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2024年10月 7日 (月)

プレイバック春日局・(35)秋の悲恋

【アヴァン・タイトル】

江戸時代、それは武力よりも規則が世の中を治めた時代です。武家諸法度など社会制度を定めた法律から、日常生活の細々とした決まりまで、網の目のように張り巡らされた法度が、徳川300年の秩序を形作ったのです。

「殿中でござる」で有名な、松の廊下。この殿中、つまり江戸城内にも、数多くの法度がありました。殿中でひとところに集まり、大声で雑談をしてはならない。殿中で相撲をしてはならない。便所以外で立ち小便をしてはならない。殿中の落書きもご法度。落書きをした者は死罪でした。

初期の江戸城内には、戦国の気風を受け継ぐ荒くれ武者たちが数多く残っていました。幕府は細かい法度をいくつも定めることで、彼らを管理していきました。法度が支えた江戸時代は、現代の管理社会の始まりでもあったのです──。


元和6(1620)年、徳川家光の吉原通いの行状が土井利勝の耳に入り、おふくは叱責されます。おふくは、誰しも一度は通る道と静観するつもりですが、利勝が危惧しているのはこのことが徳川秀忠の耳に達した時のことです。世継ぎの座が危うくなる可能性もあります。利勝としては、そうなる前に善処をおふくに求めます。

それほど吉原がお気に召しましてございますか、とおふくは朝帰りした家光に皮肉を言います。吉原で生きねばならない人たちを知るのも大事と放任してきたおふくでしたが、吉原通いは慎むように忠告します。家光は、吉原に行かねば会えない女がいると顔を真っ赤にします。「吉原へ通うが世継ぎの障りとなるなら、将軍になどならずともよい! わしにとっては母のような女子じゃ」

吉原へ案内した松平信綱から、家光の相方は紫と聞いたおふくは、面会を求めて座敷に通されます。おふくはすでに身請けの話を済ませ、紫に江戸城に上がるよう伝えます。しかし紫は宇喜多秀家の家臣の娘で、関ヶ原で父を失い、一家は路頭に迷って吉原へ身を落としたのです。「私にとって徳川は不倶戴天の敵、身請けの儀も無用にございます。徳川の恩は受けませぬ。まっぴらじゃ!」

家光はその夜も紫のところへ通います。紫は昼間のことがあったからか、それとなく早く帰るよう勧めます。人が人らしく生きるとはどういうことか、家光は紫に会って初めて分かった気がします。いつか必ず紫と暮らせるようにすると家光に言われ、紫は女子冥利に尽きると手をつきます。「紫は、銭に買われた客とは思うておりませなんだ。それだけはお分かりください。紫は思い残すことはございませぬ」

 

翌朝、家光はおふくを呼び出し、金がいると告げます。稲葉正勝は家光が分別をなくし、遊女の身請けに使うとおふくに明かしますが、家光の好きなように使わせたいと、おふくは大金を用意することにします。その金をもって家光は遊女屋へ向かいますが、いつもの店がざわざわしています。正勝は近くの町人に事情を聞きます。「紫が自害したそうじゃ。懐剣で胸を一突きにして、見事に果てたと」

家光と店主が入り口でもみ合っていると、遊女が大泣きしながら家光を見つけ、中に案内します。ふすまを乱暴に開けると、家光の目の前には紫の遺骸が寝かされていました。その遊女の話では、紫は家光が帰った後に浴びるほど酒を飲んでいたそうです。「惚れちゃいけない男に惚れちまった……私バカだ、大バカだって……辛かったんだろうね……辛かったんだろうね……」

江戸城に戻った家光は、大金をおふくに投げ渡します。紫が自害し、金は不要になったことを伝えます。おふくが紫に別れるように言ったのかと家光は問い詰めます。おふくは涙ながらに、家光のために側室として迎えに行ったものの、宇喜多の家臣の娘で徳川を憎み、話を受けてもらえなかったと弁明します。「若君にも紫どのにも、申し訳の立たぬことをいたしました。お詫びの言葉もございません」

その話を聞き、家光はおふくを恨みこそしませんが、紫との出会いが悲運だったと諦めるしかなさそうです。せめて紫の菩提は手厚く葬ってやりたいとつぶやきます。「ふく、わしは妻を娶らぬ。側室も置かぬ。二度と女子には指一本触れぬ。わしは生涯をかけてわしの罪を償う。正勝にとて好きな女子はおる。正勝にはわしのような思いをさせてはならぬ」

正勝と二人きりになり、おふくは自分が間違っていたと正勝に吐露します。お世継ぎの側室なら誰もが喜んで受けるものと、おふくは驕っていたようです。紫が命を絶ち、家光を傷つけてしまったと、おふくは深い後悔の念に苛(さいな)まれます。かつては“謀反人の娘”と言われ、肩身の狭い思いで生きてきたおふくが、今は人を人とも思わぬ仕打ちを……。おふくは大粒の涙を流し、正勝はそっと励まします。

 

元和7(1621)年、25歳の正勝は小姓番頭から書院番頭に昇進し、1,500石に加増されます。次期将軍側近の筆頭として前途を嘱望され、母親のおふくのところに多くの縁談が持ち込まれています。そして正勝侍女のお春には、おふくが縁談の世話をしているようで、宿下がりの許しを求めてきました。正勝はお春の縁談話を知るとそれを断らせます。

おふくは正勝がお春を好きなのを察していました。お春には町方の娘としての幸せがあり、妻にするのは諦めるよう説きますが、正勝はお春を側室にせず、妻も娶らず、一生そばに置く考えです。正勝は自分に来た縁談話はすべて断るようにおふくに頼むと、覚悟を悟ったおふくは、もう何も言わぬとお春を嫁にすることを認め、稲葉正成が江戸へ下向した際に祝言を挙げられるように手配します。

元和8(1622)年の春、正成が松平忠昌の供をして糸魚川から江戸へ下向し、正勝とお春の祝言が行われます。旗本山田重利の養女にしたとはいえ、こんなことになったとおふくは正成に詫びますが、正成は以前からお春を知っていて、ふたりの結婚を喜びます。正成はおふくが母・たかの反対にもめげずに後妻になったことを思い出します。「己の思うとおり生きる強さを教えたは、ふく、そなたではないのか?」

一家が久々に正勝の屋敷に集まります。正成は、徳川忠長が家光の勘気に触れて正利が蟄居の処分を受けたことを心配していましたが、家光や家老たちの計らいで赦免されたようです。ともかく稲葉一族は徳川に奉公し、孫の堀田正盛と正勝は将軍世継ぎの側近で、正成は思い残すことはないとつぶやきます。

 

おふくは家光の代参で日光東照宮を参詣し、途中の宇都宮城に宿泊します。城主の本多正純は生存する唯一の家康の元老で、新体制を築く秀忠や幕閣の面々からは疎まれているのはうすうす承知していました。そろそろ隠居するときかと、正純は秀忠への忠誠の証として屋敷を新築したのですが、これが正純の命取りとなってしまいます。

後日、おふくは正勝から、宇都宮屋敷の将軍寝所の座敷天井が落ちる仕掛けになっており、湯殿の床板も抜けて無数の剣が立てられていたと密告があった旨、報告を受けます。おふくは正純の人となりを充分知っており、謀反など企てる人間ではないと腹を立てますが、かつて家康が正純を守って大久保忠隣を改易したこと思い出し、秀忠たちがその恨みを晴らそうとしているのではないかと疑います。

4か月後、正純は領地を没収され、出羽国由利に配流されます。おふくは政治家としての秀忠の冷酷さを思い知らされ、秀忠の元で家光を守っていく難しさを改めて痛感させられていました。時代は着々と秀忠体制に移りつつありました。


元和8(1622)年8月、宇都宮城釣天井事件により、本多正純が2代将軍徳川秀忠の暗殺を謀ったなどの嫌疑をかけられ、本多家は改易、正純は流罪となる。

寛永6(1629)年10月10日、おふくが上洛して昇殿し「春日局」名号を賜るまで

あと7年2か月──。

 

原作・脚本:橋田 壽賀子「春日局」
音楽:坂田 晃一
語り:奈良岡 朋子
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[出演]
大原 麗子 (おふく)
山下 真司 (稲葉正成)
江口 洋介 (徳川家光)
若村 麻由美 (紫)
唐沢 寿明 (稲葉正勝)
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中条 きよし (土井利勝)
前田 吟 (本多正純)
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制作:澁谷 康生
演出:兼歳 正英

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『春日局』
第36回「父子断絶」

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