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2025年5月28日 (水)

南ケ丘線 (22)番ヒストリー「南ケ丘48」・第6回 あおよりみどり

前回は、バス路線の新設運動が実を結び、西鉄二日市駅から下大利駅までのバス路線が昭和56(1981)年12月25日に開通、さらにその途中で高校まで乗り入れが実現した武蔵台高校の実例をもとにお話ししました。

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西鉄バスは25日、西鉄大牟田線二日市駅と筑紫野市武蔵の県立武蔵台高校を経由して西鉄大牟田線下大利駅を結ぶ路線を開設する。通学生や大野城市南ケ丘など新興団地の住民から新設の要望が強かった。
二日市駅─武蔵台高校間は日曜祝日を除く登校時間帯の2本で、二日市駅発が午前7時10分、同7時28分、バスは途中、塔原、杉塚の2ヵ所に停車し、校門まで乗り入れ、所要時間は10分、運賃は80円。二日市駅─下大利間は平日が16往復、日曜祝日が17往復。26分で結ぶ。運賃は160円。
【朝日新聞・昭和56年12月24日/福岡県立武蔵台高等学校『創立五年史』昭和59年】より

この『創立五年史』では、バス路線開通の章を「こうして待望のバス路線が開通し、生徒にとってはまさしくクリスマスプレゼントになった」と結んでいます。開設当日は金曜日、13ヶ月準備してきてまさかクリスマスに照準を合わせたわけではないと思いますが、ちょっと素敵なプレゼントではございませんか!

 

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【福岡県立武蔵台高等学校『創立十年史』平成2年】より

長々とお話してきた系統番号(行先番号)ですが、ここで(22)番が写真資料で初お目見えです。しかも番号カラーはお馴染みのスカイブルーではなくグリーン! そうなんです。南ケ丘線はもともとグリーン番号でした。長年このエリアに居住するKassyにとっては、グリーンもすんなり受け入れられるのですが、初めてご覧になる方は違和感ありありなのかもしれません。

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【西日本鉄道株式会社『西鉄時刻表』昭和57年1月】より

(22)番の付与により、西鉄下大利駅を出発するバス路線は大野城市役所前・平野ハイツ方面が(21)番、福農前・西鉄二日市方面が(22)番と方向別に分けることになり、分かりやすさがいっそうすすんだような気がします。

疑い深いKassyの性格上、下大利駅~福農前が前回の記事で(21)番で付番されていることから、「平野ハイツ・福農前」が(21)番、「西鉄二日市」が(22)番という可能性も考えてみましたが、改正直後に発行された『西鉄時刻表』では、福農前についてはっきりと(22)番と記載があるので、その線はなさそう……。ただ、情報が新しすぎて路線概要に西鉄二日市までつながっていないのはご愛嬌ww

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【『創立五年史』】より 矢印の場所がバス停位置

工事費146,000円かけて作られたバス折り返し場およびバス停は、グラウンド下の矢印の位置にありました。現在では住宅が建っています。朝日新聞では“校門”と報道し、「後に校内に乗り入れるようになった」という声もあったので、念のため、その後の複数の資料や航空写真集、学校の図面などもあさって、“校内にバスが乗り入れていた”という実績を探しましたが、ついにそれらしいものは見当たらず。
[補足7/10] この記事を執筆後、校内ではありませんでしたが、学校前にバス停が移設されている事実がゼンリン住宅地図により判明しました。詳細はシリーズ第11回に記載しています。

これは校門をどこととるかで解釈が分かれるところかもしれません。学校前交差点から校舎までの道は、当時はこの武蔵台高校関係の方しか利用しない専用道であり、交差点から校内ととらえればバス停も校内の扱いになります。しかし、周囲に天拝坂団地が広がった現在で見てみると、一般市道の一部に過ぎません。したがってこのシリーズでは、“グラウンド下”あるいは“学校下”という表現にしました。

それにしてもバス転回場を作るのに146,000円もかかるんですね。写真を見る限り、歩道側の一部をアスファルト舗装して、転回に要する敷地は土だったので、この程度で済んだとも言え、これがもし全面舗装したり、数台が停まれるスペースが必要な転回場だった場合は、さらに金額が上がっていくのでしょう。どこにあった、という情報もさることながら、いくらという情報に興味津々でした。

 

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「西鉄二日市」まで路線延伸されたときのバス停は、

下大利駅
上大利
日の浦
南ケ丘四丁目
南ケ丘七丁目
南ケ丘五丁目(ここまで大野城市)
──────────
平田
大佐野
(福農前) (一部便・ここまで太宰府町)
──────────
(武蔵台高校) (一部便・ここから筑紫野市)
杉塚
塔の原
西鉄二日市

でした。大野城市・太宰府町にまたがっていた路線が、ここでようやく筑紫野市に乗り入れしましたね。「駅」と「駅」を結ぶバス路線、しかも同一会社・同一路線の鉄道線の駅同士を結ぶというのは、バスファンにとってはとても面白く、電車で行けばたった数分なのに、わざわざバスで数十分かけて移動するという楽しみ方が増えました。


本来であれば、前回「“朝のみ学校に乗り入れ”の事情については次回ご紹介する予定です」と書いた内容について今回ご紹介する予定でしたが、思いのほか長文になってしまいますので、次回に回しますね。楽しみにしていただいた方、まことに申し訳ございません。次回は内容がちと厚くなりますので、これまたご容赦を。

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