌てて逃亡しますが、多勢に無勢、あえなく討ち取られていきます。兵の一人が馬に乗って駆け抜けていきますが、空から降って来た婆が兵を馬から引きずり下ろし、命を奪います。そして民人たちは刀や槍を手にずんずん進んでいきます。
眠れない将門は、意を決して立ち上がろうとしますが立てません。そのジタバタに将頼や清忠らが飛び起きます。将門は、兵もなく足も利かない無力な自分の身体の中に、ひっそりと静かに確実に力が満ち始めていました。民人たちは柵を作り、大岩を積み、木を切り、堅固な作りに仕上げていきます。その夜、蜂起した民人たちが汐(うしお)のように満ちあふれ、小貝川と毛野川に挟まれた地域全体を一大城塞と化した。
それを見つめる玄明ですが、婆が涙を流していることに気づきます。立ち上がった婆は、そのまま姿をくらまします。「このわしが? 泣くことがあろうかや。ハッハッハ」 あれは確かに涙だった、と玄明は思った。どんな時にも心を動かさぬように見えた螻蛄婆の、これが真実の一つの姿であったのかもしれない。
必死に立ち上がろうとする将門、しかしすぐに座り込んでしまいます。何度も立ち上がろうとしますが、うまくいきません。たまらず将頼が手を貸そうとしますが、清忠が止めます。将門は刀を杖代わりに何とか立ち、月を見上げています。その顔には、希望のような明るい表情が浮かんでいました。
原作:海音寺 潮五郎「平 将門」「海と風と虹と」より
脚本:福田 善之
音楽:山本 直純
語り:加瀬 次男 アナウンサー
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[出演]
加藤 剛 (平 小次郎将門)
山口 崇 (平 太郎貞盛)
真野 響子 (良子)
高岡 健二 (平 三郎将頼)
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草刈 正雄 (鹿島玄明)
吉行 和子 (けら婆)
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峰岸 徹 (源 扶)
新藤 恵美 (定子)
吉永 小百合 (貴子)
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制作:小川 淳一
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『風と雲と虹と』
第37回「民人の砦」
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