プレイバック夢千代日記・最終回 [終]
──私の病気は白血病です。三十五年前、広島でピカドンの光を浴びたせいです。でも私はピカドンの光を見ていません。母の胎内にいたのです。市駒さんを追って行った山根刑事さんは胃潰瘍で血を吐き、市駒さんの護送も人に任せて湯里に寝ています──
具合が悪く横たわる夢千代の様子をスミが見に来てくれました。木原医師に来てもらうことを勧めるスミですが、白血病は木原先生ではどうにもできないのです。芸者たちが揃って食卓に集まり朝ごはんです。しかし体調がすぐれない千代春は、スミが用意した朝ごはんには手を付けずに自分の部屋に戻っていきます。アコちゃんの横に座る金魚は、自分に宛てられた便せんに目を通して「何だァこれ!?」と声を上げます。
そして木原診療所で寝ている山根は、赤ちゃんの泣き声に目を覚まします。看護婦の寄子は赤ちゃんをあやしながら、傍らに置いてあった手紙を木原に預けます。捨て子ですが、山根がすぐそばにいる以上、赤ちゃん受け入れに困惑します。山根は見舞いに訪れた藤森刑事に、どこにでも往診には行くし、腕もまあまあという木原診療所の評判を聞き、刑事の勘でここの診療所を調べた方がいいと藤森に勧めます。
そして木原のところには金魚が手紙を持ってきていました。木原の話では、高校2年生だった当時、お腹の子が6か月ということもあって、金魚には会わない約束で生まれた子どもを木原を介して金魚に預けたのでした。そんな女性が今ごろになって、アコちゃんを引き取りたいと手紙を送りつけてきたというわけです。会いに来ないよう木原に念押しして、藤森が来たのを避けるように金魚は帰っていきます。
スナック喫茶・白兎には、新人役者の室川辰夫に雀が色目を使い、後から入ってきた菊奴に「ウチはこの子の後援会長だでぇなぁ」と叱られます。菊奴は辰夫に寄り添い、一番気をつけなければならないのは女だと、雀のほうを見て諭します。菊奴と雀のバチバチは、白兎のママの寄子やウェイトレスの邦子(クーちゃん)が見ていても面白いようでクスクス笑っています。
湯里を流れる川沿いで、千代春は木原と会い、よく眠れる薬を求めます。“二度と目が覚めないほど欲しい”とつぶやく千代春に、木原はギョッとします。千代春は寂しそうな表情を浮かべて、川の流れを見つめています。
煙草屋旅館でいつものようにお座敷に上がり、貝がら節を歌う千代春ですが、やはり具合が悪いせいで歌声も途切れがちです。隣の菊奴は、なんとなく千代春を気遣いながら三味線を弾いています。その歌に合わせて舞う夢千代ですが、夢千代の表情もどこか暗くなりがちです。舞い終わった後、廊下でうずくまる夢千代です。
──踊っていて血が引いていく──
夢千代は泰江に呼ばれます。夢千代に縁談話を持ってきていたわけですが、結婚できるような身体ではないとその話を断ります。泰江は事情を知っているだけに無理には勧めません。一度は結婚も夢見た泰男ですが、泰江に永井左千子(夢千代)に芸者を辞めるように、そして辞めても暮らしていけるようにしてあげてほしいと言いおいて東京に戻っていきました。夢千代は一瞬だけうれしそうな表情を浮かべます。
スナック喫茶・白兎では、お座敷帰りの金魚がアコちゃんと来ていました。ここより暖かいところに行きたいという気持ちが芽生え始める金魚を、山倉(山本倉次郎)はここに残るよう説得します。「ほんだら一緒に行ってくれますか?」と冗談を言う金魚に慌てふためく山倉ですが、寄子はツンと不貞腐れます。そこに藤森が現れます。
千代春の帰りが遅いとスミは心配します。先に戻ってきていた夢千代ははる家でご飯を食べていますが、スミは千代春が子宮がんであると夢千代に告げます。お酒も浴びるほど飲んできたことで、病気をいっそうひどくしてしまったのかもしれません。そこに雀と温泉に入ってきた時子が足を引きずりつつ飛び込んできます。「河原にだれか倒れとります!」
往診に出ようとする木原が診療所の扉を開けると、藤森が立っていました。急ぎの用があると藤森を待たせてはる家に向かいます。はる家に運び込まれた千代春は、明日はる家を出て列車に乗り、どこか暖かいところに行くと言って、これまでの感謝を夢千代に告げます。2人の話を聞いていた木原は、千代春の要望もあって抱えて部屋に連れあがります。
診療所に帰ってきた木原に、藤森は医師免状の提示を求めます。保険の手続きのことで湯里町役場に持っていっているから、明日の昼に持って帰ってくるというので、藤森は間違いないかと念押しして診療所を出ていきます。木原はうつむき、座り込んでしまいます。「いずれ……こうなると思ってた……」
翌朝早く、はる家の下まで来た木原は、千代春の部屋の窓に小石を当て、薬を持ってきたことを伝えます。こっそり階下に降りて外に出てきた千代春に薬を手渡すと、木原は千代春にこの町を出ると打ち明けます。「わし、ホンマの医者と違うだ……」 千代春は去ってゆく木原を追いかけ、自分も一緒に連れて行ってほしいと泣きながら懇願します。
フッと目を覚ました夢千代は、何か胸騒ぎがして2階の様子を見上げます。玄関のかぎが開いているのに気づき、慌てて千代春の部屋をのぞきますが、すでに千代春の姿はありませんでした。むなしく響く千代春を呼ぶ夢千代の声です。そのころ千代春は木原に手を引かれて、町から出て行こうとしていました。
「夢千代さん、あの木原という男はニセ医者だったんです」と藤森は夢千代に告げます。警察としては、ニセ医者であると分かった以上そのまま放置するわけにもいかないのですが、それはそれとして、夢千代は千代春に医者という道連れができてよかったとさえ感じています。藤森は、2人は今ごろ余部鉄橋を渡っているころだとタバコをふかします。
診療所では、木原の紹介でやってきた若い夫婦に、作子が捨て子を預けていました。その様子を見ていた山根は、作子に誓約書を全て持ってこさせます。待合室に置いてある火鉢に火をつけるふりをして、山根は斡旋してきた夫婦たちから預かっている誓約書に火をつけます。「両方から喜ばれても犯罪は犯罪だ。犯罪ってのはな、証拠がなければ犯罪にはならん。俺は刑事を辞めることにしたんだ」
菊奴が帰るなり、悔しさで荒れます。雀が辰夫とこの町を出て行ったのです。アパートの部屋にはローラースケートだけが残されていて、最近コソコソしていたから怪しんでいたわけです。菊奴は山倉に相談して、必ずこの町に連れ戻すと言ってはる家を飛び出して行きます。お座敷の予約が入っていますが、千代春もダメ、雀もダメ、そして菊奴もダメでは、夢千代がお座敷に行くしかありません。
金魚は、今夜は珍しくアコちゃんを置いてお座敷に上がることにします。どこぞ具合でも? とスミは気遣いますが、刑事が木原をいろいろ調べまわっていたせいで、自分が金魚の娘でないことに感づいてしまったのです。今日のところは無理して連れ出すよりも、そっとしておいたほうがいいと金魚は考えます。アコちゃんは部屋から夜空を見上げていました。
スナック喫茶・白兎に向かった菊奴ですが、辰夫と雀を探しに来たはずが、山倉に“それなりに頑張っとる”アサ子の舞台を見てみないかと誘われます。その気はなかったわけですが、湯里ヌード劇場に入った菊奴は、ステージを食い入るように見つめます。どこか悲しげなあんちゃん(安藤)のギターと歌に、着物のアサ子のストリップ舞台……。菊奴は思わず手をたたいて応援します。
結局、お座敷には夢千代と金魚が上がります。菊奴と千代春が不在なので、歌と三味線が録音されたテープを再生しての舞になりますが、順調に踊っていた夢千代は、途中で目がくらみ倒れてしまいます。はる家に運び込まれた夢千代はうなされますが、スミの声にようやく意識を取り戻します。ひとまず安心と、金魚は時子を連れてお座敷に戻り、スミは夢千代にせがまれて川の石を拾ってくることにします。
──三十五年前、母の胎内にいて見えるはずのなかったピカドンの閃光が……。私の母が明るい太陽を求めて表日本に行き、そして太陽よりもまぶしい光を全身に浴びて、帰って来たのです──
ひとりで休む夢千代の様子を、アコちゃんが見に来ました。うつる病気とは違うからと、アコちゃんを枕元に座らせた夢千代は、産んでくれるお母さんもいれば、育ててくれるお母さんもいるとアコちゃんを諭します。手を引いて、一緒に寝て、アコちゃんのために働く金魚は、産んでくれたお母さんよりもっともっとお母さんなの……。そう言って、夢千代はアコちゃんの手を握ります。
小石を拾って戻ってきたスミが、夢千代に石を手渡すと、そのうちの1つをアコちゃんに手渡します。アコちゃんは小石を握り、温かそうに微笑みます。
──私は、もう少しで「道連れ」という言葉を使いそうになりました。金魚さんは、この温かい石を道連れに、海に飛び込んだのです──
──この辛い足を持った時子さんも、私たちの道連れです──
朝早くから足を引きずりつつ川に洗い物に来た時子です。起床した夢千代は身体の調子を心配するスミに、時子の名を「小夢」にしたと告げます。返ってきた時子にさっそくそれを伝え、芸者の格好をして夢千代とともに各お座敷にあいさつ回りをします。
──私の命は三年、そのせいか気が急いて仕方がないのです──
スナック喫茶・白兎では、寄子の拍手をもって小夢が迎えられます。山倉はバナナを食べて照れ隠しですが、ご祝儀袋を夢千代に渡して「せーのっ」とキューサインを出します。するとあんちゃんのギターにアサ子がナレーションを重ねます。「私の名前は“小夢”です。歳は19才です。お酒は飲めませんが、踊りは少し踊れます。じきに上手になると思います!」
首に花輪をかけてもらった小夢は、最初こそ驚いていましたが、次第に嬉しさが沸き上がってきました。寄子や山倉が大きな拍手を送る横で、山根はその様子をチラチラと見て無言です。藤森も祝福に駆けつけますが、ベタベタ触る山倉に文句を言っています。山根は夢千代にご祝儀を渡します。「これ少ないんだけど……いや、僕は刑事辞めました。温かい町ですね、もう少し早く来ればよかった」
──夜になって、雪──
お座敷では、菊奴の三味線と歌に合わせて、夢千代と小夢、そして金魚が華麗に踊っています。足が不自由な小夢のために、夢千代と金魚が小夢の手を握って支える部分もありますが、踊りとうまく合っていて、それと気づく客はいません。その様子をこっそりと泰江とかね、そしてアコちゃんが見守ります。
深く降り積もる雪の中を、夢千代たち芸者とアコちゃんは仲良くはる家に戻って来ます。はる家の居間に電気が灯り、戸を開ける夢千代は手を口に当てて温め、降り続ける雪をじっと見つめています。
──山陰に、長い辛い冬が始まります。気温零下五度。てんでしのびの私たちですが、道連れがいます。十二月二十日、いつもより早い大雪です──
──終──
作:早坂 暁
音楽:武満 徹
演奏:東京コンサーツ
方言指導:高橋 ひろ子
三味線指導:豊 藤美
踊り指導:松浦姉妹
協力:兵庫県美方郡温泉町
[出演]
吉永 小百合 (夢千代)
秋吉 久美子 (金魚)
中条 静夫 (藤森刑事)
樹木 希林 (菊奴)
緑 魔子 (アサ子)
ケーシー 高峰 (木原)
伊佐山 ひろ子 (作子)
香山 浩介 (辰夫)
水原 英子 (寄子)
中村 久美 (小夢)
あがた 森魚 (あんちゃん)
大熊 なぎさ (アコちゃん)
楠 トシエ (千代春)
大信田 礼子 (雀)
佐々木 すみ江 (かね)
内藤 路代 (邦子)
桐原 史雄 (信一)
峯田 智代 (ハル)
高橋 ひろ子 (房子)
香山 エリ (トシ子)
山崎 満 (客)
高橋 豊 (客)
劇団いろは
八星プロ
長門 勇 (山倉)
夏川 静枝 (スミ)
加藤 治子 (泰江)
林 隆三 (山根刑事)
制作:勅使河原 平八
美術:水速 信孝
技術:設楽 国雄
効果:篠遠 哲夫
照明:小貝 通泰
カメラ:曽我部 宣明
音声:金光 正一
記録:水島 清子
演出:深町 幸男
| 固定リンク
「NHKドラマ人間模様・夢千代日記」カテゴリの記事
- プレイバック夢千代日記・最終回 [終](2024.12.31)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第四回(2024.12.27)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第三回(2024.12.24)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・第二回(2024.12.20)
- プレイバック夢千代日記 (連続五回)・[新] 第一回(2024.12.17)
コメント