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2025年8月 8日 (金)

プレイバック八代将軍吉宗・(30)いろは四十七組

元禄のバブル弾けて大不況、財政再建にご腐心の吉宗公は享保4(1719)年、『相対済まし令』を発布なされた。金銭貸し借りのいざこざは当事者同士で話し合いなさい、訴えてきても幕府は受け付けませんよという、この嬉しいようなありがたいような、それがしは……あはははは。いやいやこれは、はしたなきことを口走り申した。

さればでござる。将軍にも泣き所はござる。いくら倹約を唱えてもおかかりびとの莫大なお手当は減らすことあたわず。すなわちこのお方々、綱吉公の側室が3人、ご養女が3人、家宣公のご正室と、側室が3人、これに加えて吉宗公のご生母と、側室3人、お二人の若君。この中でお手当のドーンと高いのが、まぁ何といっても天英院さまの11,100両、次いで月光院さまの8,600両。吉宗公の側室はグッと我慢して、お古牟どのが1,000両、お久免どのお梅どのがそれぞれ200両。他のお方々については残念ながら存じ上げ申さず──。


享保5(1720)年正月、吉宗公ご嫡男・長福丸ぎみがはしかにかかられ申した。長福丸の親代わりとして懸命に介抱するお久免ですが、はしかにかかっていないからうつってしまうと、吉宗は部屋から出ていくように言います。しかしそういう吉宗も、疱瘡はかかりはしたものの、はしかはかかっていません。瀬川に指摘されて、つまらぬことを! と舌打ちする吉宗です。

ご看病の甲斐あってか、長福丸ぎみは大事に至らず、夏にはご全快なされた。吉宗は久免を労わり、浄圓院もよい母を持ったと目を細めます。須磨に死なれ、古牟は小次郎を産み、久免は3人目の母親となり、長福丸は不憫な子と浄圓院はつぶやきます。吉宗もお紋(浄圓院)・養母お常・照子さまの3人の母がいましたが、昔のことは忘れたと浄圓院は小さく笑います。

3月27日、通町中橋あたりで火事がござり、火の手は寛永寺にまで達して、3代将軍家光公のご廟所も焼け申した。戸田忠真は廟所再建を進言しますが、吉宗は倹約から4代家綱の廟所に一緒に祀ればよい(廟所合祀(ごうし))と命じます。寺社の再建は許さないのに将軍廟所のみ特例を認めるわけにもいかないのです。

飛鳥山と隅田川の桜植樹の件は、有馬氏倫曰く準備は順調らしいですが、老中たちは聞いていないと顔色を変えます。久世重之は、最近の氏倫の増上慢は目に余ると指摘します。吉宗は就任時、側用人は廃止と言ったはずで、氏倫が老中を差し置いての傍若無人な物言いは畢竟天下のためならず。氏倫は激怒し、切腹すると言い出しますが、御用取り次ぎの分際で思い上がるなと吉宗は氏倫を殴りつけます。

ひとり泣いている氏倫の首根っこを掴んで吉宗の前に連れて行く加納久通です。吉宗は手をさすりながら、あの場ではああするしかなかったと詫び、「今まで通りでよい」と、自分の片腕として憎まれ役を務めてほしいと見据えます。吉宗は、思いきり殴って機嫌を直せと自分の顔を差し出します。あーーー! と叫んで拳を突き上げた氏倫ですが、主君を殴れるはずもなく、大泣きしています。

 

さてこちらは町奉行・大岡越前守忠相どのの役宅。江戸の主だった町名主を集めて、何やら議論の最中でござる。火事の延焼を食い止めるため、町家を瓦葺(ぶ)きにしたいわけですが、屋根が重くなって柱や棟を太くする必要があります。板葺きはしっくいに、茅葺きは土塗りにしても、毎年の塗り替えにとんでもない費用が掛かるし、土やせっかいの値は上がり、町方には資金力がないわけです。

一度火事になればすべてを失うと諭しても、だからこそ町方は途方に暮れていると返される始末です。忠相は、来年早々に日本橋界隈の家屋を撤去して火除け地とすると宣言し、名主たちの反発を食らいます。「なぜじゃ? そちたちは町人の暮らしを守る名主ではないか。江戸から火事をなくしたいとは思わぬのか!」

さればでござる。江戸町奉行はよろず裁判のみならず行政を預かる長にて、いわば東京都知事にござりまするな。こなた大岡越前守どのは住民パワーの反対にもめげず、防火対策になみなみならぬ執念を燃やしてござる。

町火消いろは四十七組……。町家の火事は町火消に任せて、定火消や大名火消は一切手を出させません。一丁30人、費用は町負担、火事が起きれば風上から二丁、左右から二丁ずつの計六丁180人で火消に当たらせるわけです。火事場の混乱を避ける纏(まとい)の模型も持参し、名前もい・ろ・は……。ただし「ひ」「な」「へ」は省いて「百」「千」「万」を入れようと吉宗は提案します。

享保5年8月に完成した町火消の、粋ないで立ちをばお目にかけなん。いざ! ……腹当(はらあて)、股引(またひき)、長半纏(ながはんてん)、足袋にでこ頭巾、足袋と半纏には熱さ除けの刺子(さしこ)が施してござる。『火事と喧嘩が江戸の華』ならば、町火消は江戸っ子の心意気、人気が人気を呼んで一組が100人200人と膨れ上がり、後には総勢1万人にも及び申した。これすなわち、大岡越前守どののアイデアの勝利でござ候わずや。

 

6月27日、在職8年のご老中久世大和守重之どの、脳卒中にてご逝去。このお方は関宿城主69,000石の大名にて、名代の硬骨漢でござった。享年61歳。

吉宗は鷹を手にして長福丸を呼びますが、長福丸は鷹が怖くて近寄れません。鷹を贈って恥をかいた井上正岑を例に出し、長福丸にも鷹を見る目を養ってほしいわけです。それより長福丸は愛用のひざ掛けを手離しません。ボロボロだと吉宗はそれを捨てますが、すぐに拾い上げます。長福丸は言葉を発して訴え、久免が「体が冷える」と伝え直します。小水が近いと説明する久免ですが、吉宗は我慢せいと言い聞かせます。

久通を阿部正喬が訪ねてきます。重之が卒去し、正岑や忠真は棺桶に片足を突っ込んで、今や老中は忠之ひとりと言っても過言ではありません。つまり遠回しに、自分を老中に再任してほしいと言ってきたわけです。勘気に触れて辞めさせられましたが、今では人が変わったと主張する正喬に、久通は表情を変えません。阿部正喬どのはその後もお城を訪れ申したが、ついに復職は許され申さず。

西の丸では、5代綱吉養女の竹姫の嫁ぎ先について天英院と寿光院が吉宗と話をしています。寿光院は自分にとって姪にあたる竹姫のことが気がかりなのです。吉宗は紀州宗直を候補に挙げますが、宗直にはすでに側室が一男三女を産んでいて、天英院はそれでは竹姫が不憫だと感じます。宮家でもよいという天英院ですが、将軍の養女は大名に嫁ぐのがしきたりとピシャリと返します。

清閑寺大納言熈定のご息女・竹姫さまは、寿光院大侍典どのの願い出により、5代綱吉公のご養女とおなりあそばしたが、最初の婚約者・会津の松平正邦どのに先立たれ、2度目のお相手・有栖川正仁親王にも先立たれ、寂しい日々をお過ごしでござった。吉宗は久々に竹姫と対面し、その美貌に惚れ惚れします。

こなたは辛口のご意見番として世に知られる加賀藩主・前田綱紀公。参勤交代の暇乞いにご登城なされた。綱紀の嫡子・吉徳は正室松姫を亡くしたばかりで、「松の次には竹が控えてござる」と竹姫を後添えに推薦しますが、前田家では後妻を迎えた例はないと綱紀はきっぱりと断ります。吉徳に子がなくとも、前田家断絶でも構わず、百万石を返上すれば幕府は助かるだろう? という態度です。吉宗は成島道筑に命じて、由緒正しい大名の嫡男(未婚に限る)を片っ端から庭の者に調べさせることにします。

 

享保6(1721)年正月、吉宗公のご腐心にも関わらず、財政回復の兆しこれなく、年頭の賀礼も質素に執り行われ申した。死罪の次に重い「追放」に代わる罰について、室 鳩巣は「過料」という罰金制度を提案します。罪の種類によって金額が代わり、収めた過料は幕府や藩庫に入る仕組みです。

氏倫は、金持ちは平気で罪を犯していいことになると反対を唱え、忠之も一理ありと頷きますが、金にキレイも汚いもないと説明する忠相は、神社仏閣で己の非を悔いて賽銭を投ずるのと同じと例を出します。鳩巣は、もし罰金を不潔な金と認識するなら、それを別にして道や橋の修繕などに使うこともできます。吉宗は大きく頷きます。かくして「過料」すなわち罰金刑が発布されたのは、この年2月9日でござる。

さる日、吉宗公は一之江新田にて鷹狩りをなされた。吉宗一行は休憩地として周辺の長左衛門の家を借ります。国の根幹を支えるのは百姓と、吉宗は不都合なことを尋ねますが、長左衛門は畏れるあまり何も言いません。そこに米俵を楽々担いだ下女が現れ、吉宗は感嘆します。「見たか!? 米俵を軽々と担いでおる。ああいう女子がええ女子じゃ。きっと丈夫な子を産むに相違ない」

お古牟は、質素倹約を命令された民は鷹狩りをどう見ているかと訴えますが、鷹狩りは別儀と吉宗は笑います。財政困窮の世情だからこそ、謀反や一揆を企む不埒者が諸国に頭をもたげるわけです。鍛錬のほかに、それを未然に防ぐためにも幕府の武力を見せつけておかなければならないのです。「お古牟、治世への口出しは禁じたはずぞ」

老中たちからも、下々の者との直接のやりとりは控えるよう要請がありました。将軍としての威厳が失われるというのが理由ですが、吉宗は民の意見を直に聞いて糧にしたい思いがあるのです。忠真は、民に直接聞いても首を刎ねられると分かっているため、本当のことは言わないと説明します。ムッとした吉宗は、ならば他の手立てを考えると言葉を荒げます。

氏倫は怪しい男を見とがめますが、よく見れば変装した吉宗でした。その格好で町に出て、町方の意見を聞き取ろうというわけです。氏倫は将軍と知らずに粗相を働く者があるかもしれないと反対し、久通も巨漢の吉宗はそれだけで目立つため密偵には不向きと難色を示します。ムッとした吉宗は、ならば他の手立てを考えるとまたも言葉を荒げます。

 

作:ジェームス 三木
音楽:池辺 晋一郎
語り・近松門左衛門:江守 徹
題字:仲代 達矢
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西田 敏行 (徳川吉宗)
小林 稔侍 (加納久通)
黒木 瞳 (久免)
山田 邦子 (浄圓院)
すま けい (有馬氏倫)
秋野 太作 (阿部正喬)
山本 學 (久世重之)
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細川 ふみえ (お古牟)
床嶋 佳子 (寿光院)
森口 瑤子 (竹姫)
草笛 光子 (天英院)
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橋爪 功 (室 鳩巣)
高松 英郎 (前田綱紀)
石立 鉄男 (水野忠之)
滝田 栄 (大岡忠相)
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制作統括:高沢 裕之
演出:伊勢田 雅也

 

◆◇◆◇ 番組情報 ◇◆◇◆

NHK大河ドラマ『八代将軍吉宗』
第31回「目安箱」

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