プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第四回
「母さん……夢千代さん……」 夢千代はふと呼ばれたような気がして振り返ります。「市駒さん!? どこ? どこにおりんさる?」 ここです、という声の方向に目を凝らすと、物陰に隠れて市駒が立っていました。夢千代は、はる家で匿ってあげたいけれど、たった今出て行った刑事がきっと引き返してくると説明し、そこから出てこないように言葉をかけます。
夢千代は、市駒が本当に人を殺すようなことをしたのかと優しく問いかけますが、市駒は嗚咽を漏らして泣き出します。懐を確かめた夢千代は、少額の金しかないことに気づき、お金を取りにはる家に戻ります。置屋の中でスミの顔を見た夢千代は、ハッと気が付いて再び市駒のところに向かいますが、その時にはすでに姿をくらましていました。
──市駒さんに、何もしてあげられなかった。夜、零下五度まで下がる──
朝、湯気が沸き立つ湯里の川のほとりで、時子が立っていました。寒くなると足の古傷が痛むようです。夢千代は、湯里の温泉に入ったら治ると時子を励まします。時子は、この川のほとりに立っているといいらしく、夢千代は転がっていた石を時子の手に握らせます。時子はニッコリ微笑みます。
──この子は、芸者になるしか生きていく道がないのだろうか──
はる家では、時子は菊奴から貝がら節の踊りの振り付けを習っています。しかし足が不自由なため、ぐにゃりと曲がって見ていて危なっかしいです。いくら見習いとはいえ、お座敷でお客さんから踊りを要求されることもある以上、踊りの1つや2つはできないといけないと菊奴は厳しい表情です。
夢千代は、かつて在籍していた“ひなげし”という芸者の話を持ち出します。ひなげしも足が不自由ながら、踊りはそれに気づかせないほど上手だったそうです。ひなげしの踊りを研究していた菊奴は、踊りのコツを伝授します。実はひなげしは広島の造り酒屋に嫁ぐような出世頭で、芸者は顔や形ではなく、芸と心なのだと菊奴は時子に諭します。
はる家にまで沼田が押しかけてきます。夢千代ははる家を売る気はないと強めに断りますが、沼田は夢千代の母を知っていると突然言い出します。昭和20(1945)年、広島でピカにやられた6歳の沼田少年は、やはりピカにやられた女性に手を引かれたわけですが、それが夢千代の母親だというのです。沼田少年と岡山に行き、結局は親戚がやっている置屋があるこの温泉町に流れ着いたという話です。
のちに神戸に親戚が見つかり、沼田少年はそちらへ引き取られていったのですが、まさかあの時にその女性が夢千代を身ごもっていたとは……。沼田は夢千代の母親が5年前に亡くなったと聞き、位牌に手を合わせます。できるだけのことはするけん、と沼田は名刺を夢千代に握らせますが、夢千代はあくまでもはる家を誰にも渡さず、誰の力も借りずにやっていくつもりです。
スミは警察に連絡し、藤森刑事が慌てて駆けつけます。不法侵入で逮捕するぞと脅しますが、沼田は位牌に線香をあげに来ただけだと言ってはる家を後にします。
スナック喫茶・白兎の備品が差し押さえられていました。山倉(山本倉次郎)は、身体を張ってこの町を守ろうという者が一人もいないのかと怒りに震えますが、沼田たちが来たようで、それまでの威勢はどこへやら、アサ子やあんちゃん(安藤)、新人役者の室川辰夫らと店のカウンターの中や客席などに慌てて隠れます。3人はズカズカと店の中に入ってきて、山倉を出せと脅します。
アサ子は恐怖におびえてココにおると答えますが、その時には山倉はこっそり店から脱出していていなくなっていました。黒ダブルの男は大声で相手を威圧していますが、辰夫が春川団十郎一座の新人役者だと知ると、ウチにも興行部があるから困ったら訪ねてきなさいよと優しい声で勧誘します。沼田はアサ子に、サン商会が話がある、煙草屋旅館にいると、山倉に伝えさせます。
──お仏壇には、父と母の位牌のほかに、もう一つ小さなお位牌があります。私の子どものお位牌です。ゆうべ、この子の父親に会いました──
煙草屋旅館では、泰男が大手ホテルチェーン「東津観光」の力を借りて、この旅館を近代化する話を泰江に持ちかけますが、10階建ての煙草屋旅館に魅力を感じない泰江は無下なく断ります。この旅館をつぶす気か!? と泰男は泰江に迫りますが、泰江は息子と二人きりにしてほしいと、東津観光の市村に席を外すよう促します。
泰江は、泰男がずいぶん変わってしまったとため息をつきます。こんなところは嫌だと、永井左千子(夢千代)と東京へ行ったのに、後に左千子だけが湯里に帰って来たのです。泰男は左千子が胎内被爆による原爆症で子を産めない身体であることで結婚に難色を示したわけですが、それは左千子のせいではないと泰江はたしなめます。「けど、芸者になんかなることないよな」と泰男はうつむきます。
芸者をやっていれば旦那がつくからと、泰男は左千子の“旦那”が誰かを聞きますが、はる家は他の置屋では引き受けられないような芸者ばかり抱えて、左千子は“旦那”なしで誰の力も借りずにやってきているのです。泰江もまた、誰の力も借りずにやっていきたいと考えています。「自分の力で一生懸命にやって、それで潰れるんなら」
この話は壊れてもいいんだね、と泰男が力なく尋ねると、泰江は「ここが10階建てのホテルになったら、泰男は帰ってくるだか?」と尋ねます。泰男は今が好機と立ち上がり、帰ってくるし、ホテルの支配人にもなるし、東津観光の役員にもしてもらえる約束だと泰江に打ち明けます。「泰男……そないにまでして、帰ってこんでもええ。煙草屋旅館は木造2階建てのままで十分だで」
木原医師がはる家を訪ねます。夢千代の頼みで預かっている山根ですが、これ以上は預かれないというのです。病院であっても入院は対応できず、何とかして大きな病院に移ってもらうようにしたい木原は、診療所から警察に電話することもできず、夢千代から警察に電話してもらえないかと無理に頼み込んで出て行ってしまいます。
山根を藤森が訪ねてきていました。藤森が川崎警察署に連絡を入れたわけですが、胃潰瘍“のような”症状だと告げ、代わりの刑事を派遣するということになったようです。市駒が湯里で芸者をやっているのを探り出し、逮捕できる間近であり、余計なことを!! と山根は藤森に怒鳴りますが、血痰のような少量の吐血でありながら親切心で連絡を取った藤森は、実に心外です。
山根は代わりの刑事は不要と川崎署へ連絡を入れようとしますが、その電話を切った藤森は、山根の家にも連絡したことを打ち明けます。しかし何度連絡してもつながらず。不審に思った藤森は再度川崎署へ連絡すると、山根宛の妻からの手紙が届いていることが判明します。心配した川崎署員が山根のアパートに確認に行くと、妻は在宅しておらず、3日分の朝刊夕刊が郵便受けにたまったままとなっていました。
川崎署では、山根の許可さえあれば手紙を開封してみたいと言っているそうです。こういった山根に関わる状況をすべて伝え、川崎署へ電話をと藤森は言いたかったわけです。山根は自分の病気は風邪程度で大したことないから、誰も寄越さなくていいと断ったうえで、手紙については読んでも構わないと投げやりに返事します。
『長い間考えてきたことです。家を出ます。私はあなたのような生活にはついてゆけない妻だと思います。すみません。どうか探さないでください。保険以外の支払いは全部済ませてあります。本当にすみません。探さないでください』
はる家の電話が鳴ります。煙草屋旅館のかね(兼子)からで、夢千代に伝えてほしいと市駒から電話があったそうです。市駒はいま港のそばにあるスナック但馬にいて、すぐ来てほしいと言っていたと伝えます。夢千代が急いで但馬に向かうと、そこに立っていたのは泰男でした。いま急いでいるのでと立ち去ろうとする左千子に、泰男は今夜東京に帰ることにしたと言い出します。
泰男はサッちゃん(左千子)こそ病院に入っていなければいけないのじゃないかと言いますが、有効な薬がなく病院に入っても一緒だと左千子はうつむきます。「一つだけ聞いておきたいことが……僕との間に子どもはいなかったんだろうね? 教えてくれないか」 いませんでした、と左千子は泰男を見据えます。左千子が立ち去り、そこに山根がふらつきながらたどり着きます。
夢千代は但馬に急ぎます。スナック但馬のママは夢千代と確認したうえで、市駒から預かった風呂敷包みのものを差し出します。それがお仏壇と知った夢千代は、市駒を追って浜の方へ追いかけていきます。スナック但馬の前の橋を小走りで渡っていく夢千代の姿を、山根が目撃していました。海岸まで出て夢千代が目にしたのは、岸壁で正座している市駒でした。
夢千代は市駒に駆け寄ります。お仏壇を預かってもらいたいと頼む市駒ですが、それだけはよう預かれんと夢千代は見つめます。「お仏壇預かったら、あんた死ぬでしょ」 北の日本海、荒波の横で、頭を下げ、預かってほしいと懇願する市駒は、お母さん! と叫びながら夢千代の膝で体を揺らして号泣します。
──日本海の冬の海の波は、とても辛い涙のよう。鉛色の空からにじみ出てきます──
夢千代は市駒をスナック但馬に連れ帰ります。こんなにかさばる物を何度棄てようと思ったけれど、棄てられなかったと市駒はつぶやきます。両親の位牌のほかに、市駒のへその緒が入っているのです。へその緒を棄てたら糸の切れた風船と一緒だと夢千代の死んだ母が言っていました。市駒と一緒に出て行った男の人と、てっきり幸せに暮らしているものだと夢千代は思っていたのです。
冬も晴れているイメージの表日本に出ていくという男に、ただ何となくついてきた市駒は、芸者もストリッパーも経験したこともあり、どんなことをしても暮らしていけると思っていました。市駒がキャバレー務めをしている間にギャンブルを覚えた男は、市駒にトルコ(風俗店)に行けと言い出します。次第に市駒は男が憎くなり、首を絞めたというわけです。
「ウチはやっぱり、トルコに行けば良かったんですよね」と涙ながらに言う市駒に、夢千代は首を横に振ります。だってあの人ば殺してしもうた……。そう白状してテーブルに突っ伏す市駒の肩越しには、山根が柱に隠れて黙って聞いていました。それに気づいた夢千代は、山根に聞こえない小声で、裏口から逃げるように勧めますが、夢千代が差し出した財布を受け取らず、もうよかですとほほ笑みます。
「もう疲れました。藤森さんのところへ連れてってください」 山根は身を隠すようにカウンターに伏せ、その間に夢千代と市駒は店を後にします。ありがとうございました、というママの声を聞いてムクリと起きた山根は、大きくため息をつきます。そして翌朝、湯里警察署に到着した市駒は、夢千代と署の中に入っていきます。
──冬の日本海は厳しくて、沖に出る船もてんでしのび?。ほかの船も助けることが出来ません。私たちもてんでしのびなのです──
作:早坂 暁
音楽:武満 徹
演奏:東京コンサーツ
方言指導:高橋 ひろ子
踊り指導:松浦姉妹
協力:兵庫県美方郡温泉町
[出演]
吉永 小百合 (夢千代)
秋吉 久美子 (金魚)
中条 静夫 (藤森刑事)
樹木 希林 (菊奴)
緑 魔子 (アサ子)
ケーシー 高峰 (木原)
中村 久美 (時子)
あがた 森魚 (あんちゃん)
伊佐山 ひろ子 (作子)
大熊 なぎさ (アコ)
夏川 静枝 (スミ)
岡田 裕介 (泰男)
片桐 夕子 (市駒)
佐々木 すみ江 (かね)
草薙 幸二郎 (沼田)
丹古母 鬼馬二 (黒ダブルの男)
久保 晶 (市村)
堀 礼文 (黒メガネの男)
香山 浩介 (辰夫)
沢田 情児 (健三)
丸山 由利亜 (スナックのママ)
中村 武巳 (警察官の声)
鳳プロ
早川プロ
劇団いろは
長門 勇 (山倉)
加藤 治子 (泰江)
林 隆三 (山根刑事)
制作:勅使河原 平八
美術:稲葉 寿一
技術:白石 健二
効果:篠遠 哲夫
照明:布野 俊明
カメラ:橋本 国雄
音声:近藤 直光
記録:水島 清子
演出:松本 美彦
| 固定リンク
「NHKドラマ人間模様・夢千代日記」カテゴリの記事
- プレイバック夢千代日記・最終回 [終](2024.12.31)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第四回(2024.12.27)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第三回(2024.12.24)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第二回(2024.12.20)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・[新] 第一回(2024.12.17)
コメント