プレイバック春日局・(33)離別 再婚
【アヴァン・タイトル】
元和2年4月17日、徳川家康は駿府で、その75歳の生涯を閉じました。遺体は家康の遺言で、その日のうちに静岡久能山に葬られました。久能山は駿河湾を見下ろす高台です。死ぬ間際まで西国の大名の動きを気にかけていた家康は、西の守りとなるために遺体を西に向けて安置させました。
そして1年後、今度は関東警護の最大の要所・日光に、家康は守り神として祀られることになりました。その時建てられたのが日光東照宮ですが、現存の東照宮は、後に家光が大改築したものです。造営の総工費が金568,000両、現在の400億円。そのすべてを幕府で支出しました。家光の家康に対する並々ならぬ敬愛ぶりがうかがえます。
家康は権現様と崇められ、後の幕府の制度や政策の中に、その精神的なバックボーンとして生き続けてゆくのです──。
徳川家康の遺言により、遺体は即日 駿府久能山に葬ったと将軍徳川秀忠から発表されます。秀忠は徳川幕府を揺るぎないものにするため、力を尽くしてほしいと家臣一同に訓示します。竹千代は鎧を授かり、おふくを乳母につけたり世継ぎに指名してくれたりと、家康に受けた恩がありながら何ひとつ報えていないと後悔しますが、おふくは立派な三代将軍となることこそご恩奉じだと竹千代を励まします。
とはいえ、竹千代がここまでこれたのは家康の庇護があればこそで、家康が亡くなれば自分の立場もどうなるか分からないというのが正直なところです。おふくは秀忠やお江与を信じるように諭します。「大御所さま亡き後、ふくは終生、竹千代ぎみにお仕えする覚悟をいたしましてございます」
稲葉正成が江戸に下向したため、重大な決意を胸に秘めたおふくは、宿下がりを願い出て稲葉屋敷へ向かいます。正成はこれまで竹千代に仕えてきたおふくを労わりますが、おふくは正成に離別を申し出ます。これまで正成の行為に甘えて竹千代に仕えてきましたが、妻の役目を何ひとつ果たせず、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないというのです。
是非もないのう、と正成は微笑みます。今の暮らしに不自由を感じたことはありませんが、自分や稲葉正次・正勝・正定・高丸らが徳川に仕官でき、その恩顧があればこそ、おふくが竹千代に終生仕えるという決意を固めるのももっともと、おふくの心情を理解します。思えばおふくは後添えに来てくれて、度重なる危機を乗り越えられたのです。「正成のほうこそ礼を言わねば……正成はいつもおふくの味方じゃ」
家族全員が稲葉屋敷に集まり、正成はおふくと離別することになったと発表します。正成は子どもたちに、離別しても母親であることには変わりなく、孝養を尽くすようにと諭します。おふくは離別を自分から言い出し、正成に許しを得たことを打ち明けます。「竹千代ぎみをお守りするために、今日よりふくは鬼になりまする」 おふく38歳、正成46歳、お互いを思いやっての離別です。
幕府の実権を握った秀忠は、国千代に甲斐18万石を与えることにします。世継ぎが竹千代と決まった以上、同じ父母から生まれた男子でありながら、竹千代とは違うということを天下にも国千代自身にも示す必要があると考えたのです。さらに、家康が決めたこととして、千姫の本多忠刻(ただとき)への再嫁をできるだけ急ぐように土井利勝らに命じます。
おふくは信州八王子の信松尼の庵を訪ねます。お静が産んだ秀忠の子・幸松(ゆきまつ)も はや6歳となりました。近々秀忠がこの辺りに鷹狩りで来て、お静と幸松に会うことになりました。幸松の正体を隠しての対面ですが、お静は二度と会えないと思っていただけに、もし会えたら思い残すことはありません。秀忠は後々幸松をしかるべき大名の養子に出し、ゆくゆくは徳川に召し出すつもりでいるようです。
千姫の再嫁について承服できない竹千代は、嫁ぐことはないと千姫に説得に赴きますが、千姫自身が嫁ぐと決意を固めたところでした。竹千代はお江与から、国千代も一大名として江戸城を出ると聞かされ、衝撃を受けます。おふくは夫と離別してまで仕えてくれていると竹千代に諭し、竹千代の母親なのだから大切にせねばと見据えます。竹千代は黙って頷きます。
鷹狩りの日、馬を進める秀忠は、林の中の花畑で花を摘むお静と幸松の姿を認め、馬を降ります。家臣たちの手前、初めて見かけたふうを装っていますが、実の父と母と子です。子は国の宝だから大事に育ててくだされ、と秀忠はお静に激励します。これを坊にやろう、と懐から徳川の家紋つきの印籠を手渡します。「大きゅうなったらいつかわしと会うたこと思い出すこともあろう。達者での」
江戸城に戻った秀忠はおふくを呼び出し、無事に幸松を成長させてくれた礼を言います。秀忠は利勝とも諮り、幸松を信濃高遠25,000石の保科正光に養子にすることにします。秀忠の子とはいえ他家に養子に出した男子であり、これから先何があるか分かりません。秀忠はおふくに幸松の成長を見届けてやってほしいと頭を下げます。
家康を失い、お勝は駿府を引き払って本多正純とともに江戸城にやって来ました。お勝は尼となり、おふくと家康の思い出話に花を咲かせます。お勝は秀忠から江戸に屋敷をもらい、そこで家康の菩提を弔うつもりでいますが、おふくは竹千代が立派に三代将軍を継ぐのを、家康の代わりに見届けてやってほしいと伝えます。「竹千代ぎみは激しいご気性じゃ。何ごとものうご成人くだされればええが」
9月、千姫が輿入れして江戸城を去り、国千代が新しい屋敷に入って、お江与には寂しい日々が訪れていました。竹千代は母の気持ちが晴れるならどんなことでもするつもりでいます。お江与のことを恨みもせず、会いに来てくれる竹千代が唯一の慰めです。「ならば竹千代、毎日でも参ります。母上にはお寂しい思いはおさせいたしません」 お江与は竹千代の優しさに触れ、涙を浮かべます。
元和3(1617)年11月、竹千代は正式に将軍後継者として江戸城本丸を出て、おふくとともに西の丸に入ります。西の丸の奥を束ねるおふくの責任はいっそう重くなります。翌 元和4(1618)年2月、おふくに寂しい別れが待っていました。松平忠昌が越後高田24万石に転封となり、正成がその附家老として2万石を与えられ、糸魚川へ赴くことになったのです。
そしてそれに合わせ、後添えをもらうことになりました。正勝はおふくにそれを言わなくてもとたしなめますが、正成はいずれおふくの耳に入る前に自分で伝えたかったわけです。「私がして差し上げられなんだことを、そのお方にしていただきまする。これでようやく正成どののこと案ぜずとも済みます。どうか正成どのにはご壮健であられますよう」
雪のちらつく中を去ってゆく正成を見送りに出るおふくですが、足元にあった傘をさして正成に渡します。正成とは憎み合って別れたわけではないおふくでしたが、次第に小さくなっていき、見えなくなっていく後ろ姿に、おふくは深々と一礼します。おふくの目には大粒の涙が流れていました。
原作・脚本:橋田 壽賀子「春日局」
音楽:坂田 晃一
語り:奈良岡 朋子
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[出演]
大原 麗子 (おふく)
山下 真司 (稲葉正成)
東 てる美 (お勝)
野村 真美 (千姫)
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中条 きよし (土井利勝)
松本 友里 (お静)
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中村 雅俊 (徳川秀忠)
長山 藍子 (お江与)
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制作:澁谷 康生
演出:一井 久司
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『春日局』
第34回「初恋」
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