プレイバック八代将軍吉宗・(10)恋ごころ
皆々さまにはご機嫌よろしゅう、近松にござる。
さて、松の廊下の刃傷事件も落着いたすや、またぞろ六代将軍はどなたさまかと口さがないうわさスズメが先走りまする。近松の見るところ、本命はやはり甲府城主の綱豊公。このお方は綱吉公の甥御にござる。これに対する有力馬は、鶴姫さまのお輿入れ先・紀州藩主の綱教公。つまり綱吉公の娘婿にござる。
さあお立ち合い、甥が勝つか婿が勝つかで侃々諤々(かんかんがくがく)の矢先、とんでもない伏兵が現れおり申した。何を血迷うたか綱吉公、この少年こそ我が実子なり、ご落胤なりとご宣言あそばされた次第。いやはや──。
元禄14(1701)年4月26日、桂昌院さまはお忍びにて柳沢保明どのがお屋敷にお訪ねあそばされた。将軍徳川綱吉は、側用人柳沢保明の嫡男・安貞が実子だと主張し、保明は言葉を濁しているとかで、桂昌院はもともと綱吉のお手付きで、後に保明に下げ渡されたお染に直々に確認することにしたのです。
安貞は貞享4(1687)年生まれで、御落胤ではないとのお染の言質(げんち)を取った桂昌院は、保明に下げ渡した後で孕ませたと悪あがきをする綱吉を一瞥します。「上様の仰せが真であれば、さっそくお染を引き出だして白黒をはっきりさせねばならぬ。死罪を申し付けねばならぬ」 綱吉は慌てて、お染は将軍の子を産んだなど言うまいとかばいますが、それを受けて桂昌院は安貞を保明の子とします。
綱吉の子と言えばうそになるし、保明の子だと言えば機嫌を損ねる。厄介なことになったと保明はため息をつきます。定子は、いっそ安貞を差し上げては? と真顔ですが、また柳沢が策略を巡らせたと騒ぎ立てられ、甲州にも紀州にも目の敵にされてただ事では済まなくなります。川越に戻るよう言われた安貞は、自分の父親は誰かと問いかけます。「わしの子じゃ!」
頼方どのは、兄ぎみ綱教公の思し召しにより初めてお屋敷をご拝領。ご生母お紋の方をお招きして、夏の一夜をともにお過ごしなされた。松平頼方は、加納久通とともに小舟で和歌浦に出て鯛を釣り、それを鯛が好物のお紋に献上します。しかしいくら勧めても箸をつけようとしません。釣った魚がお気に召しませんか……と不安がる頼方に、侍女のお勢はたまらず弁明します。
頼方が疱瘡にかかった折、お紋は紀三井寺で100日の生臭断ちを願掛けしたのです。それを聞いた頼方は、なぜそれを早く言わなかったかと声を荒げますが、母の愛情に触れて涙があふれてきました。生臭断ちは今夜限り、自分が引き継ぐと言ってお紋に食べてもらおうとします。「親の願掛けを子が引き継いで何が悪うござる? ご懸念あらば、それがしが明日紀三井寺に赴き、御仏とじかに懸け合うて参りまする」
9月、将軍家のお世継ぎ争いでやきもきする光貞公は、またもご老体に鞭打ち、頼方どのを伴い江戸へご下向なされた。そしてすぐさま江戸城に、将軍綱吉公をご訪問なされたのでござる。綱吉公は光貞公ご拝謁にあたり、特に玄関までの駕籠の乗り入れと杖の使用をお許しあそばした。頼方どのにとっては初めての江戸城でござる。
江戸城白書院で綱吉と対面する光貞ですが、光友・光圀亡き今、光貞のみが頼りだと綱吉から温かい言葉をかけられても、耳が遠くて聞こえていません。後ろに控える頼方は光貞の耳元で内容を伝えます。綱吉は頼方の頼もしさを買っていて、武門の心得を忘れて傾奇者(かぶきもの)の風俗に蔓延(はびこ)る風潮を“片腹痛し”と感じる綱吉は、頼方のような無骨者でも頼もしいわけです。
そしてその夜。松平頼純と水野重上で囲んで密談する光貞は、綱吉はご機嫌ながら将軍世継ぎについては何も触れなかったと報告します。いま世継ぎレースは風向きが変わり、綱吉の御落胤説が大奥でまことしやかにささやかれているのです。「は!」と光貞は呆れますが、保明の差し金かどうかも含め、草を放って調べてみることにします。
そのころ頼方どのは、いとこの頼致(よりよし)どのに誘われて吉原の遊郭をご見物でござった。頼致は、吉原の中でも有名な三浦屋を案内しますが、頼方を中に入れず“見るだけ”と両手で×を示します。とはいえ籬(まがき)には女郎が誰一人としておらず、店主によると買い切りになってしまったようで、店に入ろうとした傾奇者も断られて立腹しています。
そこに現れたのは紀伊国屋文左衛門で、大判をばらまくあたり豪商らしいです。傾奇者は不満を文左衛門にぶつけますが、文左衛門はその話を聞かないまま、「よござんすよ。パーッといきましょパーッと」と傾奇者たちも一緒に見せに上げてしまいます。立ち尽くす頼方と頼致も、誘われるがままお座敷に上がることになりました。
『ズンベラ節』の三味線に合わせ、腹に人の顔を描いた文左衛門は腹芸でみなを笑わせます。続いて『和藤内』では、頼方がふんどし姿で女郎と舞って勝負し、負けた女郎は着物を一枚脱ぐのですが、帯を引っ張られてふらつき、ドスンと倒れた時に着物がはだけてしまいます。頼方も頼致も目が点になって動きません。
11月14日、光貞公は江戸城大奥を訪れなされた。それまで頼方の支えでよぼよぼ歩いていた光貞は、美女がずらりと並んでいるのを見て背筋が伸び、一歩一歩元気に歩いていきます。
御台所鷹司信子に、綱吉は寵愛のあまり柳沢父子に「吉」の字を授け、保明は「吉保」に、安貞は「吉里」と改めさせたと光貞に伝えます。柳沢への肝いりは度が過ぎていると立腹する信子は、御落胤の件も含めて綱吉に諫言してもらいたいと頭を下げます。しかし光貞は、綱吉には暇乞いの挨拶は済ませてしまいました。しまった──と考えた光貞は、ひらめきます。
光貞は三の丸の桂昌院に対面していました。上様も本気で言っているわけではないだろう と桂昌院は笑い、光貞も少し安堵します。桂昌院は、相変わらず光貞の後ろにいて耳打ちをする頼方に興味を示し、嫁は公家の娘がいいか大名の娘がいいかと問いかけますが、光貞は表情険しく言い放ちます。「大名の娘がよろしかろうと存じまする。この面構えでは公家の娘はとんと似合いかねまする」
明けて元禄15(1702)年・春。光貞公は紀州へお戻りの途中、江戸へ向かう綱教公と伊勢松坂にて落ち合われた。光貞と綱教、頼方で杯を傾けます。上杉家が吉良上野介の身辺警護を頼んで来たらしく、光貞は綱教に適当に聞き流せと教えます。世の中はすっかり浅野びいきで、吉良は仇役になってしまったわけで、光貞は深いため息をつきます。
和歌山にお帰りになられた頼方どのは、和歌浦東照宮の祭礼・和歌祭に参列なされた。今なお継続されておりますこの祭りは毎年4月17日に始まり、町の衆も村の衆も相集うて大賑わい。この年は藩主綱教公ご不在のため、ご舎弟の頼方どのが祭司を務め申されたのでござる。和歌祭のクライマックスは東照宮山門下、108段の石段を駆け下りる神輿担ぎでござる。
庶民にとって和歌祭最大の楽しみは、東照宮より須崎までの入り江を延々と練り歩く渡御(とぎょ)行列でござった。餅つき、相撲、神輿、山車、さらには仮装行列もござりまする。その祭りの夜──。頼方と久通が乗る小舟が堀を下っていくと、向かいから堀を上る屋形船がありました。かわしてみせると舵を切る頼方ですが、屋形船に衝突してそのはずみで頼方は堀に転落してしまいます。
頼方がつかんだのは屋形船で、障子が開くと美しい娘が「ご無礼いたしました」と手ぬぐいを渡そうとします。娘に一目ぼれした頼方は、その申し出を断り、小舟の方に泳いで戻っていきます。屋形船が通り過ぎた後も、頼方の視線はその屋形船の娘に注がれていました。
娘と出会って気持ちが落ち着かない頼方は、久通になぜ名を聞かなかったのだと問い詰めますが、「そう仰せられましてもw 申し訳ございませんなぁww」と、恋ごころを抱いた頼方を楽しむかのような反応です。「もう一度会いたい。久通、あの娘の素性を即刻確かめよ」
頼方どのが一目ぼれなされたのは、御船手組頭400石 大久保八郎五郎どのの娘・お須磨どのでござった。大久保家の当主八郎五郎どのは養子の上、実は久通どのの祖父・加納五郎左衛門どのの弟の子でござった。従って久通どのとお須磨どのは、奇しくもまた従兄弟の関係にござる。
大久保家を訪問した頼方と久通は、呼び出した須磨が命の恩人の娘に相違ないと確認します。もじもじする頼方が久通に催促して、久通は須磨をお側に召し出すよう八郎五郎に伝えますが、明らかに困惑の表情を浮かべます。「あいにく娘はこの秋、江戸のお屋敷に下向いたし、頼職さまにお仕えいたしまする。恐れながら祭りの夜の屋形船はご生母志保さまのお差し回しにございまする」
須磨は志保と対面してその意に叶う人物だったため、頼職の妻として江戸に向かうことになっているというわけです。頼方はたちまち怒りの表情と化し、まかりならぬ! と厳命します。「須磨どのは俺が見初めたのだ。江戸へやってなるものか! ならんぞ! ならんならん!」
作:ジェームス 三木
音楽:池辺 晋一郎
語り・近松門左衛門:江守 徹
題字:仲代 達矢
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西田 敏行 (松平頼方)
賀来 千香子 (須磨)
大滝 秀治 (徳川光貞)
小林 稔侍 (加納久通)
山田 邦子 (お紋)
辰巳 琢郎 (徳川綱教)
榎木 孝明 (柳沢保明)
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夏木 マリ (お伝の方)
松原 智恵子 (鷹司信子)
芦川 よしみ (お染)
姿 晴香 (定子)
中田 喜子 (右衛門佐)
藤村 志保 (照子)
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藤間 紫 (桂昌院)
柄本 明 (松平頼致)
黒沢 年男 (水野重上)
藤岡 琢也 (松平頼純)
津川 雅彦 (徳川綱吉)
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制作統括:高沢 裕之
演出:大原 誠
◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆
NHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』
第11回「赤穂浪士」
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