プレイバック春日局・(22)名ばかりの将軍
【アヴァン・タイトル】
静岡市の真ん中に位置する駿府城あと。この春、ここを舞台に徳川家康の駿府城築城400年を記念する博覧会が開かれました。家康は生涯に三度駿府に住みました。一度目は子どものころの今川人質時代。二度目は江戸入城前。そして最後が晩年の大御所時代です。この時家康は、本多正純ら譜代の側近とは別に、当時の日本を代表する多彩の人材を登用して、強力な大御所政治を推し進めました。
金地院崇伝 (外交)・天海 (寺社行政)・林 羅山 (文教)・茶屋四郎次郎 (貿易)・後藤庄三郎 (財政)・角倉了以 (運輸)・伊奈忠次 (農政)・大久保長安 (鉱山)・ウィリアム・アダムス (外交)・ヤン・ヨーステン (外交)
家康はなぜ駿府に政治の中心を置いたのでしょうか。江戸の将軍政治は幕府の基礎作りが目的で、関東を支配するだけで手いっぱいでした。全国支配を目指す家康にとっては、東の幕府を助け、西の外様勢力を牽制(けんせい)できる東と西の中間点が駿府だったのです。駿府での晩年の日日、家康は天下和平の最後の仕上げに邁進(まいしん)していたのです──。
慶長12(1607)年 春。おふくは引き続き竹千代の乳母を務めることになりますが、前年暮れに誕生した国千代が成長するにつれ、奥の様子は微妙に変わりつつあります。竹千代の対面時、お江与は国千代を抱いて現れます。お江与は国千代が賢いと感じていますが、それは竹千代のよき右腕に成長してくれることを期待してのことです。お江与は千熊に、国千代の小姓たちとも仲良くするよう伝えます。
おふくはさっそくにお勝にお祝いを伝えに居室に向かいます。お勝は初めて母となり、おんなの幸せをかみしめていますが、姫なのでいずれ離れ離れになる運命です。誕生した市姫はすでに、伊達政宗次男・忠宗との婚約が決まっているのです。おふくは、市姫がどこに嫁ごうともお勝は市姫の母親だと、お勝を励まします。
おふくはお勝から、お江与がまた身ごもったと聞かされます。国千代を溺愛するお江与に、おふくは一抹の不安を覚えます。お江与の国千代に注ぐ愛はおふくの思い過ごしには終わらず、毎日定刻の将軍夫妻への目通りにも、お江与は竹千代に顔を見せないことさえあったのです。そしてその年の10月、お江与は秀忠五女・和姫を出産しました。
和姫は入内させると秀忠が言い出します。12歳になる政仁(ことひと)親王に嫁がせるわけです。お江与は秀忠に詰め寄りますが、今の徳川にとって怖いのは朝廷と豊臣であって、朝廷を徳川の味方に引き入れておく必要があります。豊臣には千姫が嫁ぎ、世の和平はより確かなものになるのです。男子が欲しかったお江与は、生まれたのが姫だったこともあって、国千代への愛を一層深めることにつながります。
その考えを知った駿府城の徳川家康は、こちらの指示をただこなすだけの男と思っていただけに、和姫を入内させるとは自分でさえ思いつかず、秀忠はたいした男だと大笑いします。家康はさっそく京都所司代板倉勝重に命じて、和姫入内のことを公家たちと調整して朝廷の許可を得るように取り計らわせます。「徳川と朝廷が結ばれれば徳川は盤石、それでこそ将軍じゃ」
大坂城の茶々は、徳川の力を朝廷にまで伸ばそうという秀忠の考えに激怒します。朝廷が認めるはずがないと饗庭の局は主張しますが、今や朝廷としても徳川に逆らうことはできないわけです。朝廷とつながり豊臣を孤立させ、いずれは取り潰す腹だと感じた茶々は、各地に建立中の社寺の造営をすべて取りやめ、これ以上の出費を控えるように命じます。
その年の12月、美濃清水城主・稲葉通重の不祥事が発生します。京都祇園で町娘を手籠めにして所司代に訴えられたのです。通重は稲葉正成の義弟にあたり、このまま手をこまねいていては清水城を召し上げどころか、稲葉家は取り潰しの可能性すらあります。正成はおふくに、土井利勝あたりに取り計らいをお願いするしかありません。
大久保忠隣は、人を殺めたわけでもなく酒の上の狼藉であると笑い、国許での謹慎を提案します。利勝もおふくから温情ある計らいをと頼まれていることもあり、おふくのこれまでの功績を考慮しなければならないと、秀忠は通重の始末を家臣たちに一任し、謹慎と決まります。将軍への竹千代の対面の時に秀忠に礼を言うおふくでしたが……。
駿府の家康がこの裁定に腹を立て、稲葉家は改易、通重は常陸国へ流罪と裁定を覆す処分を通達してきました。忠隣は将軍の裁定を盾に反発しますが、家康の名代の本多正信は家康が決めたことを取り仕切ればいいと聞く耳を持ちません。将軍家は大名の処分ひとつも勝手にできないのかと忠隣はわなわな震えます。正信は、自分に言ってくれたらことは穏やかにいくのだと高笑いです。
落胆する秀忠は国千代の居室に向かいます。国千代の相手をしながらお江与は、秀忠がいったん決めたことを家康に潰されて「将軍というても大御所さまのお力には歯が立たぬのでございますなぁ、情けないことじゃ」とつぶやき、ムッとした秀忠は席を蹴ってしまいます。
おふくには利勝が事情を説明し、申し入れも自分のおごりだったとおふくは謝罪します。「お暇をいただく潮時やもしれませぬ」
利勝と庭を歩く秀忠は、功のあったおふくの願いすら聞き入れられない自分の無力さに卑屈になります。利勝は、今回のことは正信・正純親子ら駿府の年寄りたちが自分たちの力を誇示しただけだと主張しますが、それでも将軍は大御所の命には背けないと肩を落とします。駿府と江戸が争うようなことになっては、徳川がつぶれてしまうのです。
その時、近くの木々がカサカサと揺れ動きます。刀を抜いてそっと利勝が近づきますが、出てきたのはタマという猫を抱いたお静でした。禁制を破って立ち入ったためお手討ちは覚悟するお静ですが、秀忠は不問に付すよう利勝に命じます。早く戻った方がいいとお静を帰した秀忠は、お静に心を奪われます。「優しい目をした女子じゃ……どこの部屋の者か聞いておくのじゃった。暖かで、さわやかな娘じゃった」
慶長13(1608)年も新春を迎え、通重は改易、おふく思い出の美濃清水城は徳川に召し上げられます。江戸城で正成と対面したおふくは、乳母から身を引き江戸城から下がる決意を固めます。自分が出仕したころとは江戸城の様子も変わって来ていて、今のうちにという気持ちもあるのです。正成にも異存はなく、帰ってくればいいと賛成してくれます。
お江与の屋敷前の庭で、竹千代と小姓たちが目隠し鬼をする最中、竹千代は軒下に雀の巣を見つけ、所望します。松平長四郎は木に登って取ろうとしますが、それを国千代の小姓・甚次郎に見咎められます。竹千代の小姓と国千代の小姓がいがみ合い、千熊は仲裁に入ります。収まらない甚次郎に、千熊は自分を打つように告げ、地面に直ります。甚次郎は木刀で何度も殴打します。
廊下を歩くおふくと正成ですが、そこに竹千代と小姓たちが戻って来ました。千熊の装束は薄汚れ、顔にはあざが出来ています。おふくは何があったのかと千熊を問いただしますが、木に登って落ちました! と笑顔を見せます。おふくはただごとではないと感じ取ります。
慶長12(1607)年6月24日、美濃清水城主・稲葉通重が京都の祇園で富商の婦女らに乱行を起こす。
寛永6(1629)年10月10日、おふくが上洛して昇殿し「春日局」名号を賜るまで
あと22年3か月──。
原作・脚本:橋田 壽賀子「春日局」
音楽:坂田 晃一
語り:奈良岡 朋子
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[出演]
大原 麗子 (おふく)
長山 藍子 (お江与)
中村 雅俊 (徳川秀忠)
山下 真司 (稲葉正成)
東 てる美 (お勝)
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前田 吟 (本多正純)
中条 きよし (土井利勝)
大和田 獏 (大野治長)
松本 友里 (お静)
馬渕 晴子 (大蔵卿の局)
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大空 眞弓 (茶々)
丹波 哲郎 (徳川家康)
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制作:澁谷 康生
演出:一井 久司
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『春日局』
第23回「悲劇の予感」
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